◆クライマックスフェイズ 終了
GM
新たな神、完全なる神の誕生を、世界へと知らしめる緩やかな風が。
GM
この場に在る、全てのシノビの傷を癒やして吹き抜けた。
静寂ヶ原 志筑
伏していた身体が、ごろん、と仰向けになった。
静寂ヶ原 志筑
「お前がどうなるんでも、……ただ勝ちたかったのも、本当だよ」
天之 韴子
「だから嬉しいんだ。自分の意志で戦ってくれた」
静寂ヶ原 志筑
「馬鹿だな。おれは、やりたくないことのためには、そんなに頑張れない」
天之 韴子
「志筑が……お家の使命とか、私のためとかだけで動くようだったら……」
静寂ヶ原 志筑
「最後まで、お前がそう言ってくれる相手だった?」
静寂ヶ原 志筑
「いつか、神様と戦えるくらい強くならないとだめかもな」
静寂ヶ原 志筑
「お前のこと、覚えてられなくても」
静寂ヶ原 志筑
「お前と同じくらいわかりやすいだろ」
天之 韴子
「頑張ってくれてるの、ずっと見てたから」
静寂ヶ原 志筑
「どうだろ。もうちょっと手前でなんとかしたいけど」
天之 韴子
「呪いみたい。ちゃんと幸せになれる?」
静寂ヶ原 志筑
「お前がいないとだめなおれだったら、お前、困るだろ」
天之 韴子
「志筑はきっと、これからも真っすぐ生きていけるんだろうな」
天之 韴子
「立派な大人になれるといい。一流の忍者で、人が救えるお医者さん」
静寂ヶ原 志筑
「……お前が好きでいてくれた静寂ヶ原志筑は、」
静寂ヶ原 志筑
「たぶん、……ずっとそうやって生きてく」
静寂ヶ原 志筑
「この先、おれが、お前のこと覚えていられなくても」
静寂ヶ原 志筑
「覚えていられる最後の瞬間まで、天之韴子は、おれの一番大切な女の子だ」
静寂ヶ原 志筑
「韴子が、おれを好きでいたことを悔いないように」
天之 韴子
「……好きだよ。これまでも、これからも」
天之 韴子
「察してもらってばっかりで、自分からちゃんと言えなかった」
天之 韴子
「色々……色々。重いもの背負って……下ろすタイミングは逃しっぱなしだったな」
静寂ヶ原 志筑
「……うん。おれはそれを知ってる」
雨野 いよ
いつの間に、というより最初から。
韴子と志筑の話を聞いていた。
天之 韴子
「ちょっと恥ずかしい話だったね、身内に聞かれると」
雨野 いよ
「私はふーこがちゃんと言えて安心したけどなぁ」
天之 韴子
「せっかくちゃんと使命果たそうとしてたのに、二人ともすごく揺らしてくるんだもん」
天之 韴子
「言える機会……みんな、今を逃すと全部忘れちゃう」
天之 韴子
「今のいよちゃんは、どんなことを考えてるの?」
雨野 いよ
「ふーこが居なくなるのがイヤ。忘れてしまうのがイヤ。さよならを言うのがイヤ」
雨野 いよ
「今日が成人の儀じゃなくて、今までの毎日がずっと続けばいいのにって。それなら私だって頑張れるって」
雨野 いよ
「私が手を繋がなくてもいいように、私もふーこの手を離さなきゃ」
天之 韴子
「いよちゃんの助けがなくても大丈夫な、立派な大人にならなきゃね」
天之 韴子
「……ありがとう。寂しいって言って欲しかった」
雨野 いよ
「………後悔しないようにしないと、後悔することもできないから」
天之 韴子
「いよちゃんも。これから大変だと思うけど」
天之 韴子
「どうしても辛い時は……神頼みをするのもいいと思うな」
天之 韴子
「いっつもすぐ自分で解決しちゃうんだから!」
雨野 いよ
「もしかしたらふーこの『助けてー』って声が聞こえるかもしれないし」
天之 韴子
「でも、聴こえたら言わないんだろうな」
雨野 いよ
「言ってなくても、聴こえるようになりたいなぁ」
雨野 いよ
「ふーこが言わなくても、わかるように」
天之 韴子
「記憶にもない、見えもしない、関わる事もない、声を発することもない」
天之 韴子
「そのくせ察してほしそうにするなんて、わがままな神様もいたもんだ」
雨野 いよ
「神様だっていっぱいいるんだからそんな神様がいたっていいよ」
天之 韴子
「もうすぐ消えるのに、なんだかまだ実感ないや」
雨野 いよ
口をひらけば声が震えそうで。
堰を切るように涙があふれだしそうで。
ただ黙って韴子に微笑むばかり。
天之 韴子
「ありがとう。おつかれさま。がんばったね」
雨野 いよ
たとえ忘れてしまうとしてもこの一言が私と韴子を繋いでいる。
静居 黙雷
「志筑様の命を救って下さり、ありがとうございました」
天之 韴子
「……辛かったでしょ? 自分の願望だけ、それっぽい大義名分がついてきちゃうのは」
静居 黙雷
「自分だけ、得をしたと思っているかもしれませんよ」
天之 韴子
「そういう風に考えられないから、悪っぽい言い回しばっかりしてたんじゃないの?」
静居 黙雷
「これで最後です。ビンタの一つや二つ、して行ってもいいのですよ」
天之 韴子
「もっくんは、その頼み事を命をかけて守ってくれた。体を張って、私を鼓舞して、一緒に戦ってくれた」
天之 韴子
「いよちゃんのこと、死なせないでくれてありがとう」
静居 黙雷
韴子を見上げた視線が、そのまま地に落ちる。
静居 黙雷
「そんなこと、当たり前ではありませぬか」
静居 黙雷
「あなたは、もっと俺を、怒っていい……」
天之 韴子
「ビンタされたそうな顔してるから、してあげない」
天之 韴子
「使命のことを差し置いても、私のは褒められた願いじゃなかったから」
天之 韴子
「それに、みんなが生きてるのは……やっぱり嬉しいから」
静居 黙雷
両手を見下ろす。
韴子の願いを、叶えさせてやりたくなかった訳ではない。志筑の願いを、いよの願いを、邪魔したかった訳ではない。
静居 黙雷
ただ、応援することはできなかった。邪魔することしか、できなかった。
静居 黙雷
「みんなが生きているのが、嬉しい、です」
静居 黙雷
「あなたのことは、……友人だと思っていましたので……」
天之 韴子
「私のことをさ、いっぱい考えてくれて」
静居 黙雷
「いや、いや。韴子様には敵いませんな」
天之 韴子
「もっくんも頑張るんだよ。もういよちゃんも面倒見てあげられないんだから」
静居 黙雷
「しかしまぁ、皆頑張るというのですから」
天之 韴子
「あんまりかわいい子連れてこないでね」
静居 黙雷
「それでは、若が気に入りそうにない、底意地の悪そうなお嬢さんを連れていきましょう」
天之 韴子
「幸せに、みんならしく生きてくれればそれでいい」
静居 黙雷
韴子の朝日のように輝く瞳に、息を呑む。
雨野 いよ
私が見ていたはずの眼で、私たちのことを見つめる韴子と視線を交わす。
静寂ヶ原 志筑
その瞳に、緩やかに頷く。不安な顔は、見せない。
天之 韴子
点睛開眼。神は眼を得て完成し、天に昇る定めを背負う。
天之 韴子
天之韴子という人間の人生は、これにておしまい。
天之 韴子
人の世を去るのだ。己の生きた証と共に。
雨野 いよ
「いってらっしゃい、ふーこ。気を付けてね」
静寂ヶ原 志筑
「見てろ。そのうち、負けちゃうかもなってくらいになる」
天之 韴子
「うん。健康に長生きして、志筑を待つとする!」
天之 韴子
「そのためにも、まずは世界を救ってこないとね!」
天之 韴子
そう告げる別れの声は、その喉を通らず、三人の頭へと響き。
天之 韴子
人々の傷を癒し、大地を癒し、世界を癒し。
天之 韴子
雲の切れ目から光がのぞく頃、妖魔の出現も人々の噂もぴたりと止まる。
天之 韴子
影へと消えた人々は、始めから消えていなかったかのように日常へと戻り。
天之 韴子
天へと消えた神は、初めから居なかったかのように日常を去った。
GM
何故だか、彼らは目を離すことができずにいた。
◆エピローグ:雨野 いよ
雨野 いよ
あわただしいというほどでもなく、さりとて暇を持て余すでもなく。
雨野 いよ
「いや、それはこっちに配置を。あとは現地のものと連携をとって―――」
雨野 いよ
雨野いよにとっては指示を出したり折衝をしたりと、随分と上の方の仕事が舞い込むようになっていた。
雨野 いよ
いやきっと、ずっとこういう仕事もしていたはず。
はじめは大きかった違和感もすっかり慣れてしまった。
雨野 いよ
さしあたっての必要な仕事を終えるともう夕方だった。
夕食の時間だ。
雨野 いよ
天之の母屋とは違う洋式のもの。誰のために建てられたのかも分からない。
雨野 いよ
最低限の家具とキッチン。
二階には一度行ったきり。
雨野 いよ
ひと月前、雨野と天之の当主から直接こんな話を聞いた。
当主
「雨野もしくは天之の家に、何のためにあるのかわからない部屋や離れがあった場合にはーーー」
当主
「………これは宗家分家の当主にのみ伝わる口伝だ。他言無用とする」
雨野 いよ
(そう言われてもなあ)
だけども、押し付けられた嫌なものだとは思わなかった。
雨野 いよ
(もっくんと遊んだことでもあったかな)
雨野 いよ
マスクを外し手を洗う。
マスクを外すのはこの離れの中だけ。
雨野 いよ
冷蔵庫を開く。作っておいた夕飯を温めるだけだ。
雨野 いよ
1人には広い食卓。
2人いればちょうどいいくらい。
雨野 いよ
(ひと月まえから少し心が軽くなった気がする)
雨野 いよ
(次期筆頭としての心の準備ができたのかな?)
雨野 いよ
(私が筆頭になったら……何をしようか)
雨野 いよ
(やりたいことをやったほうが、いいな)
◆エピローグ:静居 黙雷
静居 黙雷
黙雷は自室で一人、ため息を吐いていた。
静居 黙雷
書き物机の上には、分厚い結婚情報誌。そして神社やホテル、旅行のパンフレット。全て「許嫁殿」から目を通すようにと申し付けられたものだ。
静居 黙雷
ぱらぱらと数ページをめくって、閉じる。微塵も興味がない。
静居 黙雷
志筑の成人の儀を終えると共に、黙雷のお目付け役の任期も満了していた。
静居 黙雷
役目のなくなった黙雷は家のための見合いをし、婚約をした。来年には婿養子となり、静居も名乗れなくなる。
静居 黙雷
別に不満はない。以前からこうなることは分かっていたし、家に逆らうつもりはない。許嫁殿は優秀な忍であり、家柄も申し分ない。
静居 黙雷
すこうしだけ、静居での発言権が増す。それは嫌ではない。
静居 黙雷
たいしたことができるようになる訳ではない。未だに姉達には頭が上がらないし、両親に口答えするなど考えられない。
静居 黙雷
静居の家が静寂ヶ原に提案する見合いの話に口を出す、くらいはできる。
静居 黙雷
あちらのお嬢さんよりは、こちらがいいのではないかとか、その程度だが。
静居 黙雷
志筑は自分の意思で、縁談くらいは断れるだろう。それでも、どうにも、断りやすい娘ばかりを勧めてしまう。
静居 黙雷
──自分でも、よく分からない。こんなことをしても、特に意味はない。
静居 黙雷
志筑は自分の意見を持ち、自分で判断できる、立派な大人になった。もしいい縁談があれば、自分で判断して結婚するだろう。
静居 黙雷
それならば、よさそうな娘を選んだほうがいい、はず、なのだ。
静居 黙雷
山と積まれた冊子をまとめて、押入れに片付けようとする。
静居 黙雷
頁を捲っても、意味不明なことが書かれている。なぜこの書がここにあるのか、何の書なのかも分からない。
静居 黙雷
何かが心に引っかかっている。罪悪感のような、苦い感情。
静居 黙雷
誰かの幸福を押しのけて、自分の願望を押し通してしまったような、そんな後ろめたさ。
静居 黙雷
処分しようかとも思ったが、不思議とそんな気も起こらない。誰かに返すべきな気がする。しかし、誰に返したらいいのか分からない。
静居 黙雷
書を手に持ったまま、障子を開いて部屋を出る。姉達に聞けば、何か分かるかもしれない。
静居 黙雷
縁側に出た途端に、さぁっ、と一陣の風が舞う。
静居 黙雷
書はばらばらになって、風に攫われてしまった。