耳障りな警戒音はより騒々しい破壊音に掻き消された。
引き抜いたばかりの防犯ブザーが、狩人の男の振り下ろした両口ハンマーに叩き潰されていた。
「狩りの最中ですよ」
「……っ」
反論しようとした口が手のひらに抑え込まれる。そのまま真城を床に組み伏せ、もっともらしい口調で男は続けた。
「大きな音。出したら、駄目です」
そのまま血に濡れた手袋を口に押し込まれて真城は息を詰めた。
真城のコートも吸血鬼の爪に引き裂かれて赤く染まっていた。胸から脇腹にかけての一閃を、目の前の男を庇う形で引き受けたものだった。
とはいえ真城にとっては大した傷ではない。見た目こそ派手ではあるが、この程度の傷は放置しても問題ない。姿を消した吸血鬼を追いながら、逸れてしまったミツルたち他ハンターとの合流の方を優先すべきだ、というのが当初の真城の主張だった。
それを目の前の男に押し切られてしまった時点で雲行きの怪しさを察するべきだったのだ。半吸血鬼と言えどこのまま戦える傷ではない、どこか休める場所を見つけて処置すべきだ、ちょうどよく近くにガソリンスタンドが見えるからそこの待合室で。
男の熱心な語り口に下心は感じられなかった。少なくとも当時の本人にとってはそうだったのだろう。だが同時に不審でもあった。熱に浮かされたようだとも思えてはいたはずだったのだ。
それが、なのに、このざまだ。
粉々に砕かれたプラスチック片と歪んだ電子基板が床に散らばっている。ミツルの買った防犯ブザーの変わり果てた姿に真城は眉根を寄せた。血戒によって随分な距離を飛ばされて、ミツルとは遠く引き離されてしまっている。それでももう少し早ければ、この音で彼を正気に引き戻すことができたかもしれなかったのに。
判断の遅さを悔いたところで今更だった。冷たい床を溢れ落ちた血が汚している。それでも真城にとっては抵抗できなくなるほどの傷ではない。
そのはずなのに男を跳ね除ける力が出ないことがたまらなく悔しかった。
暗い密室を荒い呼気と衣擦れの音と血の匂いが支配していた。
コートの裾から潜り込んだ手がベルトを外してズボンを引き下ろす。欲に急かされた手が血に滑るのと、嫌がる真城が身体を捩ってどうにか逃れようとするのとで、それだけの工程に随分と苦労をしていた。
だからこそ暴いた奥を求めるさまは性急だった。男の手が差し入れられて太腿を這い、受け入れる場所を指が辿り、
「ぅぐ、……ッ」
中を開かれる感覚に、真城の膝が震えた。
許していない身体の裡に、知らない男の指が挿し入れられている。指の冷たさよりもその事実の方が嫌で仕方がなかった。何度経験しても慣れない生理的嫌悪感が身体の芯を凍りつかせるのが、今までで一番にひどかった。
違うのだとそう思いたかった。
思いたいのに、身体は諾々と男の意に流される。
「ひ、……んぅ、うっ」
奥を暴く指の動きに従って、ぐちぐちと厭らしい水音が立つ。それが男の欲をさらに煽って調子づかせた。
「──濡れてる」
やっぱり女だったんだ。乗り気なんじゃないですか、抵抗だってろくにしないし。いくらでも振り解けますよね。あんなに強いんだから。
気を良くしてぺらぺらと常套句を吐く男の声に耳を塞いだところで、現実は何も変わらない。
男を迎え入れるべく真城の身体には熱が灯っていた。音を耳にするまでもなく、奥底から愛液を溢れさせているのが自分でも分かっている。
何より、中を探られるたびにどうしても腰が震えた。物欲しげに脚が跳ねて、膝をすり寄せてしまうのを抑えることができなかった。
ミツル以外の相手に触れられて快楽を得ていた。
「う、うぅ、……んっく」
それが今までは当たり前だったのに、嫌で嫌で仕方ない。
熱をあげた身体に刻まれた傷がじくじくと痛む。おかまいなしに肌が喘ぐ。背を跳ねさせても押さえ込まれ、気持ちが良いのかと浮かれた声で問いかけられる。反射的に首を振った白々しさを咎めるように指を強く押し込まれ、塞がれた喉の奥で悲鳴が上がった。
「んん、ん、────!!」
同時にからだが大きく震える。
暗い視界が白く飛んで、目の前でちかちかと星が散るようだった。思考が一瞬灼き切れる。全身に余計な力が入って肉がこわばる。熱をあげた肌を伝って、ぞくぞくと甘い痺れが回っていく。
おかされていく。
「ん、ふぅ、ふぐ──う、あっ、ふ、ぅあ」
「……イったんですか?」
「──っ」
見開いた目の端から伝い落ちる涙さえ、男を悦ばせるだけだった。
それでも首を振る真城の耳に、ベルトのバックルが外される音が響く。男の立てる冷たい金属音。それに気付いた真城は別の意味で身をこわばらせた。熱に浮かされた身体に恐怖と嫌悪という冷たい刃が差し込まれて、しかしそれが真城の体温を下げることはなかった。
「ひっ、は──やぁ、や、あっ、ひ、──ひふ、ひ、ひぅ……う、うぅ」
恐怖に竦んだ身体では、呼ぶ声すら心許ない。
涙を零すのも首を振るのも今更だった。そういった仕草が男を煽ることもまた真城はよく知っていた。知ってなおそれを止めることもできずにいた。
わざとらしく膝を触れ、内腿に滑った手に脚を開かされていく。欲に歪んだ男が真城を見下ろして舌舐めずりしている。
いやだ。こわい。ふれられたくない。なにをされるのもおそろしくて、なにひとつゆるしたつもりはない。
なのに期待に身体が潤んで熱をあげている。曝け出された男のものにとろりと奥底が愛液を吐いたのがわかって目の前が眩んだ。
ミツがいいのに。
ミツ以外何をされるのも嫌なのに。
この身体はそれをほんとうにさせてくれない。
男の身体がすり寄せられる。開かれた脚の間に入り込まれて、あてがわれた欲の熱の高さに肌が期待をあげては騒ぐ。
反比例して恐怖に冷える真城の心を突き破るように、欲望の切っ先は濡れた肉を貫いた。