◆エピローグ:天之 韴子
天韴比売命
目の前の料理を見ながら、微笑む霊体があった。
天韴比売命
天韴比売命(あめのふつのひめのみこと)は、生まれたばかりの神だ。
天韴比売命
世界を命運を握るだけの力を持ちながら、独り言が多く、すぐ本心を吐露する癖を持つ未熟な神だ。
天韴比売命
「一人の時でも人目が気になるだろうに、それでもここだと脱いでくれる」
天韴比売命
「ねーいよちゃん。いよちゃんってそんなに好きだったっけ、筑前煮」
天韴比売命
「なんでいつも筑前煮のときは二人分作るの?」
天韴比売命
食事を進める目の前の人物に、無意味な問いかけを一方的に続ける。
天韴比売命
やがてそんなひと時が終われば、霊体は満足げな笑みを浮かべて消えた。
天韴比売命
書き物机の置かれた部屋で、男の隣に佇む姿がある。
天韴比売命
「いやけど、これならセーフ。私の方がかわいいもん」
天韴比売命
「厳しくしてくれてよかったんだよ、私なんかのことは」
天韴比売命
「これはちょっとダメだったな……聞いてるか?こら、もっくん」
天韴比売命
「今、こうなってるわけだもんなあ……」
天韴比売命
風がページをめくり、天の彼方へと送る。
天韴比売命
「早く強くならないかな。でも勉強の方も頑張って欲しいな」
天韴比売命
「つい助けたくなっちゃうんだよね。でも私は志筑には絶対に何もしないぞ」
天韴比売命
「ぜんぶ自分の努力で勝ち取って欲しいもんね」
天韴比売命
「あれは無かったなー。この前の、雨を降らせて女子との出会いを妨害したやつ」
天韴比売命
「自分でやっといてドン引き。もうしないぞ」
天韴比売命
人のように道路を歩く。人の速度でアスファルトを踏む。
天韴比売命
足音は鳴らないけれど。路面の感触はないけれど。
天韴比売命
「はー。思ってる事、すぐ口から出ちゃう」
天韴比売命
「昔はもうちょっと隠し事上手だったと思うんだけどな」
天韴比売命
「私、世界を救って神様になって、悪い遊びを覚えたよ」
天韴比売命
「きっといつか、悪い神様を倒してくれる人が現れる」
天韴比売命
大きなシャツをはためかせ、くるりくるりと回る。
天韴比売命
この世界のどこにも交わらない少女がいた。
◆エピローグ:静寂ヶ原 志筑
静寂ヶ原 志筑
夕。学校が終わり、帰宅して、それから。
静寂ヶ原 志筑
走り込み、素振り、型稽古。
いつも通り、変わらないトレーニング。
静寂ヶ原 志筑
多分これからも変わらないだろうなと思う。
静寂ヶ原 志筑
ひとつ、ひとつ、小さな手応えを手繰りながら。
静寂ヶ原 志筑
男だからとか、家のためとか、そういうことは、あんまり気にならなくて。
静寂ヶ原 志筑
強くなって何がしたいのか、考えたとき、思うこと。
静寂ヶ原 志筑
風が吹く。汗ばんだ肌に優しく触れる。
静寂ヶ原 志筑
追風に背を押してもらう。
だから、向かい風に、胸を張る。
静寂ヶ原 志筑
全部、ちゃんと、自分の選んだことだ。
静寂ヶ原 志筑
模擬刀を片付け、軽く水を浴びて、部屋に戻る。
静寂ヶ原 志筑
たくさん鍛錬をしよう。
たくさん勉強をしよう。
静寂ヶ原 志筑
自分のしたことの結果に、神頼みはしないけれど。
静寂ヶ原 志筑
おれのことを、見ていてくれる神様がいるのなら……
静寂ヶ原 志筑
その目に応えられる、頑張っている自分でいたいから。
静寂ヶ原 志筑
おれにとっては、自分のやりたいことが、やるべきことだ。
GM
成人の儀を済ませた忍者と、彼を取り巻く世界の話。