エピローグ
エピローグ 古縁塚命
古縁塚 命
その足取りは”確か”に。
未明の空を見据えて舞台の先。
祭壇の前へと運ばれていく。
古縁塚 命
傍らに羽ばたいていた焔の蝶は。
いつの間にか、神の子が舞わせた花びらよりも多く舞い飛んで。太陽の訪れぬ世界を照らす。
古縁塚 命
今、まさしく世界は滅びに向かっているけれど。
そうは感じさせないように。
晴嵐路 花楽
「……………………命お兄様……」
何もかも背負いたかった。
何もかも救いたかった。
何もかもを、貴方に押し付けてしまった。
その重さが声に宿ったかのように、貴方の名前をただ呼ぶ。
晴嵐路 花楽
「……………………どうして……」
私に、背負わせてはくれなかった。
守ってもらってばかりだった。
最後まで、何も返せないまま。
天立 羽琉
「……古縁塚さん………」
寂しげな背中の、少し向こうから。
祭壇に立つ命の姿を見上げてようとして。
天立 羽琉
「…僕は花楽や、乞姉さんとは違って……
古縁塚さんと、本当に腹を割って話をしたのはごく最近のことで……」
天立 羽琉
「実を言うと…会うたびに、ほんの少しだけ緊張していました。」
天立 羽琉
「もちろん、悪い人だと思っていたわけじゃ無いんですけれど……」
天立 羽琉
「古縁塚さんくらいの年齢の男の人とは、殆ど話をしたことが無かったから……
何だか、気恥ずかしさを感じていて……」
天立 羽琉
互いの想いが激しくぶつかる成人の儀の中、
果たして、余裕の無かったことか…或いは、敢えてそうしていたのか。
天立 羽琉
羽琉は――今日初めて、真正面から命の姿を見据えた。
天立 羽琉
その姿は、不思議と普段よりも大きく見えて――
天立 羽琉
「僕は……古縁塚さんとの出会いを忘れません。
僕が大人になるために…その背中を押してくれたのは、古縁塚さんだから。」
天立 羽琉
「貴方がいたから――僕は人生を変えることが出来た。」
天立 羽琉
「古縁塚さんとの思い出を、空っぽの穴にしたりなんてしない。
古縁塚さんの存在を、僕の心の中に残し続けて行くつもりです。」
天立 羽琉
「本当は……
貴方とも…もっと、もっと色んな話をしてみたかった!!」
天立 羽琉
思いの丈を叫びながら。
祭壇に立つ命を、しかと見つめる。
天立 羽琉
自身が憧れた者の姿を……
目指すべきと信じる大人の像を、瞼に刻み込むために。
隠岐 乞
「なあに」
すべてを背負う彼女を支えたかった。
想いを秘めるしかない彼女に寄り添いたかった。
少年の意志の果てを見守りたかった。
天へ喰らいつく姿を目にしたかった。
隠岐 乞
のこされたのは胸を焦がす焔。
これからも、消えることなく。
隠岐 乞
焔の蝶を肩にとまらせて少年と少女の背後に立つ。
ふたりを、あなたを、見守っている。
古縁塚 命
皆の顔を眺めて。
視線はひたむきで真っ直ぐな少年の元へ。
古縁塚 命
「羽琉くん。
…お風呂での会話は覚えているかな?」
古縁塚 命
「あの時、君は。
諦めようとはせずに、別の道を探そうとしていた」
天立 羽琉
「…はい、覚えています。
だけど、他のあらゆる道は古縁塚さんも探し尽くした後で……
残った道は、これしか残されていなかった。」
古縁塚 命
「…そうだね。この世界を救うにはもう、他に方法も時間もなかった」
古縁塚 命
「…君が抱えている問題は、僕が時間を作るから」
古縁塚 命
「どうか、君が僕に願った想いを花楽ちゃんに抱かさせないであげられるように」
古縁塚 命
「…花楽ちゃんと一緒に、足掻いてみせて欲しい」
古縁塚 命
「これが、一緒に秘密基地で話をしたり、一緒のお風呂に入った仲間からの最期のお願いだ。
…聞いてくれるかな?」
天立 羽琉
「……分かりました。
僕の一人の身では、どれだけ出来るか分からないですけれど……」
天立 羽琉
「花楽が、一緒なら……
きっと、やり遂げられると…僕も思います。」
天立 羽琉
「だって、古縁塚さんが力を振り絞って戦って……
僕たちの幸せを思って残してくれた世界ですから。」
天立 羽琉
「だから、僕も……
決して、誰も哀しむことが無いように……
どんなに困難だろうと諦めず、やり抜いて見せます。」
天立 羽琉
「……約束、です。」
最後は、屈託のない笑顔で。
古縁塚 命
誰よりもひたむきで。まっすぐな君の言葉なら。
晴嵐路 花楽
「……命お兄様」
本当の兄のようだと。
昔は無邪気に慕ったその笑顔を、恐る恐る、見上げて。
晴嵐路 花楽
「……ごめんなさい……」
一番最初に出てきた言葉は。
それしか、思いつかず。
古縁塚 命
「…花楽ちゃん。君には、”僕には出来ない”ことをしてもらいたい」
古縁塚 命
「儀式の前に、帝光の書…晴嵐路家に残されていた文献を読んだね?」
古縁塚 命
「…あれが残されているということは、以前にもこんなことはあったということだ」
古縁塚 命
「…これは、繰り返されるということだ」
古縁塚 命
「………その度に。僕や、花楽ちゃんや、羽琉くんのような存在が生まれる」
古縁塚 命
「羽琉くんと2人で、どうか。道を探して欲しい」
古縁塚 命
今までで誰よりも神に近い君ならば、それが出来ると思うから。
古縁塚 命
「両家には既に話はつけてあるから、調べるのにも苦労はしないと思う」
古縁塚 命
「…きっとこれは、僕がやることよりも大仕事で…大分大変だろうけれど……それを、花楽ちゃんに押し付けちゃおうと思う」
晴嵐路 花楽
「……お兄様は、いつも、わたくしにも、誰にも優しくて」
優しいから。
最後の瞬間にも、こんなにも沢山のことを思ってくれる。
沢山のものを、遺そうとしてくれる。
晴嵐路 花楽
「お兄様でいてほしかった……」
神様になんて、なってほしくなかった。
それでも。
夜が明ける。
天に、帝が座す。
その目が、瞳が、この世界を護る。
晴嵐路 花楽
もう、願いすら失ってしまった、望みのなくなってしまった自分に遺してくれる、微かな導の蝶、焔の残滓。
晴嵐路 花楽
「……大切にします。
お兄様が遺してくれた世界と、望みと」
貴方のいない世界で、貴方の遺してくれたものを確かめて。
夜が明ける。
天に、帝が座す。
その目が、瞳が、この世界を護る。
それでも。
晴嵐路 花楽
「たくさん……たくさん、ありがとう、お兄様」
それでも、貴方は確かに”人”だった。
神ではない、ただ一人の。
晴嵐路 花楽
「生まれてきてくれてありがとう、命お兄様」
人として生まれてくれて。
古縁塚 命
「……」
その言葉に、はっと目を開いて。
古縁塚 命
「…ありがとう。
花楽ちゃんも、どうか”良い人生”を」
かつて欲しかった言葉に微笑んで、少女を一人送り出す。
古縁塚 命
「色々と話したいことがあるんだけれど……」
古縁塚 命
きっと、その全てはもう。伝わっているだろうけど。
隠岐 乞
けれど、全てなんて。言葉にするたび湧いてしまうから。
古縁塚 命
その言葉に微笑んで。
語り尽くせぬ想いを眼差しに込めて。
古縁塚 命
「乞ちゃんには、僕の好物を供えてくれると嬉しいな」
隠岐 乞
「ふふっ。一番かっこいい馬と牛をつくったげる」
古縁塚 命
「うん。会う度に綺麗になったなって、驚くと思う」
隠岐 乞
「……君も聞いたかい?」
なんて、肩上の蝶に話しかける。
古縁塚 命
蝶は問いかけにひらりと飛んで。
まるで確かに頷くよう。
古縁塚 命
「…お盆でなくても、乞ちゃんが寂しい時は…必ず見守るから」
古縁塚 命
体が消えたって。
天に昇ったって。
僕は、ずっと。君のそばに居る。
隠岐 乞
そばに居て。天から見下ろして。お盆に帰ってきて。
隠岐 乞
あなたが一人きりの私を探したってバチは当たらない。
古縁塚 命
最期に、まだ幼い子どもたちのことを託す。
隠岐 乞
受け止める。あなたのしたいこと、したかったこと、心残りそのすべてを。
隠岐 乞
「近くで見たかったって後悔するくらい、すくすく育っちゃうから。もう大人だもの」
古縁塚 命
かつての子供だった自分も救われた気がして。
隠岐 乞
子供だった頃のあなたも、あたしの知らないすべてをひとつひとつ知って、ちがうよ、あたしは大事だよと言いたかったなんて。
古縁塚 命
最期に。全員へと視線を向けて。
最期に。もう一度だけ、貴女を見て。
天立 羽琉
その瞳に、勇気を得て。
儀式の行く末を見守ろうと。
古縁塚 命
それは命(いのち)の炎。
万物を照らし、育む生命の灯。
古縁塚 命
蝶は無数に羽ばたいて。
やがて空をも覆い尽くして。
古縁塚 命
”今日”から”明日”へ。
世界を繋ぐ日が灯る。
隠岐 乞
すすり泣く音。
うつくしく幻想的な景色に不似合いな命の囀り。
天立 羽琉
視界が光に包まれる間も、瞬きはせず。
世界に日が灯される瞬間を、その目に焼き付けて。
天立 羽琉
「…ありがとうございました。古縁塚さん……」
天立 羽琉
朝の風の音を聞きながら、小さく呟いた。
エピローグ 天立羽琉
天立 羽琉
では花楽ちゃんも一緒に出て来て頂いて良いですか?
天立 羽琉
日は、儀式から幾日か経った後。
場所は…どうしましょう。
秘密基地あたり来ます?
晴嵐路 花楽
ロケーションに関しては希望ないです、羽流くんのシーンなのでおまかせのつもりでいます。
天立 羽琉
では、勝負の直前にも二人で話をした
晴嵐路家の近くに在る森の中に、しましょう。
お手紙で呼び出すので、待ち合わせの時間に来て頂ければと。
天立 羽琉
――晴嵐路の屋敷から少し離れた森の中。
天立 羽琉
木漏れ日に照らされる景色は、今日という日も変わりなく。
晴嵐路 花楽
受け取った手紙に書かれていた時間より、失礼のない程度に少し早く。
あの日、地の上を滑るように軽やかだった足運びも、今はとてとてと。
土の上を歩く、人の子の足音。
晴嵐路 花楽
「……ここは、あの日も今日も、変わりませんね」
思い出の切り株を眺めながら、ぼんやりと。
天立 羽琉
「あれ、もう来てる? おーい、花楽~!」
そんなゆったりした空気を振るわすように、その後方から声が投げ掛けられる。
同時に忙しなく、ぱたぱたと駆ける足音が近付いて。
天立 羽琉
「や、花楽!
もしかして待たせちゃったかな?」
晴嵐路 花楽
「羽流さま」
驚きに、思わずぽかんと。
晴嵐路 花楽
「……こうして、お顔を拝見するのも久しぶりですね。いつものお洋服に戻られたのですか?」
今日はお婆さまのお咎めはなかったのかしらと、なんだか、すっかりいつもの様子の貴方に、少し表情を柔らかく。
天立 羽琉
「ふふん、久しぶりのフル装備だよ!
儀式の日から、花楽とも会えてなかったからさ。
この服も、また見せてあげたくって。
張り切ってお洒落して来ちゃった。」
晴嵐路 花楽
「以前に見たときは驚いてしまいましたが……今はこちらの方が慣れてしまった気がして。時間というのは、不思議なものですね」
天立 羽琉
「へへ…そうかな?
それなら、僕も嬉しいなあ。
服がしっかり馴染んで来た気がするって言うか…」
天立 羽琉
なんて言いながら、軽くポーズを取って。
嬉しそうにはにかんで見せる。
天立 羽琉
「…それにしても、さ。
あれから、あっという間に時間が経ったよね……
晴嵐路の家は大丈夫だった?
僕の所なんて、本当に大変でさ……」
晴嵐路 花楽
「……。そう、ですね……どこの家も。まだ、しばらく、落ち着くのは先になるかもしれません」
神の子である花楽ではなく、命が神としてその生命を擲ったことにより。
晴嵐路の家は今、二つに割れているといっても過言ではない状態です。
花楽を取り巻く事情も、相当に複雑化していましたが。
それでも。
晴嵐路 花楽
「……それでも。命お兄様が色々な手筈を整えていてくださったので……この間、」
ちょっと緊張したように言い淀んで。
晴嵐路 花楽
「……制服が届きました。羽流さまと同じ学校に通えるように、と」
天立 羽琉
「えっ! 花楽、僕と同じ高校に入学するの!?」
晴嵐路 花楽
「はい。……儀式には、失敗してしまいましたから。これからは、一人の忍びとして、……一人の人間として、自分の道を決めなければならない、と」
晴嵐路 花楽
「問題は沢山ありますが……乞お姉様をはじめ、支えてくださる方もたくさんいて。……わたしは。思ったより、沢山の方に支えられて、生きているのだと。初めて、知った気がします」
成人の儀を終えたとは言え。
まだ、子供ですからね。
そんなことも知らないような、子供達でしたので。
天立 羽琉
「…一人の人間としての道、かあ……
そうだよね、そういうことを…決めて行かないとだよね。」
天立 羽琉
「僕たちは、成人の儀を越えて…大人になるんだから。」
天立 羽琉
「とりあえずさ!
勉強で困ったことがあったら、僕に任せてよ!
こう見えて、成績は良い方なんだ!」
晴嵐路 花楽
「……はい。命お兄様との約束を果たすためにも、少しでも精進を重ねたいと思っております」
それは、自分の未来のための。
貴方の未来のための。
まだ見ぬ次の時代のための。
そういう、小さな一歩。
晴嵐路 花楽
「……大人になるということは。結局、どういうことなのか。実は、今でもあまりよく分かっていなくて」
大人って、子供って。
なんだか、世の中、分からないことばっかり。
晴嵐路 花楽
「……でも。羽流さまが、勉強を教えてくださるというのが。今は、すこし、楽しみです」
未来は、明日は、儀式の日より先の未来は。
まだまだ分からないことだらけだったので、今は、楽しみなことだけ数えて。
そうやって、少しずつ前を向いて。
天立 羽琉
「…ね、本当に。
いざ言われてみると、分からないことばかりだけど……」
天立 羽琉
「…そうだね、僕も楽しみ。
何でも教えられるように、僕もこれまで以上にたくさん勉強するからよ。」
天立 羽琉
「実を言うと、さ。
僕の家でも色々とあって……
親戚の人たちも皆集まる中で、儀式の顛末を何度も報告したりなんかして……」
天立 羽琉
「ともあれ、成人の儀を乗り越えたからね。
天立家としては…これからは僕を一人前の大人として認めてくれると、そう言っていたよ。」
天立 羽琉
「つまり、さ。
これからは、何をするにも僕の自由にして良いんだって!」
晴嵐路 花楽
「……自由」
ぽかん、と。
驚いたように呟いて、大きくまばたき。
初めて聞いた言葉を、上手く飲み込めないみたいな顔。
天立 羽琉
「そう、自由!
そうなると、やりたいことが沢山浮かんで来てさ!
良かったら、聞いて貰えるかな? 花楽。」
晴嵐路 花楽
「……やりたいことが、たくさん……」
それってなんだか、とってもすごいこと。
少しだけ間を開けてから、恐る恐る頷いて。
晴嵐路 花楽
「……わたしに、お話してくださいませんか?」
まだまだ慣れない、未来の話を。
天立 羽琉
「うん、まずは――
と思ったけど、その前にさ。
先に来てたみたいだし、疲れてない?
良かったら、あっちで座りながら聞いて良いよ。」
そう言うと、例の切り株の場所を指し示して。
晴嵐路 花楽
「……よろしいのですか?
では、あの……お言葉に甘えて……」
ご厚意に甘えて、恐る恐る。
ちょこん、と座って。
なんだか、子供の頃を思い出す気持ち。
天立 羽琉
「どうぞ、どうぞ! 座って座って!」
切り株に向かう後を付いて、傍に立ち。
「陽射しがあるから、帽子も貸してあげる!」
帽子を差し出して。
晴嵐路 花楽
「はわっ……あ、ありがとうございます……!」
驚きながら、帽子を受け取って。
天立 羽琉
「わ、似合ってる似合ってる!
やっぱり花楽も素質があるな~」
帽子を被る幼馴染を、嬉しそうに見て。
天立 羽琉
「と、言うわけで!
やりたいことの一つ目は、もっとお洒落をしたい! だよ。」
天立 羽琉
「ほら、花楽ともお洒落勝負の約束をしたし…
古縁塚さんから貰った雑誌にも、面白そうな服がたくさん載ってたからさ!
色々と試してみたいな~って思ってる!」
晴嵐路 花楽
「……おしゃれ」
おしゃれ。
そういえば、あの日もそんな約束をしていましたね。
晴嵐路 花楽
「……命お兄様が遺してくださったものを。羽流さまも大事にしてくださっているのですね」
貴方が、未来の話をしている。
やりたいことが沢山ある。
それだけのことが、なんだか、とても嬉しい。
晴嵐路 花楽
「……勉強だけでなく、おしゃれも。教えて頂かないとですね」
教えてもらいたいことが沢山あって。
時間なんて、いくらあっても足りなさそう。
天立 羽琉
「うん、僕の宝物だよ。」
あの日に貰った雑誌も、きっと擦り切れるまで読み込むことだろう。
「ふふん、任せておいて!
ばっちり花楽に似合うお洒落を僕も一緒に見付けてあげる!」
晴嵐路 花楽
「……ありがとうございます」
貴方と一緒なら、きっと見つかる、かも?
天立 羽琉
「実は、ピアスにも興味あるけど……
でも、穴を開けるのは怖いからなあ……
乞姉さんなら、痛くせずに済む方法を知ってたりするかなあ……」
天立 羽琉
かく言う少年のお洒落の道も、まだまだ道半ば。
天立 羽琉
「続いて、やってみたいこと2つ目!
ふふ…これはすごいよ。」
ビッと、二本指を立てる。
「僕ね…
屋敷を出て、暮らしてみたいんだ。
今すぐでなくても、その内にさ。」
晴嵐路 花楽
「……お屋敷を!?
え、では、羽流さまはどこで暮らされるのですか?
学校では、りょう、などで親元を離れる方もいるとは説明されましたが……」
天立 羽琉
「んーと…
寮もあるのだろうけど、そういうことでも無くって…
何て言うのかなあ……」
表現に悩みながらも、言葉を続ける。
天立 羽琉
「何て言うかな。
今までの自分を振り返ってみると…
天立家の屋敷を出て寝泊まりしたことって、数えるくらいしか無くってさ。
だけど、もう僕は一人前になったわけで…
そうなったからには、やっぱり自分の身の回りのことは自分でしないといけないと思うからさ。」
天立 羽琉
「屋敷だと、みんな優しくしてくれるし…
僕も、どうしても甘えてしまうと思うから。
だから、自分から外に出て行くべきだと思ったんだ。」
晴嵐路 花楽
「……一人前になるために?
……鳥の雛が、巣立つような意味、ということでしょうか?」
晴嵐路 花楽
「……羽流さまは。一人前になられたから、空へ旅立つときが来たのですね」
大きな空を自由に、どこまでも羽ばたいていける大人に。
天立 羽琉
「…僕だけとは限らないよ。
成人の儀を乗り越えたのは、花楽も一緒なんだから。
本当は、花楽だって一人前の筈なんだ。」
天立 羽琉
「…そうだ!
良かったら、花楽も一緒にどう?」
他意の無い、ただ親しいモノを誘う言葉。
「花楽も、晴嵐路のお屋敷を出ても良い頃なんだろうしさ。
僕と花楽の、協力し合えたら…
初めてだらけの暮らしも楽しいかなって思うんだ。」
晴嵐路 花楽
「……わたしも、ですか?」
ちょっと目をぱちくりさせて。
晴嵐路 花楽
「……」
すっごく真剣に考え込んでいます。
現実的な問題がなかなか多い気がしますが。
晴嵐路 花楽
「……多分ですが、その……家の方の問題がまだ、しばらく続くので、許可が降りない気がして……ただ、」
外で暮らせるようになるまでも時間がかかるでしょうし、あとはまあ、本人も気づいていませんが、男の子との同棲は周りの方々からも止められるでしょうしね。
晴嵐路 花楽
「……いつか、一人前になって。二人で、一緒に空を飛んで。……そういう日が来たらいいな、と。そう、思います」
まだまだ、学校もありますしね。
天立 羽琉
「ああ、そっか……
晴嵐路のお屋敷も大変そうだもんね……
そう簡単には行かない、かなあ……」
天立 羽琉
「…でも、いつか……
いつか、そういう日が来ると良いね。」
こくり頷いて。
「僕も家事を学んでおくからさ。
晴嵐路の家が落ち着いたら…また考えてみようか。」
天立 羽琉
「その時は、乞姉さんも誘って見るのも良いかもね!
乞姉さんなら一人暮らしも長いしさ。
色んな事を教えて貰えそうな気がするな~!」
晴嵐路 花楽
「まあ。……なんだか、とっても贅沢なお話になってきましたね……?」
くすくす。
乞お姉様、驚くだろうなぁ……という、ちょっと悪戯っ子みたいな顔。
天立 羽琉
「ね、すっごく楽しそうでしょう?
そんな日が来るように、僕も頑張らなくちゃ。」
顔を見合わせながら、小さく笑う。
晴嵐路 花楽
「はい!」
未来の話は。
いくら時間があっても、足りない。
実現しようと思ったら、尚の事。
天立 羽琉
「そして、もう一つ!
やりたいことの3つ目!」
弾むような声が、周囲に響く。
「これも近いうちに……冬休みか、春休み辺りかな?
少しだけ、長めの旅行をしてみたいんだ。」
晴嵐路 花楽
「旅行。……どちらかにお泊りに行かれるのですか?」
目的、場所、色々あるけれど。貴方の旅行はどんな計画?
天立 羽琉
「泊まり、というか旅…というべきなのかな?
何日くらいの旅程にするかも、まだ決めてないんだけど…」
天立 羽琉
「今、住んでいる場所の話をしたけれど…
ほら、僕らってさ。
妖魔退治の依頼を除くと、あまり遠くに行ったことが無かったでしょ?
いつも僕らのお屋敷の周囲で、集まって遊んでいたし……」
天立 羽琉
「そんな風に、これまでを振り返ってみると……
今の僕が見知っている世界が…何だか、とても狭いものに思えてさ。」
天立 羽琉
「…古縁塚さんは、僕らの居る場所を護ってくれた。」
顔を下げて、すぐ隣に視線を向けて。
「その世界を…僕はもっと、この目で見てみたいんだ。」
天立 羽琉
「古縁塚さんが何を残してくれたのか……
そのことを、ずっと忘れないためにも。」
晴嵐路 花楽
「……お兄様の護ってくださった、世界……」
晴嵐路 花楽
「……素敵な夢ですね。沢山。沢山、見てきてください。この世界を。お兄様が護った、遺してくださった世界を」
自分はまだ、なかなか自由になるまで時間はかかるだろうけど。
「わたしも。沢山、目に焼き付けます」
夜明けの来るこの世界を、昇る太陽を、照らされる世界を。
天立 羽琉
「…あれ、花楽は一緒に来てくれないの?」
天立 羽琉
「あんまりモタモタしてると、さ。
僕が先に、古縁塚さんのお願いを解決するカギを見付けちゃうかも知れないよ?」
晴嵐路 花楽
「……え?」
きょとんとして。
「……羽流さま、ずるいです、それは抜け駆けというものではありませんか……!?
わ、わたし、まだ家を離れるにも許可が必要なので……ああ、どうしましょう、乞お姉様に相談して……!」
わたわた。わたわた。
ゆっくりしていられません。
未来は少しも待ってくれませんからね。
天立 羽琉
「じゃ、乞姉さんに相談してみよっか!
きっと何かいい考えを出してくれるかも知れないし――」
名案だとばかりに、手を打って。
その後の時間も、止め処なく。
未来を語る時間は、いつまでも続いて行って。
エピローグ 隠岐乞
隠岐 乞
人混みを縫い走る、影ひとつ。
ときに道ゆく人にぶつかりかけて立ち止まったり、あるいは肩をあてることもあったり。
隠岐 乞
科学の光に照らされた街。
喧騒に満たされた、営みの水槽。
泳いでいる。ひとつの場所向かって。
隠岐 乞
灯りの下には影があり魍魎跋扈する存在がいる。
いた、というのが正しい。
隠岐 乞
約束の時間より少し早く、5分、10分その程度。
しかして待ち人は先に着いていた。
それも申し訳ないと感じるのを隠して、勝ち気に尋ねる。
隠岐 乞
「ん~? みんなそうしてるから。その方が馴染むでしょ」
隠岐 乞
道すがら交わす言葉は他愛もないことばかり。目にする同じ景色のこと、ひとのこと、さいきんのこと。
隠岐 乞
「……さんはあーしの学校に興味あったり、する?」
隠岐 乞
花楽ちゃんを高校に連れて行ったな、なんて過去を思い出す。
隠岐 乞
あのときは成人の儀を前にしてそれ以外の道はないと思いこんでいた。
隠岐 乞
急増する妖と神なき世に備えていたのは我が里だけでなく、数多くの忍、なによりも斜歯の叡智と科学力が原因を突き止めすべてを解決したのである。
隠岐 乞
うりゅーのことも。花楽ちゃんのことも。あなたのことも。すべて。
隠岐 乞
だからあたしたちの世界は小ささと狭さを保ったまま続いている。
隠岐 乞
外の世界のこと。
私だけのものにしていたこと。
隠岐 乞
言葉を交わすたび想いが溢れる。
次から次へ、伝えたいこと、聞きたいことが増えていく。
隠岐 乞
質問しっぱなしってやなんだよね。
なんだかあーしばっかりみたいで。
隠岐 乞
忍も、忍ではないものも、彼らの抱える世界のすべてを。
隠岐 乞
せせらぎの音。風が木の葉揺らす音。烏のかえる声。
隠岐 乞
この場所だけはいつも通り。
昔も今も変わらず凪いでいる。
隠岐 乞
目を閉じれば肩上でそよぐ焔の鱗粉をつぶさに感じ取る。
隠岐 乞
話しかける。天に、肩に、もしくは胸の煤へ。
隠岐 乞
「はじめは苦労するけどすぐに乗り越えちゃうんだろうな」
隠岐 乞
「うりゅ~ももっと頑張らないといけなくなるねえ」
隠岐 乞
そして楽しい時間を過ごすといい。
大人であり、子供でもある枠組みの中で世界を広げて居場所を増やして。
隠岐 乞
「で、彼ら彼女たちが学生生活を楽しんでる間に働くのが乞ちゃんってわけ」
隠岐 乞
「斜歯通信を使ったり調査を続けてる。他にもあるはずだもんね、似たような事例」
隠岐 乞
「乞ちゃんは期日までに成果出しちゃうから」
エピローグ 晴嵐路花楽
晴嵐路 花楽
晴嵐路家の玄関は、現代には大変珍しい、古めかしいものでした。
今はその玄関先に。
旧家の佇まいからは少し浮いた、学生が男女二人。
並んで立っています。
晴嵐路 花楽
「羽流さま、おまたせしてしまって申し訳ございませんでした。
乞お姉様も、制服のお手伝いありがとうございます」
季節外れの真新しい制服に身を包んで、慣れない鞄を握って。
本日、晴嵐路花楽、初登校。
隠岐 乞
「ん~~、似合う似合う! 花楽ちゃんはしゅっとしてすとんとしてるから洋服もいいね」
隠岐 乞
スマートフォン型忍具を胸ポケットに入れてご満悦。
隠岐 乞
「さ~てふたりとも準備が済んだことですし」
隠岐 乞
「うりゅ~。ちゃんとエスコートするんだよ?」
隠岐 乞
おねえちゃんの役目はお着替えまで。
登校するのはふたりのおしごと。
晴嵐路 花楽
「本当は、着慣れなくてすごく緊張したのですが……乞お姉様が沢山褒めてくださったので。胸を張っていってまいります」
そう、微笑んで。
天立 羽琉
「う、うん! もちろん!
わー、すごいな花楽……
何だか見違えて…少し、驚いちゃった。」
隠岐 乞
乞の肩上にとまる蝶もひらりひらと焔の鱗粉またたかせてご機嫌なご様子です。
晴嵐路 花楽
「……洋装。ちゃんと、似合いましたか?」
照れたように少し、ごまかすように笑いながら。
隣に視線を合わせて。
天立 羽琉
「んっ!」
こちらを見る瞳と、目が合って。軽く息が詰まって。
天立 羽琉
「あ…うん、そう…思う。」
頬に熱さを感じて、視線が逸れてしまう。
晴嵐路 花楽
「……あ!
えっと、いけません、学校は、ええと、遅刻してはいけないのですよね……?
そろそろ、出発しないと……!」
慣れない初登校にワタワタしながら、再び乞の方へ向き直り。
天立 羽琉
「あっ…ま、待って花楽!
もう一度、こっちを向いて欲しいんだけど……」
晴嵐路 花楽
「……羽流さま?」
貴方の声に、あら、と。
振り向き。
天立 羽琉
「だ、大丈夫…すぐ、済むから……
今の態度は…その……
一人前の姿とは、言い難いっていうか……」
天立 羽琉
もう一度。
今度は、正面から貴女の姿を見て。
晴嵐路 花楽
「……ありがとうございます!」
慣れない登校に緊張していたことなど忘れて。
花が開くように、笑って。
天立 羽琉
「すごく、可愛いと思う。」
はにかみながら、真っ直ぐな気持ちを告げた。
隠岐 乞
「学校の近くまで着いたらふつーの人みたいに歩かないといけないんだから」
天立 羽琉
「わ、乞姉さん!
ベ、別に忘れてなんてないよっ!?」
晴嵐路 花楽
「……羽流さま!
そうです、時間が!」
今度こそ。
二人並んで、乞お姉様の方を向いたでしょうか?
忘れちゃいけない、お決まりのご挨拶を並んで一緒に。
天立 羽琉
「うん、花楽。」
揃って並びながら、乞を向いて。
GM
学校へ向かう子どもたちを、朝の光がやわらかく照らす。