2020/11/初旬

夜高ミツル
ミツルと真城は札幌のマンスリーマンションを契約して、春までそこに住むことにした。
夜高ミツル
今日はその部屋への入居の日。
夜高ミツル
荷物を持って扉の前に立ち、リーダーにカードキーをかざす。
真城朔
その後ろからじっとその様子を見ています。
夜高ミツル
すぐに解錠された音がする。
夜高ミツル
「……こういう鍵ってホテルだけかと思ってた」
真城朔
厚手のコートに首をうずめている。
真城朔
「けっこう」
真城朔
「ある……」
真城朔
「こういう」
真城朔
「なんか、短期のだと」
真城朔
「特に」
夜高ミツル
ドアノブに手をかける。
夜高ミツル
「あー、セーフハウスとかで色々契約してたんだっけ?」
真城朔
こくこくと頷く。
夜高ミツル
言いながら扉を開け、
夜高ミツル
真城を伴って部屋の中に足を踏み入れる。
夜高ミツル
「……なんか緊張するな~」
真城朔
ミツルの肩越しに室内を覗き込んでいたが、
真城朔
その背中にくっつきながらこちらも部屋に入り。
真城朔
きょろきょろ。
夜高ミツル
同じくきょろきょろと室内を見回す。
夜高ミツル
「……っと、」
夜高ミツル
「立ってたら邪魔か」
真城朔
「?」
夜高ミツル
荷物を置いて靴を脱ぎ、
夜高ミツル
真城の分の荷物も受け取る。
真城朔
おろおろと任せます。
真城朔
「…………」
真城朔
「思ったより」
真城朔
ぽつり。
真城朔
「新しめな感じ……」
夜高ミツル
「だなー」
夜高ミツル
「きれいだし」
真城朔
「ちゃんとしてる」
真城朔
こちらも靴を脱いであがっていき。
夜高ミツル
玄関から少し進めば、右手には入居の決め手となった対面キッチン。
真城朔
対面キッチンをまじまじ見ています。
真城朔
じー。
夜高ミツル
「写真だと分かんなかったけど、思ったより広いなー」
夜高ミツル
「二人で立っても全然平気だな」
夜高ミツル
と、うれしそうに。
真城朔
「……ん」頷く。
真城朔
「料理」
真城朔
「……する?」
真城朔
コートを着込んだままミツルの顔を窺う。
夜高ミツル
「そのつもり」
夜高ミツル
「また食べてくれるか?」
真城朔
「…………」
真城朔
視線がゆっくりと彷徨って。
夜高ミツル
「あ、無理に食べさせる気はないけどな」
夜高ミツル
「もちろん」
真城朔
「……ん」
真城朔
「食べ、られる」
真城朔
「限りは……」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「……食べたい」
夜高ミツル
「ほんとに無理はすんなよ?」
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
ん、と頷いて。
真城朔
ふときょろきょろと室内を見回して、
真城朔
壁に掛かっているリモコンを見つけた。
真城朔
ぴ。
真城朔
暖房を入れる。
夜高ミツル
「お、サンキュ」
真城朔
「手も……」
夜高ミツル
「あ、そうだったそうだった」
真城朔
軽くかざして握り開きしつつ。
真城朔
こくこく。
夜高ミツル
「洗面所……はこれか」ドアを開け
夜高ミツル
「さすがに石鹸置いてないな」
夜高ミツル
そりゃそうか、という感じ。
夜高ミツル
「後で買ってこないとな」
夜高ミツル
言いながら、とりあえずお湯だけで手を洗う。
真城朔
じっと見ています。
真城朔
ミツル待ち。
真城朔
「買うもの」
真城朔
「けっこう、ある?」
夜高ミツル
真城に場所を譲り
夜高ミツル
「えーと……」
真城朔
譲られてぱしゃぱしゃ洗ってます。手を。
夜高ミツル
「調理器具とか食器とかは全部買わないとない」
真城朔
「けっこうだ」
真城朔
けっこうであった。
夜高ミツル
「枕とか布団とかはレンタルしたからあるけど、シーツの洗い替えは買いたい」
夜高ミツル
「あとはタオルとかの日用品と……」
夜高ミツル
「……結構あるな」
真城朔
「このまま」
真城朔
「もう、出る?」
夜高ミツル
「そうするか~」
夜高ミツル
「休憩すると寒くて出たくなくなりそう」
夜高ミツル
手を洗ったばかりですが……。
夜高ミツル
計画性がない。
真城朔
定期的に手を洗うのは悪くない……
真城朔
持ち運びのハンドタオルで手を拭きつつ。
真城朔
「夜になると、寒いし」
真城朔
「今のうちに……」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「さっと買い物済ませるか」
真城朔
「ん」
夜高ミツル
がさがさとビニール袋を鳴らしながら部屋に上がる。
真城朔
せっかくなのでと買ってきた飲み物のペットボトルを持っています。
夜高ミツル
二度の買い物の内に、外はすっかり日が沈み
夜高ミツル
つけっぱなしにしておいた暖房の暖かさが身にしみる。
真城朔
吐く息も白く立ちのぼっていたのが、
真城朔
暖房で頬を温められるのを感じる。
夜高ミツル
「思ったより時間かかったな~……」
夜高ミツル
真城の持つペットボトルを受け取って、
夜高ミツル
夕食用に買ってきたものたちと一緒にとりあえず対面キッチンに置く。
真城朔
「まだ」
真城朔
「慣れない土地、だから」
真城朔
「どうしても……」
夜高ミツル
「だなー……」
真城朔
こちらもペットボトルをよいしょとな。
真城朔
「手」
真城朔
また言う。
真城朔
「あ」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「先に」
真城朔
「コート……」
真城朔
おろおろとかざしかけた手をさまよわせ。
夜高ミツル
「あ、そうだな……」
夜高ミツル
促されてやっとコートを脱ぐ。
夜高ミツル
最初に入った時も、一度戻ってきた時も
真城朔
ほっとその様子を見ている。
夜高ミツル
コートを脱ぐ間もなくまた外に出かけていったので……。
夜高ミツル
自分の分を脱ぐと、真城のコートに手をかける。
真城朔
ほっとしていた様子から、
真城朔
ぱち、とまばたき。
夜高ミツル
ダッフルコートの袷をゆるめて、脱がせる。
真城朔
解放感とともに息を漏らして、されるがままにそれを見つめて。
真城朔
「えと」
真城朔
「クローゼット……」
真城朔
「あっ」
夜高ミツル
「確か結構奥だったよなー」
夜高ミツル
「あ?」
真城朔
開けて気づきます。
真城朔
「ハンガー……」
夜高ミツル
「あ…………」
夜高ミツル
「あ~~…………」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「まあもう今日はいいだろ!」
真城朔
こくこく……
真城朔
「床に」
真城朔
「畳んで……」
夜高ミツル
しょうがないので、クローゼットの床に畳んで重ねる。
真城朔
じー……
真城朔
それが終わったらミツルの手を取り。
夜高ミツル
「あ~これ他にも買い忘れてるもんありそう……」
夜高ミツル
「……ん?」
真城朔
冷たい指が絡む。
夜高ミツル
手を取られ、真城を見て、
真城朔
手を引きます。
夜高ミツル
反射的に握り返しつつ
真城朔
洗面台に。
真城朔
「必要が」
夜高ミツル
今度はちゃんと石鹸がある。
真城朔
「あったら、買えば」
真城朔
「その時」
真城朔
「それで……」
夜高ミツル
「……そうだな」
夜高ミツル
「まあ、追々買っていく感じで」
真城朔
洗面台をミツルに譲って一歩引きます。
真城朔
頷く。
夜高ミツル
お湯を出して、手を洗う。
夜高ミツル
石鹸を泡立てて、きちんと丁寧に。
夜高ミツル
飲食のバイトをやっていたので、ちゃんとしている。
真城朔
じー……
夜高ミツル
洗い終えると、真城に場所を譲る。
真城朔
譲られて、手を洗います。
真城朔
もとはミツルの見様見真似だったのが、それなりに板についてきている。
真城朔
じゃぶじゃぶ。
夜高ミツル
買ってきたばかりのタオルで手を拭く。
真城朔
指の股とか……爪の間とかも……ちゃんと……
真城朔
終わってタオルを受け取ります。
夜高ミツル
こちらもその様子を見ていた。
夜高ミツル
タオルを渡して。
真城朔
買ったばかりのタオルに指を埋めて。
真城朔
ふわふわ……
真城朔
真顔でふわふわしている。
夜高ミツル
ふわふわだな~
真城朔
タオルを戻す。
夜高ミツル
拭き終わった真城の手を取る。
真城朔
手を洗っても真城の手のひらは冷えた時のように白いまま、
真城朔
けれど温度は戻っている。
真城朔
手を取られて、またぱち、と目を瞬いた。
夜高ミツル
先ほどと違って、暖かい。
夜高ミツル
「……いや、さっき」
夜高ミツル
「指冷えてたから……」
夜高ミツル
にぎにぎ
夜高ミツル
ミツルの手も、体温が戻っている。
真城朔
「…………」
真城朔
じ、とミツルの顔を見つめていたが
夜高ミツル
指先の体温を確かめている。
真城朔
やがてふにゃりと笑み崩れて、
真城朔
きゅ、とその指を握り返す。
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「あったかい」
夜高ミツル
もはや温度を確かめるためではなく、指を絡ませる。
真城朔
すべらかな指がミツルの手に絡んだ。
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
戦い詰めで固くなった指を、
真城朔
関節を指の腹で辿って、きゅ、と絡めて握りしめ。
夜高ミツル
指を絡ませたまま、顔を寄せる。
真城朔
視線を上げ、ミツルを見返す。
夜高ミツル
「……真城」
夜高ミツル
軽く触れるだけの口づけを一度。
真城朔
瞼を伏せて、それを受け入れる。
夜高ミツル
もっとしたい気持ちを抑えて、顔を離す。
真城朔
まだ瞼を伏せている。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
……もう一度。
夜高ミツル
先程よりも長く。
真城朔
「ん」
真城朔
微かな声と吐息が漏れて、
真城朔
ミツルの背中におずおずと腕が回った。
夜高ミツル
まずい、とどこか遠くで思う。
夜高ミツル
経験上こうなると止まれず……。
夜高ミツル
……。
夜高ミツル
まあいいよな……。
夜高ミツル
応えるように真城の身体を抱き寄せた。
真城朔
ミツルの腕に収まり、頬を寄せて、
真城朔
漏れる吐息に熱が混ざる。
夜高ミツル
最初は啄むようだった口づけが、徐々に深く。
真城朔
二人の新居に濡れた音が響く。
真城朔
受け入れた舌に舌を重ね、ちいさく喉の奥で音を鳴らし、
真城朔
ひく、とミツルの腕の回った腰が跳ねた。
真城朔
買ったばかりのパジャマを着て、ぼんやりとソファに座り込み。
夜高ミツル
その後ろに立って、ドライヤーで真城の髪を乾かしている。
夜高ミツル
着ているものは、真城と同じデザインで色違いのパジャマ。
夜高ミツル
お互いに特にこだわりがないので、必然的に大体のものがお揃いになっていく。
真城朔
それを最早恥じらうこともなく、つい先程まで身体を重ねていたソファに座ってされるがままになっている。
真城朔
湿った細い髪が温風に踊った。
夜高ミツル
今日から半年、真城とここで暮らす。
夜高ミツル
初めて部屋に上がった時も買い物をしながらも度々噛み締めていたが、
夜高ミツル
こうして一息つくと、なおさらにその実感がこみ上げる。
夜高ミツル
ホテルの備え付けのナイトウェアではなく、
夜高ミツル
二人で選んで買ったパジャマ。
真城朔
お揃いの服を着た細い肩がゆらゆらと揺れている。
夜高ミツル
一緒にいるという点では今までの旅の最中と変わらないのだが、
夜高ミツル
やっぱり暮らしていくのだとなると、気持ちが全然違う。
夜高ミツル
慣れた手付きで髪を乾かしおえ、ドライヤーのスイッチを切る。
夜高ミツル
髪を整えながら、水気の残っていないのを確かめる。
真城朔
瞼を上げてぼんやりとミツルを見返します。
夜高ミツル
丸い頭を撫でてから、手を離す。
夜高ミツル
ドライヤーを片付ける。
真城朔
「あんまり」
真城朔
「音しなかった……」
真城朔
ホテルのに比べて。
夜高ミツル
「やっぱ高いと違うんだなー」
真城朔
「…………」
真城朔
ちょっと複雑。
夜高ミツル
「イオンとか……そういうのの違いはよく分かんないけど」
真城朔
良いやつは良いな、という気持ちと、わざわざ……みたいな……
夜高ミツル
良いやつは良いからいいじゃん!
真城朔
良いやつは良いんだけど……
真城朔
「……ミツは」
真城朔
「使わない?」
夜高ミツル
「俺?」
真城朔
片付けられたドライヤーを指差し。
真城朔
頷く。
夜高ミツル
「ほっとけば乾くし……?」
真城朔
首を傾げた。
真城朔
「……俺も」
真城朔
「ほっとけば、乾く……」
夜高ミツル
「それはそうなんだけど……」
夜高ミツル
「でも真城の方が長いし……」
夜高ミツル
「いや、まあ、はい」
夜高ミツル
「単純に俺がしたいだけだけど」
真城朔
「…………」
真城朔
自分の肩にかけていたタオルを剥がして、
真城朔
ミツルの頭にかぶせた。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
わしゃわしゃ。
真城朔
タオルの上から髪を拭く。
夜高ミツル
被せられて拭かれて、ぱちぱちと目を瞬かせる。
真城朔
向き合って、腕を伸ばして身を乗り出して、
真城朔
風呂上がりの上気した顔が近づく。
夜高ミツル
なされるがままになっている。
夜高ミツル
自分が何かをする方が好きというのもあり、
夜高ミツル
真城からなにかしてもらうのは、嬉しいけど少し照れくさい。
真城朔
ごしごし。わしゃわしゃ。
真城朔
ミツルの髪を拭きながら、タオル越しにその頭に触れる。
真城朔
てっぺんから後頭部、
夜高ミツル
拭きやすいように、差し出すように少し頭を下げている。
真城朔
首筋、
真城朔
耳の裏。
夜高ミツル
こんな風に誰かにしてもらうなんて子供の頃以来で、
夜高ミツル
照れくさいのはそれも理由かもしれない。
真城朔
タオル越しに、拭きつけるような手の動き。
真城朔
その指先が、
真城朔
温度がやがて直接にミツルに触れて、
真城朔
両手でミツルの頭を引き寄せた。
夜高ミツル
「!?」
真城朔
唇を重ねる。
夜高ミツル
突然引き寄せられた驚きに目を見開き、
夜高ミツル
しかし、すぐにその口づけに応える。
真城朔
ぴく、と肩が震えた。
真城朔
頭に触れていた手が下がって、首の裏に回る。
夜高ミツル
真城の頭に手を添える。
夜高ミツル
先程自分が乾かしたばかりのつややかな黒髪が、指先に触れる。
真城朔
「んっ」
真城朔
「……ぅ」
夜高ミツル
風呂上がりで未だに熱の冷めない身体に、再び熱が灯る。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
ゆっくりと瞼を上げて、ごく近くでミツルの顔を見返し。
夜高ミツル
口づけの合間に、囁くように名前を呼ぶ。
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「真城……」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「ミ、――」
真城朔
途中、唇に声が途切れて、
真城朔
ますます身を寄せて、揃いのパジャマ越しに肌を重ねた。
真城朔
ソファに敷かれたバスタオルの上、
真城朔
細い肢体がくたりと脱力して脚を投げ出している。
夜高ミツル
さすがに……
真城朔
荒い呼吸の音。
夜高ミツル
さすがに、よかったのか……???という気持ちになっている。
夜高ミツル
「……大丈夫?」
夜高ミツル
「起きてる?」
夜高ミツル
真城の頬を撫でる。
真城朔
「……っ」
真城朔
「……ん」
真城朔
「う」
真城朔
持ち上がった瞼からゆっくりと涙が落ちて、
夜高ミツル
溢れる涙を拭う。
真城朔
拭われて嬉しげに。
真城朔
「……だいじょう、ぶ」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「ん?」
真城朔
頬を撫でる手に手のひらを重ね。
真城朔
「ミツ……」
真城朔
夢うつつに熱い息を吐きながら、繰り返し名を呼ぶ。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
頬を擦り寄せる。
夜高ミツル
手に、真城のやわらかな肌の感触が伝わる。
真城朔
うとうとと頭の重みがミツルの手のひらに委ねられて、
真城朔
真城の身体からますます力が抜けていく。
夜高ミツル
「……寝る?」
夜高ミツル
「寝るならベッド準備してくるけど」
夜高ミツル
「身体流す……のも無理そうならとりあえず拭いとくし」
真城朔
その呼びかけにぱち、と目を開き、
真城朔
首を振る。
真城朔
「……まだ」
真城朔
衣服のほとんど脱がされたまま、重たげに身体を起こして。
真城朔
汗に湿った髪を首筋に張りつかせながら、
真城朔
「たべてない」
真城朔
「し……」
真城朔
しょぼ……
夜高ミツル
「……大丈夫か?」
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「ごめんなー、疲れてたろうに」
夜高ミツル
頭を撫でる。
真城朔
撫でられながら、控えめに首を振る。
真城朔
「……俺が」
真城朔
「俺から……」
真城朔
「…………」
真城朔
「だし…………」
真城朔
またしょぼになってきた。
夜高ミツル
「それはそうでも」
夜高ミツル
「真城の方が疲れるだろうし」
真城朔
細い足を擦り寄せながらまた首を振る。
真城朔
「だいじょうぶ」
真城朔
「だし」
夜高ミツル
「……まあ俺も真城からされると嬉しいから」
夜高ミツル
「嬉しいからって、あんまり気遣えなくなるのは」
夜高ミツル
「よくないなあと」
夜高ミツル
「思い……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
じっとミツルを見る。
夜高ミツル
「次はちゃんとベッド準備してからにする」
夜高ミツル
「さすがに」
真城朔
「…………ん」
真城朔
「すぐ」
真城朔
「する……?」
真城朔
頭が回っていないのか、くてくてになりながら訊く。
夜高ミツル
「……とりあえず先にシャワーかな」
真城朔
「…………」
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
テーブルの上に、買ってきていた食事を並べる。
夜高ミツル
サラダと、ローストビーフにパエリア。
真城朔
どこか落ち着かない様子でテーブルの前に座っている。
真城朔
ぺた……
夜高ミツル
入居記念ということで、せっかくだからデパ地下で良いものを買ってきていた。
夜高ミツル
温め直したパエリアからはほかほかと湯気がのぼっている。
真城朔
シャワーで軽く身体を流した後、髪を軽く乾かしてタオルを首にかけ、
真城朔
パエリアほどではない程度のほかほか加減。
夜高ミツル
並べ終えると、互いのコップにジュースを注ぐ。
夜高ミツル
ぶどうジュース。これもせっかくだからちょっといいやつ。
真城朔
見ています。
真城朔
じ……
夜高ミツル
「……よし」
夜高ミツル
「じゃあ、乾杯でもするか」
真城朔
「かんぱい」
真城朔
反芻。
夜高ミツル
「記念だし」
夜高ミツル
「こういうときって乾杯するもんじゃない?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……多分」
真城朔
おろおろ
真城朔
おずおず……
真城朔
やはり落ち着かないようでしきりに視線を彷徨わせているが。
夜高ミツル
自分のコップを手にとって、真城を待っている。
真城朔
恐る恐るに、自分のぶんのコップを取った。
真城朔
そっと掲げる。
夜高ミツル
「乾杯」
夜高ミツル
軽くコップを合わせる。
真城朔
ちん、と軽い音。
真城朔
「かん」
真城朔
「ぱい」
夜高ミツル
二人だけの、ささやかな宴。
真城朔
拙くたどるように応えてから、
真城朔
小さく微笑んだ。
夜高ミツル
満足気に頷いて、コップを下ろす。
夜高ミツル
「ほんとだったらこういう時は酒なのかもだけどなー」
夜高ミツル
「まあそれは20越えたらだな」
真城朔
こくこく……
真城朔
ちびちびとぶどうジュースを口に含んでいます。
夜高ミツル
「え、うま」
夜高ミツル
「高いジュースすごい」
夜高ミツル
一口飲んで、驚いたように感想を漏らす。
真城朔
「…………」
真城朔
「甘い……」
真城朔
いつもの。
真城朔
おずおずと。
夜高ミツル
「なんか……味が濃い」
真城朔
「ん」
真城朔
「水ぽくない」
真城朔
ちび……
夜高ミツル
「なー、全然違う」
真城朔
「…………」
真城朔
「芳醇……?」
真城朔
なんとか語彙を引っ張り出してきた。
夜高ミツル
「なるほど……」
夜高ミツル
「こういう時に使うのか、芳醇……」
真城朔
「たぶん……」
真城朔
ちび……くぴ……
夜高ミツル
コップを置いて
夜高ミツル
「真城どれ食う?」
夜高ミツル
「どのくらいいけそう?」
真城朔
問いかけられて、逆にぎゅっとコップを握ってしまう。
真城朔
「え、と」
真城朔
「…………」
真城朔
並んだ品へとじっと視線を巡らせて。
真城朔
しばし悩みこんだのち。
真城朔
「……肉……」
真城朔
正直に行った。
夜高ミツル
「ん、肉なー」
夜高ミツル
「小さくする? 一枚いけるか?」
真城朔
「んー……」
真城朔
「……一枚?」
真城朔
「薄いし……」
真城朔
「たぶん……」
真城朔
ちょっとずつ視線が落ちている。
夜高ミツル
「食べれるだけ食べたらいいよ」
真城朔
「肉、だし」
夜高ミツル
言って、真城の皿にローストビーフを一枚取り分ける。
真城朔
「生」
真城朔
「……っぽい、し」
真城朔
「たぶん、まだ」
真城朔
「けっこう……」
真城朔
取り分けられるのを見ながら言い訳のように言い添える。
夜高ミツル
「もちろん行けそうならたくさん食えばいいし」
夜高ミツル
言いながら、自分の皿にも数枚。
真城朔
「……ん」
真城朔
「うん……」
真城朔
頷いて、箸を取ります。
真城朔
「いただきます」
夜高ミツル
ついでにサラダも盛り合わせ。
真城朔
と今更のように。
夜高ミツル
「いただきます」
真城朔
手のひらを合わせ、取り分けられたローストビーフをつまみ上げる。
夜高ミツル
乾杯したから言い損ねてたな……
夜高ミツル
高いサラダ、なんか色々入ってるよな~と思っている。
真城朔
オリーブとかパプリカとか……
夜高ミツル
切って盛り合わせるだけとはいえ、自分で色々買うとなると結構手間になるんだろうな……。
夜高ミツル
だから高いんだろうが。
真城朔
真城はローストビーフを口に含んで、
真城朔
もむもむと口を動かしています。
夜高ミツル
サラダから食べている。
夜高ミツル
野菜から食べるといいらしいとよく聞くので……。
真城朔
元気に肉から食ってます。
夜高ミツル
そして健康に気遣ったことをすると真城が喜ぶので。
夜高ミツル
真城に血をあげるからには健康でいたいなという気持ちもある。味や質に影響するのかはわからないが。
真城朔
ミツルの心中を知ってか知らずか、その顔を見つめているが。
真城朔
「肉」
真城朔
ぽつりとこぼした。
夜高ミツル
「ん?」
夜高ミツル
「うまい?」
真城朔
こくこく。
真城朔
「肉の味」
真城朔
「する」
夜高ミツル
「肉だからなあ」
真城朔
「うん」
夜高ミツル
「……なんか昔もこんな会話しなかった?」
真城朔
「?」
真城朔
首を傾げて、思いを馳せ。
真城朔
「…………」
真城朔
「した」
夜高ミツル
「いや、うちでカレー作った時にさー」
真城朔
「かも……」
夜高ミツル
「だよな」
真城朔
「うん」
夜高ミツル
「あの時もカレーの味がするって」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「カレーの味じゃなかったら怖いだろみたいな」
真城朔
「味……」
真城朔
「うまく」
真城朔
「言えない……」
夜高ミツル
「まあその辺は俺もあんま変わんないよ」
夜高ミツル
「作る側としてはダメかもだけど……」
夜高ミツル
自分もローストビーフを口に運ぶ。
真城朔
「?」
真城朔
「作れると」
真城朔
「すごい……」
真城朔
ミツルがローストビーフを食べる様子をじっと見ています。
夜高ミツル
もぐもぐ。
夜高ミツル
「……するなー、肉の味」
夜高ミツル
肉の味がする。
真城朔
「する……」
夜高ミツル
「あとなんか……ソースがうまい」
真城朔
「肉って感じがする……」
真城朔
「ソースは……」
真城朔
「塩気……」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ちょっと」
真城朔
「甘い……?」
夜高ミツル
「うん、そんな感じ」
夜高ミツル
「やっぱ肉いいな……」
夜高ミツル
男子の雑な感性。
真城朔
「かなり」
真城朔
「肉、してる」
真城朔
そろそろと二枚目を取った。
夜高ミツル
それを見て微笑む。
真城朔
口を開いて。
真城朔
はむ。
真城朔
もぐもぐ。
夜高ミツル
眺めている。
真城朔
一枚目より大胆に行きました。
夜高ミツル
D7から連れ出したばかりの頃を思うと、真城は随分食べるようになった。
夜高ミツル
味覚もそれなりに戻ってきたようで、こうしていつも感想を教えてくれる。
真城朔
もぐもぐ口を動かしているが。
夜高ミツル
それを聞くのが、食べる様子を見るのが、ミツルの食事の楽しみの一つになっている。
真城朔
「……もう、ちょっと」
夜高ミツル
「?」
真城朔
「もうちょっと」
真城朔
「食べれる感じに、なったら」
真城朔
「…………」
真城朔
ためらいがちに三枚目。
夜高ミツル
食べるな~。
真城朔
あまり厚くないものを選んだし、生に近い肉なので、そこそこ進んでいる。
夜高ミツル
うれしい……。
真城朔
が、それを一度自分の取り皿に置いてから。
真城朔
「……薄いの、じゃなくて」
真城朔
「えっと」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……ステーキとか?」
真城朔
「は、たぶん、多いから……」
真城朔
「えっと……」
真城朔
「ブロック……」
真城朔
「ぽい……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「キッチンあるから、ほら」
真城朔
言い募るうちに背中を丸めていく。
真城朔
しょぼ……。
夜高ミツル
「買ってきて焼いて小さく切ったらいけんじゃね?」
真城朔
ちらちらとミツルを見ながら。
真城朔
「……ローストも」
真城朔
「できる?」
夜高ミツル
「で……きるかな」
夜高ミツル
むむ、と首をひねる。
夜高ミツル
「……後で調べとく」
夜高ミツル
「……あ」
真城朔
「?」
夜高ミツル
と、不意に思い出したように。
夜高ミツル
「ビーフストロガノフ」
真城朔
ぱちぱち。
真城朔
まばたき。
夜高ミツル
「それも前話したろ」
夜高ミツル
「カレーの時に」
夜高ミツル
「あれあの後一応調べたんだよ、作り方」
真城朔
「……うん」
真城朔
こくこく。
夜高ミツル
「試したことないけど、作れるはず」
夜高ミツル
「多分……」
真城朔
「……おいしそう」
真城朔
「だった?」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「なんか……米にかけるビーフシチューみたいな……」
夜高ミツル
あやふや
真城朔
想像している。
真城朔
ふわふわ……
真城朔
していたようだが、やがて頷いて。
真城朔
「ん」
真城朔
「たのしみ」
真城朔
そう答えて、先程取った三枚目のローストビーフを口へと運ぶ。
夜高ミツル
「色々試してみたいよなー」
夜高ミツル
「せっかく時間あるし」
夜高ミツル
「調味料とかも色々買ってみて」
真城朔
もぐもぐとミツルの話を聞いています。
真城朔
「調味料」
真城朔
口を押さえながら。
夜高ミツル
真城を見るばかりですっかり箸が止まっていたので、自分も食事を再開する。
夜高ミツル
「なんかこう……」
夜高ミツル
「スパイス? ハーブ?」
夜高ミツル
「そういう色々を……」
真城朔
「…………」
真城朔
「ガラムマサラ?」
夜高ミツル
「カレーだな」
夜高ミツル
「ルー使わないでカレー作るのもしてみたいなー」
真城朔
「たいへん」
真城朔
「そう」
夜高ミツル
「だから今までできなかったんだよな」
夜高ミツル
「時間ないし、キッチンも狭いし」
夜高ミツル
「今はできそうだし」
真城朔
「……した」
真城朔
「かった?」
夜高ミツル
「真城が食べてくれるから」
真城朔
「前から……」
夜高ミツル
「興味はあったかな」
真城朔
じ、と
真城朔
ミツルを見て。
真城朔
「……ん」
真城朔
「じゃあ」
真城朔
「しよ」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
以前のミツルにとっては、自炊は趣味というよりは単純に食費を抑える手段で、
夜高ミツル
それを趣味として楽しむには、時間にもお金にも、何より心に余裕がなかった。
真城朔
少し考え込んで、
夜高ミツル
趣味を持つことを、自分に許せない気持ちがあった。
真城朔
パエリアやサラダにも視線を巡らしながら、
真城朔
結局箸をローストビーフに伸ばす。
夜高ミツル
でも今は、真城がいて、
夜高ミツル
真城のためにミツルがいるから。
夜高ミツル
真城に食べてもらうためなら、もっと色々作ってみたい。
真城朔
四枚目を取り上げて、そのまま口に含んだ。
真城朔
むぐむぐ。
夜高ミツル
「……エビとか食う?」パエリアを指して
夜高ミツル
「貝とか」
夜高ミツル
肉とはやっぱり違うか?と首をひねる。
真城朔
「エビ」
真城朔
「貝……」
真城朔
「イカ」
真城朔
じ、とパエリアを見て
真城朔
なんか具材を並べ立て。
夜高ミツル
急かさずに返事を待っている。
真城朔
「…………」
真城朔
「ひとつ、ずつ、くらい……?」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
嬉しそうに笑みを返して、それらを真城の皿に取り分ける。
真城朔
取り分けられるのを見ています。
夜高ミツル
今度は自分の皿にもパエリアをよそう。
真城朔
取り分けられたエビとイカと貝のうち、一番最後をまじまじ見ている。
真城朔
ムール貝。
真城朔
「貝殻」
真城朔
「黒い……」
夜高ミツル
「なんだろうなこれ」
夜高ミツル
「なんか……貝……」
真城朔
「パエリアで見かける貝……」
真城朔
ふわふわした認識。
真城朔
貝殻を手で抑えて、中身をつまみ上げる。
夜高ミツル
「和食だと見ないよな」
夜高ミツル
スプーンでパエリアを掬って食べる。
真城朔
「見ない」頷く。
真城朔
そのまま口に放り込んでむぐむぐと咀嚼する。
真城朔
首を傾げた。
夜高ミツル
「……あんま分かんない?」
夜高ミツル
自分も貝殻から身を外しつつ。
真城朔
「…………」もごもご……
真城朔
「……海……?」
真城朔
かなり疑問符強めの感想。
夜高ミツル
「海かあ」
真城朔
口を動かしています。
夜高ミツル
剥がした身を口に運ぶ。
夜高ミツル
……確かに貝の味ってまあ、肉ほど分かりやすいわけじゃないもんな~。
真城朔
わからないなりに堪能しようとしているのか、咀嚼の時間が長い。
夜高ミツル
むぐむぐ。
真城朔
けれどそれにもやがて限界が来たのか飲み下してしまって。
真城朔
やや曖昧な表情のまま、次はイカを口に含んだ。
真城朔
もぎゅ……
夜高ミツル
眺めている。
夜高ミツル
イカもそんなに味が濃いわけじゃないから微妙か……?
真城朔
歯ごたえが強いので先程よりもさらに多めに口が動いている。
真城朔
もごもご……
真城朔
逆方向に首を傾げ……
夜高ミツル
「……イカもあんまり?」
夜高ミツル
つられて首をかたむける。
真城朔
「弾力が……」
真城朔
「強い……」
夜高ミツル
「あんまり味しないもんなあ……」
夜高ミツル
「勧めてから気づいた……」
真城朔
「……でも」
真城朔
「比べられる、し」
真城朔
「……試してみないことには……」
真城朔
もぐもぐ。
夜高ミツル
「……ん、そうだな」
真城朔
ごくん。
夜高ミツル
色々試すのに真城が積極的なことに、笑みを浮かべる。
真城朔
ので、そのままエビにも挑戦している。
真城朔
むき身をそのまま口に入れてもぐもぐと。
夜高ミツル
これも最初の頃を思えば大きな変化だ。
夜高ミツル
じ……と咀嚼する様子を見ている。
真城朔
「…………」
真城朔
「……なんとなく」
真城朔
「エビと米だと」
真城朔
「ピラフっぽくなる」
真城朔
「気が、する……」
真城朔
味の感想とは違うものが飛び出した。
夜高ミツル
「海老ピラフ」
真城朔
「チャーハンは」
真城朔
「エビ、ないし」
真城朔
「…………」
真城朔
「パエリアだけど……」
夜高ミツル
「そうだな」
夜高ミツル
「ドリアとかもあるけど、あれはまたちょっと違う感じするなー」
真城朔
「ドリアは……」
真城朔
「…………」
真城朔
「グラタンの、仲間……?」
夜高ミツル
「米が入ったグラタンだよな」
夜高ミツル
「いや分かんないけど」
夜高ミツル
分かんないけどそういうもんと思っている。
真城朔
「イメージ的には」
真城朔
「だいたい、そう」
真城朔
頷いて、エビを飲み下した。
真城朔
小さく息をつく。
夜高ミツル
「腹いっぱい?」
真城朔
「…………」
真城朔
「けっこう……」
真城朔
と、答えつつ、
夜高ミツル
「結構食べたもんなー」
真城朔
ちらちらとローストビーフに視線を向けては、
真城朔
悩み。
夜高ミツル
嬉しそうに。
真城朔
悩んでいる。
真城朔
むむ……
夜高ミツル
「まだいけるなら食っていいよ」
夜高ミツル
「あ、残しといて明日食べる?」
真城朔
「…………」
真城朔
しばし黙り込み。
夜高ミツル
提案しつつ、パエリアを口に運ぶ。
真城朔
「……あ、と」
真城朔
「一枚」
真城朔
「だけ……?」
夜高ミツル
飲み込んで。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「好きなだけ食べな」
真城朔
そろそろと箸を伸ばして、五枚目。
真城朔
そのまま直に口に含んでしまう。
夜高ミツル
真城がたくさん食べてるのが単純に嬉しい。
夜高ミツル
のろのろと食べ進めているためすっかり冷めつつあるパエリアを食べながら、
夜高ミツル
真城の様子をニコニコと見守っている。
真城朔
もくもくと食べていたが、
真城朔
やがてミツルと目が合った。
真城朔
ぱちぱち。
夜高ミツル
目が合ったな……。
夜高ミツル
「いや、こう」
夜高ミツル
「いっぱい食べてるからよかったな~と」
夜高ミツル
「思って……」
真城朔
「…………」
真城朔
不思議そうに目を瞬いていたが、
真城朔
ミツルの返答に、
真城朔
「……ん」
真城朔
小さく頷く。
真城朔
もぐもぐと口を動かして。
夜高ミツル
笑みを返して、自分の方も食べ進める。
夜高ミツル
腹は減ってるので、ちゃんと手を動かし始めると速い。
真城朔
しばらくローストビーフを味わっていたが、やがてそれも飲み下し、
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「ん?」
真城朔
「…………」
真城朔
「……おいし」
真城朔
「かっ、た」
真城朔
と、そのように、ぽそりと。
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
嬉しさや、面映ゆさ。
夜高ミツル
それらがいっぱいになって、笑顔で頷く。
夜高ミツル
「よかった」
真城朔
頷き返してから、
真城朔
ほろとその頬に涙が伝った。
夜高ミツル
「……え」
夜高ミツル
「真城?」
夜高ミツル
涙のこぼれたのを見て、手が止まる。
夜高ミツル
「……どうした?」
真城朔
「?」
真城朔
まばたき。
真城朔
が、また涙を落としてから、
夜高ミツル
「いや、泣いてるから……」
真城朔
ミツルに言われて、自分の頬に触れる。
真城朔
指先が涙に濡れた。
真城朔
「…………」
真城朔
その間もぽろぽろと涙が落ちている。
夜高ミツル
「……もしかして、無理させた?」
夜高ミツル
手を伸ばして、真城の頬に触れる。
真城朔
「……え」
真城朔
「と」
夜高ミツル
そこに伝う涙を拭う。
真城朔
触れられて首を竦め、
真城朔
けれど涙は止まらぬまま、
真城朔
「無理」
真城朔
「……なんて」
真城朔
「別に」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
頬に添えた手を背中に回して、真城を抱き寄せる。
夜高ミツル
あやすように、掌で背中を撫でる。
夜高ミツル
「……じゃあ、なんで」
真城朔
抱き寄せられてその胸に顔を埋めて、
真城朔
「…………」
真城朔
唇が震えた。
真城朔
声の出ぬままに何度も唇だけが繰り返し動いてから、
真城朔
「……ご、めん」
真城朔
やっと、それだけ。
夜高ミツル
「……謝ることない」
夜高ミツル
掌は変わらず背中を擦っている。
真城朔
「…………」
真城朔
「……祝いの場」
真城朔
「なの、に」
真城朔
ぽつぽつと抗弁のように。
夜高ミツル
「……いいんだよ」
真城朔
「台無し……」
真城朔
肩を震わせて俯く。
夜高ミツル
「んなことないって」
夜高ミツル
「そのために真城に我慢させたらそれこそダメだろ」
真城朔
「…………」
真城朔
小さく震えている。
夜高ミツル
「いいんだよ」
夜高ミツル
繰り返す。
真城朔
「……なにも」
真城朔
「なにも、無理、とか」
真城朔
「我慢とか」
真城朔
「そんなのは、なくって」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「……なんにも、ない……」
夜高ミツル
「……でも泣いてる」
真城朔
「…………」
真城朔
「うれしい、し」
真城朔
「うれしいから」
真城朔
「ほんと、で」
夜高ミツル
「……だから、つらい?」
真城朔
「…………」
真城朔
ためらい気味に頷く。
夜高ミツル
「……そっか」
真城朔
「…………」
真城朔
「ごめん……」
夜高ミツル
「……いや」
夜高ミツル
首を振る。
真城朔
「して、くれてるのに」
真城朔
「色々」
夜高ミツル
「……俺は真城に幸せになってほしいし」
真城朔
「いっぱい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「そうしたいし」
夜高ミツル
「真城が幸せになっていいと思ってるけど」
夜高ミツル
「……でも、それを」
真城朔
俯いている。
夜高ミツル
「真城が簡単に受け入れられないのも」
夜高ミツル
「分かってる、から」
夜高ミツル
「……いいんだよ」
夜高ミツル
「俺は俺がしたいことを勝手にするだけだ」
真城朔
ほろほろと涙を落としている。
真城朔
ミツルの胸に頬を擦り寄せて、
夜高ミツル
「してくれてるのにとか、気にしなくていい」
真城朔
目を伏せた。
真城朔
「……でも」
真城朔
抗弁のための抗弁が、続かない。
夜高ミツル
「いいんだって」
夜高ミツル
また繰り返す。
夜高ミツル
「俺がそうしたいからしてるだけ」
真城朔
「…………っ」
真城朔
ミツルの背中に腕を回した。
真城朔
涙に濡れた顔を押し付けて声を殺す。
夜高ミツル
尚更に抱き寄せる。
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「真城に対してなにかすることが」
夜高ミツル
「できることがあるのが、それだけで嬉しいから」
夜高ミツル
「もちろん、それで喜んでもらえるのが一番だけど」
真城朔
「……ごめん」
真城朔
「ごめん、ミツ」
夜高ミツル
「謝るようなこと、されてない」
真城朔
「…………」
真城朔
首を振る。
夜高ミツル
「……されてないから」
真城朔
「め、んどう」
真城朔
「かけ、て」
夜高ミツル
「いいんだって」
夜高ミツル
「大丈夫だ」
夜高ミツル
背中を撫でる。
夜高ミツル
「……大丈夫」
真城朔
ひゅ、と呼吸が引き攣れる。
真城朔
ミツルの胸元に涙をなお吸わせながら、
真城朔
背中に添えた腕も全身も震えている。
夜高ミツル
震える細い身体を強く抱きしめる。
夜高ミツル
「俺は、真城とずっと一緒にいたいから」
夜高ミツル
「そのために俺ができることと」
夜高ミツル
「したいことをする」
夜高ミツル
「それだけだよ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「う、ぅ」
夜高ミツル
「だから何も気にしなくていいから」
真城朔
恐る恐るにその腕に力を込めながら、
真城朔
頷くことはできないまま。
夜高ミツル
それでも言葉をかける。
夜高ミツル
「……大丈夫」
夜高ミツル
「大丈夫、だから」
夜高ミツル
「……俺にはいくら甘えてもいいから」
真城朔
頷こうにも、それが叶わず。
真城朔
指先が服越しにミツルの背を掻いた。
夜高ミツル
真城を抱き寄せて、震える背中を優しく叩いて、擦って。
夜高ミツル
幼い子供にするように。
夜高ミツル
真城が落ち着くまで、そうして身体を寄せ合っていた。