2020/10/28 朝

真城朔
仙台市のとあるホテルで、
真城朔
目覚めたミツルのすぐ隣に、真城は力尽きたようにこんこんと眠っている。
夜高ミツル
昨晩のことを思い出しながら、まだ眠っている真城の頭を撫でる。
真城朔
「……ん」
真城朔
「んん……」
真城朔
うとうととしながら小さな声を漏らし、その手のひらに頭を擦り寄せた。
夜高ミツル
髪に指を絡めて、梳いて
夜高ミツル
そんな触れ方もすっかり慣れたものとなった。
夜高ミツル
カーテンの隙間から、朝の日が薄く差し込んでいる。
真城朔
どこか淋しげないつもの寝顔が、少しずつ和らいだものに変わる。
夜高ミツル
真城が眩しいのを嫌うから、日の昇っている時間のカーテンは開けなくなった。
夜高ミツル
表情の和らいだのを見て、微笑む。
真城朔
カーテンを締め切ったホテルで、同じベッドで、ミツルの隣ですうすうと静かな寝息を立てて胸を上下させて。
真城朔
それがやがてぴく、と瞼を揺らして、
真城朔
「…………んぅ」
真城朔
「うー……」
真城朔
ミツルの胸にすり寄って、頭を埋める。
夜高ミツル
手を頭から背中に回して、抱き寄せる。
真城朔
「ん」
真城朔
ぴと、とさらに頬を密着させて
真城朔
頬ずり。
夜高ミツル
そういう仕草を、かわいいなと思う。
夜高ミツル
真城をかわいいなんて、半年前なら考えもしなかったことだけど。
夜高ミツル
まあ、そもそもこういう関係になるともお互い全く思ってなかったことだし。
夜高ミツル
人生何があるかわからんもんだな……と
夜高ミツル
真城の背を撫でながらぼんやりと思う。
真城朔
しばらくそのままミツルの胸でまどろんでいたが、
真城朔
ややあってようやくその瞼がぼんやりと上がる。
真城朔
ゆっくりと瞼をあげて、目の前のミツルの胸で視線をさまよわせてから、
夜高ミツル
「おはよ、真城」
真城朔
ぼうと顔を上げてミツルを見上げた。
真城朔
「…………」
真城朔
「……おは」
夜高ミツル
手は変わらずに背中を撫でながら、真城に微笑む。
真城朔
「…………」
真城朔
「……おは、よう……」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
あいさつを返しながら、何故だかほろほろと泣き始める。
夜高ミツル
「……真城?」
夜高ミツル
涙を流す真城を気遣うように窺う。
真城朔
「…………」
真城朔
おどおどと惑うように視線を彷徨わせている。
夜高ミツル
指先を頬に触れさせて、そっと涙を拭う。
真城朔
拭われて瞼を伏せても、
真城朔
すぐに次が溢れきて、眉を寄せて、
真城朔
「……ミツ」
真城朔
おずおずとミツルの名を呼ぶ。
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「どうした?」
夜高ミツル
涙を拭った手を、今度はあやすように頭に乗せて
夜高ミツル
真城の言葉を待つ。
真城朔
その手のひらのぬくもりに微かに目を細めたが。
真城朔
「……その」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「? うん」
真城朔
「きょう……」
夜高ミツル
「今日?」
夜高ミツル
ピンときていない様子。
真城朔
「…………」
真城朔
じっとミツルの顔を見つめたまま、結局また黙り込んでしまう。
夜高ミツル
大体いつもそうだが、今日も特に予定は入れていない。
夜高ミツル
だから、なんか約束してたわけでもなかったよな……? と内心で首を捻る。
夜高ミツル
「……もしかして俺、なんか忘れてたりする?」
真城朔
「…………」
真城朔
「……その」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「……?」
真城朔
「ミツ……」
真城朔
ミツルの胸に頬を寄せて、
真城朔
ぴとりと張りついて、体重を預ける。
夜高ミツル
腕を回して、更に身体を寄せる。
真城朔
そのぬくもりの中で小さく息を吐いた。
夜高ミツル
「……とりあえず風呂入るか?」
真城朔
「…………」
真城朔
「……う、ん」
夜高ミツル
話を聞いてからにしようかと思っていたけど、
夜高ミツル
なんか妙に言いづらそうにしてるし。
真城朔
ゆっくりと小さく頷く。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
同時にミツルの胸に頬を預けてうとうとし始めている。
夜高ミツル
「寝るな寝るな」
夜高ミツル
「いや、眠いならまた後でもいいけど」
夜高ミツル
「二度寝するにしても一度さっぱりしてからが良くないか?」
真城朔
「ん……」
真城朔
「……うん」
真城朔
「うん……」
真城朔
こくこくと頷いた。
夜高ミツル
それを見てミツルも頷いて。
夜高ミツル
ぎゅ、と真城を抱きしめて
夜高ミツル
それから身体を起こす。
真城朔
ミツルに身を委ねたまま、ゆっくりと身を起こして、
真城朔
自分の乱れた夜着をぼんやりと見下ろしている。
夜高ミツル
真城の手を取って、ベッドから降りる。
真城朔
手を引かれるままにぺたぺたとミツルについていく。
夜高ミツル
部屋を横切って、浴室の方へと向かう。
真城朔
その間もおずおずとミツルの顔を窺っている。
真城朔
きゅ、と、
真城朔
手を握る指先にかすかな力が籠もった。
夜高ミツル
「……どうした?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
やっぱり何か言いたそうにしてるな……とは思いつつ
夜高ミツル
いまいちその内容に思い当たらない。
真城朔
洗面室で立ち呆けたまま、
真城朔
「今日」
夜高ミツル
普段なら、これだけ訊いているとぽつぽつとでも話してもらえるもんだけど……。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「今日が?」
真城朔
「今日、なにか……」
真城朔
「…………」
真城朔
視線を落とす。
夜高ミツル
真城の乱れたナイトウェアに手をかけて、ボタンを外していく。
夜高ミツル
「……どこか行きたい?」
真城朔
俯いて黙り込み、されるがままになっている。
真城朔
「……どこか」
真城朔
「とか、じゃ」
真城朔
「なくて……」
夜高ミツル
ナイトウェアを真城の身体から取り去ると、自分もそれを脱いでしまう。
夜高ミツル
「うん……?」
夜高ミツル
首を捻りつつ、身体を冷やす前に二人で浴室に入る。
真城朔
しょぼ……
真城朔
ミツルに招かれるままにとぼとぼぺたぺたと歩いた。
夜高ミツル
真城をバスチェアに座らせて、シャワーの栓を捻る。
真城朔
ぺたんと座り込んでミツルを見上げている。
夜高ミツル
手で湯の温度を確かめて
夜高ミツル
「かけるぞー」
真城朔
「ん……」
真城朔
首を竦めて身構える。
夜高ミツル
頷いて、シャワーを真城に向けた。
真城朔
温水が身体に掛かって、その温もりにか小さくほうと息をつく。
夜高ミツル
さして広くもない浴槽に、二人で浸かる。
夜高ミツル
真城がかなり細身な方とはいえ、男二人。
真城朔
それでも窮屈さを厭う様子もなく、むしろミツルの胸に背中を預けてうとうとと頭を揺らしている。
夜高ミツル
後ろから真城の身体に腕を回している。
真城朔
ミツルの肌と触れ合うたびにかすかに熱の籠もった息を漏らした。
夜高ミツル
”そういう”時になるとつい激しく求めてしまうが、
夜高ミツル
こういう風に穏やかに、まどろむような時間を真城と過ごすことも、ミツルにとっては幸せな時間だ。
真城朔
それは真城にとっても同じようで、
夜高ミツル
真城の頭に顔を寄せる。
真城朔
時折吐く息に熱の気配はあれど、穏やかな時間をまどろむように意識を揺蕩わせている。
真城朔
顔を寄せられて、ミツルを向いた。
夜高ミツル
「……さっきから」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「なんか、言いたそうだけど」
真城朔
「…………」
真城朔
しばし黙り込んでから。
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「ミツ、は」
真城朔
「俺に……」
真城朔
ぼそぼそと言葉少なに言い募る。
夜高ミツル
「真城に」
真城朔
「…………」
真城朔
「……なんか」
真城朔
「されたい、の」
真城朔
「とか……」
夜高ミツル
ぱち、と目を瞬く。
夜高ミツル
「……されたいの?」
真城朔
「…………」こくこく
真城朔
「俺、が」
真城朔
「なにか」
真城朔
「できること……」
真城朔
言い募りながら少しずつ姿勢が崩れて
夜高ミツル
想定外の質問に、ん~~、と唸るような声。
真城朔
湯に肢体が沈んでいく。
夜高ミツル
が、答えを出す前に真城の姿勢が崩れていくのに気づいて
夜高ミツル
慌てて沈まぬように身体を支える。
真城朔
支えられた。
真城朔
ミツルの腕に体重を委ねて、けれど顔を見られず俯いている。
夜高ミツル
「……俺は、真城がこうして隣にいてくれるだけでめちゃめちゃ嬉しいんだけど」
夜高ミツル
「そういうことじゃなく……?」
真城朔
「…………」
真城朔
気持ち肩を落とした、ような気がする。
夜高ミツル
違ったっぽい……というのが雰囲気で分かった。
真城朔
「……今は」
真城朔
「もう」
真城朔
「何が、……何を」
真城朔
「何を、ミツにするのが、いいのか」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……いてくれるだけで」
真城朔
ぐた、と脱力気味にまたミツルに身体をもたれる。
夜高ミツル
「それだけで、俺は嬉しいよ」
真城朔
「……できること」
真城朔
「なんにもない……」
夜高ミツル
「そんなことない」
真城朔
「…………」
真城朔
ほろほろとまた涙をこぼし始めた。
夜高ミツル
「……上がるか、とりあえず」
夜高ミツル
力の入らない様子を見て、声をかける。
真城朔
無言でこくこくと頷く。
真城朔
その間も静かに涙を落としていた。
夜高ミツル
身体を拭いて、服を着せて、ドライヤーで髪を乾かして。
真城朔
ドライヤーをされている間はいっとう眠たげに瞼を落としていた。
夜高ミツル
それらが終わると、もう少し寝かせてやろうとベッドへと連れてゆく。
真城朔
それには逆らわないながらも、しきりにミツルの様子を窺っている。
夜高ミツル
真城をベッドに横たえながら
夜高ミツル
「……さっきの話」
真城朔
「…………」
真城朔
見上げる。
夜高ミツル
「俺、自分が真城になんかしてやりたいってばっかりで」
夜高ミツル
「真城には、ただ傍にいてくれるのが嬉しくて」
夜高ミツル
「泣かないでほしいな、とかそういうのはあるんだけど……」
真城朔
視線を落とした。
夜高ミツル
「してほしいこととか、あんま考えたことなかったっていうか」
真城朔
「……うん」
夜高ミツル
「えーと、だから……」
夜高ミツル
「ちょっと、考えていいか?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
真城が自分に何かをしたいと思ってくれるなら
真城朔
「……いつ」
夜高ミツル
それを、ちゃんと受け取りたい。
真城朔
「までに?」
夜高ミツル
「あー、うーん……」
夜高ミツル
「じゃあ、真城が起きるまでに……?」
真城朔
「…………」
真城朔
うとうととしながら、頷く。
真城朔
「……なるべく……」
真城朔
「はやく」
真城朔
「起きる……」
夜高ミツル
「いいよ、ゆっくりで」
真城朔
言いながら、ゆっくりと瞼を落とす。
夜高ミツル
頭を撫でて、髪をかき上げて。
夜高ミツル
顕になった額に、そっと口づけを落とす。
夜高ミツル
「おやすみ」
真城朔
すう、と帰ってきたのは穏やかな寝息だった。
夜高ミツル
寝入ってしまったのを見て、起こさないよう手を離す。
夜高ミツル
さて。
夜高ミツル
真城に、してほしいこと。
真城朔
すうすうと蹲るように眠っている。
夜高ミツル
さっき本人に言ったように、こうして傍にいてくれればそれだけで嬉しくて、幸せで
夜高ミツル
真城にも幸せを感じてほしくて、そのためになんでもしてやりたくて。
夜高ミツル
そればっかりで、真城に何をしてほしいかなんて考えてもみなかった。
夜高ミツル
傍にいてほしいとか、泣かないでほしいとか、笑っててほしいとか……
夜高ミツル
そういうのはあるけど、そういう話じゃないようだし。
夜高ミツル
改めて考えてみると、そもそも昔から望むのが下手な性分だったように思う。
夜高ミツル
ほしいものなんてそんなになかった。
夜高ミツル
家族を亡くしてからは、尚更。
夜高ミツル
今は、一番の望みはこうして叶えてしまっていて。
夜高ミツル
真城以外に望むことなんてない。
夜高ミツル
真城としたいこととか……そういうことならいくらでも浮かんでくるんだけど……。
夜高ミツル
そういえば誕生日とかクリスマスとか、そういう時も延々悩んでたんだよな……。
真城朔
声もなく身動いで、布団とシーツと身体の擦れる音がする。
夜高ミツル
とかそんなことを考えて、ん? と引っかかる。
夜高ミツル
ベッドサイドの時計に目をやる。
夜高ミツル
表示されている日付は、10月28日。
夜高ミツル
誕生日だ。自分の。
夜高ミツル
それでようやく、今更、真城の態度に合点がいく。
夜高ミツル
覚えててくれたのだ。真城は。
夜高ミツル
それどころじゃないことが多すぎて、ミツル自身でさえ忘れていたというのに。
夜高ミツル
……そういえば、去年も俺の誕生日にはフラッと学校に来たりしてたけど
夜高ミツル
偶然みたいな態度で、実は覚えてたりしたのか……?
夜高ミツル
そう思うと、一年越しに嬉しくなったりして。
夜高ミツル
「……本当に」
夜高ミツル
「真城がこうして生きててくれて」
夜高ミツル
「傍にいてくれるだけで」
夜高ミツル
「それだけで十分なんだけどな……」
夜高ミツル
眠る真城を見つめながら、小さく呟いた。
真城朔
それからまたしばし、真城はこんこんと眠り込んでいたが。
真城朔
その頭が不意にもぞりと動いて、枕の形を変えて、
真城朔
むずかるように首を竦めながら、ゆっくりと目を開ける。
真城朔
うつ伏せのままにぼうと視線を漂わせて、いまだ微睡の中にいるようだった。
夜高ミツル
動く気配にそちらを向いて。
夜高ミツル
「起きた?」
真城朔
ゆっくりと顔を向ける。
真城朔
小さく頷いてから、
真城朔
「……ミツ……」
真城朔
乞うように名前を呼んだ。
夜高ミツル
腕を伸ばして、その身体を抱き寄せる。
真城朔
「?」
真城朔
抱き寄せられて目を瞬いた。
夜高ミツル
「あ……の、さ」
夜高ミツル
やや気まずそうに、切り出す。
真城朔
ミツルの肩を掴んで、首をかしげる。
夜高ミツル
「今日」
真城朔
その顔を見上げている。
真城朔
「……うん」
夜高ミツル
「俺、誕生日……だから、だよな?」
夜高ミツル
「してほしいこととか、訊いてきたの」
真城朔
ぱち、とまた目を瞬いた。
真城朔
それからこくこくと頷く。
夜高ミツル
「……ありがと」
真城朔
何故か肩を落としていたが。
真城朔
「?」
夜高ミツル
「俺完全に忘れてた……」
真城朔
「…………」
真城朔
「……俺のせいで」
真城朔
「大変、だったから……」
夜高ミツル
「でも真城は覚えててくれてたから」
真城朔
「俺は」
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの肩に顔を埋めた。
真城朔
「べつに」
夜高ミツル
「だから、ありがとう」
真城朔
「大変なこととか、なかったし……」
真城朔
「…………」
真城朔
「……俺に」
真城朔
「してほしいこと」
真城朔
「とか」
真城朔
「…………」
真城朔
改めて訊けば訊くほどに、
真城朔
自分にできることが見当たらなくなっていくのか。
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
しょんぼりと背が丸まっていく。
夜高ミツル
「あの、」
夜高ミツル
「あのー……」
夜高ミツル
気まずそうに、視線が泳ぐ。
夜高ミツル
「あの、さあ」
真城朔
「?」
夜高ミツル
が、やがて覚悟を決めたように真城を見て。
真城朔
首をかしげる。
夜高ミツル
「……キス」
夜高ミツル
「真城から、して、ほしい」
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの顔を見て、ぱちぱちと目を瞬いた。
真城朔
「……ん」
真城朔
それから小さく頷く。
夜高ミツル
言ってからめちゃめちゃ恥ずかしくなってくる。
真城朔
ミツルの両肩に手を添えて、
真城朔
上体を起こして、顔を寄せる。
夜高ミツル
唇が触れ合う。
真城朔
さらりとした感触の柔らかい唇が重なって、
真城朔
肩を掴む手が、やがてミツルの首裏に回る。
夜高ミツル
いつもしていることなのに、
夜高ミツル
真城からしてもらうと、なんだかいつもよりふわふわした心地になった。
夜高ミツル
ミツルの腕が、更に強く真城を抱き寄せる。
真城朔
触れ合うだけの口づけを、そのまま長く続けていたが。
真城朔
「ん」
真城朔
抱き寄せられて小さく息が漏れて、
真城朔
ためらいがちに舌先がミツルの下唇を撫ぜた。
夜高ミツル
口を薄く開いて、真城の舌先を受け入れる。
真城朔
受け入れられて、
真城朔
伸ばした舌先がミツルの中へと割り込んで、
真城朔
控えめにその舌に触れた。
夜高ミツル
触れた舌を、そのまま絡ませ合う。
夜高ミツル
粘膜が擦れて、水音が立つ。
夜高ミツル
口づけの合間に漏れる吐息に、徐々に熱が籠もってゆく。
真城朔
ひく、と真城の背が震えたのが分かった。
真城朔
熱の灯った吐息が漏れるのが濡れた唇にかかって、
真城朔
そのたび、肌がひくりと騒ぐ。
夜高ミツル
静かな室内に、身体を寄せ合って布が擦れる音と
夜高ミツル
舌を絡ませ合う水音が響く。
真城朔
つかの間の瞬間を、
真城朔
長く長く舌を絡ませて貪り合って、
真城朔
やがてゆっくりとそれが離されて。
真城朔
真城はとろりとした瞳でミツルの顔を見つめる。
夜高ミツル
唾液が糸を引いて、切れる。
夜高ミツル
「真、城……」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
受け止めるミツルの瞳にも、熱が籠もっている。
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
首の裏に回した腕に力を込めて、
真城朔
それでもどこか躊躇いを残しながら、ミツルをベッドへと引き込んで仰向けに倒れる。
夜高ミツル
引かれるままに、倒れ込む。
夜高ミツル
そのまま、今度はミツルから顔を寄せた。
真城朔
またミツルにドライヤーをかけられながら、心地良さそうに瞼を落としている。
夜高ミツル
ドライヤーをこうしてかけてやるのも、すっかり慣れてきた。
真城朔
真城の側もそうされるのが好きなようで、大人しくなすがまま、ミツルに何もかも任せている。
真城朔
これに関してはそもそもドライヤーに限った話ではないのだが。
夜高ミツル
指を通してきれいに乾かしきったのを確認して、スイッチを切る。
真城朔
髪を乾かし終わったことに気付いて、ミツルをぼんやりと振り返る。
夜高ミツル
風に乱れたままの箇所を指ですいて整える。
夜高ミツル
「?」
真城朔
「ん」
夜高ミツル
振り向かれ、目が合う。
真城朔
ぱち、と目を瞬いて。
真城朔
俯いて。
真城朔
「……ほかに」
真城朔
「ほかには、なにか……」
夜高ミツル
「他」
夜高ミツル
今度はミツルの方が目を瞬いた。
真城朔
「なんか」
真城朔
「…………」
真城朔
「結局」
真城朔
「してもらった感じで……」
夜高ミツル
「そうか?」
真城朔
ぽつぽつと訴える。
真城朔
こくこく。
夜高ミツル
「んー……」唸っている。
真城朔
じ……
夜高ミツル
「真城がそういう風に思ってくれるだけで嬉しいから」
夜高ミツル
「嬉しい、し」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城が何かしてくれるならなんでも嬉しいんだよな」
真城朔
「なにか……」
真城朔
おもむろに腕を伸ばして、
真城朔
身を捩り、ぎゅ、とミツルの胴に腕を回す。
真城朔
鳩尾のあたりに胸を寄せて。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……!」
真城朔
「……こう」
真城朔
「するのも?」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
一瞬遅れて、頷いた。
真城朔
「それは」
真城朔
「……それは、よかった、けど」
真城朔
「……特別感ない……」
真城朔
しがみつきながらぽつぽつとこぼしている。
夜高ミツル
寄せられた真城の頭に、手を乗せる。
夜高ミツル
そっと撫でながら
夜高ミツル
「特別感……」
夜高ミツル
むー、とまた唸った。
真城朔
撫でられている。
真城朔
もごもごと頬を擦り寄せている。
夜高ミツル
「……してほしいこと、と違うかもだけど」
夜高ミツル
「ケーキとか、買いに行くか」
真城朔
顔を上げた。
真城朔
「ケーキ」
真城朔
復唱。
夜高ミツル
「せっかく真城が覚えててくれたし」
夜高ミツル
「誕生日っぽいこと」
真城朔
「…………」
真城朔
頷く。
真城朔
既に時刻は15時を半ばほどで、
真城朔
ケーキ屋なんてそう遅くまでやっているものではない。
真城朔
スマホで適当にあたりをつけ、二人で着替えを済ませて、ホテルを出る。
真城朔
ミツルの、或いはミツルと選んだ服を着込んで、手を引かれて街を歩く。
真城朔
冷たくなり始めた秋の風がその髪を揺らしていた。
夜高ミツル
幸いホテルの近くにケーキ屋があるようなので、そこを目指して歩いていく。
夜高ミツル
「寒くないか?」
夜高ミツル
と、隣を歩く真城を見る。
真城朔
「ん」頷く。
真城朔
「俺は別に」
夜高ミツル
「結構冷え込むようになってきたよなー」
真城朔
今度は控えめに頷いた。
真城朔
「……寒く、なると」
真城朔
「風邪」
真城朔
「あぶないから……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
ぎゅ、とミツルの手を握った。
夜高ミツル
「近い内上着買いに行くかー」
真城朔
「それがいい」
真城朔
また頷いている。
真城朔
頷いていたが、
夜高ミツル
真城の手を握り返す。
真城朔
不意に顔を上げてびく、と全身を引きつらせた。
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
咄嗟にミツルの後ろに隠れる。
夜高ミツル
真城が隠れたのを見て、前方に視線をやる。
真城朔
向かいから大型犬――散歩中のラブラドールレトリバーが歩いてきている。
真城朔
人懐こそうに笑っているが、
真城朔
その真逆に回るようにミツルの後ろにそっと隠れて。
真城朔
視線を落とす。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
犬と真城の間に入るように立ちつつ、
夜高ミツル
距離を取って道の端へ。
真城朔
ミツルに導かれるままに。
真城朔
犬は特段真城を気にかけることもない。よく躾けられているのか吠えもしない。
真城朔
すぐにすれ違って、悠々と散歩を続けていく。
夜高ミツル
すれ違ったのを見送って
真城朔
真城はずっと身を縮めてミツルにひっついていた。
夜高ミツル
「……もう行ったから」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「…………」
真城朔
「うん……」
真城朔
しょんぼりと肩を落としている。
真城朔
「…………」
真城朔
「……ごめん」
夜高ミツル
繋いでいない方の手で、頭を撫でる。
夜高ミツル
「気にすんな」
真城朔
撫でられると頭をそちらに傾けてしまう。
真城朔
「…………」
真城朔
無言でしょぼくれている。
夜高ミツル
「ほら、行こう」
真城朔
「……ん」
真城朔
頷く。
真城朔
ミツルの手をぎゅ、と握って、
夜高ミツル
撫でていた手を下ろして、歩みを再開する。
真城朔
先よりも近い距離で引っ付いて歩く。
夜高ミツル
安心させるように、なお強く手を握る。
真城朔
日の傾く頃のケーキ屋には他の客の姿もなく、
真城朔
既に何品か売り切れているケーキも見受けられた。
真城朔
それでも選べないほどではない。
真城朔
つやつやと輝くそれらのケーキを、真城はぼんやりと見つめていたが。
夜高ミツル
ケースの中に並ぶケーキを一度見渡して
夜高ミツル
「真城どれがいい?」
真城朔
「?」
真城朔
ミツルを見た。
真城朔
首を傾げる。
夜高ミツル
「……?」
真城朔
「なんで」
真城朔
「俺?」
夜高ミツル
ミツルも首を傾げている。
真城朔
おろろ……
夜高ミツル
それから、やや間を置いて
夜高ミツル
「ああ……」
夜高ミツル
「いや、うん、そうか」
夜高ミツル
「そうだな……」
真城朔
じ……
夜高ミツル
俺の誕生日だった……。
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
「いや、でも、あれ」
夜高ミツル
「一個ずつ買えばいいだろ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「食べきれない分は俺食べるし」
真城朔
難しい顔をしている。
真城朔
じ、とショーウィンドウに目をやった。
真城朔
「…………」
真城朔
首をひねる。
夜高ミツル
ひねってるなあ……。
真城朔
「…………」
真城朔
「俺」
真城朔
「あんまり、食えないし」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツが決めたほうが……」
真城朔
「だって……」
真城朔
「ミツの……」
真城朔
ぽつぽつ言い募る。
夜高ミツル
「俺の分は俺の分で選ぶから」
夜高ミツル
「いいから真城も選べよ」
夜高ミツル
言いながら、ショーウィンドウに視線を移す。
真城朔
「…………」
真城朔
困っている。
夜高ミツル
とは言えケーキとか自分で買ったことがないので、
夜高ミツル
こっちはこっちでどうしたもんかという気持ちになっている。
真城朔
困ったまま視線をショーウィンドウに泳がせたり、
真城朔
ミツルを見上げたり、
真城朔
俯いたり。
夜高ミツル
めぐるはなんかよく分からんがこういうのに拘りを持っていたようだけど。
夜高ミツル
ミツルはといえばいつも買ってきてもらうに任せていた。
夜高ミツル
「……真城決まりそう?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
とりあえず真城の方を窺う。
真城朔
ふるふると首を横に振った。
夜高ミツル
「そっか……」
真城朔
俯く。
夜高ミツル
「俺もよく分かんないんだよな……」
真城朔
「……あんまり」
真城朔
「食べてない、から……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「うん……」
真城朔
「食べても」
真城朔
「ずっと」
真城朔
「…………」
真城朔
わかんなかったし、と、ぽつぽつと。
夜高ミツル
「……」
真城朔
肩を落としている。
夜高ミツル
またショーウィンドウに視線を移して、
夜高ミツル
ふと思いついたように顔を上げる。
夜高ミツル
「すみません」と、店員に
夜高ミツル
「この中でも甘い方のやつってどれですか?」
真城朔
店員は少し考え込んでから、シンプルなガトーショコラを示します。
夜高ミツル
「じゃあそれと……」
真城朔
果物系が好きなら、と苺のショートケーキやアップルタルトを指差したり。
夜高ミツル
分かんないときは定番のやつにすれば外さないだろう、ともう一つはショートケーキを選んで。
夜高ミツル
「……で、いいか?」
夜高ミツル
と真城に確認する。
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
ミツルの選んだケーキを2つ、ショーウィンドウ越しに眺めて
夜高ミツル
その2つで会計をしてもらう。
真城朔
少しだけ、小さく微笑む。
夜高ミツル
折角なので、ろうそくなんかもつけてもらい。
真城朔
手早くケーキを箱に詰めた店員はありがとうございました、と慣れた調子の接客で。
真城朔
外を見れば秋の日はつるべ落とし、
真城朔
既に随分と道は暗い。
夜高ミツル
夜の帳の落ちつつある道を、手を繋いで歩く。
真城朔
ミツルに従うように道を歩いている。
真城朔
「なんか」
夜高ミツル
「んー?」
真城朔
「コンビニ、とか」
真城朔
「明日……」
真城朔
「ご飯……」
夜高ミツル
「あー」
夜高ミツル
「そうだな」
夜高ミツル
「ついでに寄ってくか」
真城朔
「ん」
真城朔
適当なコンビニに入りつつ。
真城朔
ぼんやり店内を見回して。
真城朔
「あ」
真城朔
「牛乳」
真城朔
何故か指差す。
夜高ミツル
「あー」
夜高ミツル
「買っとくか」
真城朔
こくこく。
夜高ミツル
「ケーキだしな」
真城朔
「うん」
真城朔
紅茶とかよりも牛乳がケーキの伴になりがちな年頃
夜高ミツル
お互いこういう祝い事が子供の頃で止まってるしな
真城朔
タンパク質だし……
真城朔
タンパク質に気を取られがちなのでサラダチキンとかも眺めてる。
夜高ミツル
牛乳とか明日の朝食べるパンとかを買い物籠に放り込んでいく。
真城朔
ぽいぽいと放り込まれるのを見ています。
真城朔
ケーキ今は真城が持ってるかな 持ってます
夜高ミツル
野菜を食べないと真城が気にするので、サラダも選んだり。
真城朔
傾くとよくないし……
夜高ミツル
持ってもらってます。
真城朔
持ってます。持ってミツルが選んでいるのをぼんやりじーっと見ている。
夜高ミツル
「真城はなんか買うもんある?」
真城朔
少し考えて込んでから、すぐに首を振った。
真城朔
「大丈夫」
真城朔
「俺は」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
じゃあこんなもんか、とレジに向かおうとしたところで、
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
不意に足を止めて
真城朔
「?」
夜高ミツル
レジとは反対に向き直って
夜高ミツル
「いや、ほら、あれ」
夜高ミツル
「もうあんまないだろ」
真城朔
「あれ」
夜高ミツル
「あれ……」
真城朔
復唱。
真城朔
とてとてとミツルについて。
真城朔
首を傾げた。
夜高ミツル
「これです……」
夜高ミツル
と、小さな紙箱を手にとって籠に放る。
真城朔
「…………」
真城朔
ぱち、と目を瞬いて
夜高ミツル
コンドームの箱だ。
真城朔
「もう……」
真城朔
ちょっとびっくりしている。
夜高ミツル
昼にもしたからな……。
真城朔
この調子でやってればな……………
夜高ミツル
やや恥ずかしくなりつつ、今度こそレジに向かう。
真城朔
とことこついていこうとするが。
夜高ミツル
「……真城は、その辺りで待ってて」
真城朔
ぱち、と瞬き。
真城朔
「……ん」
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
いくら人目を気にしないとは言っても
夜高ミツル
言っても、二人で並んでゴムを買うのはさすがにだった。
真城朔
足を止めて、ぼんやりと商品棚に足を向ける。
真城朔
雑誌とか並んでるのを見てる。
夜高ミツル
そそくさとレジに並んで会計を済ませる。
真城朔
ぼや……
真城朔
ぼやぼやと並ぶ雑誌を眺めていたが、
夜高ミツル
「……お待たせ」
真城朔
不意に他の客が立ち読みのためにか雑誌に手を伸ばし。
夜高ミツル
手にレジ袋を下げて、ぽや……になってる真城に声をかける。
真城朔
それがたまたま近かったから、ちょっとびくってなったところで、
真城朔
ミツルに声をかけられて振り返る。
真城朔
小走りで寄ってきた。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
ミツルの隣で足を止める。
夜高ミツル
「……大丈夫か?」
真城朔
頷いた。
真城朔
「大丈夫」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「いるから」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
空いている方の手で、真城の手を取る。
夜高ミツル
「帰るか」
真城朔
ケーキが傾かないように箱を軽く浮かせながら、手をにぎる。
真城朔
「うん」
真城朔
「……帰る」
真城朔
ホテルに戻って、テーブルにケーキを並べる。
真城朔
コンビニで買った紙皿にプラスプーンを添えて、
真城朔
ガトーショコラといちごのショートケーキと。
夜高ミツル
ガトーショコラは真城の方に
真城朔
一緒に入れてもらったろうそくを取り出してみたはいいが。
夜高ミツル
自分はショートケーキを。
真城朔
「…………」
真城朔
細長い。
真城朔
のを、首を傾げて眺めている。
真城朔
「…………」
真城朔
「これ」
真城朔
立てる……? ってミツルの顔を窺う。
夜高ミツル
「うーん……」
夜高ミツル
「あ」
夜高ミツル
「ていうか、そもそも」
夜高ミツル
「火……」
真城朔
「…………」
真城朔
困ったように顔を見合わせている。
夜高ミツル
ライターは勿論持ってないし、買ってもきてないし、
夜高ミツル
そもそもホテルの部屋で火を使っていいのか?という疑問もある。
真城朔
封のされたままの細長いろうそくを持ったまま固まっている。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「やめとくか……」
真城朔
「ん」
真城朔
頷いた。箱に戻す。
真城朔
ホテルのカップに牛乳を注いで、残ったパックなどは冷蔵庫に戻して。
夜高ミツル
しまったなーという気持ち。
夜高ミツル
まあこういうこともある。
真城朔
椅子に座ったまま、ちらちらとミツルの顔を窺い。
夜高ミツル
「?」目が合って、首を傾げ
真城朔
「……た」
真城朔
「誕生日」
真城朔
「おめでとう……」
真城朔
とか、何故か歯切れ悪くぽつぽつと。
夜高ミツル
「ありがとう、真城」
夜高ミツル
笑って、椅子に座ったまま真城を抱きしめる。
真城朔
目を丸くしてその腕に収まった。
夜高ミツル
向かい合わずに隣に椅子を置くので腕が届いてしまうんですね。
真城朔
届いてしまうなあ……
真城朔
肩に頬を寄せるような形で、ぱちぱちと瞬きをしている。
夜高ミツル
ぎゅ、と抱きしめてから身体を離す。
夜高ミツル
「覚えててくれて嬉しかった」
夜高ミツル
「ありがとな」
真城朔
けれどその身が離れる瞬間、少しだけ名残惜しそうな顔をした。
真城朔
「……ん」
真城朔
微笑む。
真城朔
「ミツの」
真城朔
「ミツの誕生日、だから……」
夜高ミツル
「去年も祝ってくれたもんな」
真城朔
一度だけ頷く。
夜高ミツル
「……と、ケーキ食べるか」
夜高ミツル
真城からケーキに視線を戻す。
夜高ミツル
アイス出してイチャついてたら溶かしたこととかありそう。
真城朔
ありそうだな……
真城朔
頷いて、手のひらを合わせた。
夜高ミツル
ありそうなので、ケーキをダメにする前に食べようと思いました。
夜高ミツル
「いただきます」
真城朔
「いただきます」
真城朔
声を合わせて。
真城朔
フォークを取って、ガトーショコラの先端の端っこを割っている。
夜高ミツル
「無理はしないでいいからなー」
真城朔
こくこく。
夜高ミツル
若いのでケーキ2つくらいはいける。
真城朔
若さの塊
夜高ミツル
言いながら、自分のショートケーキにフォークを刺す。
真城朔
その欠片をフォークで刺すというよりは、
真城朔
横からすくい上げるようにして口へと運んだ。
真城朔
このフォークの大きさでは刺すことができないくらいのかけらだからだ。
真城朔
小さく唇を開いて、それを口に含む。
夜高ミツル
フォークをケーキに刺したまま、真城の様子を窺っている。
夜高ミツル
「……どうだ?」
真城朔
もむもむと唇の内側で味わうように舌を動かしていると、ミツルと目が合った。
真城朔
尋ねられて、少し首を傾げて。
真城朔
考え込み。
夜高ミツル
じっ
真城朔
「…………」
真城朔
「……甘い」
真城朔
いつもの、どこかぼんやりとした答えが。
夜高ミツル
「そっか」
真城朔
「けっこう」
夜高ミツル
それでも、ミツルはいたく嬉しそうにする。
真城朔
「わかりやすい感じの……」
真城朔
「もったりしてる……」
夜高ミツル
なるほど、と頷いて。
真城朔
もむもむと舌を動かしている。
夜高ミツル
「チョコだと味が濃いから分かりやすいのかもな」
夜高ミツル
覚えておこう、と思いながら自分もケーキを食べる。
夜高ミツル
ケーキだな、という味がする。こっちはこっちで解像度が低い。
真城朔
「濃い……」
真城朔
小さく頷いて、ミツルが食べるのを見ている。
夜高ミツル
クリームが甘くて、スポンジに挟まれた苺は甘酸っぱい。
真城朔
「おいしい?」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「ちょっと食べてみるか?」
真城朔
「……ん」
夜高ミツル
「クリームのとことか」
真城朔
「え」
真城朔
「っと」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「いけそうならもっととってもいいけど」
真城朔
考え込んでいる。
真城朔
「……クリーム」
真城朔
「クリームのとこだけ」
真城朔
「ちょっとだけ……」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
取りやすいように、皿を真城の側へ寄せる。
真城朔
「…………」
真城朔
おろおろとミツルを見てから、おそるおそるフォークを差し出して。
真城朔
「ど」
真城朔
「どれくらい……?」
真城朔
なぜか訊いてきた。
夜高ミツル
「どんだけでもいいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
しばらく迷ってフォークを揺らめかせていたが。
真城朔
盛り付けられたクリームの先端を少しだけすくって、
真城朔
はむ、と自分の舌に乗せる。
夜高ミツル
その様子を、やっぱり眺めている。
真城朔
口を閉じた。
真城朔
舌を動かしている。
夜高ミツル
「うまいか?」
真城朔
頷く。
真城朔
「甘い……」
夜高ミツル
「そうだな」
真城朔
同じことを言った。
真城朔
「ふわふわしてる」
夜高ミツル
同じように嬉しそうに。
真城朔
「ミツは」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「そういうの、好き?」
真城朔
ショートケーキを見て。
夜高ミツル
「好きっていうか」
夜高ミツル
「ケーキといえばって感じしないか?」
真城朔
「…………」
真城朔
「する……」
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
「な」
真城朔
「うん」
夜高ミツル
「あんま時間かけすぎてもだったし」
夜高ミツル
「迷ったら定番かなって」
真城朔
なるほど、と頷いている。
真城朔
ちょっとだけ、
真城朔
ガトーショコラのかけらをもう一つ作って、
真城朔
おそるおそる口に運んでいる。
夜高ミツル
眺めてばっかりで自分の手が動いていないことに気づいて、ミツルも食べるのを再開する。
真城朔
口の中でもたもたと舌を動かしている気配がある。
夜高ミツル
柔らかなショートケーキにフォークを沈めて、欠片を口に運んでいく。
真城朔
その様子を、ミツルに負けないくらいに眺めている。
真城朔
二口目を最後に真城の手は完全に止まっていた。
真城朔
ただ、じっとミツルを見つめている。
真城朔
ミツルが食べる様子を見ている。
夜高ミツル
特別に好きというほどではないけども、やっぱり甘いものというのは美味しい。
夜高ミツル
もしかしたら真城と食べるから美味しいというのもあるかもしれないけど。
夜高ミツル
もぐもぐとケーキを食べ進めながら
真城朔
思い出したように牛乳のカップを取ったが、
夜高ミツル
「そっち、もらおうか?」
夜高ミツル
と、ガトーショコラを指して。
真城朔
少量だけ注がれたその表面をじっと見つめてから、結局戻してしまって。
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルに声をかけられて、ガトーショコラを見て、ミツルを見て。
真城朔
「……うん」
真城朔
少し肩を落として、頷いた。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「…………」
真城朔
紙皿をミツルの方にやりながら。
真城朔
「……おいしかった」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
ぽそぽそと、どうにも浮かない様子で。
夜高ミツル
「また買ってみるか」
真城朔
「おいしかったのは」
真城朔
「ほんとで」
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの顔を見る。
夜高ミツル
「?」
真城朔
「また?」
夜高ミツル
「ああ、いや」
夜高ミツル
「誕生日とかじゃなくてもさ」
夜高ミツル
「甘いのは結構分かりやすいみたいだし」
真城朔
「…………」
真城朔
「あんまり」
真城朔
「食べられないけど……」
夜高ミツル
「気にしなくていいって」
真城朔
ほとんど手を付けられていないも同然のガトーショコラに目をやって、肩を落としていたが。
真城朔
「…………」
真城朔
「うん……」
夜高ミツル
「いい感じのケーキ屋とかあったら、また寄ってみような」
真城朔
「ん……」
真城朔
こくこく。
夜高ミツル
言って、ショートケーキの最後の一片をフォークで口に運ぶ。
真城朔
それを見ている。
夜高ミツル
牛乳を飲んで、
真城朔
そこでやっと再びカップを取って、ちびちびと牛乳を口に運んだ。
夜高ミツル
「今日はこういう定番みたいなのにしたけどさー」
真城朔
こちらは味がよくわからないのか首を傾げていたが。
夜高ミツル
「次はよく分かんないのとか」
真城朔
ミツルを見る。
真城朔
「?」
真城朔
「よくわかんないの」
夜高ミツル
「なんか……見た目がおしゃれで味の想像つかないやつとかあっただろ」
真城朔
「…………」
真城朔
頷いた。
真城朔
呪文みたいな名前がついてたりする。
夜高ミツル
「ああいうの試してみるのもいいかもな」
真城朔
「試して……」
夜高ミツル
食べ終わった皿をのけて、ガトーショコラの方に手を伸ばす。
夜高ミツル
「どれが美味しいとか、味が分かるとか」
夜高ミツル
「あと単純に好みとか」
夜高ミツル
「やっぱり色々食べてみないとだろ」
真城朔
「…………」
真城朔
「うん」
真城朔
「でも」
真城朔
言いかけて、
真城朔
途中で躊躇ったように口をつぐむ。
夜高ミツル
「……でも?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
ガトーショコラにフォークを刺して、首をかしげる。
真城朔
「……ケーキ」
真城朔
「だけじゃ、なくても……」
真城朔
「…………」
真城朔
なにやら居心地わるげに身を竦めた。
夜高ミツル
「ケーキ以外もな」
夜高ミツル
「色々食べてみような」
真城朔
「……いっぱいは」
真城朔
「食べられない」
真城朔
「けど」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
言い出しておいてそうなので、決まりが悪いらしい。
夜高ミツル
「ちょっとずつでいいから」
真城朔
しょぼしょぼと空になったカップを両手で抱えている。
真城朔
「……食べきれないけど……」
夜高ミツル
「いいって」
夜高ミツル
「食べれるだけ食べりゃいいよ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
言って、ガトーショコラを口に運ぶ。
真城朔
ちら、とミツルを見て、
真城朔
「おいしい?」
真城朔
とまた同じことを訊く。
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「確かになんか、味が濃い感じがする」
真城朔
「ん」
夜高ミツル
「チョコの味」
真城朔
「うん」
真城朔
「チョコの味」
真城朔
「チョコのケーキ」
真城朔
だからなんだ、という話ではあるが。
夜高ミツル
男子高校生は甘味の解像度が低すぎた。
夜高ミツル
「チョコだなー」
夜高ミツル
ケーキの合間に、牛乳を口に運ぶ。
真城朔
「狩りの間とか」
真城朔
「けっこう、効く」
真城朔
色気のない話をする。
夜高ミツル
「なるほど……」
真城朔
「カロリーが……」
真城朔
「頭、回るし」
真城朔
「持ち運びやすいからって」
夜高ミツル
「登山する人とかチョコ持ってくんだっけ?」
真城朔
「人は、けっこう」
夜高ミツル
曖昧な知識。
真城朔
「……たしか……?」
真城朔
首を傾げた。
真城朔
「たぶん」
真城朔
「似たような感じで……」
夜高ミツル
「長引くとマジで疲れるからな……狩り……」
夜高ミツル
「そうなるとほぼ徹夜だし」
真城朔
こくこく
真城朔
「気力勝負も」
真城朔
「限界が……」
夜高ミツル
「用意しとくか」
夜高ミツル
ちょうど3日後が満月なので
夜高ミツル
二人で狩りに出ようという話になっていた。
真城朔
「うん」
真城朔
頷くが。
真城朔
「……ハロウィン……」
夜高ミツル
ケーキのお供にはあまり適切ではない話題だが、まあ今更気にもならない。
真城朔
少し眉を寄せた。
夜高ミツル
「……夜でも人が多くてめんどそうだよな」
真城朔
頷く。
真城朔
「なるべく」
真城朔
「目立たないように……」
夜高ミツル
「だなー……」
真城朔
「刀」
真城朔
「あんまりだと」
真城朔
「…………」
真城朔
「……いや」
真城朔
「逆に……?」
真城朔
首をひねった。
夜高ミツル
「どうだろうな……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「刀はなあ」
真城朔
「警察も出るし」
夜高ミツル
「マジで目立つのがな……」
真城朔
「たぶん、やめたほうが……」
真城朔
「警戒」
夜高ミツル
「そうだな……」
真城朔
「してる」
真城朔
「…………」
真城朔
「外国の方が」
真城朔
「盛り上がらないらしい、から」
真城朔
「……羨ましい……」
夜高ミツル
「へー」
夜高ミツル
「いやー、寄りにもよってだよな……」
真城朔
「騒ぐのは日本だって……」
夜高ミツル
「土曜だし……」
真城朔
こくこく。
真城朔
「関東じゃないだけ」
真城朔
「たぶん、マシ」
夜高ミツル
ガトーショコラを口に運んで、もぐもぐと口を動かしながら頷く。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「だなー」
夜高ミツル
「東京のハンター大変だろうな」
夜高ミツル
「渋谷とか……」
真城朔
「渋谷……」
真城朔
かなり遠い目をした。
真城朔
「……仙台も」
真城朔
「このあたりじゃ、そこそこだから」
夜高ミツル
「集まってくるかなあ」
夜高ミツル
「調べとかないとだな」
真城朔
頷く。
夜高ミツル
話題は剣呑だが、ガトーショコラは最後までおいしかった。
夜高ミツル
きれいに食べきって、
夜高ミツル
「ごちそうさま」
夜高ミツル
と手を合わせる。
真城朔
「ごちそうさまでした」
真城朔
ミツルに倣って。
真城朔
手を合わせてからミツルの顔を見て
真城朔
「…………」
夜高ミツル
空になった紙皿を重ねて折って、ゴミ箱へポイと捨てる。
夜高ミツル
「? どした?」
真城朔
何か言いたげなような、顔色を窺っているような。
真城朔
やがて恐る恐る身を乗り出すと、
真城朔
ミツルの頬に手を添え、
真城朔
唇を重ねた。
夜高ミツル
「……!」
夜高ミツル
不意打ちに唇を寄せられて、硬直する。
夜高ミツル
が、それも一瞬のことで、
夜高ミツル
真城の身体に腕を回して、身体を寄せる。
真城朔
身体が密着する。
真城朔
一度離れかけた唇がまた重なって、
夜高ミツル
暖かな体温が、心臓の鼓動が伝わる。
真城朔
触れて、
真城朔
腕はミツルの背に回って。
夜高ミツル
何度も何度も、口づけを繰り返す。
真城朔
口吻の隙間に漏れる吐息が少しずつ熱をあげて、
夜高ミツル
触れ合った箇所から火がつくように、熱が灯される。
真城朔
やがてゆっくりと瞼が上がって、
真城朔
真城の瞳がミツルを見つめる。
夜高ミツル
「真城……」
真城朔
「……ミツ」
真城朔
「してほしいって」
真城朔
「……言った、から」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「うれしい」
夜高ミツル
今度はミツルの方から顔を寄せて
夜高ミツル
「……好きだよ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
ごく近い距離でそう囁いて、唇を重ねる。
真城朔
惑いに震えた唇が、声を発する前に塞がれる。
真城朔
ことばで答えを返せないまま、
真城朔
代わりとばかりにその背にしがみついて、
真城朔
ただ、目を閉じた。