ラタス
リリオが事前に指摘したとおり、狂飆の頂の暴風域は広がっていた。
リリオ
「今更ユキやこよみに頭を下げに行くのも気まずいし?」
リリオ
「ま、最初から最後まで行くつもりだったよ」
リリオ
「こよみとユキを置いて出た時から、もう決めてた」
リリオ
「君を独り占めしたかったって言っただろ?」
ラタス
2 すさまじい砂嵐だ! ホワイトアウトし、立っているはずなのに前後左右どころか、上下すらもわからない。隣にいるはずの仲間にさえ声も届かない。
ラタス
己を見失うことがないように、崖から落下しないように。
リリオ
ラタスの温もりだけを頼りに、前のような気がする方へ進む。
ラタス
ただ手を繋いでいるだけのことで、これだけの繋がりを感じられたかどうか。
ラタス
どうして、おれは限界を迎えたのか、と思う。
リリオ
このままどちらか飛ばされてしまうのではないか、このまま離れ離れになるのではないか。
そんな不安に襲われる。
リリオ
ようやく捕まえたこの手を、救おうとしたもののひとかけらを、離したくない。
ラタス
その執着は、自分自身の命を身体に繋ぎ止めるものよりもきっと強い。
ラタス
首に掛けられた十字架は、思えば人に祈るときにしか使ったことはなかった。
リリオ
それでもこの刹那だけは、このひとの側にしがみついていたい。
ラタス
喜びが、ある。一秒一秒を惜しむ気持ちがある。
リリオ
聞こえないと分かっているが、言葉を口に出す。
リリオ
砂を取ろうとしたが、手袋も砂だらけなので諦めた。
ラタス
ただただしっかりと、痛いくらいに強く手が握られているだけだ。
リリオ
でも、痛いくらいでちょうどいい。
ラタスの命を感じられる。
リリオ
どうせ聞こえないから、今のうちに一生分呼んでおこう。
リリオ
「君のこと、気が利かない童貞坊やとか言ってごめん」
リリオ
「もっとたくさんのことが上手くいってたかもなぁ」
リリオ
「僕は最初、君のことを下層の象徴みたいに思ってた」
リリオ
「だから、君と仲良くなれて、下層全体に受け入れられた気がした」
リリオ
「君は下層の代表じゃなくて、ただのラタスだ」
ラタス
6 風が凪いだ。束の間の休息をとるか、あるいは今のうちに先を急ぐか。
リリオ
「さすがに飲めないけど、ちょっとくらい酔いたい気分だ」
ラタス
それはどんな関係であっても、きっと二人きりでなければ許されず。
ラタス
そんな些細なことが、きっと二人きりでいる一番の特権だった。
リリオ
「どこでもチューするバカなカップルになってしまった」
リリオ
もちろん、二人きりでなければこんな事はしない。
リリオ
しかし、以前は二人きりでもこんな事はしなかった。
リリオ
「地獄みたいな場所でも、あなたがいれば幸せよ、ってね」
ラタス
もっと早くこんな関係になっていたら、もっとおれは保ったのだろうか。
ラタス
そんな疑問が思い浮かんでも、当然口にはしない。
ラタス
愛を分かち合った人がいるということの重大さに比べれば。
リリオ
別にお花畑じゃなくても人をくすぐったりはする。
ラタス
こんな地獄みたいな山でくすぐりあうのはどう考えてもお花畑!
リリオ
めちゃめちゃくすぐりに弱い。泣くほど笑って悶えている。
ラタス
セックスのときもかなり声我慢してたもんな。
リリオ
「なんか笑って疲れた気はするけど、行こう」
リリオ
随分と進んだ。
少なくとも以前来た場所は通過した気がする。
リリオ
聞いておいてなんだけど、こういうの聞く自分になりたくなかった……。
リリオ
少なくとも、裏切るタイプだとは思われないだろう。
ラタス
「胸に、お前に突き立てられるはずだったナイフを抱えて、お前と組むことを決めたとき」
ラタス
「おれはお前がおれを信じるべきじゃないと思っていた」
ラタス
「救世主は殺し合う。裏切られて、寝首を掻かれてもおかしくはない」
リリオ
多くの救世主は、何人かで徒党を組む。
しかし、30日ルールがある以上心から信頼することは難しい。
ラタス
「お前に裏切られて殺されても、まあそれでもいいか、と思った」
ラタス
「……だからよく寝れたんだぜ、リリオの隣は」
リリオ
そんな事をする訳はないが。
ラタスにとっては、その方が楽だったかもしれない。
ラタス
「商人の馬車の荷台に乗って風に吹かれて旅をして」
リリオ
そう考えると、まだまだラタスのためにできなかった事は多い。
ラタス
「そのときに好意を抱いたのかもしれないな」
ラタス
まあ、それ以上にはっきりとしたラインはない。そういうもんだろ?
リリオ
「最初の裁判、覚えてる?
知り合ってすぐ、亡者に襲われたやつ」
ラタス
まだ亡者だのなんだのもそこまでちゃんとわかってなかった。
ラタス
全然決着つかないんだよなあ! おれたち非力だから。
リリオ
「同郷だってことは分かったけど、そのくらいで完全に他人だったのに」
リリオ
「でも、嬉しくて、そのまま好きになっちゃって」
ラタス
懐からナイフを取り出し、それを手の内でくるくると弄ぶ。
ラタス
懐にしまわれていたそれは、まだラタスの体温をそのまま帯びていた。
リリオ
「元々僕の心臓を貫く予定のものだったんだ」
リリオ
「どうかな~、ちょっと貸せとかくらいは言うんじゃない?」
リリオ
前は、ラタスを除く3人で抜けた雲の中をゆく。
リリオ
風に流されそうになりながらも、共にいる恋人の手を支えに進む。
ラタス
煙突のように逆巻く雲が上へ上へと登り、その真ん中に青空がある。
ラタス
「『おれはいつ殺されるかわからない身だ――』」
ラタス
「『いつの日か、不意に帰らなくなる日がくるかもしれねー』」
ラタス
「スラムのやつらとか……8割ガセの情報屋とか……」
ラタス
「『ラタスの兄貴ィー、今日こそは良いネタ上がってるんすよぉー』」
リリオ
「ガセじゃなくても、聞いてた3倍大変な仕事そう」
ラタス
「本人はマジだと思ってるからタチ悪いんだよあいつ」
リリオ
「きみがそれを言ってたのは、亡者になった後だったんだよ」
リリオ
「思うんだけどさ、亡者にも心は残ってるんじゃないかな」
リリオ
「オールはわざと負けてくれたような気がするし、死してなお、愛する者を追いかける亡者もいると聞いた」
リリオ
「亡者は言葉と自我を失うけど、心はそのままなんじゃないのかな」
リリオ
「僕が君に一番望むことは、君が死なないこと」
リリオ
「心が残っているのなら……、君は、君のせいで死ぬことはない」
ラタス
「……まあ、お前一人で亡者を相手取るのは、難しいだろうしな」
リリオ
「どうかな?予知パワーで完全勝利しちゃうかも」
リリオ
「君は僕の望みを、全て叶えてくれたことになる」
ラタス
「何から何まで負わせるみたいで、それは――」
リリオ
「そういうのを独り占めしたくて、ここまで来てるんだ」
ラタス
かっこつけバトルで雌雄を決してきたおれたちとしてもな。
リリオ
「君に男としてのプライドを守られるの、ちょっとムカつくからな~」
ラタス
「向こうにはただ空が続いているとしても、飛んでいければどれだけいいか」
ラタス
「おれの人生は確かにクソみたいなもんだったがな。地の底でドブをかけずり回る、そんなのばっかりだったが」
リリオ
楽しかったならよかった、なんて能天気に言うこともできない。
ラタス
「生まれてこなければよかった、とは思っちゃいない」
ラタス
「何も生に倦んで死ぬことを選んだわけじゃない」
リリオ
「僕はもっと……君とやりたいこと、あったけどね」
ラタス
「悪いな。あとの続きは……夢にでも見てくれ」
リリオ
今は、泣いていい時じゃない。
泣きたい時じゃない。
GM
亡者に心があるとするなら、今はまだ別れではない。
リリオ
地の底でドブをかけずり回る、獣の姿の恋人を。
ブラッドスクーパー
両手は血に濡れた刃で、暗闇と煙に溶ける被毛。
ブラッドスクーパー
通り過ぎたあとに血のあとを引きずるような、赤い尾。
リリオ
そういえば、彼の信仰心については聞けなかった。
リリオ
時間なんて、いくらあっても足りなかったのだ。