2018/05/07 八崎高校-昼休み

夜高ミツル
生徒たちのお喋りが響く、昼休みの教室。
夜高ミツル
入学してから一月と少し、GW明けともなると、それなりにクラスの中でグループも形成されてくる。
夜高ミツル
夜高ミツルはしかし、その中のどれにも交わらず、
夜高ミツル
教室の隅の自分の席で一人、弁当を取り出していた。
夜高ミツル
蓋を開ければ、彩りも栄養のバランスもさして気にしてないことが一目で分かる内容。
夜高ミツル
米と、前日のおかずの炒めものと、あとは弁当用の冷食の野菜が申し訳程度に。
真城朔
そのミツルの机の上に、がさ、と中身の入ったコンビニ袋が置かれる。
夜高ミツル
「……?」
夜高ミツル
前に目を向ける。
真城朔
「やー」
夜高ミツル
そこにいたのは久しぶりに登校してきたクラスメイト。
真城朔……だっけ。
真城朔
「一週間いなかっただけなのにもう浦島だわ」
真城朔
がたがたと音立てながら前の椅子を反転させて、
夜高ミツル
「おう……」
真城朔
ミツルの側を向いて腰掛ける。
夜高ミツル
曖昧に返事をして、
真城朔
「あれ」
夜高ミツル
あれよあれよという間に一緒に食事をする態勢が整えられていく……。
真城朔
「一週間も休んでないよな?」
真城朔
「4日くらいしか……」
夜高ミツル
「……GW挟んでるから、気分的にはそれ以上だけどな」
夜高ミツル
「……風邪かなんか?」
真城朔
「みんな学校来てないのは同じなのになあ」
夜高ミツル
今までも挨拶程度には話したことがあったけど、
真城朔
がさごそとコンビニ袋からフランクフルトパンを取り出しながら。
夜高ミツル
自然にさも友人のように話しかけられて、戸惑いを隠せずにいる。
真城朔
「や、なんか」
真城朔
「あー」
真城朔
「親戚絡みで」
夜高ミツル
「?」
真城朔
適当なことを言いながら袋を開いている。
夜高ミツル
「なるほど……?」
真城朔
大きく口を開けてかじりついた。
夜高ミツル
法事とか? でもそれなら法事って言うよな……。
夜高ミツル
気にはしつつも深く追求することもなく、自分も弁当に手を付ける。
真城朔
まぐ。ミツルをぼんやり眺めながらむぐむぐ口を動かす。
夜高ミツル
いただきますは、一人暮らしを始めてから程なくして言わなくなってしまった。
真城朔
「家、弁当派?」
真城朔
牛乳パックを出しながら。
夜高ミツル
「あー、家がっていうか……」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「聞いてないのか?」
真城朔
「?」
真城朔
むぐむぐ
夜高ミツル
「……いや」
夜高ミツル
知らないならいい、と首を振る。
真城朔
牛乳パックにストローを突き刺した。
真城朔
首をかしげる。
真城朔
じゅー。
夜高ミツル
ミツルは家族を失っている。
夜高ミツル
自分から誰かに話したことはないのに、いつの間にかその話がクラスの中で広まってしまっていた。
夜高ミツル
その頃ちょうど真城は学校を休んでいたから、聞いていないのだろう。
夜高ミツル
少し、ほっとする。
夜高ミツル
”かわいそうなやつ”として扱われるのは居心地が悪かった。
だけど真城にとってはどうやら、自分はそうではないらしい。
真城朔
あぐ、と口を開けて、またフランクフルトを頬張っている。
夜高ミツル
「弁当は、自分で作ってる」
夜高ミツル
「……俺、一人暮らしだから」
真城朔
「んむ」
真城朔
頬張ったところに返答が来たので瞬きして。
真城朔
もぐもぐ。
真城朔
ごく。
真城朔
「え、家出てんの」
夜高ミツル
「……まあ、色々あって」
真城朔
「へー」
夜高ミツル
はぐらかしながら、箸を進める。
真城朔
「え、じゃあメシとかも自分で?」
真城朔
「買うんじゃなくて?」
夜高ミツル
「ん、まあ、一応」
真城朔
無遠慮に尋ねて牛乳を吸ってます。
真城朔
「そーなのかー」
真城朔
「俺買っちゃうけどな、全部」
夜高ミツル
まずくはないが、特段美味しくもないおかずを口に運ぶ。
真城朔
「面倒で」
夜高ミツル
「買ったほうが絶対楽だな」
真城朔
「うん、楽」
真城朔
「だって三食とか作ってらんねえし」
真城朔
と、その言いぶりに、
夜高ミツル
「……三食?」
真城朔
「三食」
夜高ミツル
「え、一人暮らし?」
真城朔
当然のようなトーンで答えてから、頷く。
夜高ミツル
「へ~……」
夜高ミツル
「珍しいな」
夜高ミツル
「いや、俺が言うのもなんだけど」
真城朔
「だろー」何故か自慢げに言う。
真城朔
同じレアケースの前で言っても自慢にもなんにもならない。
夜高ミツル
「一人で三食はな……まあめんどくさいな……」
夜高ミツル
「俺もやらずに済むならそうしたい」
真城朔
「でも作ってんだ」
夜高ミツル
「金がなー」
真城朔
「切実だなー」
真城朔
「なんか得意料理とかねぇの」
夜高ミツル
「え…………」
真城朔
フランクフルトの最後のひと口を頬張る。
夜高ミツル
手が止まる。
夜高ミツル
「始めたばっかりだから……」
夜高ミツル
「得意も何も……」
真城朔
「じゃあこれからに乞うご期待かあ」
真城朔
口元押さえながらもぐもぐと。
夜高ミツル
なんとなく、その様子を眺める。
夜高ミツル
そういえばいつも背中は見ていたけど、
夜高ミツル
こんなにずっと向かい合って話すのは初めてだな。
真城朔
授業中の真城の背中はもとよりあまり熱心とは言い難い。
真城朔
よく潰れたり、よそ見をしたり、頬杖をついたりなどしていて、
真城朔
ノートを取っている様子なども稀だった。
真城朔
「なに」
夜高ミツル
その顔を見ていると、なんとなく
真城朔
ごくんと口の中のパンを飲み込んでから、視線に問う。
夜高ミツル
引っかかるものがある。
夜高ミツル
「……いや、」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
彼とは入学時が初対面のはず、なのだが。
夜高ミツル
「……あのさぁ」
真城朔
「んー?」
真城朔
メロンパン出してる。
夜高ミツル
「……前に、会ったことなかった?」
真城朔
「へ?」
夜高ミツル
彼の姿を、見たことがある気がする。
真城朔
包装を開ける手が止まった。
真城朔
「え、何急に」
夜高ミツル
「いや……」
真城朔
「ナンパ?」
夜高ミツル
「は!?」
真城朔
「クラスメイトの男を?」
真城朔
「ここで?」
夜高ミツル
「ちげーよ!」
夜高ミツル
「なんでだよ!」
真城朔
「常套句じゃん」
真城朔
「そういうの」
夜高ミツル
「いや、そうかもしんねえけど」
夜高ミツル
「そうかもしんねえけど違うって」
真城朔
気を取り直してメロンパン開けました。
夜高ミツル
「……いや、まあそっちに心当たりないならいいわ」
夜高ミツル
「多分気のせいだし」
真城朔
「えー」
真城朔
なにがえーなのか。
真城朔
「女子に声かけるときもそんななのお前」
夜高ミツル
「ねえよ……」
真城朔
メロンパンかじる。
夜高ミツル
「ナンパじゃねえんだってそもそも」
真城朔
もぐもぐ
真城朔
じとー
夜高ミツル
恥ずかしくなってきた。こころなしか顔が熱い。
夜高ミツル
「もうこの話終わりな」
夜高ミツル
「気のせい気のせい」
真城朔
逆にメロンパン齧る真城は久しぶりに登校してきたからか、ちょこちょこ女子の視線が向けられたりなどしているが。
真城朔
「逃げ方がダサい……」
夜高ミツル
「う、うるせ…………」
真城朔
雑なダメ出し。
真城朔
「まあいいけど」もぐもぐ
真城朔
「誘うなら相手を選びましょうってことで」
真城朔
適当なことを言っています。
夜高ミツル
誤魔化すように残りの弁当を掻き込む。
夜高ミツル
「だから違うんだっての!」
真城朔
「誰か好きな子とかできてねーの」隅っことは言え白昼の教室で堂々と言うことではない。
夜高ミツル
「……は!?」
夜高ミツル
「な、」
真城朔
もぐもぐ
真城朔
にやにや
夜高ミツル
「いねえよ!」
夜高ミツル
「いや、ていうか、何」
真城朔
「変な声かけてフラれた後?」
夜高ミツル
「違う!」
真城朔
「わはは」
夜高ミツル
「なんなんだ……」
夜高ミツル
ちゃんと話すの初めてなのに随分ぶっこんでくるな……。
真城朔
「いやー」
真城朔
「リアクションいいねえ」
真城朔
「えーと」
夜高ミツル
「……お前もしかして俺で遊んでる?」
真城朔
「え、うん」
真城朔
あっさり頷いた。
夜高ミツル
「即答…………」
真城朔
「そうじゃなかったら何だと?」
真城朔
牛乳飲んでます。
夜高ミツル
「何って言われると、確かに遊ばれてる以外ねえけど……」
夜高ミツル
「いやなんなんだよ」
夜高ミツル
「性格わるっ」
真城朔
「はっはっは」
夜高ミツル
ため息をつく。
夜高ミツル
水筒に手を伸ばし、お茶を一口。
真城朔
メロンパンの残りをもごもご詰めてます。
真城朔
食べてる最中は黙る。ひと口も多くないし。
夜高ミツル
顔はおとなしそうな感じなのにな……。
真城朔
それを牛乳で流し込み。
真城朔
「で、なんだっけ」
夜高ミツル
「え?」
真城朔
「名前」
夜高ミツル
「あ?」
夜高ミツル
「ああ」
夜高ミツル
「夜高だよ」
夜高ミツル
「夜高ミツル」
真城朔
「よだかみつる」
真城朔
入学から一ヶ月近く経って席も前後なのに、今更みたいにその名をなぞり。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「後ろのやつの名前くらい覚えておいてくれてもいいんじゃねえの」
夜高ミツル
「なあ真城」
真城朔
「あ、いや」
真城朔
「ほら」
真城朔
「二週間いなかったから」
真城朔
4日くらいしか休まなかったとか言ってたのに適当な言い訳をする。
夜高ミツル
「ま、別にいいけどさ」
真城朔
「寛容だな~ミツは」
夜高ミツル
本当に大して気にした様子もなく、弁当を片付ける。
真城朔
「その調子で行ったほうがモテるぞ」
夜高ミツル
しかし、その呼び名の方に
真城朔
こちらも席を立ってがちゃがちゃと椅子を直している。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
少しだけ眉をひそめる。
真城朔
「?」
真城朔
見下ろした。
夜高ミツル
「……いや」
夜高ミツル
首を振る。
夜高ミツル
「なんでもない」
真城朔
「ふーん?」
夜高ミツル
”ミツ”
夜高ミツル
そう呼ばれるのは3年ぶりだ。
夜高ミツル
ミツルをそう呼んでいたのは姉のめぐるで、
夜高ミツル
もうこの世にはいない。
夜高ミツル
その呼び名が今、目の前のクラスメイトの口から飛び出したことに、
夜高ミツル
正直、どうしたらいいのか分からずにいる。
夜高ミツル
「……なんでもないって」
真城朔
「まあいいけど」
真城朔
向きを直した自分の椅子を足で蹴り込んでいる。
夜高ミツル
わざわざ呼ぶなというのも変な話だ。
真城朔
「ミツ」
真城朔
「もう忘れねえようにするよ」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
そう言い残して、ミツルの席を離れていく。
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
ポケットに手を突っ込んで、そのまま教室を出ていった。
夜高ミツル
なんとも言えず、その背中を見送る。
夜高ミツル
総合して、なんだったんだ……という気持ちがある。
夜高ミツル
急に一緒に飯を食ったりとか……
夜高ミツル
別に今までロクに話もしてこなかったのに。
夜高ミツル
なんだろう。真城もどこの輪にも入れなくて寂しかったとか?
夜高ミツル
それで席が前後で同じように一人の自分に声をかけてきたとか?
夜高ミツル
でもなんか……そういうキャラでもなさそうな気がするんだけど。
夜高ミツル
なんかすごいつっこんで来るし……。
夜高ミツル
なんだったんだろう。
夜高ミツル
……まあでも、
夜高ミツル
嫌ではなかったな。
夜高ミツル
ていうか、やっぱり
夜高ミツル
あんな風に普通にクラスメイトとして接してもらえるのは、嬉しい。
夜高ミツル
こんな風に誰かと普通に喋りながら飯食ったのいつぶりだろうなー……
夜高ミツル
あー……
夜高ミツル
まあ、
夜高ミツル
楽しかった、かな……。