2020/11/03 深夜

真城朔
ぐるぐるに巻いたマフラーに顔をうずめて、小さく息を吐く。
夜高ミツル
人気のない深夜の街を、二人手を繋いで歩く。
真城朔
明後日にここを発つと決めた。
真城朔
明日は早めに眠ることになるからその前の、
真城朔
最後の夜の散策。
夜高ミツル
「仙台も見納めだなー」
夜高ミツル
「明日もあるっちゃあるけど」
真城朔
「ん」
真城朔
「明日は」
真城朔
「夜は、寝るし……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
冬の東北に吹く冷たい風に、首を竦める。
夜高ミツル
「こうやってのんびり散歩とか今日で最後だな」
真城朔
ぬくもりを確かめるようにミツルの指を握りしめた。
夜高ミツル
「……寒いか?」
真城朔
頷く。
真城朔
「……ちょっと」
真城朔
「だけ」
真城朔
「大したことない……」
夜高ミツル
「夜は冷えるよな……」
夜高ミツル
繋いでない方の手で、真城のマフラーに手を伸ばす。
真城朔
繁華街から少し離れた、住宅地の細く暗い道をぶらぶらと歩きながら。
夜高ミツル
風が入らないようにちょいちょいと形をなおし。
真城朔
ぼんやりと直されています。
真城朔
もこ……
真城朔
街の方向は夜でもちかちかと明るい。
真城朔
東北最大の都市は伊達ではなく……
真城朔
仙台だけに……
夜高ミツル
そんな喧騒から遠ざかるように、二人は歩を進めていく。
夜高ミツル
繁華街とかは警察の見回りも多いし……。
真城朔
人通りが多いと落ち着かない。
真城朔
ハロウィンの夜よりマシとはいえ……
夜高ミツル
ミツルの方も、騒がしいのは別に好きではなく。
真城朔
高校生が夜の繁華街で遊ぶ場所も正直ない。
真城朔
厳密には高校生ではないが……
夜高ミツル
明らかに未成年二人……
真城朔
どこにも行けないな~。
夜高ミツル
行けないので、こうしてただの人通りの少ない住宅地を歩いている。
真城朔
のんびりぼんやり。
夜高ミツル
何かおもしろいものがあるでもないが。
夜高ミツル
ただ、お互いがいる。
真城朔
特に見るものがなくとも、それで構わなかった。
真城朔
繋いだ手が暖かい。
真城朔
それだけで。
真城朔
寒くなってきたとはいえ息の白くなるほどではなく、
真城朔
天気予報によればこの先一週間ほどは雨の心配もなさそうだった。
真城朔
街を発つにはちょうどいい。
夜高ミツル
「天気、しばらく大丈夫そうでよかったよな」
夜高ミツル
「雨の時運転したくないし」
真城朔
頷く。
真城朔
「あぶない……」
真城朔
「のは」
夜高ミツル
「うん……」
真城朔
「やだ」
真城朔
「逃げづらいし……」
真城朔
声かけられたとき……
夜高ミツル
「冷えるしなー」
真城朔
住宅地なので、気持ち潜めたような声になる。
夜高ミツル
もう明かりの消えている家が多い。
夜高ミツル
うるさくないようにひそひそと……
真城朔
ひそひそこにょこにょ。
真城朔
特別目当てがあるわけでもなく、
真城朔
ぼんやりと歩いていると、
真城朔
「あ」
真城朔
「公園……」
夜高ミツル
「お」
夜高ミツル
「ほんとだ」
真城朔
住宅地の隅に小さな公園。
真城朔
大した遊具もなく、ベンチと砂場と、
真城朔
申し訳程度のブランコがあるだけの。
夜高ミツル
「ちょっと寄ってみるか?」
真城朔
「……ん」
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
真城の手を引いて公園に歩み寄る。
真城朔
ミツルに手を引かれていく。
真城朔
本当にこじんまりとした公園だった。
夜高ミツル
近づくとなおさらそう思う。
真城朔
なんか空いたスペースができたけど何に使うでもないからちょっと公園にしてみた感じの……
夜高ミツル
「なんもないなあ……」
真城朔
「うん……」
夜高ミツル
まあ住宅地の中の公園ってこんな感じだよね……というやつ。
真城朔
頷いてます。
夜高ミツル
お気持ち程度の公園。
真城朔
「トレーニングに使うにも」
真城朔
「狭い……」
夜高ミツル
「もうちょっとほしいよなあ」
真城朔
「ぶつかりそう」
真城朔
公園の中に足を踏み入れつつ。
夜高ミツル
「ブランコの柵とかな……」
真城朔
「変にぶつけると痛い」
夜高ミツル
「頭とか打つとほんとにヤバいし」
真城朔
「やばい……」
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
話題に出したついでとばかりにブランコの方へ。
真城朔
手を引かれて近づいていく。
真城朔
なんだかんだ住宅地なので使われてはいる様子。
真城朔
砂場とか見ると子供の足跡が残っていたりする。
夜高ミツル
「小さいなー」
夜高ミツル
ブランコを見て、
夜高ミツル
「これ乗れんのかな」
真城朔
「大人が乗っても」
真城朔
「壊れないようには」
真城朔
「できてると思うけど……」
真城朔
そりゃそう。
夜高ミツル
「なんかこう……子供用のものって久しぶりに見ると小さくてびっくりする」
真城朔
「……うん」
真城朔
頷く。
真城朔
公園はもとより、砂場もぶらんこも驚くほど小さい。
真城朔
ベンチはまあ大人も座るものとしても……
夜高ミツル
なんとなくブランコの鎖をつかみつつ、まじまじと眺める。
真城朔
じー……
真城朔
ミツルの後ろからブランコを見ています。
夜高ミツル
「……乗ってみるか」
真城朔
「え」
真城朔
きょと……
夜高ミツル
「いや、なんか」
夜高ミツル
「見てたらなんとなく……」
夜高ミツル
「久しぶりだし……」
真城朔
「…………」
真城朔
目を瞬き……
夜高ミツル
公園自体は特訓とかで結構使ってたけど……
真城朔
「別に、ダメじゃ」
真城朔
「ないと思う」
真城朔
「けど」
真城朔
「…………」
真城朔
「思う……」
真城朔
思っています。
夜高ミツル
「ダメじゃないよな別に」
夜高ミツル
「子供がいるのに邪魔してるわけでもないし……」
真城朔
「うん」
真城朔
「夜だし……」
真城朔
子供は寝る時間。
真城朔
自分たちも警察に声をかけられるのがやや怖い時間だが……
夜高ミツル
それは怖い。
真城朔
気をつけています。
真城朔
周囲に……
真城朔
人の気配に敏感な方。
夜高ミツル
ミツルも気をつけてはいるけど、だいたい真城の方がはやく気づく。
真城朔
年季が違う。
真城朔
今は大丈夫。
真城朔
ぼんやりとブランコを見ています。
夜高ミツル
気持ちおずおずと、ブランコに乗る。
真城朔
何故かあわあわ気味に見守っている……
夜高ミツル
「……うわ」
夜高ミツル
「狭い」
夜高ミツル
「低い……」
真城朔
「え」
真城朔
「あ」
真城朔
「…………」
真城朔
「子供」
真城朔
「じゃ、ない」
真城朔
「から……」
夜高ミツル
「うん……」
夜高ミツル
思いの外低くなった位置から真城を見上げる。
真城朔
見下ろしている。
真城朔
目が合う。
真城朔
じ……
夜高ミツル
漕ぐという程ではないものの、ゆらゆらと揺らしている。
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
ゆらゆら きいきい……
真城朔
「?」
夜高ミツル
じっと見られて首をかしげる。
真城朔
「…………」
真城朔
「ど」
真城朔
「どう……?」
真城朔
何がどうなのか……
夜高ミツル
「どう」
夜高ミツル
うーん……
夜高ミツル
「小さい……」
真城朔
「ちいさい」
夜高ミツル
「あとなんか」
真城朔
「……うん」
夜高ミツル
「子供のブランコの使い方って結構危なかったよなって」
真城朔
きょと……
夜高ミツル
「座ってみると急に思い出してきた」
真城朔
「あぶない……」
真城朔
「立って」
真城朔
「こいだりとか……?」
夜高ミツル
「立ち漕ぎくらいはまあ……」
夜高ミツル
「こう、思いっきり漕いで前にジャンプしたりとかさー」
夜高ミツル
「あと一周させようとしたやつとかいなかった?」
真城朔
「えっ」
真城朔
真城の記憶にはないらしい。
真城朔
びっくり目を瞬いている。
真城朔
「一周……」
夜高ミツル
「ブランコに行ったらチェーンがぐるっと一周してたことがあって……」
夜高ミツル
「どうやったのか知らねえけど……」
真城朔
「ひえ」
真城朔
ひえになってる。
真城朔
「あぶない……」
夜高ミツル
「危ないよな……」
真城朔
めいっぱい頷いてます。
夜高ミツル
こうやって遊具が減っていくのだろうな……
真城朔
使われてる様子とはいえ古い感じのブランコ。
真城朔
そのうち撤去されるのも時間の問題なのかもしれない……
夜高ミツル
地面に足をつけたまま、膝を伸ばしたり曲げたりしてブランコを揺らしている。
夜高ミツル
ゆらゆら……
真城朔
揺れるブランコとミツルを見ている。
真城朔
じ…………
夜高ミツル
「……真城は乗らない?」
真城朔
「の」
夜高ミツル
自分だけ座っているのが落ち着かず、真城を見上げる。
真城朔
「乗る……?」
真城朔
戸惑ったような声が出た。
真城朔
ミツルを見下ろしている。
真城朔
「…………」
真城朔
考え込んでいます。
夜高ミツル
足を止めて、考え込む真城を見上げている。
真城朔
「の」
真城朔
「乗っても」
真城朔
「大丈夫……?」
夜高ミツル
「大丈夫だろ」
夜高ミツル
「俺が乗れてるんだし」
真城朔
「でも……」
真城朔
なにやらもごもごとためらっている……
夜高ミツル
「乗っちゃえよー」
真城朔
「え」
真城朔
「う」
真城朔
うーとかうめいた。
真城朔
うめいてたけど
夜高ミツル
うーになっているな……
真城朔
おずおずと……
真城朔
おずおずとミツルに身を寄せて、
夜高ミツル
「え」
真城朔
ブランコに座る膝の上に腰を下ろした。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
びっくりしている。
真城朔
「……?」
真城朔
おどろかれている……
夜高ミツル
隣のに乗るのかと思っていた。
夜高ミツル
思っていたのでびっくりした……
夜高ミツル
していたが……
夜高ミツル
おずおずと、真城の腰に腕を回す。
真城朔
ミツルの内心も知らずにおどおどとミツルの顔を見ています。
真城朔
腰に手を回された。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
上半身を寄せて、ぴっとりと寄り添う。
真城朔
真城もまたミツルに身体を寄せる。
真城朔
コートを着込んだ胸が触れ合う。
夜高ミツル
あたたかい。
真城朔
東北の冬の夜の寒さは関東育ちにはやや厳しく、
真城朔
だからこうして身を寄せ合っているとなおさらそれが実感させられる。
夜高ミツル
こうしてぬくもりを抱いて改めて、思ったより冷えていたことに気がつく。
夜高ミツル
片手を持ち上げて、真城の頬に触れる。
真城朔
「ひゃ」
真城朔
触れられて小さく声を上げた。
夜高ミツル
「あ、」
夜高ミツル
「ごめん」
夜高ミツル
「冷たかったか……?」
真城朔
「……ん」
真城朔
首を振って、
真城朔
ミツルの手のひらに頬を寄せる。
真城朔
「だいじょうぶ」
真城朔
微笑む。
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「手」
真城朔
「好き」
真城朔
「だから」
夜高ミツル
「……そっか」
夜高ミツル
安堵したように小さく息をついて
真城朔
「うん」
真城朔
頷く。
夜高ミツル
真城の頬をなぞる。
真城朔
ミツルの膝の上に座ったまま。
真城朔
目を細めて触れられるがままに。
夜高ミツル
頬を撫で、
夜高ミツル
指先で髪を耳にかけて。
真城朔
「ん……」
真城朔
接触の一つ一つに心地良さげに声を漏らす。
真城朔
ミツルの肩に手をかけ、
真城朔
体重を委ね、
真城朔
身を任せている。
夜高ミツル
委ねられるままに、その体重を受け止める。
夜高ミツル
「……真城」
夜高ミツル
意味もなく、名前を呼ぶ。
真城朔
名前を呼ばれて目を瞬いた。
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「?」
真城朔
首を傾げる。
夜高ミツル
頬を撫でていた手の動きが止まる。
夜高ミツル
そっと顔を寄せる。
真城朔
目を瞬いて、
真城朔
その唇を受け入れた。
真城朔
瞼を伏せる。
夜高ミツル
唇が重なる。
真城朔
冬の冷たい夜の空気の中、
真城朔
体温と体温が重なっている。
真城朔
皮膚が触れている。
夜高ミツル
街灯の頼りない明かりの下で、二人のシルエットが重なる。
真城朔
繁華街のきらびやかさは今は遠く。
真城朔
ひっそりとした街の片隅。
夜高ミツル
触れ合うだけの口づけを交わして、顔を離す。
真城朔
離されて、
真城朔
ゆっくりと瞼を上げ。
真城朔
そっと手を伸ばして、ためらいがちにミツルの唇に触れた。
夜高ミツル
唇に真城の指先が触れる。
真城朔
「……つめたく」
真城朔
「なかった?」
夜高ミツル
「……あったかい」
夜高ミツル
冬の乾燥で少し荒れた唇。
真城朔
そのかさついた感触を辿るように、
真城朔
細く白い指が触れている。
夜高ミツル
唇をなぞられて、微かに息が漏れる。
真城朔
指先に吐息がかかった。
真城朔
冬の空気よりも高い熱が指をあたためて、
真城朔
でも、より熱いものを知っている。
夜高ミツル
触れ合っているところはあたたかいけれど
夜高ミツル
こうしてただ座っていると、外気の冷えもより感じる。
真城朔
恋しくなる。
夜高ミツル
もっと直に熱に触れたい。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「そろそろ」
夜高ミツル
「帰る、か」
真城朔
「あ」
真城朔
「…………」
真城朔
「……うん」
夜高ミツル
「冷えるし……」
真城朔
頷いた。
真城朔
「冷える……」
真城朔
「よくない」
真城朔
ゆっくりと
真城朔
ミツルの膝から立ち上がる。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
それに続いてミツルも立ち上がる。
真城朔
手を握る。
夜高ミツル
しっかりと握り返す。
真城朔
ずっと触れ合っていたぬくもりがそこにある。
夜高ミツル
手を繋ぎあって、隣に。
真城朔
そうしてここまで旅をしてきた。
夜高ミツル
これからも。
夜高ミツル
ずっと、そうして二人で。