ラタス
狂飆の頂。
リリオ
この場所に来るのは二度目だ。
ラタス
リリオが事前に指摘したとおり、狂飆の頂の暴風域は広がっていた。
リリオ
「急ごう」
ラタス
「来るんだな」
ラタス
確認する。
リリオ
「来ない方がいい?」
ラタス
「そんな寂しいことは言わない」
リリオ
「あはは」
ラタス
今さら言いはしない。
リリオ
「ま、ここまで来たんだし」
リリオ
「今更ユキやこよみに頭を下げに行くのも気まずいし?」
ラタス
「……ああ」
ラタス
「なら、行こう」
ラタス
「お前は、おれのものだ」
リリオ
「う~ん、それだけ聞くと横暴だな~」
ラタス
「手放したくない」
リリオ
「ちょっと酒飲んでいい?」
ラタス
「足を滑らせるぞ」
リリオ
「はは、違いない」
リリオ
「ま、最初から最後まで行くつもりだったよ」
リリオ
「こよみとユキを置いて出た時から、もう決めてた」
ラタス
「……そうか」
リリオ
「君を独り占めしたかったって言っただろ?」
ラタス
「したな。なにからなにまで」
リリオ
「したな~」
リリオ
「贅沢な時間だった」
ラタス
「あとは、この山で過ごす時間のみ、か」
ラタス
「なら、行こう」
リリオ
「また登るのやだな~」
リリオ
軽口を叩きながら、登山する。
ラタス
ラタス
1d6 (1D6) > 2
ラタス
2 すさまじい砂嵐だ! ホワイトアウトし、立っているはずなのに前後左右どころか、上下すらもわからない。隣にいるはずの仲間にさえ声も届かない。
ラタス
何もかもがめちゃくちゃだった。
ラタス
己を見失うことがないように、崖から落下しないように。
ラタス
リリオと手を繋いで耐えていた。
リリオ
ラタスの温もりだけを頼りに、前のような気がする方へ進む。
ラタス
じりじりとにじるように進む。
ラタス
夢の時と、どうだったろうか。
ラタス
ただ手を繋いでいるだけのことで、これだけの繋がりを感じられたかどうか。
リリオ
こんな酷い砂嵐には遭遇していない。
ラタス
手放したくない、と思う。
ラタス
どうして、おれは限界を迎えたのか、と思う。
リリオ
心細くて、ラタスの手を強く握る。
ラタス
おれからすれば、十分小さな手だ。
ラタス
その手で下層を救おうとしてきたのだ。
リリオ
このままどちらか飛ばされてしまうのではないか、このまま離れ離れになるのではないか。
そんな不安に襲われる。
ラタス
手放さない。
ラタス
執着。
リリオ
ようやく捕まえたこの手を、救おうとしたもののひとかけらを、離したくない。
ラタス
その執着は、自分自身の命を身体に繋ぎ止めるものよりもきっと強い。
ラタス
首に掛けられた十字架は、思えば人に祈るときにしか使ったことはなかった。
リリオ
これは死出の旅。
何も残らない旅。
リリオ
それでもこの刹那だけは、このひとの側にしがみついていたい。
ラタス
元々は、一人で登るつもりだった山だ。
ラタス
どうしてか、二人で登っている。
リリオ
どうしてか、一人でついてきた。
ラタス
喜びが、ある。一秒一秒を惜しむ気持ちがある。
リリオ
30日目が、永遠に来なければいい。
ラタス
それでも、時計の砂はとまらない。
リリオ
「ラタス」
リリオ
聞こえないと分かっているが、言葉を口に出す。
リリオ
砂が口に入った。
ラタス
聞こえない。
リリオ
砂を取ろうとしたが、手袋も砂だらけなので諦めた。
リリオ
あまり口を開かないように、小さく呟く。
リリオ
「ラタス」
リリオ
どうせ聞こえない。
ラタス
ただただしっかりと、痛いくらいに強く手が握られているだけだ。
リリオ
手が痛い。
リリオ
でも、痛いくらいでちょうどいい。
ラタスの命を感じられる。
リリオ
「ラタスくーん」
リリオ
「ラタスちゃん」
リリオ
「ラタス~」
リリオ
「ラタスお嬢様~」
リリオ
「ラタスお兄ちゃ~ん」
リリオ
名を呼ぶ。
リリオ
どうせ聞こえないから、今のうちに一生分呼んでおこう。
リリオ
「ラタス」
リリオ
「君のこと、気が利かない童貞坊やとか言ってごめん」
リリオ
「君も頑張ってたのになぁ」
リリオ
「僕がもっと、察しがよければ」
リリオ
「もっとたくさんのことが上手くいってたかもなぁ」
リリオ
口にどんどん砂が入る。
リリオ
ぺっぺっ
リリオ
「ラタス」
リリオ
「僕は最初、君のことを下層の象徴みたいに思ってた」
リリオ
「だから、君と仲良くなれて、下層全体に受け入れられた気がした」
リリオ
「でも、それは間違ってた」
リリオ
「君は下層の代表じゃなくて、ただのラタスだ」
リリオ
「僕は、ただのラタスが好きだよ」
リリオ
めちゃめちゃ砂が口に入る。
リリオ
いい加減黙ることにした。
ラタス
1d6 (1D6) > 6
ラタス
6 風が凪いだ。束の間の休息をとるか、あるいは今のうちに先を急ぐか。
ラタス
あんなにすさまじかった風がぴたりと止む。
ラタス
「……なんでそんな口が砂まみれなんだ」
リリオ
手袋を取って、口の中の砂を払っている。
ラタス
「ゆすいどけ」
ラタス
水の入った瓶を渡す。
リリオ
水……もったいなくないか……?
ラタス
どうせ飲みきらないさ。
リリオ
「酒が残ってるから、酒でゆすぐよ」
ラタス
「そうだな」
リリオ
「さすがに飲めないけど、ちょっとくらい酔いたい気分だ」
リリオ
ゆすいでいる。
リリオ
「どうする?先に進む?」
ラタス
その問いに答える前に、軽く口付けをする。
リリオ
「え~、なに急に」
ラタス
「軽く程度に進もう」
ラタス
「したくなっただけだ」
リリオ
ラタスの頭を引き寄せる。
ラタス
したくなって、したくなったらする。
リリオ
同じように、軽い口付け。
ラタス
「ははは」
ラタス
それはどんな関係であっても、きっと二人きりでなければ許されず。
ラタス
そんな些細なことが、きっと二人きりでいる一番の特権だった。
リリオ
「あ~あ」
リリオ
「どこでもチューするバカなカップルになってしまった」
ラタス
「そうだなぁバカだなあ」
リリオ
もちろん、二人きりでなければこんな事はしない。
リリオ
しかし、以前は二人きりでもこんな事はしなかった。
リリオ
「人との関係って、変わる時は変わるなぁ」
ラタス
「そうだな」
リリオ
繋いだままの手を、ぷらぷら揺らす。
ラタス
じゃれあいをほしいままにした。
ラタス
「わりと楽しいな」
ラタス
「こんな場所でも」
リリオ
「地獄みたいな場所でも、あなたがいれば幸せよ、ってね」
ラタス
「いやあ、バカだなー」
リリオ
「あっはっは」
リリオ
「割と本気でそう思ってるから困る」
ラタス
「以前のお前だったら」
ラタス
「口が裂けても言わなかったろうに」
リリオ
「…………」
リリオ
「口が裂けても言わないな………」
リリオ
「死にたくなってきた……」
ラタス
「ははは。以前のリリオだ」
リリオ
「頭がお花畑になっているのを感じる……」
ラタス
「ははは」
ラタス
もっと早くこんな関係になっていたら、もっとおれは保ったのだろうか。
リリオ
見ていないことは分からない。
ラタス
そんな疑問が思い浮かんでも、当然口にはしない。
ラタス
そんなもしもは意味がない。
リリオ
もしもも、べきも、意味はない。
ラタス
今、目の前に、こうして。
ラタス
愛を分かち合った人がいるということの重大さに比べれば。
ラタス
何一つ。
リリオ
「よし、ここからはいつも通りの僕で行く」
リリオ
「もうお花畑にはならないぞ」
ラタス
「ぜってーつづかない」
ラタス
脇腹を小突く。
リリオ
「ふっ、言っていればいい」
リリオ
脇腹を小突き返す。
リリオ
ついでに脇腹をくすぐる。
ラタス
すでにいつも通りの僕じゃなくないか?
ラタス
笑いながら身をよじる。
リリオ
別にお花畑じゃなくても人をくすぐったりはする。
ラタス
くすぐり返す。
リリオ
「あっ、こらばかやめろ」
ラタス
こんな地獄みたいな山でくすぐりあうのはどう考えてもお花畑!
リリオ
めちゃめちゃくすぐりに弱い。泣くほど笑って悶えている。
ラタス
セックスのときもかなり声我慢してたもんな。
リリオ
おい。
ラタス
色々敏感なんだなあ。
リリオ
おい!
ラタス
ひとしきり笑ったあと。
ラタス
「んじゃ、いくか。休憩できたか?」
ラタス
休憩っつーかくすぐりあってたな。
リリオ
「なんか笑って疲れた気はするけど、行こう」
ラタス
1d6 (1D6) > 3
ラタス
*それが25日目のこと。
ラタス
1d6 (1D6) > 6
ラタス
ラタス
風が吹きすさぶ山を進む。
リリオ
随分と進んだ。
少なくとも以前来た場所は通過した気がする。
リリオ
「なぁラタス」
ラタス
「おう」
リリオ
「せっかくだから聞いておくけど」
リリオ
「いつから僕のこと好きだった?」
ラタス
「ははぁ」
ラタス
あごひげをなでくりまわしている。
リリオ
聞いておいてなんだけど、こういうの聞く自分になりたくなかった……。
ラタス
「信頼は初めからしていた」
リリオ
「お、それは嬉しいな」
ラタス
「まあ、知ってたわけだからな」
リリオ
「それもそうか」
リリオ
少なくとも、裏切るタイプだとは思われないだろう。
ラタス
「胸に、お前に突き立てられるはずだったナイフを抱えて、お前と組むことを決めたとき」
ラタス
「おれはお前がおれを信じるべきじゃないと思っていた」
ラタス
そりゃ殺そうとしてたわけだからな。
リリオ
「……」
ラタス
「救世主は殺し合う。裏切られて、寝首を掻かれてもおかしくはない」
リリオ
多くの救世主は、何人かで徒党を組む。
しかし、30日ルールがある以上心から信頼することは難しい。
ラタス
「お前に裏切られて殺されても、まあそれでもいいか、と思った」
リリオ
「はは」
リリオ
「ラタスらしい」
ラタス
「……だからよく寝れたんだぜ、リリオの隣は」
リリオ
「いや~……」
リリオ
「寝首を掻いた方がよかったかな?」
ラタス
「ま、心持ちの問題だ」
リリオ
そんな事をする訳はないが。
ラタスにとっては、その方が楽だったかもしれない。
ラタス
「商人の馬車の荷台に乗って風に吹かれて旅をして」
リリオ
そう考えると、まだまだラタスのためにできなかった事は多い。
ラタス
「あんたの肩で眠ったあとに」
ラタス
「そのときに好意を抱いたのかもしれないな」
リリオ
「そんなこともあったな」
ラタス
まあ、それ以上にはっきりとしたラインはない。そういうもんだろ?
リリオ
恋なんてそんなものだ。
リリオ
「じゃあ、僕のほうが先に好きになってた」
ラタス
「へえ」
リリオ
「最初の裁判、覚えてる?
知り合ってすぐ、亡者に襲われたやつ」
ラタス
「ああ」
ラタス
まだ亡者だのなんだのもそこまでちゃんとわかってなかった。
ラタス
全然決着つかないんだよなあ! おれたち非力だから。
リリオ
決定打がないもんな~!!
リリオ
ずっと妨害してた
リリオ
「同郷だってことは分かったけど、そのくらいで完全に他人だったのに」
リリオ
「君は僕に背中を任せてくれた」
リリオ
「最初は迂闊だなって思ったよ」
リリオ
「でも、嬉しくて、そのまま好きになっちゃって」
リリオ
「自分のチョロさに絶望した」
ラタス
「似たような感じだな、結局んとこ」
ラタス
懐からナイフを取り出し、それを手の内でくるくると弄ぶ。
ラタス
「こいつが導いた運命だったな」
リリオ
「そうだなぁ」
リリオ
「ラタス、それ、僕にくれない?」
ラタス
「いいぜ」
ラタス
手渡す。
リリオ
「わーい」
リリオ
受け取る
リリオ
「夢で君からナイフをもらったんだ」
リリオ
「じゃあ、また欲しいじゃない?」
ラタス
「確かに、まあ」
リリオ
以前と同じように、大事にしまう。
ラタス
黒く塗り込まれ、闇に溶けるナイフ。
ラタス
懐にしまわれていたそれは、まだラタスの体温をそのまま帯びていた。
リリオ
人殺しの道具に、ラタスの体温を感じる。
リリオ
「元々僕の心臓を貫く予定のものだったんだ」
リリオ
「今更これくらいは、許されるよね」
ラタス
「ああ、貰ってくれ」
リリオ
「貰った」
リリオ
「絶対返さないからな~」
ラタス
「そんなせこいこと言わねえよ」
ラタス
笑いながら言う。
リリオ
「どうかな~、ちょっと貸せとかくらいは言うんじゃない?」
リリオ
こちらも笑いながら。
ラタス
「なんでだよ」
リリオ
「さぁ?」
ラタス
いっぱいもってるぞナイフ。
リリオ
いっぱい持ってるはずなんだけどなー!
ラタス
行く手に逆巻く雲がある。
ラタス
「あそこを通らないとだめか……」
ラタス
マスクを装着する。
リリオ
「行こう」
リリオ
自分もマスクを被る。
ラタス
「ああ」
ラタス
手を取る。
リリオ
手を握る。
リリオ
二人だけでここまで来てしまった。
リリオ
こよみとユキを思う。
リリオ
前は、ラタスを除く3人で抜けた雲の中をゆく。
ラタス
激流と呼ぶに相応しい風。
ラタス
時折雷光が迸り、視界を白く染め上げる。
リリオ
風に流されそうになりながらも、共にいる恋人の手を支えに進む。
ラタス
そして。
ラタス
青空。
リリオ
風が止んでいる。
ラタス
煙突のように逆巻く雲が上へ上へと登り、その真ん中に青空がある。
リリオ
見上げる。
ラタス
青い窓を見上げる。
リリオ
「空だなぁ」
ラタス
「空だな」
リリオ
「結構高い所にある」
ラタス
「高いな」
リリオ
青い窓に、手を伸ばす。
ラタス
その手を見る。
ラタス
空からの光に翳る手。
リリオ
「僕が見た予知夢では」
リリオ
「君は言っていた」
リリオ
「お前たちはあれを越えていくんだ」
リリオ
「……僕達が越えても、仕方ないのにね」
ラタス
「……」
ラタス
「本当に、何でも知ってるんだな」
リリオ
「予知ですから」
ラタス
「それは、おれがガキに言ってきた言葉だ」
リリオ
リリオ
「そうだろうね」
ラタス
「『おれはいつ殺されるかわからない身だ――』」
ラタス
「『いつの日か、不意に帰らなくなる日がくるかもしれねー』」
ラタス
「『それでもお前たちは――』」
ラタス
「『お前たちはあれを越えていくんだ』」
リリオ
「いい父親してるじゃないか」
ラタス
「だろぉ?」
リリオ
「父親向いてなさそうな顔なのになー!」
ラタス
「父ってほど大層なことはやれてねえな」
ラタス
「兄貴ってとこで」
リリオ
「言われてみれば、兄貴顔ではあるな」
リリオ
「よ、ラタスの兄貴!」
ラタス
「それ散々言われてきたな!」
リリオ
「言われてそう」
ラタス
「スラムのやつらとか……8割ガセの情報屋とか……」
リリオ
「言われてそう~!」
リリオ
「ラタスの旦那とかも言われてそう」
ラタス
「言われた言われた」
ラタス
「『ラタスの兄貴ィー、今日こそは良いネタ上がってるんすよぉー』」
リリオ
「ははは、ガセそう~!」
リリオ
「ガセじゃなくても、聞いてた3倍大変な仕事そう」
ラタス
「それな」
ラタス
「本人はマジだと思ってるからタチ悪いんだよあいつ」
リリオ
「はははは」
リリオ
「まぁ、それで」
リリオ
「きみがそれを言ってたのは、亡者になった後だったんだよ」
リリオ
「思うんだけどさ、亡者にも心は残ってるんじゃないかな」
ラタス
「どうだかなぁ」
リリオ
「オールはわざと負けてくれたような気がするし、死してなお、愛する者を追いかける亡者もいると聞いた」
リリオ
「亡者は言葉と自我を失うけど、心はそのままなんじゃないのかな」
ラタス
「だとしても、発狂はしている」
ラタス
「お前たちはガキじゃないんだからな」
リリオ
「狂ったからって、嫌いにはなれないよ」
ラタス
「じゃあ、まあ、心があると仮定して」
ラタス
「それで、どうなんだ?」
リリオ
「僕が君に一番望むことは、君が死なないこと」
リリオ
「心が残っているのなら……、君は、君のせいで死ぬことはない」
リリオ
「そういうふうに思える」
ラタス
「……」
ラタス
「……まあ、お前一人で亡者を相手取るのは、難しいだろうしな」
リリオ
「どうかな?予知パワーで完全勝利しちゃうかも」
ラタス
「あれを見ると否めないんだよな」
リリオ
「ははは」
リリオ
「そうなったら、君が死ぬのは僕のせいだ」
リリオ
「悪いのは僕で、君のせいじゃない」
リリオ
「君は僕の望みを、全て叶えてくれたことになる」
ラタス
「それは……」
ラタス
「いや」
ラタス
「好きにしてくれ」
リリオ
「言いかけたんだから言えよ」
ラタス
「何から何まで負わせるみたいで、それは――」
ラタス
「心苦しい」
リリオ
「何を今更」
リリオ
「そういうのを独り占めしたくて、ここまで来てるんだ」
ラタス
「男としてのプライドがだな~」
ラタス
かっこつけバトルで雌雄を決してきたおれたちとしてもな。
リリオ
「君に男としてのプライドを守られるの、ちょっとムカつくからな~」
ラタス
「ははは」
ラタス
「でも、いいさ」
ラタス
「好きにしてくれ」
リリオ
「ま、普通に考えたら勝てないしね」
リリオ
「なるようになるさ」
リリオ
ファイナルかっこつけバトルで勝負だ!
ラタス
「ああ」
リリオ
「……」
ラタス
「しかし、いいもんだな、空ってのは」
リリオ
「そうだね」
リリオ
「ずいぶん久しぶりに見た」
ラタス
「向こうにはただ空が続いているとしても、飛んでいければどれだけいいか」
リリオ
ラタスにはそれができない事を知っている。
ラタス
「でも、まあ、いいんだ」
ラタス
「おれの人生は確かにクソみたいなもんだったがな。地の底でドブをかけずり回る、そんなのばっかりだったが」
ラタス
「別にそれなりに楽しくやってきたんだぜ」
リリオ
楽しかったならよかった、なんて能天気に言うこともできない。
リリオ
楽しいばかりではなかったはずだから。
ラタス
「生まれてこなければよかった、とは思っちゃいない」
ラタス
「何も生に倦んで死ぬことを選んだわけじゃない」
ラタス
リリオの手を取る。
ラタス
たぐり寄せる。
ラタス
かき抱き、
ラタス
口付けをする。
リリオ
唇を奪われる。
ラタス
「やりたいこともあらかた出来たしな」
リリオ
「ふふ」
リリオ
「僕はもっと……君とやりたいこと、あったけどね」
リリオ
「仕方がない。時間は限られている」
ラタス
「悪いな。あとの続きは……夢にでも見てくれ」
リリオ
「いい夢を見たいところだ」
ラタス
「リリオ」
ラタス
「お前がいてくれてよかった」
ラタス
「ありがとう、愛している」
リリオ
「はは」
リリオ
「好きだよ、ラタス」
リリオ
「愛している」
ラタス
頷き、
ラタス
今一度強く抱き、
ラタス
放す。
ラタス
発煙装置のスイッチを入れる。
リリオ
俯いて。
リリオ
数歩、下がる。
ラタス
黒い煙が立ち登り、ラタスの姿が覆われる。
リリオ
涙が溢れてはいけない。
GM
さよならは言わなかった。
リリオ
今は、泣いていい時じゃない。
泣きたい時じゃない。
GM
亡者に心があるとするなら、今はまだ別れではない。
リリオ
さよならは、もう少し先だ。
GM
黒い煙が薄れる。
ブラッドスクーパー
「……」
リリオ
亡者を見上げる。
リリオ
地の底でドブをかけずり回る、獣の姿の恋人を。
ブラッドスクーパー
両手は血に濡れた刃で、暗闇と煙に溶ける被毛。
ブラッドスクーパー
通り過ぎたあとに血のあとを引きずるような、赤い尾。
ブラッドスクーパー
ガスマスクと十字架。
リリオ
亡者の首から下がる十字架を見る。
リリオ
そういえば、彼の信仰心については聞けなかった。
リリオ
時間なんて、いくらあっても足りなかったのだ。