路地裏へと引き込まれて、そのまま唇を塞がれる。
背中に腕が回っている。てのひらが背骨をなぞりながら降りて太腿の内側を撫ぜ、さらにその奥を辿る。下着がそこと触れ合わされて、濡れる。
濡れている。自覚して眉が寄った。唇を貪られて、息苦しかった。
呼吸が苦しい。抱き寄せられて潰されている。柔らかく膨れ上がった自分の胸が、いつそうなったかも認識できないでいる。
ただ与えられる刺激に溺れている。
「は、……ん、ん」
唇が離されて、また重なる。抗議の暇もない。意味もないことを知っている。この手の抗議が受け入れられた試しはない。それが一般的には良くないことを咎める内容であればなおさら。
背徳的な行為であればあるほどに、拒むことが叶わなくなる。
口内を探られている。生温くぬめった舌が唇を割って入り、重なった場所から流し込まれた唾液が口の中で混ぜ合わされて、品のない水音が聴覚を内側から支配する。敏感になった粘膜を他人の肉で撫でられて背筋が震え、膝から力が抜けて、立っているのが難しくなる。そうなるとますます体重を預けてしまう。縋るような仕草で袖を掴んで、それが蠱惑となることに遅れて気づいても、もうどうしようもなかった。
気を良くした相手に触れられて、ますます立っていられなくなる。
「んくっ、ぅ……あッ」
指が潜りこむ。腕が腰に降りて引き寄せられて、より深くを探られて体勢が崩れる。その拍子に指先が内側をこそげたのが甘い痺れをもたらして背を駆けた。だらしのない声とともに唾が口の端から溢れて、それをも啜られて肩がこわばる。その間も指の動きは止まらないでぐちゅぐちゅと厭らしい音が響く。股の間を濡らされながら下着ごと服をずり下ろされ、こんな時ばかり感じられる外気の冷たさに肌が震えた。
気持ちがいいのだ。何もかもを、望んだように身体が悦んでいる。
与えられる何もかもを拒めない。頭まで馬鹿になっている。これから何をされるのか、何をするための求めかを知っていながら全て唯々諾々と従ってしまう。言われるがままに。背を向けて、壁に手をついて、腰を高く上げて。内腿をどろりと伝い落ちるそれが興奮と期待を明確に示して。
「……ひッ、うぅ──」
期待通りの肉に身を埋められて、背中がよろこびに跳ねた。
目の前に星が散る。この瞬間は、駄目だ。駄目になる。駄目にされる。もとから駄目になっているのが、ますます言い訳のきかない、どうしようもないところに連れていかれる。頭が真っ白になる。こうして背中を向けている間はまだましで、だってこれなら縋れないから。まるで目の前の相手を本当に求めているかのように縋りついて、その背に腕を回してしがみつくのが、この体勢ならできないから、せずに済むから。
求めているのは、本当じゃあないのか?
「あっ、……あ、あん、ぁ、あ! は──っく、うぅ、うッ」
欲望のままに揺らされるたび、奥を突き上げられるたび、喉を嬌声が通り抜けて浅ましい声が出る。暴力的な熱に中を埋められて満たされている。全身が収縮して他人の肉を快楽を貪り、背が震える。腰に指が食い込むのも爪が立つ痛痒もその快楽を彩るばかりで。
野放図な欲を叩きつけられることに、この上ない悦びを得ている。
お望みどおりの堕落。お仕着せの情事。繋がって、揺らされて、蕩ける。
くだらないと思うのに、どうして、これほどまでに。
空には半分の月が浮いていた。
建物の間から見上げたそれが眩しくて、目をすがめた。
身体はとうに冷えていた。湿ったアスファルトに横たわって、天を仰いでいる。
注がれるだけ注がれて、置いていかれて、それきり。後腐れのないのはいいことだと前向きに考える。いつまでも執着されて離してもらえない方がむしろ困るから。それでも間に合わなければ意味がないのだが。
既に日付が変わっている。メッセージが何通も送られてきていて、最後に今日はもう帰る、との旨が十分前に。もう少し早く目覚めていたら間に合っただろうか。どちらにせよ今更かと思い直す。あまり遅くまで付き合わせるわけにはいかない。
返信を、送ることすら諦めてしまう。もっと決定的に、お話にならないくらいに遅れたことにしてしまおう。その方がきっと話が早い。もう少し待っていれば、と後悔させることもない。連絡もなしに約束をすっぽかして、翌朝までなんの音沙汰もない、そういう無責任な奴でいた方がいい。
結論を出すと、起き上がることすら億劫になる。
どうせ会えないのなら、起き上がる必要もないと思ってしまう。
「……はは」
ふざけた堕落を鼻で笑って、腕に力を入れた。
会えようが会えなかろうが関係はない。本当は顔を見ることすら許されないのだから。諦めたはずのものを手中に収めているくせに、それを取り上げられてやる気をなくす権利がどこにあるのか。そんなことなら、
そんなことなら、最初から。
もはや有りうべからざるたらればを切って捨てて立ち上がる。空には変わらず半分の月。
中途半端な様相が今は妙に憎らしく思えてきて、いつしかそれを睨みつけていた。