エピローグ:煤木野灰吏
GM
御祀潺の残した諸々の書き付けに助けられ、なんとか事態が収まった頃。
GM
吹き抜ける風の涼やかさよりも、陽射しの熱が勝るようになってきた日に。
煤木野灰吏
いつも焔郎と鹿乃子が手合わせをしていた場所。
煤木野灰吏
灰吏にとっても、馴染みも思い出も深い場所に。
煤木野灰吏
儀式が終わって以来、まともに言葉を交わすのはこれが初めてになる。
煤木野灰吏
「……すみませんねえ、お呼び立てして」
葛火焔郎
死闘のあとは、焼け焦げて融けるほどだった拳に巻かれた包帯を残すばかり。
葛火焔郎
軽く手を上げて、待ち合わせの場所へとやってくれば。
葛火焔郎
「灰吏さんから呼ばれるの、珍しいですからね」
葛火焔郎
「かなりよくなりました。おふくろの薬、効きますし」
煤木野灰吏
あげられた手のありさまに目をやって、眉をひそめる。
煤木野灰吏
「俺が、初めから坊っちゃんの願いを聞いていれば」
煤木野灰吏
「後で鹿乃子ちゃんのとこにも行くつもりだ」
煤木野灰吏
「……俺ってそんなに分かりやすいのか?」
葛火焔郎
「いや、だってそりゃ。にいちゃん責任感強いし」
煤木野灰吏
そんなようなことばっかり言われる気がする……とぶつぶつ呟いて
煤木野灰吏
「もういい、それでいいから黙ってくれ」
葛火焔郎
「突っ込まれたいならもうちょっとずるくやるべきだったんじゃないですか?」
煤木野灰吏
「間違ってるのは俺の方なんだって、最初から多分気づいてたんだ」
煤木野灰吏
「お前がどんだけ鹿乃子ちゃんを大事に思ってたかも」
煤木野灰吏
「鹿乃子ちゃんがどんだけお前のことが好きだったのかも」
葛火焔郎
僅かに面食らったように、その言葉を受ける。
煤木野灰吏
「……お前の命があとどれ位もつのか、分からないが」
煤木野灰吏
「お前は後悔しないし、彼女にもさせないようにするんだろうなって」
葛火焔郎
「多分俺ももし立場が逆だったら、同じことしたと思う」
煤木野灰吏
「…………鹿乃子ちゃんを神様にしてたら」
煤木野灰吏
「多分、さっきみたいに笑うお前は見れてないよ」
葛火焔郎
「…………にいちゃんの頼みなら、そういうことにしとく」
煤木野灰吏
「あんまりフォローされると俺もさ~気まずいからさ~」
葛火焔郎
「にいちゃんが、俺のこと本気で大事に想ってくれてたってわかってよかった」
葛火焔郎
「……面倒ばっかかけてたし、本家とか分家とか、そういうの」
煤木野灰吏
「俺はいつだって坊っちゃんを真剣に想ってたじゃないですか~」
葛火焔郎
「……にいちゃんが高校卒業したあたりから、けっこう本気で」
煤木野灰吏
「いや、だって、真面目に言ったら恥ずいだろ……」
葛火焔郎
「真面目に言ってくれないとわかりませーん」
煤木野灰吏
「流行ってるのか…………? 俺に告るの…………」
煤木野灰吏
「焔郎のことが大事すぎて暴走してすみませんでした」
煤木野灰吏
「怒らないといけないときに怒れるか、にいちゃんは心配です」
煤木野灰吏
「鹿乃子ちゃんのためとかじゃなくてだぞ」
煤木野灰吏
「成人の儀が終わったら俺、里を出るはずだったんだけどさ」
煤木野灰吏
「鹿乃子ちゃん連れ出すにも、引率が必要なときもあるだろ」
煤木野灰吏
「別にデートの邪魔する気はねえけどさ」
葛火焔郎
「灰吏にいちゃんがいてくれると、嬉しいよ」
煤木野灰吏
「外じゃ高校生なんて全然ガキ扱いだからな~」
葛火焔郎
「じゃ、灰吏にいちゃんに悪い遊びも教えてもらうか」
葛火焔郎
「にいちゃんはなんでも知ってるからな~」
葛火焔郎
「俺中学の頃にいちゃんの友達に弟扱いされるの嬉しかった」
葛火焔郎
「なんか、自慢のにいちゃんってかんじで」
煤木野灰吏
「お前のほうが、灰吏にはもったいないよくできた弟分だって評判だったぞ」
葛火焔郎
「にいちゃんのこと好きな女の子にチョコ持たされたりとかな~」
煤木野灰吏
「困ったっていうか、まあ、申し訳ないなと…………」
葛火焔郎
「にいちゃんもいつか結婚とかすんのかなあ」
煤木野灰吏
「どっかの忍びの家のお嬢さんなんだろうなくらいしか」
葛火焔郎
「にいちゃんあんま嫌って言わないんだから」
煤木野灰吏
とはいえ公安入りを延期してもらうのに結構ゴネたからな~……
煤木野灰吏
「…………ま、いい人であることを祈っててくれ」
葛火焔郎
「にいちゃんくらい良い人でありますように」
煤木野灰吏
「これ以上話してると褒め殺されそうで怖い」
葛火焔郎
「俺は三日三晩でもにいちゃんのかっこいいとこ話せるよ」
煤木野灰吏
「よその家のお嬢さんを呼ぶのに、あんまり遅くなったら失礼だろ」
煤木野灰吏
「このあと鹿乃子ちゃんとも話すんだからな俺」
煤木野灰吏
温かい日差しを受けて、やさしい風に揺られて、
煤木野灰吏
鹿乃子を伴って、川べりを歩きながら話をした。
煤木野灰吏
鹿乃子の気持ちを無視したことへの謝罪。
煤木野灰吏
それから、彼女の大事な焔郎を傷つけたことにも。
煤木野灰吏
随分と久しぶりに、ちゃんと彼女の顔を見て話をしたような気がする。
藻鹿乃子
それらすべてに、小さく頷きながら。
大丈夫だとか、こっちこそごめんね、とか返しながら。
藻鹿乃子
久しぶりに、顔を見れて。
やっぱり嬉しい、ほんとは寂しかったから、と。
藻鹿乃子
「今はせせらぎにとほむろに色んなこと教えてもらって、わかったことがあるの」
藻鹿乃子
「はいりってかっこよくてすてきなひとなんだなーって」
藻鹿乃子
「でも、でもでも。わたしが好きになったのはほむろで……」
藻鹿乃子
「いっぱい、いっぱいハードル上げちゃったんだね、はいり」
藻鹿乃子
「わたしの中のかっこいいひとハードルが……」
藻鹿乃子
「……わたし、ほんとは。ほんとにほむろのことが好きだったのか」
藻鹿乃子
「だって……わたし、何も知らないままで」
藻鹿乃子
「……ほむろしかいなかったからだよ、なんて」
藻鹿乃子
「わたし、はいりがかっこいいって。すてきだってわかってて」
藻鹿乃子
「それなのに、ずっとずっとほむろがすきで……」
煤木野灰吏
「どういたしまして…………なのか…………?」
藻鹿乃子
「はいり、わたしにもっとひどい言い方できたでしょ」
煤木野灰吏
「言い方以前に……押し付けようとしてた内容がさぁ……」
藻鹿乃子
「はいり、大事なことしか言ってなかった」
藻鹿乃子
「だから、わたし。怖くても、ずっといちばん大事な気持ちを持ってられた」
藻鹿乃子
「わたしが思ってるだけだから、安心してね」
煤木野灰吏
「みんなが優しくしてくるから俺はいたたまれないよ……」
煤木野灰吏
「なんでも頼ってくれよ、いたたまれない仲間だからな」
藻鹿乃子
「いっぱい頼るし、いっぱい……遊ぼうね」
藻鹿乃子
「あったかくなってきたけど、風邪ひかないでね」
藻鹿乃子
「神様じゃなくなっても、はいりのこと。いつも大事に思ってるよ」
煤木野灰吏
「泳いでんの見る度に、風邪引くんじゃねーかって俺は昔から心配だったんだよ」
藻鹿乃子
「おしとやかも……がんばったでしょ、ちょっと」
煤木野灰吏
「御祀さんには感謝してもしきれないな……」
藻鹿乃子
「せせらぎが残していってくれたものがたくさんあるの」
藻鹿乃子
頷く。
このあたたかな風も。
川の流れも、ぜんぶ潺が見守ってくれている。
煤木野灰吏
小さい頃から一緒に育ってきたかわいい弟分と妹分と、