2021/04/29

真城朔
空は曇天。
真城朔
古マンションに作られた闇病院の壁はどこか薄暗い。
夜高ミツル
ぼんやりと、瞼を持ち上げる。
夜高ミツル
知らない天井。
真城朔
「……あ」
真城朔
「ミツ…………」
夜高ミツル
声のした方に振り向く。
真城朔
ベッドの隣、
夜高ミツル
「…………、」
真城朔
真城が椅子に腰掛けてミツルを見ている。
夜高ミツル
ましろ、と呼ぼうとして声が掠れる。
真城朔
視線はすぐに落ちた。
真城朔
背中を丸めて肩を落として、
真城朔
頬に涙を零している。
夜高ミツル
何度か咳払いをして、
夜高ミツル
「……ま、しろ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
やっとのことで、喉から声を振り絞る。
真城朔
「……ちゃんと」
真城朔
「俺が、ちゃんと」
夜高ミツル
手を伸ばす。
真城朔
「できなかったから……」
真城朔
びく、と身を竦めた。
夜高ミツル
腕に繋がれた点滴が小さく音を立てて揺れた。
真城朔
身体を強張らせて、
真城朔
けれど逃げることはできずにいる。
夜高ミツル
膝の上に置かれた手に、掌を重ねる。
夜高ミツル
「真城、は」
夜高ミツル
「大丈夫、か」
真城朔
「……く」
真城朔
「薬」
真城朔
「飲んだ、し……」
真城朔
俯いている。
真城朔
あのあと、
真城朔
狩りでお互い酷い怪我をした。
夜高ミツル
「怪我、」
夜高ミツル
「血、は?」
真城朔
どうにか吸血鬼を討伐することは叶ったがミツルは入院、
真城朔
真城は。
真城朔
「…………」
真城朔
「もらった」
真城朔
「から……」
真城朔
視線を彷徨わせている。
夜高ミツル
「そうか……」
真城朔
「…………」
真城朔
「し」
真城朔
「してない……」
真城朔
「よ」
夜高ミツル
「え」
真城朔
「…………」
真城朔
俯いた。
真城朔
「ちゃ」
真城朔
「ちゃんと」
真城朔
「俺が」
真城朔
「ひとり」
真城朔
「ひとり、で」
真城朔
「できてたら……」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「巻き込まなくて……」
真城朔
「怪我、しなくても」
真城朔
「いいのに」
真城朔
「ミツは……」
真城朔
ぽつぽつと要領の得ないことを言い募る。
夜高ミツル
「…………真城が」
夜高ミツル
「もし今よりもっと強くて」
夜高ミツル
「全然誰にも負けたことないとしても」
夜高ミツル
「俺は真城を心配するし、一人で行かせたりしない」
真城朔
「…………」
真城朔
「でも」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツは、俺のこと」
真城朔
「いつだって……」
夜高ミツル
「……一人にしないよ」
真城朔
「し」
真城朔
「して」
夜高ミツル
「真城を置いていかないし」
真城朔
「していい」
夜高ミツル
「真城を一人で行かせたりもしない」
真城朔
「していいのに……」
夜高ミツル
首を振る。
夜高ミツル
「しない」
真城朔
「しない、と」
真城朔
「また」
真城朔
「怪我……」
真城朔
「こ」
真城朔
声が裏返る。
真城朔
「こんど、は」
真城朔
「しんじゃっ」
真城朔
「たり」
真城朔
「と、か」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツが……」
夜高ミツル
「…………真城に」
夜高ミツル
「心配を、かけるのは」
夜高ミツル
「悪いと思ってる。本当に」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……今回も」
夜高ミツル
「心配、させたよな」
夜高ミツル
「ごめん……」
真城朔
「べ」
真城朔
「つに」
真城朔
「そんなの、は」
真城朔
「どうでも」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
未だ力の入らない手で、真城の手を握る。
真城朔
ミツルの手の中で体温の低い指が震える。
夜高ミツル
「……死なない、って」
真城朔
涙を零している。
夜高ミツル
「約束、できないけど……」
夜高ミツル
「でも、死なないよ」
真城朔
「う」
真城朔
「ぅ」
夜高ミツル
「いざとなったら、狩りを放り出して二人で逃げたっていい」
夜高ミツル
「死ぬまで戦うつもりはない」
真城朔
「そ」
真城朔
「俺が、それ」
真城朔
「しなかった」
真城朔
「しなかった、から」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツ、は」
真城朔
「狩り」
真城朔
「やめようって」
真城朔
「今回……」
真城朔
「なのに」
真城朔
「俺」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「俺が、付き合わせて」
真城朔
「それで」
真城朔
「そのせいで……」
夜高ミツル
「それを言ったら、真城だって俺に帰れって言ってた」
夜高ミツル
「ついて行くって言ったのは俺だ」
真城朔
「つきあわせた……」
真城朔
消え入るような声。
夜高ミツル
「真城のせいじゃない……」
真城朔
「お」
真城朔
「俺、は」
真城朔
「……だ」
真城朔
「だれでも」
真城朔
「い、っ」
真城朔
「いい」
真城朔
「の、に」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「…………え」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「こんな、こと」
真城朔
「狩りとか」
真城朔
「危険なこと」
真城朔
「させる価値」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「価値、が」
真城朔
「ない……」
真城朔
「ないのに……」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「ない」
夜高ミツル
「誰でもいいはずないだろ」
真城朔
「価値が、ない」
真城朔
「だれでも」
真城朔
「だれでもいいんだ……」
真城朔
「ミツだって」
真城朔
「知ってる……」
夜高ミツル
「俺だけだって、言ってくれたよ」
真城朔
涙を拭うこともできずに顔を覆っている。
真城朔
「う」
真城朔
「うそ、だ」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「うそだった……」
夜高ミツル
「俺じゃないと嫌なんだろ」
真城朔
「だ、っ」
真城朔
「だれでも」
真城朔
「俺」
夜高ミツル
「俺だって、真城じゃないと嫌だよ」
真城朔
「で、できる」
真城朔
「できる、し」
真城朔
「にげ」
真城朔
「にげない」
真城朔
「し……」
夜高ミツル
「でも、嫌なんだろ」
夜高ミツル
「嫌なのに逃げられないんだろ」
真城朔
「いや、なら」
真城朔
「にげられる……」
真城朔
「ほんとに」
真城朔
「嫌なら」
真城朔
「い」
真城朔
「……いった、り」
真城朔
「しな」
真城朔
「しな、い」
真城朔
「のに」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「…………嫌でも、どうしようもないことだって、ある」
真城朔
「なく」
真城朔
「なくない……」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「真城はきっと、自分の身体のことが怖くて、嫌で」
真城朔
泣いている。
夜高ミツル
「俺は多分、それをちゃんと分かってやることはできない……」
夜高ミツル
「でも、それで嫌いになったりは」
夜高ミツル
「それだけは、絶対しない」
真城朔
「……で、も」
真城朔
「でも……」
真城朔
首を振っている。
真城朔
「だめ」
真城朔
「だめなの、に」
真城朔
「こんな」
真城朔
「ほ」
真城朔
「ほんとは」
夜高ミツル
「ダメじゃない」
真城朔
「いっしょに」
真城朔
「いた、ら」
真城朔
「だめで」
夜高ミツル
「一緒にいてほしい」
真城朔
「い」
真城朔
「いま」
真城朔
「ここに……」
夜高ミツル
「一緒にいたいよ」
真城朔
「ミツ、を」
真城朔
「巻き込むの」
真城朔
「わかって、て」
真城朔
「俺」
真城朔
「どこにだって」
真城朔
「いける」
真城朔
「いける、のに」
真城朔
「こんな……」
夜高ミツル
冷たい手を握る。
夜高ミツル
「嫌だ…………」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「うー…………」
夜高ミツル
「……目が覚めて」
夜高ミツル
「真城がいて、よかった」
夜高ミツル
「真城がいないのは、嫌だ……」
真城朔
「だめだ……」
真城朔
「だめなのに……」
真城朔
握られた手を、
夜高ミツル
「ダメじゃない……」
真城朔
それでも振り解けもしないでいる。
真城朔
「ま、また」
真城朔
「巻き込む……」
夜高ミツル
「いくらでも巻き込んでいい」
真城朔
「怪我」
真城朔
「させる……」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「いやだ……」
夜高ミツル
「…………もちろん、しないよう気をつける」
真城朔
「で、も」
真城朔
「あぶない」
真城朔
「しんじゃう」
真城朔
「か、も」
夜高ミツル
「……死なない」
夜高ミツル
「真城を置いていかない」
真城朔
「置いて」
真城朔
「置いてっても」
真城朔
「べつに……」
真城朔
「し、っ」
夜高ミツル
首を振る。
夜高ミツル
「行かないよ」
真城朔
「しななければ」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「しあわせに……」
真城朔
「げんき」
真城朔
「で」
真城朔
「どこか……」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「だれか」
真城朔
「だれでも」
真城朔
「俺」
夜高ミツル
「どこかの誰かと、俺は幸せになんかなれない」
真城朔
「俺以外、の」
真城朔
「…………っ」
夜高ミツル
「真城だけだ」
夜高ミツル
「一緒にいたいのも、何かしてやりたいのも」
夜高ミツル
「幸せにしたいのも、一緒にいて幸せになれるのも」
夜高ミツル
「真城しかいない」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「なんに、も」
真城朔
「あげられるの……」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「もらってるよ」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「真城の人生をもらってるだろ」
真城朔
「なんにも……」
真城朔
「そんなの」
真城朔
「価値、ない……」
真城朔
「なんにも、ミツが」
夜高ミツル
「そんなことない」
真城朔
「得するもの……」
真城朔
「ない」
真城朔
「ないよ……」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「真城が一緒にいてくれるのが、俺は何より嬉しいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺は」
真城朔
「誰でもいいのに……」
夜高ミツル
「誰でもいいはずない」
夜高ミツル
「それくらいは、流石に俺も分かってるよ」
真城朔
「いい」
真城朔
「いいんだよ……」
真城朔
「誰でも……」
夜高ミツル
「いつも俺のこと考えてくれてるのも」
夜高ミツル
「大事にしてくれてるのも」
夜高ミツル
「他の誰かじゃ嫌なのも」
夜高ミツル
「俺は、知ってる」
真城朔
「…………」
真城朔
「ちがう……」
真城朔
「ミツは、勘違い」
真城朔
「して」
真城朔
「騙されて……」
夜高ミツル
首を振る。
真城朔
「だまされてる……」
真城朔
「だまされてるんだ……」
真城朔
力なく繰り返す。
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「俺は真城が好きだ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
ミツルに握られた手を引きかける。
夜高ミツル
「……真城が隣にいないのは、考えられない」
夜高ミツル
引かれかけた手を、また握る。
真城朔
それを振り解くことができないでいる。
真城朔
「……い」
真城朔
「いつか、慣れる」
真城朔
「から……」
真城朔
「そのうち……」
真城朔
「きっと……」
夜高ミツル
「嫌だ」
夜高ミツル
「一緒じゃないと嫌だ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城の人生をもらってるって言ったけど」
夜高ミツル
「俺だって、もう真城のものなんだ」
真城朔
「そんな、の」
真城朔
「できない」
真城朔
「できない……」
真城朔
「しちゃ」
真城朔
「いけなくて」
真城朔
「俺の」
真城朔
「俺のせい」
真城朔
「なのに」
真城朔
「全部……」
真城朔
「なのに……」
夜高ミツル
「狩りについて行くのも」
夜高ミツル
「真城と一緒にいるのも」
夜高ミツル
「全部俺が決めたことだ」
真城朔
「……やだ」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「もっと、一緒にいたい」
真城朔
「だめ」
真城朔
「だ、から」
真城朔
「そんなの……」
夜高ミツル
「夏になったら海とか見て」
夜高ミツル
「秋には紅葉とか?」
真城朔
「ぅ」
夜高ミツル
「冬は……雪はもういいかな」
夜高ミツル
「そんで春になったらまた桜見てさ……」
真城朔
「……い」
真城朔
「いけない……」
真城朔
「よく、ない」
真城朔
「そんな」
夜高ミツル
「全部、真城と一緒がいい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「一緒じゃないと嫌だ」
夜高ミツル
「意味ない」
真城朔
「……いっしょに」
真城朔
「いたら」
真城朔
「だめだ……」
真城朔
口ではそう言って、
真城朔
未だ弱々しいミツルの握力さえ振り解けずにいる。
夜高ミツル
「……いたらダメって」
夜高ミツル
「いたいってことだろ」
真城朔
「う」
真城朔
「うぅ」
夜高ミツル
血を流した身体の体温はいつもより低い。
真城朔
真城の体温とごく近く、
夜高ミツル
それでも、真城の手を温める。
夜高ミツル
「真城」
真城朔
重ねた皮膚から伝わるかすかな熱を、
真城朔
手放せない。
夜高ミツル
「俺は真城と一緒にいたいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
頬を涙で濡らしている。
夜高ミツル
弱々しい力で、けれど確かな決意を込めて真城の手を握っている。
夜高ミツル
離しはしない、と。
真城朔
「い」
真城朔
「いたら」
真城朔
「だめなんだ……」
真城朔
「だめ、で」
夜高ミツル
「一緒がいい」
真城朔
「だめなのに」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「…………っ」
夜高ミツル
「叶えてくれよ」
夜高ミツル
「俺のほしいものをくれるのは、真城だけなんだ」
真城朔
「う」
真城朔
「ぅー…………」
真城朔
俯いて背中を丸めて、大きく肩を震わせる。
真城朔
ぼろぼろと落ちた涙がミツルの手のひらを濡らしていく。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
ひどく乱れた呼気の奥に、
真城朔
嗚咽を押し込めようとして、それにずっと失敗している。
夜高ミツル
「真城、こっち来て」
真城朔
「っ」
夜高ミツル
促すように、手を引く。
真城朔
ぎくりと身を竦ませて、ミツルを見る。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
椅子に腰掛けたままに唇を震わせて、
真城朔
逡巡に視線が彷徨った。
夜高ミツル
視線を泳がせる真城を見つめている。
夜高ミツル
再度、手を引く。
夜高ミツル
先程よりも強く。
真城朔
手を引かれ、
真城朔
ミツルの方を向いてしまう。
真城朔
目が合った。
夜高ミツル
「来てくれ、真城」
真城朔
「…………う」
真城朔
「ぅー……」
真城朔
ゆっくりと
真城朔
躊躇いがちに、その腰が浮く。
真城朔
恐る恐るに腕があがる。
真城朔
ミツルの首に腕がかかって、
真城朔
やがて肩へと、その顔が埋まる。
真城朔
震えている。
夜高ミツル
手を離して、代わりに真城の背に腕を回す。
真城朔
不規則な呼吸の音がミツルの耳元で響く。
真城朔
涙に乱れた呼気の音。
夜高ミツル
震える背中を撫でる。
真城朔
「ぅあ」
真城朔
「あ、……っ」
真城朔
「み」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「ミツ……」
夜高ミツル
「怖い思いさせたよな」
真城朔
「し」
真城朔
「しんだ、ら」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「やだぁ……」
夜高ミツル
「……心配かけてごめん」
真城朔
「あ、あぁ」
真城朔
「ぁー…………」
夜高ミツル
今できる精一杯で、真城を抱きしめる。
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「真城…………」
真城朔
弱々しい抱擁を受けて、ミツルの熱を感じている。
真城朔
幼子のような泣き声をあげながら、
真城朔
ずっとそうして、身を寄せ合っていた。