2020/11/初旬
夜高ミツル
ミツルと真城は札幌のマンスリーマンションを契約して、春までそこに住むことにした。
夜高ミツル
荷物を持って扉の前に立ち、リーダーにカードキーをかざす。
夜高ミツル
「……こういう鍵ってホテルだけかと思ってた」
夜高ミツル
「あー、セーフハウスとかで色々契約してたんだっけ?」
夜高ミツル
真城を伴って部屋の中に足を踏み入れる。
真城朔
その背中にくっつきながらこちらも部屋に入り。
夜高ミツル
玄関から少し進めば、右手には入居の決め手となった対面キッチン。
夜高ミツル
「写真だと分かんなかったけど、思ったより広いなー」
夜高ミツル
「あ、無理に食べさせる気はないけどな」
夜高ミツル
言いながら、とりあえずお湯だけで手を洗う。
夜高ミツル
「調理器具とか食器とかは全部買わないとない」
夜高ミツル
「枕とか布団とかはレンタルしたからあるけど、シーツの洗い替えは買いたい」
夜高ミツル
「休憩すると寒くて出たくなくなりそう」
夜高ミツル
がさがさとビニール袋を鳴らしながら部屋に上がる。
真城朔
せっかくなのでと買ってきた飲み物のペットボトルを持っています。
夜高ミツル
二度の買い物の内に、外はすっかり日が沈み
夜高ミツル
つけっぱなしにしておいた暖房の暖かさが身にしみる。
夜高ミツル
夕食用に買ってきたものたちと一緒にとりあえず対面キッチンに置く。
夜高ミツル
コートを脱ぐ間もなくまた外に出かけていったので……。
夜高ミツル
自分の分を脱ぐと、真城のコートに手をかける。
夜高ミツル
ダッフルコートの袷をゆるめて、脱がせる。
真城朔
解放感とともに息を漏らして、されるがままにそれを見つめて。
夜高ミツル
しょうがないので、クローゼットの床に畳んで重ねる。
夜高ミツル
「あ~これ他にも買い忘れてるもんありそう……」
夜高ミツル
飲食のバイトをやっていたので、ちゃんとしている。
真城朔
もとはミツルの見様見真似だったのが、それなりに板についてきている。
真城朔
指の股とか……爪の間とかも……ちゃんと……
真城朔
手を洗っても真城の手のひらは冷えた時のように白いまま、
夜高ミツル
もはや温度を確かめるためではなく、指を絡ませる。
真城朔
関節を指の腹で辿って、きゅ、と絡めて握りしめ。
夜高ミツル
もっとしたい気持ちを抑えて、顔を離す。
夜高ミツル
最初は啄むようだった口づけが、徐々に深く。
真城朔
受け入れた舌に舌を重ね、ちいさく喉の奥で音を鳴らし、
真城朔
買ったばかりのパジャマを着て、ぼんやりとソファに座り込み。
夜高ミツル
その後ろに立って、ドライヤーで真城の髪を乾かしている。
夜高ミツル
着ているものは、真城と同じデザインで色違いのパジャマ。
夜高ミツル
お互いに特にこだわりがないので、必然的に大体のものがお揃いになっていく。
真城朔
それを最早恥じらうこともなく、つい先程まで身体を重ねていたソファに座ってされるがままになっている。
夜高ミツル
初めて部屋に上がった時も買い物をしながらも度々噛み締めていたが、
夜高ミツル
こうして一息つくと、なおさらにその実感がこみ上げる。
夜高ミツル
ホテルの備え付けのナイトウェアではなく、
真城朔
お揃いの服を着た細い肩がゆらゆらと揺れている。
夜高ミツル
一緒にいるという点では今までの旅の最中と変わらないのだが、
夜高ミツル
やっぱり暮らしていくのだとなると、気持ちが全然違う。
夜高ミツル
慣れた手付きで髪を乾かしおえ、ドライヤーのスイッチを切る。
夜高ミツル
髪を整えながら、水気の残っていないのを確かめる。
夜高ミツル
「イオンとか……そういうのの違いはよく分かんないけど」
真城朔
良いやつは良いな、という気持ちと、わざわざ……みたいな……
夜高ミツル
被せられて拭かれて、ぱちぱちと目を瞬かせる。
夜高ミツル
自分が何かをする方が好きというのもあり、
夜高ミツル
真城からなにかしてもらうのは、嬉しいけど少し照れくさい。
真城朔
ミツルの髪を拭きながら、タオル越しにその頭に触れる。
夜高ミツル
拭きやすいように、差し出すように少し頭を下げている。
夜高ミツル
こんな風に誰かにしてもらうなんて子供の頃以来で、
夜高ミツル
照れくさいのはそれも理由かもしれない。
真城朔
頭に触れていた手が下がって、首の裏に回る。
夜高ミツル
先程自分が乾かしたばかりのつややかな黒髪が、指先に触れる。
夜高ミツル
風呂上がりで未だに熱の冷めない身体に、再び熱が灯る。
真城朔
ゆっくりと瞼を上げて、ごく近くでミツルの顔を見返し。
夜高ミツル
口づけの合間に、囁くように名前を呼ぶ。
真城朔
ますます身を寄せて、揃いのパジャマ越しに肌を重ねた。
真城朔
細い肢体がくたりと脱力して脚を投げ出している。
夜高ミツル
さすがに、よかったのか……???という気持ちになっている。
真城朔
夢うつつに熱い息を吐きながら、繰り返し名を呼ぶ。
夜高ミツル
手に、真城のやわらかな肌の感触が伝わる。
真城朔
うとうとと頭の重みがミツルの手のひらに委ねられて、
夜高ミツル
「身体流す……のも無理そうならとりあえず拭いとくし」
真城朔
衣服のほとんど脱がされたまま、重たげに身体を起こして。
夜高ミツル
「……まあ俺も真城からされると嬉しいから」
夜高ミツル
「嬉しいからって、あんまり気遣えなくなるのは」
夜高ミツル
「次はちゃんとベッド準備してからにする」
真城朔
頭が回っていないのか、くてくてになりながら訊く。
夜高ミツル
テーブルの上に、買ってきていた食事を並べる。
真城朔
どこか落ち着かない様子でテーブルの前に座っている。
夜高ミツル
入居記念ということで、せっかくだからデパ地下で良いものを買ってきていた。
夜高ミツル
温め直したパエリアからはほかほかと湯気がのぼっている。
真城朔
シャワーで軽く身体を流した後、髪を軽く乾かしてタオルを首にかけ、
夜高ミツル
並べ終えると、互いのコップにジュースを注ぐ。
夜高ミツル
ぶどうジュース。これもせっかくだからちょっといいやつ。
夜高ミツル
「こういうときって乾杯するもんじゃない?」
真城朔
やはり落ち着かないようでしきりに視線を彷徨わせているが。
夜高ミツル
自分のコップを手にとって、真城を待っている。
夜高ミツル
「ほんとだったらこういう時は酒なのかもだけどなー」
真城朔
ちびちびとぶどうジュースを口に含んでいます。
夜高ミツル
一口飲んで、驚いたように感想を漏らす。
真城朔
問いかけられて、逆にぎゅっとコップを握ってしまう。
夜高ミツル
言って、真城の皿にローストビーフを一枚取り分ける。
真城朔
取り分けられるのを見ながら言い訳のように言い添える。
夜高ミツル
「もちろん行けそうならたくさん食えばいいし」
真城朔
手のひらを合わせ、取り分けられたローストビーフをつまみ上げる。
夜高ミツル
高いサラダ、なんか色々入ってるよな~と思っている。
夜高ミツル
切って盛り合わせるだけとはいえ、自分で色々買うとなると結構手間になるんだろうな……。
夜高ミツル
野菜から食べるといいらしいとよく聞くので……。
夜高ミツル
そして健康に気遣ったことをすると真城が喜ぶので。
夜高ミツル
真城に血をあげるからには健康でいたいなという気持ちもある。味や質に影響するのかはわからないが。
真城朔
ミツルの心中を知ってか知らずか、その顔を見つめているが。
夜高ミツル
「……なんか昔もこんな会話しなかった?」
夜高ミツル
「カレーの味じゃなかったら怖いだろみたいな」
夜高ミツル
「まあその辺は俺もあんま変わんないよ」
真城朔
ミツルがローストビーフを食べる様子をじっと見ています。
夜高ミツル
D7から連れ出したばかりの頃を思うと、真城は随分食べるようになった。
夜高ミツル
味覚もそれなりに戻ってきたようで、こうしていつも感想を教えてくれる。
夜高ミツル
それを聞くのが、食べる様子を見るのが、ミツルの食事の楽しみの一つになっている。
真城朔
あまり厚くないものを選んだし、生に近い肉なので、そこそこ進んでいる。
夜高ミツル
「買ってきて焼いて小さく切ったらいけんじゃね?」
夜高ミツル
「あれあの後一応調べたんだよ、作り方」
夜高ミツル
「なんか……米にかけるビーフシチューみたいな……」
真城朔
そう答えて、先程取った三枚目のローストビーフを口へと運ぶ。
夜高ミツル
真城を見るばかりですっかり箸が止まっていたので、自分も食事を再開する。
夜高ミツル
「ルー使わないでカレー作るのもしてみたいなー」
夜高ミツル
以前のミツルにとっては、自炊は趣味というよりは単純に食費を抑える手段で、
夜高ミツル
それを趣味として楽しむには、時間にもお金にも、何より心に余裕がなかった。
夜高ミツル
趣味を持つことを、自分に許せない気持ちがあった。
夜高ミツル
真城に食べてもらうためなら、もっと色々作ってみたい。
夜高ミツル
「……エビとか食う?」パエリアを指して
夜高ミツル
嬉しそうに笑みを返して、それらを真城の皿に取り分ける。
真城朔
取り分けられたエビとイカと貝のうち、一番最後をまじまじ見ている。
真城朔
そのまま口に放り込んでむぐむぐと咀嚼する。
夜高ミツル
……確かに貝の味ってまあ、肉ほど分かりやすいわけじゃないもんな~。
真城朔
わからないなりに堪能しようとしているのか、咀嚼の時間が長い。
真城朔
けれどそれにもやがて限界が来たのか飲み下してしまって。
真城朔
やや曖昧な表情のまま、次はイカを口に含んだ。
夜高ミツル
イカもそんなに味が濃いわけじゃないから微妙か……?
真城朔
歯ごたえが強いので先程よりもさらに多めに口が動いている。
夜高ミツル
色々試すのに真城が積極的なことに、笑みを浮かべる。
夜高ミツル
「ドリアとかもあるけど、あれはまたちょっと違う感じするなー」
夜高ミツル
分かんないけどそういうもんと思っている。
真城朔
ちらちらとローストビーフに視線を向けては、
夜高ミツル
真城がたくさん食べてるのが単純に嬉しい。
夜高ミツル
のろのろと食べ進めているためすっかり冷めつつあるパエリアを食べながら、
夜高ミツル
「いっぱい食べてるからよかったな~と」
夜高ミツル
腹は減ってるので、ちゃんと手を動かし始めると速い。
真城朔
しばらくローストビーフを味わっていたが、やがてそれも飲み下し、
夜高ミツル
それらがいっぱいになって、笑顔で頷く。
夜高ミツル
頬に添えた手を背中に回して、真城を抱き寄せる。
真城朔
声の出ぬままに何度も唇だけが繰り返し動いてから、
夜高ミツル
「そのために真城に我慢させたらそれこそダメだろ」
夜高ミツル
「……俺は真城に幸せになってほしいし」
夜高ミツル
「真城が幸せになっていいと思ってるけど」
夜高ミツル
「俺は俺がしたいことを勝手にするだけだ」
夜高ミツル
「してくれてるのにとか、気にしなくていい」
夜高ミツル
「できることがあるのが、それだけで嬉しいから」
夜高ミツル
「もちろん、それで喜んでもらえるのが一番だけど」
夜高ミツル
「俺は、真城とずっと一緒にいたいから」
夜高ミツル
真城を抱き寄せて、震える背中を優しく叩いて、擦って。
夜高ミツル
真城が落ち着くまで、そうして身体を寄せ合っていた。