2021/01/30 早朝

夜高ミツル
廊下に血痕の残っていないのを注意深く確認して、扉を閉じる。
真城朔
疲弊した様子をミツルに肩を抱かれている。
夜高ミツル
「……風呂場まで動けるか?」
真城朔
頷く。
真城朔
「……別に」
真城朔
「普通で、大丈夫」
真城朔
体格に見合わないトレンチコートを着込んでいる。
夜高ミツル
「……大丈夫って」
夜高ミツル
「まだ血出てるだろ……」
真城朔
「だいたい止まったし……」
真城朔
曙光騎士団の事務所から拝借したトレンチコートはきれいなものだが、問題はその下だった。
夜高ミツル
真城を支えながら、風呂場へ向かう。
真城朔
最低限の武装を玄関に敷いたブルーシートに転がしてから、
真城朔
ミツルに運ばれるように風呂場へと。
夜高ミツル
脱衣所を通りすぎ、そのまま浴室へ。
真城朔
エアコンの暖気に満ちた室内に反して、浴室は凍える寒さ。
真城朔
首を竦めながら暗い色のネックウォーマーを外して落とすと、
真城朔
重苦しい粘着質な音とともに、風呂場のタイルに血が滲んだ。
夜高ミツル
大きすぎるトレンチコートに手をかける。
真城朔
その下のインナーダウンもネックウォーマーと同じく暗い色をしている。
真城朔
けれどこちらは一目瞭然だった。
真城朔
右胸から脇腹までを袈裟斬りに、吸血鬼の爪の痕。
夜高ミツル
トレンチコートの内側にもべっとりと血が滲んでいるのが見える。
真城朔
インナーダウンに染み込んだ血はとうに固まり、生地がごわごわになっている。
夜高ミツル
派手に裂けた服の隙間から、肉の裂けた様子が覗いている。
真城朔
血肉の赤は生々しく。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
痛々しさに眉根を寄せる。
真城朔
けれど出血がほぼ止まっているというのは嘘ではないらしく、
真城朔
風呂場の床に血の滴が落ちる様子はない。
真城朔
手袋を脱ぎ捨てて、
夜高ミツル
だけど、このままにはしておけない。
真城朔
トレンチコートも脱いでいく。
夜高ミツル
「……血」
真城朔
ミツルを見る。
夜高ミツル
「いるだろ」
真城朔
「…………」
真城朔
視線を彷徨わす。
真城朔
「……もう」
夜高ミツル
「さっきあんまり飲んでなかった」
真城朔
もらった、と言いかけて、
真城朔
先回りをされて小さくうめき声を漏らす。
夜高ミツル
自分も血に汚れたダウンに手をかける。
夜高ミツル
コートを汚しているのはミツルの血ではなく、
夜高ミツル
吸血鬼を斬った時の返り血。
真城朔
顔を俯けている。
夜高ミツル
そして、真城を抱きしめた時についたもの。
夜高ミツル
「……準備するから」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
インナーダウンごとコートを脱ぎ捨てる。
真城朔
手持ち無沙汰な様子で、
真城朔
脱ぎ捨てられた血まみれの衣服をのろのろと拾い上げてはひとつにまとめている。
夜高ミツル
防寒具に隠れていた首元が顕になる。
夜高ミツル
首筋には大きめの絆創膏が貼ってある。
真城朔
浮かない表情でミツルの様子を窺っている。
真城朔
絆創膏の下には真城のつけた傷がある。
真城朔
真城がミツルに牙を立ててついた傷が。
夜高ミツル
浴室の外に腕を出して適当なタオルを取りあげる。
夜高ミツル
蛇口を捻って、タオルを湯で濡らし、絞る。
真城朔
床を流れる湯に浸される前に、靴下も脱いでしまった。
真城朔
ぽい。
夜高ミツル
べり、と絆創膏を剥がす。
真城朔
ついでに蛇口から出したお湯で申し訳程度に手を洗っている。
真城朔
きゅ、と蛇口を改めて捻ってお湯を止めて。
夜高ミツル
それも捨てる服の山に放ってしまって。
夜高ミツル
首元を濡れタオルで拭き清めていく。
真城朔
その都度時折ミツルの様子を窺うように視線をうろつかせ。
真城朔
決まりが悪そうに身を竦めている。
夜高ミツル
無言のままに準備を終えて、タオルを浴槽の縁にかける。
夜高ミツル
「……お待たせ」
夜高ミツル
真城の方に向き直る。
真城朔
「…………」
真城朔
迷っている。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「う」
夜高ミツル
迷う真城の肩に手をかける。
夜高ミツル
そのまま、ぐいと自分の方に引き寄せる。
夜高ミツル
「いいから」
真城朔
引き寄せられる。
真城朔
顔がミツルの肩に埋まって、
真城朔
また小さな呻き声が漏れた。
夜高ミツル
「輸血パックも分けてもらえたし」
夜高ミツル
「俺は大した怪我してないから大丈夫」
真城朔
「……も、う」
真城朔
「戦わない」
真城朔
「し」
真城朔
「これ以上は」
真城朔
「別に」
真城朔
ぼそぼそ……
夜高ミツル
「……真城が」
夜高ミツル
「怪我してるままは、嫌だ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
促すように、さらに身体を寄せる。
夜高ミツル
いつもと違う柔らかさが触れ合った箇所から伝わる。
真城朔
ダウンジャケット越しでは分かりづらいが、
真城朔
その下の身体は常とは変化している。
真城朔
それが、血を飲む事によって治るものではないのだが。
夜高ミツル
他人の欲を受けて変化した身体。
夜高ミツル
真城を守れなかった、助けに行けなかった。
夜高ミツル
その事実が、変化した身体によって尚更に突きつけられる。
真城朔
往生際悪く逡巡を繰り返していたが、
夜高ミツル
「……真城」
夜高ミツル
いいから、と繰り返す。
真城朔
「……うう」
真城朔
「う」
真城朔
「…………」
真城朔
「……具合」
真城朔
「よくなく」
真城朔
「なった、ら」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「すぐ……」
夜高ミツル
「ちゃんと言うよ」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「…………」
真城朔
小さく頷いた。
真城朔
瞼を伏せて、ミツルの肩に唇を寄せる。
真城朔
そこに残った歯型を赤い舌でぺろりと舐めた。
夜高ミツル
「……」
真城朔
ミツルの肩に掌を添えて、体重を傾ける。
真城朔
滲んだ血の味を改めるように唇を這わせ、
真城朔
ちゅ、とその歯型を軽く吸い上げてから、
真城朔
一度口を離す。
真城朔
冷たい浴室の中、唾液で濡れた歯型に至近距離から拭きかかる吐息の熱。
夜高ミツル
口が離れたことに、ちらりと真城の様子を伺う。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
何に対してかは分からないが、
真城朔
小さく首を振った。
真城朔
そしてすぐに大きく口を開く。
夜高ミツル
「……?」
真城朔
温度差に擽られた皮膚を覆うように、
真城朔
牙が、唇の熱が、ミツルの肌に触れる。
真城朔
熱を伴う痛みとともに半吸血鬼の牙が皮膚を破り、
真城朔
肉を裂いて、血を溢れさす。
真城朔
すぼめた口元でその血を即座に吸い上げた。
夜高ミツル
牙の立つ感覚に、微かに息を詰める。
真城朔
ミツルの肩に添えた手が強く握られて指が食い込み、
真城朔
傷の刻まれた細い身体がミツルの胸に預けられる。
夜高ミツル
わずかにためらいを見せながら、寄せられた身体に腕を回す。
真城朔
縋るような仕草で身体を任せながら、真城はミツルの血を啜る。
夜高ミツル
肉を裂く痛みのあとにやってくるのは、陶酔感。
真城朔
唇と舌が肌を舐めて血を吸い上げる水音が浴室に反響する。
夜高ミツル
もはやすっかり慣れた感覚。
真城朔
溢れた血を拭うように、ミツルの皮膚を這う舌の濡れた熱。
真城朔
やわらかな肉の感触。
夜高ミツル
だけど、いつものようにその心地よさに身を委ねる気にはなれない。
真城朔
夢中になって血を啜れば啜るほどに、重なる熱の温度が増していく。
真城朔
冷たい空気に満たされた浴室で、熱をもって寄り添う二匹になる。
夜高ミツル
身体が熱を上げていくのが分かる。
真城朔
夢中になるあまりに血混じりの唾液が唇の端から溢れかけては、
真城朔
それを掬い上げるように舌が皮膚を撫ぜる、いつもの仕草。
夜高ミツル
それに微かに身じろいで。
真城朔
唇の隙間から漏らされる、熱に湿った吐息。
真城朔
物欲しげに喉を鳴らす音。
夜高ミツル
ダウン越しにも、触れる身体の柔らかさと熱を感じる。
真城朔
身体を預けるだけでなく、
夜高ミツル
その柔らかさにどうしても脳裏を過るのは、狩りの最中の光景。
真城朔
縋りつく、むしろ押しつけられるような密着感。
真城朔
気付けば背中に腕が回っている。
夜高ミツル
暗いガソリンスタンドの室内。
夜高ミツル
狩人の男に組み敷かれていた真城の姿。
真城朔
口に手袋を含まされ、見開いた瞳からは呆然と涙を落としていた。
夜高ミツル
守れなかった。
夜高ミツル
間に合わなかった。
真城朔
投げ出された白い脚、脱がされて捨てられたズボン、床に転がった防犯ブザーの成れの果て。
夜高ミツル
男の欲のままに犯された姿。
真城朔
薄明かりに確かに紅潮していた頬。
夜高ミツル
自分の無力が不甲斐なくてしょうがなかった。
夜高ミツル
真城がされた行為そのものに対しても、
夜高ミツル
「そうさせてしまった」と真城が自分を責めるだろうことに対しても。
真城朔
背中に回った指がミツルのインナーの裾を掴む。
真城朔
ほとんど抱きつくような調子で身を寄せながら、
真城朔
ようやっと牙が、
真城朔
唇がミツルの肩から離れる。
夜高ミツル
「……っ、」
真城朔
その際に真城のついた大きな息が、ミツルの肌と傷をなまぬるく撫ぜた。
夜高ミツル
その刺激に身じろいで、小さく息をついた。
真城朔
遅れて滲んだ血を舌でぺろりと舐め取る。
真城朔
いつもより長い吸血に深い傷ゆえか、滲ませる血の量も常より多く、
真城朔
すぐに唇を這わせてそれを軽く吸い上げた。
真城朔
こく、と喉が鳴る。
夜高ミツル
さすがに虚脱感も強く、真城の体重を受け止めながら壁に身を預けている。
真城朔
再び唇を離して、やや荒い呼吸に肩を上下させている。
真城朔
それからおそるおそるに顔を上げ、
真城朔
ミツルの表情を窺った。
夜高ミツル
「……もう」
夜高ミツル
「大丈夫そうか?」
真城朔
「…………」
真城朔
小さく頷く。
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
濡れた唇を指で拭いながら、
夜高ミツル
のろのろと、頷きを返す。
真城朔
「ミツは……」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「俺も、大丈夫」
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルに体重を預けたまま浮かない顔をしている。
夜高ミツル
「……?」
夜高ミツル
「ほんとに大丈夫だぞ」
真城朔
「……ん」
真城朔
「うん……」
真城朔
小さく頷いた。
夜高ミツル
安心させるように、ぎこちなく笑う。
真城朔
真城の方は笑えないまま、結局視線を落としてしまった。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
続けて何か言おうとして、結局ミツルも黙り込んでしまう。
真城朔
服越しに触れ合っているのでもお互いの心臓の鼓動が聞こえるような気がした。
夜高ミツル
黙り込んでしまうと、身体がしっかりと反応を示していることから目を背けられなくなる。
夜高ミツル
真城があんな目に遭ったばかりだというのに。
真城朔
沈黙の中、ちらちらとミツルの顔を窺い始める。
夜高ミツル
自分が守れなかったから。すぐに助けに行けなかったから。
夜高ミツル
真城の背中に腕を回したまま、微かに俯いている。
真城朔
縋るように求めるように、回された腕が、指がミツルの背骨を撫でる。
夜高ミツル
「……っ!?」
夜高ミツル
不意に背を撫でられて、身体がこわばる。
真城朔
「っ」
真城朔
ミツルの反応にびくりと身を竦ませた。
真城朔
当惑に視線が彷徨う。
夜高ミツル
心臓が強く脈打っている。
真城朔
その心臓に真城の身体が、熱が押し付けられている。
真城朔
血の匂いがしている。
夜高ミツル
──まずい、と思った。
真城朔
真城の匂いが、換気扇の回されていない浴室に立ち込めている。
夜高ミツル
震える手を、真城の肩に乗せる。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
力を込めて、距離を取るように真城の身体を押し返す。
真城朔
「っ」
真城朔
引き剥がされる。
夜高ミツル
「……」
真城朔
一瞬脚をふらつかせてから、
夜高ミツル
何度か言葉を探すように口をパクパクと開閉させて。
夜高ミツル
「……シャ、ワー」
夜高ミツル
「先、使っていいから」
真城朔
戸惑ったようにミツルを見返して。
真城朔
「…………」
真城朔
冷たい浴室。
夜高ミツル
寄り添っていた熱が離れるのが、たまらなく惜しく感じる。
真城朔
引き裂かれた胸から溢れさせた血に濡れた細い身体が、
真城朔
心細げに立ち尽くしている。
夜高ミツル
その身体を抱き寄せたくなるのを、無理矢理に抑え込む。
真城朔
夜色の瞳でじっとミツルを見つめている。
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
使っていいから、と言いながらいつまでも浴室に突っ立っている。
真城朔
真城もまたミツルを追い出すことをしない。
夜高ミツル
そのことにやっと気づいたように、のろのろと動き出す。
真城朔
その一挙一動を見ている。
夜高ミツル
浴室の扉を開ける。
夜高ミツル
脱衣所に置いていた黒いゴミ袋を取り出して、隅にまとめておいた血まみれの衣服たちを放り込んでいく。
真城朔
緩慢な動作で作業をするミツルの様子を眺めている。
真城朔
風呂場の端には血痕が残る。
夜高ミツル
衣服を詰める途中、はたと手が止まる。
夜高ミツル
真城を見て、
夜高ミツル
「……それ」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「着てるのも」
真城朔
「あ」
夜高ミツル
「多分全部だめになったよな」
真城朔
「…………」
真城朔
頷く。
真城朔
インナーダウンに手をかけて、
真城朔
眉根を寄せた。
真城朔
血をたっぷり吸っては乾いたトップス一式。
夜高ミツル
手が止まったのを見て首をかしげる。
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「ん?」
真城朔
「できれば」
真城朔
「…………」
真城朔
「ナイフ……」
夜高ミツル
「……あ」
夜高ミツル
と遅れて察し。
夜高ミツル
「とってくる」
真城朔
「ん」
夜高ミツル
詰めかけの服を置いて、浴室を出る。
真城朔
見送る。
真城朔
服に手をかけたままの姿勢で。
夜高ミツル
玄関、ブルーシートの上に置きっぱなしの武装たち。
夜高ミツル
その中からナイフを一本取り上げて、浴室に戻る。
真城朔
戻ってきた時には服から手を離していた。
夜高ミツル
「俺やろうか?」
夜高ミツル
ナイフを持ったまま尋ねる。
真城朔
「…………」
真城朔
「ん」
真城朔
頷いた。
真城朔
「お願い……」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
両腕を軽く広げて……
真城朔
じゃまにならないように……ならないように……ならないのか? これで……
夜高ミツル
真城の前に立ち、ナイフを鞘から抜く。
真城朔
軽く胸をそらしてみせます。
真城朔
その方が切りやすそう
夜高ミツル
胸元は大きく裂けて、周辺の布地が血で固まっている。
夜高ミツル
その裂け目の端に、慎重にナイフを当てる。
真城朔
血を飲んだのが直接の理由ではないだろうが、出血は止まっているようだった。
夜高ミツル
間違っても肌を傷つけることのないように注意を払い、
真城朔
身体を強張らせているのは緊張というより、気兼ねなくやって大丈夫、というサイン。のつもり。
夜高ミツル
手に力を込める。
真城朔
ひとまとめに固まったトップスに刃が入る。
夜高ミツル
よく研がれた鋭い刃で布地を裂く。
真城朔
固まった血の破片が繊維とともにぽろぽろと床に落ちていく。
夜高ミツル
そのまま下に手を動かして、
夜高ミツル
裂け目の下側を切り終わる。
真城朔
ぴろぴろ……
夜高ミツル
視線を手元から上に上げる。
真城朔
身を軽く捩ってミツルの切りやすいように。
夜高ミツル
裂け目の上側、
夜高ミツル
膨らんだ胸元に再びナイフを添える。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「っ」
真城朔
息を詰める。
真城朔
詰めた、気配がある。
夜高ミツル
上の方は裾程布地に余裕がない。
夜高ミツル
慎重に……。
真城朔
固まった血によって肌と衣服が張り付いてしまっている趣が強い。
夜高ミツル
服をナイフで裂くことの絵面の何かしらには気が付かなかったことにする。したい。
真城朔
あまり気にする様子なくミツルに全てを委ねている。
夜高ミツル
ていうかこの期に及んでそういうことを考えてしまうのが嫌だな……。
夜高ミツル
手元の作業に集中する。
夜高ミツル
これむしろ襟からナイフを入れたほうがいいのか?
真城朔
ミツルを見守っています。
真城朔
他人事ではないのだが……
夜高ミツル
一旦ナイフを離し、
夜高ミツル
「……上の方から切るか」
真城朔
「?」
真城朔
「……ん」
真城朔
わかんないまま頷いた。
夜高ミツル
「くっついてるから……」
真城朔
襟首に手をかける。
真城朔
指を潜り込ませてちょっと力を込めて、
真城朔
えいや。べり。
夜高ミツル
「……大丈夫か?」
真城朔
刃を入れやすいように隙間を作った。
真城朔
「?」
夜高ミツル
「えーと、痛くないか?」
真城朔
「…………」
真城朔
首を振った。
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
俺がもっと手際よくやれたらいいんだけどな……。
真城朔
ミツルを待っている。
夜高ミツル
やや落ち込みつつ、シャツに手をかけてナイフを当てる。
真城朔
当てられています。
夜高ミツル
襟首から刃を入れて、裂け目に向けて慎重に手を下ろしていく。
真城朔
ぎこぎこ……
夜高ミツル
固まった布地を裂いていく。
真城朔
おとなしくしています。
真城朔
赤黒い血の塊がやはりはらはらと。
夜高ミツル
ナイフが鎖骨の辺りを通り過ぎて、
夜高ミツル
膨らんだ胸元に行き当たる。
真城朔
「…………」
真城朔
ちらりとミツルを窺う。
夜高ミツル
手元に集中している。
夜高ミツル
膨らみを避けながら、ナイフを進めていく。
夜高ミツル
固まった布をナイフが切り裂く音が静かな浴室に微かに響く。
真城朔
ふくらみを、傷を避けようと意識すればするほどに、刻まれた傷の痛々しさが再確認される。
夜高ミツル
出血こそ止まっているものの、その痛々しさは変わりない。
真城朔
肌をべっとりと汚す血の痕の生々しさも。
夜高ミツル
程なくして、上側も切り終える。
夜高ミツル
ナイフを引いて、詰めていた息を吐く。
真城朔
「…………」
真城朔
「ありがとう……」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
ナイフを鞘に収める。
真城朔
一方で断ち切られた服に手をかけた。
真城朔
トップスをまるごとひとまとめに、前開きの服のように脱いでいく。
真城朔
厚着に隠された裸身が改めて晒されていく。
夜高ミツル
服の下の見慣れたはずの身体が、いつもと違うシルエットを描いている。
真城朔
膨らんだ乳房のさまだとか、普段よりも細くなったウエストだとか。
真城朔
一文字に裂かれた傷だとか。
真城朔
服を浸して肌全体を汚す血の痕だとか、そういう。
夜高ミツル
「……」
真城朔
ミツルの持ってきたゴミ袋にトップスをまとめて放り込む。
真城朔
それからベルトを外して、
夜高ミツル
それらの全部が自分の無力の証のように思えた。
真城朔
ズボンに手をかけた。
真城朔
こちらも血で汚れているが、上半身ほどではない。
真城朔
けれど少し苦労してそれを脱ぎ捨てると、
夜高ミツル
ややぼんやりしていたが、のろのろと服を詰めるのを再開する。
夜高ミツル
ナイフはとりあえず浴槽の縁に置いて。
夜高ミツル
脱ぎ捨てられたズボンを受け取る。
真城朔
逆にこちらは普段よりも丸みを帯びた脚の線に、
真城朔
血の手形が残されている。
真城朔
肌を直接這い回った手のひらの跡。
夜高ミツル
あの場では暗かったのと、厚着に隠れて見えなかった陵辱の痕。
真城朔
下着は当然のように男物。それも脱ぐ。
夜高ミツル
それが今目の前に晒されている。
真城朔
ゴミ袋に放り込んだ。
真城朔
えい。
夜高ミツル
ぽいぽい。
真城朔
すっかり裸になってしまって、ゴミ袋にゴミを詰め込んでいる。
真城朔
屈んだ太腿に血の跡だけでなく、
真城朔
血の赤を拭って伝い落ちた薄汚れた白濁の線。
夜高ミツル
それを見て、一際に眉根を寄せた。
真城朔
ゴミをすっかり詰めてしまって。
真城朔
ぼんやりとミツルに視線を移す。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
やや気まずい沈黙。
夜高ミツル
視線が言葉を探すように宙をさまよって。
夜高ミツル
「……ごめん」
真城朔
「?」
夜高ミツル
ぽつりと呟く。
真城朔
裸のままに瞬いた。
夜高ミツル
「……すぐに」
夜高ミツル
「行けなかった」
真城朔
「…………」
真城朔
視線を落とす。
真城朔
「あれ、は」
真城朔
「吸血鬼」
真城朔
「が……」
夜高ミツル
「……それでも」
夜高ミツル
「もっと、はやく」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「行けてれば……」
真城朔
両腕で身体を抱えるようにして、
夜高ミツル
言っても詮無いことだと分かっている。
真城朔
背中を丸めた。
真城朔
肩を強張らせながら、息を吐く。
夜高ミツル
真城にフォローの言葉を言わせてしまうのも分かりながら、
夜高ミツル
どうしても思わずに、言わずにいられなかった。
真城朔
裸のままに身を縮めている。
真城朔
「……べつ、に」
真城朔
「俺」
真城朔
「俺は」
真城朔
「…………」
真城朔
手のひらが自らの肌を這う。
夜高ミツル
言葉を継ごうとして、
真城朔
「大丈夫」
真城朔
「だし……」
真城朔
か細い声でぽつぽつと言い募る。
夜高ミツル
「……ごめん、寒いよな」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「今言うことじゃなかった……」
真城朔
「……これ」
真城朔
「くらい、は」
真城朔
「俺は」
真城朔
「別に……」
真城朔
言った矢先にぶるりと背中が震える。
夜高ミツル
ゴミ袋を引き寄せ、
夜高ミツル
「……俺は嫌だよ」
真城朔
ちらりとミツルを見る。
夜高ミツル
「痛いことも望まないことも」
夜高ミツル
「真城がされるのは、嫌だ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
それだけ言い残して、ナイフをとって浴室を出ていく。
真城朔
困った様子でそれを見送る。
夜高ミツル
扉を閉じる。
真城朔
しばらく扉の向こうで呆然と立ち尽くしていたが、
真城朔
ややあってシャワーの水音が聞こえ始める。
真城朔
湯気が立つ。
夜高ミツル
脱衣所の真ん中、力なく座り込んでしまう。
夜高ミツル
自己嫌悪。
夜高ミツル
無力感。
夜高ミツル
よりにもよって服を脱ぎ終わった所で切り出さなくても……。
真城朔
弾ける水音、磨りガラス越しに映るぼやけた裸身。
夜高ミツル
自分のことながら、もうちょっとうまくできなかったか?とうつむく。
真城朔
身体を温めるとかシャワーを楽しむとかよりも手早く身体を清めている。
夜高ミツル
ぐるぐると考えをめぐらせていたが、
真城朔
なるべく傷に障らないように……いや……
夜高ミツル
真城が出てくるまでこうしているわけにもいかないので……
真城朔
まあ面倒だし適当に……
夜高ミツル
狩りのあとはすぐ出てくるし……
夜高ミツル
今更に脱衣所のヒーターをつける。
真城朔
きれいにするのと
真城朔
出すのを優先
真城朔
そんな感じでやっている。
真城朔
じゃぶじゃぶ……
夜高ミツル
ゴミ袋を一旦隅にどけて。
夜高ミツル
扉の脇にバスタオルと着替えを用意する。
真城朔
シャワーのお湯を出しっぱなしでやや贅沢にやっている。
夜高ミツル
寒いしね……
真城朔
さむいね……
真城朔
ぱたぱたと水の跳ねる音、
真城朔
その中に混じる、
真城朔
かすかな吐息。
真城朔
押し殺すような音。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
身を屈めている。
真城朔
のが、磨りガラス越しのシルエットでもわかる。
夜高ミツル
……ナイフとゴミ袋を手に脱衣所を出る。
夜高ミツル
ナイフは他の武装とひとまとめに。
夜高ミツル
ちゃんと片付けるのは一度寝てからでいいだろう。
夜高ミツル
ゴミ袋は口を縛って、更に上からもう一枚黒いゴミ袋をかける。
真城朔
シャワーの音が止まる。
真城朔
浴室の扉が開かれる音。
夜高ミツル
二重にしたゴミ袋の口を閉じた所で、真城が浴室を出たのが分かる。
真城朔
しばらくしてから、
真城朔
用意されたルームウェアを着込んでバスタオルを被った真城が出てくる。
真城朔
ほかほか……
真城朔
今までよりも薄着なのでやはり体型の変化が改めてわかりやすく。
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
髪を拭いている。
真城朔
「シャワー」
真城朔
「大丈夫」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「……疲れてたら」
真城朔
廊下ですれ違う。
夜高ミツル
「先に寝ててもいいから」
真城朔
振り返る。
真城朔
首を振った。
真城朔
「大丈夫」
真城朔
キッチンの方に行きました。
真城朔
換気扇を回している……
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
真城を見送って、脱衣所へ。
真城朔
細々とした武装を整理する硬い音が聞こえてくる。
夜高ミツル
真城とは対象的に、ミツルの方は上着が汚れたこと以外は概ね無事なので
夜高ミツル
服を脱いでは洗濯機へ。
夜高ミツル
ぽい……
真城朔
かちゃかちゃ……
夜高ミツル
全部放り込むと洗濯と乾燥をセットして浴室へ。
夜高ミツル
使用済みの浴室にはまだぬくもりと湯気が立ち込めている。
真城朔
それと、どうしても、
真城朔
真城の血の匂いが。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
一度外に出たせいか、改めてはっきりとそれを感じ取ってしまう。
夜高ミツル
頭を振って、シャワーの栓を捻る。
夜高ミツル
湯が浴室のタイルを叩く。
夜高ミツル
余計な考え毎洗い流してしまおうとばかりに、頭から湯を被る。
夜高ミツル
しかし、脳裏に浮かぶのは、
夜高ミツル
先程の、水音に混ざって微かに聞こえた吐息だとか、
夜高ミツル
触れた時のぬくもり
夜高ミツル
やわらかさ
夜高ミツル
それから、初めて真城を風呂に入れた時のことであるとか……。
夜高ミツル
掻きむしるように、ざばざばと頭を洗う。
夜高ミツル
そんなことを考えている場合じゃないのに……。
夜高ミツル
傷のこと。陵辱の痕。
夜高ミツル
組み伏せられて泣いていた姿。
夜高ミツル
無力感。不甲斐なさ。
夜高ミツル
それらに混ざって、どうしようもなく、
夜高ミツル
自身の欲が浮かんでくるのが、たまらなく嫌だった。
夜高ミツル
深く長く、ため息をつく。
夜高ミツル
改めて、疲労感を自覚する。
夜高ミツル
血を抜かれているためだろう。
夜高ミツル
さっさと出よう……。
夜高ミツル
適当に汚れを落として、シャワーを止める。
夜高ミツル
濡れた身体をバスタオルで拭き、ルームウェアを纏って風呂場を出る。
真城朔
かちゃかちゃと金属音が廊下の方から響いている。
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
廊下に出て真城に声をかける。
真城朔
真城は廊下のブルーシートの上に座り込み、血に汚れた武装を清めては整理していた。
夜高ミツル
「冷えるぞ」
真城朔
洗面器に張られた湯が血に汚れている。
真城朔
ミツルを振り仰ぐ。
夜高ミツル
思ったよりがっつり片付けしていた……。
真城朔
日常に隣接したルームウェア姿。バスタオルを被っている。
真城朔
その首がいつもよりも細く見える。
夜高ミツル
「……ありがとう、あとは明日俺がやるよ」
真城朔
「でも……」
真城朔
血に汚れた武装を見遣る。
真城朔
いっぱい血まみれになったのでいっぱい汚れた。
真城朔
銀杭には直接触れられないので、タオル越しになんとかしている。
真城朔
ごしごし……
夜高ミツル
「いいから」
夜高ミツル
「杭も俺がやるし」
真城朔
「ここまで」
真城朔
「やっちゃったし」
真城朔
「あとちょっと……」
真城朔
半分くらいは残っているが……
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「……じゃあ俺も一緒にやる」
真城朔
「う」
夜高ミツル
ぱたぱたとスリッパを鳴らして真城の隣へ。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
座り込む。
真城朔
「……ミツも」
真城朔
「冷える……」
真城朔
「風邪……」
夜高ミツル
「真城がやめるなら一緒に休む」
真城朔
「う」
真城朔
「うー……」
真城朔
うめいた。
夜高ミツル
言って、真城が持つ銀の杭を取り上げる。
真城朔
取り上げられる……
夜高ミツル
「杭は俺がやるから」
真城朔
「…………」
真城朔
しょぼしょぼとナイフに手をつけていきます。
真城朔
でも杭よりナイフの方がよっぽど少ないんだ……
真城朔
ナイフはあんまり投げないから……
夜高ミツル
お湯につけて、血を濯いで落としていく。
夜高ミツル
ナイフ少ないね……
真城朔
杭より使い捨てがきくし……
夜高ミツル
「……ナイフ」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「もうちょっと使えるようになりたい」
真城朔
「使える」
真城朔
「ように」
夜高ミツル
杭をお湯からあげる。
夜高ミツル
タオルで水気を拭きながら
夜高ミツル
「今日、タクシー乗るのに刀置いてきて」
真城朔
ナイフの刃こぼれを確かめている。
夜高ミツル
「途中からナイフだったから」
夜高ミツル
「結構、リーチ違うのとか」
真城朔
「……うん」
夜高ミツル
「慣れてないとまずいなって」
真城朔
「ナイフ」
夜高ミツル
「重心も違うし」
真城朔
「普段使いにする?」
夜高ミツル
「普段は刀のままでいいかな」
夜高ミツル
「ただ、いざという時に」
夜高ミツル
「もっとナイフも使えた方がいいと思って」
真城朔
頷いている。
真城朔
「……じゃあ」
真城朔
「ナイフで訓練」
真城朔
「する……」
真城朔
「…………」
真城朔
手に持ったミツルのナイフに指を這わせながら。
夜高ミツル
一本目の杭を脇に置いて、二本目をタライに沈めている。
真城朔
なんとなくしょんぼりしている。
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「訓練、してほしい」
夜高ミツル
強くなりたい。もっと。
真城朔
刃をタオルで拭う。
夜高ミツル
真城と同じくらいに、はどうやっても望めないが。
夜高ミツル
水に濡れた杭を、タオルで拭いていく。
真城朔
鞘の汚れを確認している。
夜高ミツル
同じようにはなれなくても、せめて足を引っ張らずに済むように。
真城朔
こんこん……
夜高ミツル
少しでも置いていかれずに済むように。
夜高ミツル
もっと真城を守れるように。
真城朔
レザーのベルトをきれいに拭き清め……
真城朔
しばしもくもくと作業を続け。
夜高ミツル
きれいになった杭が、玄関の端に立てかけられて並んでいく。
夜高ミツル
もくもくもく……
真城朔
手持ち無沙汰になった真城も杭をちょこちょこやり……
真城朔
ヨシ!
夜高ミツル
きれいになった~!
真城朔
第一部完!
真城朔
洗面器のお湯を流して洗面器を洗って……
真城朔
ブルーシートをお湯で絞ったタオルで拭いて拭いて……
夜高ミツル
拭き拭き……
真城朔
ヨシ!
真城朔
だいたいおわりました。
真城朔
片付け。
夜高ミツル
片付いた。
真城朔
片付けを終えて、おろおろとミツルを見ています。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
手を伸ばして、真城の頬に触れる。
真城朔
「ん」
真城朔
触れられる。
真城朔
視線が落ち着きなくさまよう。
夜高ミツル
ぺたぺたと、冷えていないか確かめるように触れる。
真城朔
触れ回られる。
真城朔
むしろ真城には珍しく少し熱い。
真城朔
ような気がする。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
冷えてないのは良かったけど……。
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ?」
夜高ミツル
「……湯冷め」
夜高ミツル
「してないかなって」
真城朔
「し、して」
真城朔
「してない……」
夜高ミツル
言い訳のように言って手を離す。
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「あ」
真城朔
「…………」
真城朔
離された瞬間に声を漏らしてから、俯く。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……寝る、か」
夜高ミツル
「疲れただろ」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「こそ」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
一瞬否定しかけて、頷く。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……疲れたから、休もう」
真城朔
「う」
真城朔
「うん…………」
真城朔
頷いたはいいものの。
真城朔
惑ったように立ち呆けている。
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
立ち尽くす真城の手を取る。
真城朔
手を取られる。
夜高ミツル
「真城……?」
真城朔
反射的に握り返して、
真城朔
指がミツルの指に絡む。
夜高ミツル
寝室へ向かおうと手を引きかけて、
夜高ミツル
指が絡んだのに、一瞬動きが止まる。
真城朔
「…………」
真城朔
黙り込んでしまった。
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「大丈夫か……?」
真城朔
「…………」
真城朔
「だ」
真城朔
「だいじょう」
真城朔
「ぶ」
真城朔
「だけど」
夜高ミツル
「……だけど?」
真城朔
「…………」
真城朔
俯く。
真城朔
蚊の鳴くような声で、
真城朔
「……だいじょうぶ……」
真城朔
繰り返して、ミツルの手を握る。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
察するものが、
夜高ミツル
ないわけでは、もちろん、
夜高ミツル
ないのだが……。
夜高ミツル
「……身体」
夜高ミツル
「冷えるぞ」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ん」
真城朔
「うん……」
夜高ミツル
寝室へ向かおうと、手を引く。
真城朔
しょんぼりと肩を落とす。
真城朔
手を引かれていく。
夜高ミツル
布団をまくって、真城を押し込む。
真城朔
押し込まれます。
夜高ミツル
それからそのすぐ隣に潜り込む。
真城朔
寝返りを打って、
真城朔
ミツルの身体に身を寄せる。
夜高ミツル
「真城……」
真城朔
「…………」
真城朔
至近距離。
真城朔
おずおずとミツルの表情を窺う。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
寄せられた身体に、腕を回す。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
ぴく、と肩が一瞬震えてから、
真城朔
「ミツ」
真城朔
名を呼び返して、頭をすり寄せる。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
背中に回す腕に力を込めて、
夜高ミツル
「……もう、」
夜高ミツル
「今日みたいなことが、また」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「ないように……」
夜高ミツル
「俺、もっと頑張るから」
夜高ミツル
「ちゃんと、するから」
真城朔
「……あれ、は」
真城朔
「俺が」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城は悪くない」
夜高ミツル
先回りするようにそう言って、
夜高ミツル
「……俺はもっと、」
夜高ミツル
「ちゃんと、真城を守れるようになりたい……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
背中に回した腕に、ますます力がこもる。
真城朔
身体が触れ合っている。
真城朔
膨らんだ胸の柔らかさが分かるくらいに身を重ねて、
真城朔
身じろぎ、衣擦れ、吐息の音。
真城朔
「……無理、は」
夜高ミツル
廊下で作業して幾分冷えた身体に、真城の熱が伝わる。
真城朔
「しないで」
真城朔
「ほしい……」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「ミツが怪我、したら」
真城朔
「取り返しがつかない」
真城朔
「から」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「ちゃんと」
真城朔
「自分のこと、守って」
真城朔
「それが一番大事で……」
夜高ミツル
「……俺は、真城が傷つかないのは一番大事だよ」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……でも、俺が怪我したら」
夜高ミツル
「真城が悲しむのは、ちゃんと」
真城朔
訴えかけるような視線。
夜高ミツル
「分かってる、から」
夜高ミツル
「だから、ちゃんと自分の身も守るよ」
真城朔
頷く。
真城朔
「……治らない怪我、とか」
真城朔
「ミツには」
真城朔
「あるから……」
真城朔
「それが」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「そうなったら、もう……」
真城朔
背を丸めて、
真城朔
頬をミツルの胸に寄せる。
夜高ミツル
「……気をつける」
真城朔
「…………」
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
変わらない仕草を受け止めて、背中を撫でる。
真城朔
「あ」
真城朔
「っ」
真城朔
ひくりと背が震える。
夜高ミツル
あ……、と手を止める。
真城朔
首を縮めて息を詰めて、
真城朔
潤んだ瞳でミツルを窺う。
真城朔
そっと伸びた手が、ミツルの胸元に添えられる。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……怪我、」
夜高ミツル
「してる、から」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「今は……」
真城朔
「……で、も」
真城朔
「でも」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……今は、休んで」
夜高ミツル
「傷がよくなってから……」
真城朔
「う」
真城朔
「……うぅ」
真城朔
呻き声とともに、
真城朔
目尻からぽろりと涙が落ちた。
真城朔
ミツルの胸元を指が握りしめる。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
そんな風に泣かれてしまうとどうにも弱くて……
真城朔
瞼を伏せる。
真城朔
ぐすぐすと涙を落としながら首を振って、
夜高ミツル
でも、傷を負った真城にこれ以上負担をかけたくないのも本心だった。
真城朔
「わか、っ」
真城朔
「わかって」
真城朔
「て」
真城朔
「だから」
真城朔
「こんな、の」
真城朔
「変だし」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「よく、ないし」
真城朔
「変だし……」
真城朔
また変って言った。
真城朔
背中を丸めて息を詰めて、
真城朔
嗚咽を堪えるように顔を覆う。
真城朔
「へん、で」
真城朔
「だから」
夜高ミツル
「真城…………」
真城朔
「こんな」
真城朔
「こんなふうに」
真城朔
「……っ」
真城朔
涙を堪える不格好な呼吸に、
真城朔
喉が奇妙な音を立てた。
真城朔
「…………う」
真城朔
「う、ぅ」
夜高ミツル
先程の反応を思うと背中も撫でられず、ただ腕を回して抱きしめている。
真城朔
「あ……っ」
真城朔
訴える声は明瞭な意味をなさず、
真城朔
ぼろぼろと止めどなく涙が溢れるばかり。
夜高ミツル
「真、城」
真城朔
それを自分の手指で拭ってはしゃくりあげ、
真城朔
背中を丸めて泣いている。
夜高ミツル
惑うように名前を呼んで。
真城朔
名を呼び返すことも今はできない。
真城朔
幼子のように涙を流し、肌ばかりは異様に熱を上げている。
夜高ミツル
丸められた背中に掌を重ねている。
夜高ミツル
「…………俺、も」
夜高ミツル
「正直、したい」
夜高ミツル
「け、ど」
真城朔
「……っ」
真城朔
ひく、と喉を鳴らして、
真城朔
涙を落としながらミツルの顔を見上げる。
夜高ミツル
「でも、今は……」
夜高ミツル
真城の胸元を窺う。
夜高ミツル
ルームウェアの下の傷口は見えない。
夜高ミツル
「……まだ痛いだろ」
真城朔
それでもその下には確かに傷が刻まれている。
真城朔
「……いま、は」
夜高ミツル
「痛くなくても、動いたら痛むかもだし」
真城朔
「いま」
真城朔
「いま、じゃ」
真城朔
「ないと」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……今じゃないと?」
真城朔
「…………」
真城朔
瞼を伏せてますます泣き始めた。
真城朔
「……へん」
真城朔
「へんだ、から…………」
真城朔
か細い声で訴える。
真城朔
「う、うぅ」
真城朔
「ぅー……」
夜高ミツル
「……だから?」
夜高ミツル
当惑したように首を傾げる。
真城朔
「ひ」
真城朔
「ぅう」
真城朔
「う、――あっ、あ」
真城朔
しゃくりあげては熱の籠もった吐息を漏らして、頬を濡らす涙を拭う。
真城朔
「ご、めん」
夜高ミツル
「……いや」
夜高ミツル
「えーっと……」
真城朔
「ごめんなさい、……っ」
真城朔
「ごめんなさい……」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「落ち着け……」
真城朔
ミツルの声が聞こえているのかいないのか、声を上げて泣いている。
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
再度声をかける。
真城朔
「ひっ、う」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「うぅ――」
真城朔
ぐずぐずと嗚咽を漏らして顔を覆う。
夜高ミツル
「……今じゃないとって」
夜高ミツル
「変だからっていうのは、えーと……」
夜高ミツル
「……苦しい?」
夜高ミツル
「前のホテルのときみたいな……」
真城朔
「……?」
真城朔
瞼を上げてミツルを見返すと、何度かまばたきを繰り返す。
夜高ミツル
「最初のホテルの時の……」
夜高ミツル
ピンと来てなさそうだから違うかな……。
真城朔
「…………」
真城朔
ぼんやりとミツルの顔を見ている。
真城朔
その間も涙ばかりは頬を伝い落ちている。
夜高ミツル
「……変だからってのは、どういう?」
夜高ミツル
結局聞いた。
真城朔
唇が震えた。
真城朔
俯く。
真城朔
しばらくミツルの胸元でもぞもぞと指を動かしていたが。
真城朔
服を引っ張ったり握り込んだり……
夜高ミツル
待っている……
真城朔
「……だっ、て」
真城朔
「こんなの」
真城朔
「変……」
真城朔
「よく、……っ」
真城朔
「よくない、し」
夜高ミツル
「……何がよくない?」
真城朔
「よくないのに、こんな」
真城朔
「う」
真城朔
「うー……」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「俺は、真城のことを」
夜高ミツル
「ちゃんと分かりたい」
夜高ミツル
「……だから、教えてほしい」
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの胸を引き寄せて、
真城朔
そこに顔を押しつける。
真城朔
ぐり、と額を擦り寄せるように顔を隠しながら、
真城朔
聞き逃しかねないほどに小さな声で。
真城朔
「……い、ま」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「いま、しないと」
夜高ミツル
聞き逃さないように、口を挟まず耳を傾ける。
真城朔
「お、……っ」
夜高ミツル
胸元に押し付けられた真城の頭の、つむじの辺りが見えている。
真城朔
「おか」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ぅう」
真城朔
背中が震えている。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
きゅ、と握り寄せる指先に不要な力が籠もる。
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツ、と」
夜高ミツル
頷く。真城からは見えない角度だろうが。
夜高ミツル
動いた気配は伝わるかもしれない。
真城朔
「…………っ」
真城朔
「おんな、で」
真城朔
「したい……」
真城朔
なんとか言い切って、
真城朔
へにゃへにゃと身体から力が抜けた。
夜高ミツル
「…………そ、うか」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「……教えてくれて、ありがとう」
真城朔
「うう……」
真城朔
「ぅー…………」
真城朔
顔を埋めたまま、ぐすぐすと鼻を鳴らし始める。
真城朔
「やだ」
夜高ミツル
「え、と」
真城朔
「やだぁ……」
真城朔
「こん、な」
真城朔
「こんなの」
真城朔
「おかし、い、し」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……俺、は」
夜高ミツル
「真城が男でも、女でも」
夜高ミツル
「真城が真城なら、好き、で」
夜高ミツル
「だから……」
夜高ミツル
「俺は」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「俺も、」
夜高ミツル
「したい、け、ど……」
真城朔
先ほどとは一転、息を詰めて泣いている。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
ミツルの胸元が真城の涙やらなにやらでぐしゃぐしゃになっている。
夜高ミツル
ルームウェアが濡れているのが肌に伝わる。
夜高ミツル
「……多分、これは俺のわがままなんだけど」
真城朔
ミツルの胸元で意味もなく首を振ったり額を押し付けたりしている。
夜高ミツル
「俺が行けなくて真城がそうなってるのに」
夜高ミツル
「せっかくだから……みたいにするのは、俺は」
夜高ミツル
「したく、ない」
真城朔
「っが、……」
真城朔
「ちが、く、……」
真城朔
「……うっ、う」
真城朔
「ぅ」
真城朔
かたかたと真城の肩が震える。
夜高ミツル
「それに、今は怪我もしてるし……」
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
声を殺して泣いている。
夜高ミツル
「……何が違う?」
真城朔
「うぅー……」
夜高ミツル
「……真城」
夜高ミツル
促すように名前を呼ぶ。
真城朔
「っ」
夜高ミツル
うぅーでは流石に……
真城朔
「…………」
真城朔
息を詰めて涙を堪えている。
真城朔
「……だ、って」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「ミツにも」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「俺にも?」
真城朔
「ミツ、じゃ」
真城朔
「ない人に」
真城朔
「されてて」
真城朔
「さ、れてる、のに」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「…………」
真城朔
片手を伸ばして、
真城朔
ミツルの腕を触れる。
真城朔
辿って手のひら、
夜高ミツル
視線で手の行き先を追って
真城朔
指先まで。
真城朔
ミツルの指に指を寄せて、絡める。
夜高ミツル
それを目で追って、絡められた指に絡めてかえし。
夜高ミツル
真城の顔に視線を戻す。
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
顔は依然ミツルの胸に埋めたまま。
真城朔
「……ミツが」
真城朔
「さわった、のが」
真城朔
「最後に」
真城朔
「最後がいい……」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「………………」
真城朔
「こう」
真城朔
「こう、なった」
真城朔
「からだでも」
夜高ミツル
「う、ん」
真城朔
「もどる、まえに」
真城朔
「ミツに……」
真城朔
「ほかの」
真城朔
「ひと、に」
真城朔
「されてるのに」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツにされてない」
真城朔
「やだ」
夜高ミツル
思ったより、すごく、かなり、
真城朔
「……やだ……」
夜高ミツル
胸に来ることを言われてしまい……。
真城朔
「…………」
真城朔
「わかっ、……」
真城朔
「わかって」
真城朔
「て」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「ただしい、から」
真城朔
「こんな」
真城朔
「怪我、あるのに」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「こんな……」
夜高ミツル
「う、ん……」
真城朔
「こんなこと」
真城朔
「こんなことばっか」
真城朔
「かんがえ、て」
真城朔
「…………」
真城朔
「へんで……」
夜高ミツル
「……俺」
夜高ミツル
「俺、も」
夜高ミツル
「したいよ……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「そういう風に言われると、尚更思うし……」
真城朔
ぐす、とミツルの胸で鼻を鳴らす。
夜高ミツル
「……よくないのに、俺も」
夜高ミツル
「したいって」
夜高ミツル
「触りたい」
真城朔
「…………ぅ」
夜高ミツル
「真城は怪我してるのに、そういう風に」
夜高ミツル
「思う……」
真城朔
「う、う」
真城朔
「…………」
真城朔
おそるおそる、
真城朔
ゆっくりと顔を上げる。
夜高ミツル
「風呂場でも、そんなこと考えるのはよくないって思うのに」
真城朔
涙に濡れたぐしゃぐしゃの顔でミツルの表情を窺う。
夜高ミツル
「やっぱり、もっと触れたいとか」
夜高ミツル
「したい、とか……」
夜高ミツル
「そう、思ってた」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ」
真城朔
胸に寄せたままの手でミツルを引き、
真城朔
絡めた指にぎゅっと力を込める。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
繋いだ掌に汗が滲んでいる。
真城朔
皮膚と皮膚の擦れ合う感触を確かめるように指を滑らせる。
真城朔
「ミツ」
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「真城……」
夜高ミツル
真城としたい。
夜高ミツル
その気持ちはずっとあって。
夜高ミツル
あんな風に言われれば尚更。
夜高ミツル
「……正しいとか正しくないとかじゃなくて」
夜高ミツル
「結局これも俺のわがままなんだ」
真城朔
「…………ん」
夜高ミツル
「真城が怪我してる時は、いやだ」
真城朔
「…………」
真城朔
「うん……」
真城朔
俯く。
夜高ミツル
「軽い怪我じゃないし」
夜高ミツル
「動いたらまだ傷が開くかもしれない」
真城朔
ほろほろと涙を落としている。
真城朔
「……ミツに」
真城朔
「ミツの、やなこと」
真城朔
「させたくは」
真城朔
「…………」
真城朔
「………………」
夜高ミツル
「……」
真城朔
物分りのよい風に語る半ばで言葉を詰まらせる。
真城朔
顔を俯けて声を殺して、
真城朔
涙を落としながら、
真城朔
真城の爪先がミツルの脚の間に潜り込んだ。
夜高ミツル
「……、真、城」
真城朔
そのまま脚が絡む。
夜高ミツル
反射的に、逃げるように引く。
夜高ミツル
が、脚を絡め取られ、
夜高ミツル
いつもより柔らかい肉の感触が脚に伝わる。
夜高ミツル
「真、城」
夜高ミツル
「俺、ほんとに、」
夜高ミツル
「今、」
真城朔
顔を上げる。
夜高ミツル
「今は……」
夜高ミツル
「……したいよ」
夜高ミツル
「したい、けど」
夜高ミツル
「したくない」
真城朔
アキレス腱でミツルのふくらはぎをなぞるように脚が動く。
真城朔
「…………」
真城朔
瞼を伏せる。
真城朔
閉じた瞳から涙を溢れさせながら、
真城朔
「――、い」
真城朔
かすかな掠れ声。
夜高ミツル
「……い?」
真城朔
「…………」
真城朔
両手を離して、
真城朔
脚も引っ込めて、背を丸める。
真城朔
啜り泣く声とともに顔を覆った。
真城朔
「さみしい……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
それきり、声を殺して泣いている。
夜高ミツル
離された手を、ゆっくりと背中に回す。
真城朔
自らミツルに身体をすり寄せることがもうできない。
夜高ミツル
ミツルの方から身体を寄せる。
真城朔
身体が重なる。
真城朔
高い熱と柔らかな肉。
夜高ミツル
「……したいことがあったら、って」
夜高ミツル
「いつも、言ってるのは」
夜高ミツル
「俺なのに……」
夜高ミツル
「……ごめん」
真城朔
「…………っ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「う、ぅ」
真城朔
「あ――っ」
夜高ミツル
揃いのルームウェアごしに、肌を重ねる。
真城朔
涙に身を震わせながら嗚咽を押し殺そうとして、
真城朔
それができなくてずっと泣いている。
真城朔
「ご、めん」
真城朔
「ごめんなさい」
真城朔
「こんな」
真城朔
「こんなで」
夜高ミツル
それ以上をできない分せめて、と寄り添う。
真城朔
「こんなだから」
夜高ミツル
「謝らなくていい」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こんな、っ」
夜高ミツル
「いいから」
真城朔
「困らせて」
真城朔
「困らせてばっかり」
真城朔
「いつも」
真城朔
「こんな」
夜高ミツル
「……いいんだよ」
真城朔
「ごめんなさい」
真城朔
「ごめんなさい」
真城朔
「やだ」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「や、なのに」
夜高ミツル
「大丈夫だから……」
真城朔
「やだあ――」
真城朔
「やだった、のに」
真城朔
「ミツじゃ」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「ミツじゃなかったのに」
真城朔
「やだった」
真城朔
「ほんとう、に」
夜高ミツル
「うん……」
真城朔
「ほんとうで」
真城朔
「あん、な」
夜高ミツル
「そうだよな」
真城朔
「の」
真城朔
「すきじゃ、っ」
真城朔
「すきじゃない」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「やだ」
真城朔
「やだ」
真城朔
「なんで」
真城朔
「あんなときばっか」
真城朔
「なんで……」
真城朔
「ちがう」
真城朔
「ちがうのに」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「やだ」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「やだったよな……」
真城朔
「う」
真城朔
「うう、ぅ」
夜高ミツル
自分がもっとしっかりしていれば、真城はそんな思いをせずに済んでいたかもしれなくて、
真城朔
「やだ」
夜高ミツル
不甲斐ない。
真城朔
「やだ、……っ」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツが」
夜高ミツル
ミツルの無力の結果として、真城がこうして傷ついて泣いている。
真城朔
「いいのに」
真城朔
「なんで」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「っ」
真城朔
「なんで、ミツには」
真城朔
「ミツには」
真城朔
「……ミツに、なら」
真城朔
「いいのに」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「いいのに……」
夜高ミツル
「……ごめんな」
真城朔
顔を覆ったまま、かたかたと小さく震えている。
真城朔
「ひ、う」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「こん、な」
夜高ミツル
背中に回した腕にも震えが伝わる。
真城朔
「なの」
真城朔
「いやじゃ」
真城朔
「ない?」
夜高ミツル
「いやじゃないよ」
夜高ミツル
「俺が真城を嫌に思うことなんかない」
真城朔
「いっぱい」
真城朔
「いっぱい、だされた……」
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「真城が傷つけられたり」
夜高ミツル
「嫌だって思うようなことをされたり」
夜高ミツル
「そういうのは嫌だ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「そういうのが嫌なだけで」
夜高ミツル
「真城をいやだとか思うことはない」
真城朔
「なんかい」
夜高ミツル
抱き寄せようとして、
真城朔
「なんかい、も」
夜高ミツル
傷に障ると思い直して、自分の方から更に身体を寄せる。
真城朔
「いって……」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「いや、で」
真城朔
「いやだった」
真城朔
「のに」
真城朔
「ほんとう」
真城朔
「ほんとうで……」
真城朔
「ほんとう……」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
言い聞かすように繰り返している。
夜高ミツル
「分かってる」
真城朔
「ほんとうに……」
真城朔
「ほんと」
真城朔
「ほんとう」
真城朔
「……っ」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「多分、俺は」
夜高ミツル
「真城の気持ちをちゃんとは理解してやれないけど」
夜高ミツル
「怖いよな、きっと」
夜高ミツル
「身体が自分の思う通りにならないのは」
真城朔
顔を覆ったまま、小さく頷く。
真城朔
「やだ」
真城朔
「やだ……」
真城朔
「や、でも」
真城朔
「おれは」
真城朔
「ずっと」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「ずっと、こう、で」
真城朔
「きっと」
真城朔
「かわ、らなくて」
真城朔
「ずっと……」
真城朔
「これからも」
夜高ミツル
「……守るよ」
真城朔
「だれ、にでも」
夜高ミツル
「真城がこんな風に泣かなくていいように」
真城朔
「……こんな」
真城朔
「こんな、だから」
真城朔
「どうしようも」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「……それでも」
夜高ミツル
「俺は、真城を守りたいから」
夜高ミツル
「傷つけられるのは嫌だ」
夜高ミツル
「泣かせたくない」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……次は、ちゃんと助けに行く」
夜高ミツル
実際のところ、そうできる根拠はなくて。
夜高ミツル
今回のように物理的に吸血鬼に引き離されてしまえば、どうやっても時間がかかる。
夜高ミツル
それでも、真城と自分にそうすると誓う。
真城朔
ゆっくりと顔を上げる。
真城朔
濡れた瞳と視線が合う。
夜高ミツル
「……もっと、考える」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「今回みたいに引き離された時」
夜高ミツル
「何かできることがもっとないか、とか」
真城朔
「……俺が」
真城朔
「もっと」
真城朔
「ちゃんと」
真城朔
「ちゃんと……」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「…………」
真城朔
「……さ」
真城朔
「さわ、……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
迷っている。
真城朔
だいぶいったりきたりしている。なにかが。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
真城の言葉の続きを待っている。
真城朔
「…………さわる」
真城朔
「さわるだけ」
真城朔
「は」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「…………さわるだけ」
夜高ミツル
繰り返す。
真城朔
ちらりとミツルの顔を窺う。
夜高ミツル
触るだけ。触るだけ……。
夜高ミツル
黙り込んでいる。
夜高ミツル
触るだけで……すませられるか!?
夜高ミツル
ぐるぐると考え込んでいる気配。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「ちょ……っと待ってくれ」
夜高ミツル
「考えてるから…………」
真城朔
自分の脚と脚の間、
夜高ミツル
理性に問い合わせている。
夜高ミツル
どこまで耐えられそうか…………。
真城朔
ズボンの中に手を差し入れて、
真城朔
「っ」
真城朔
布団の中から小さな水音が立つ。
夜高ミツル
そうしてぐるぐると考え込んでいるところに
夜高ミツル
くち、と小さな水音が耳に入る。
真城朔
「ぬ」
真城朔
上ずった声。
夜高ミツル
「…………え、」
真城朔
「ぬれ、て」
夜高ミツル
「な」
夜高ミツル
「え?」
真城朔
「いっぱい……」
真城朔
「こう」
真城朔
「だ、と」
真城朔
「だから」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「………………」
真城朔
「――っは」
真城朔
「ん」
夜高ミツル
「ま」
夜高ミツル
「ま、しろ」
真城朔
くちくちと繰り返しに音を鳴らしながら、
真城朔
熱のこもった吐息を漏らす。
真城朔
「ぁ」
夜高ミツル
布団の下から聞こえる濡れた音に、思考が止まる。
真城朔
「あ」
真城朔
「これ」
夜高ミツル
頭に血が上り、心臓が脈を打つ。
真城朔
「これ……っ」
夜高ミツル
「こ」
真城朔
「シーツ」
夜高ミツル
「これ……?」
真城朔
「よくな、い」
真城朔
「かも」
夜高ミツル
「え」
真城朔
「ぬれ、……っ」
夜高ミツル
「あ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「あ」
夜高ミツル
「ば、バスタオル……?」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツ……っ」
真城朔
問いかけに返答はなく、
夜高ミツル
頭がめちゃめちゃになっている。
真城朔
独りでに喉を逸らして、びくりと身体を波打たせる。
夜高ミツル
とりあえず処理できることからと、身体を起こす。
夜高ミツル
「タ、オル」
夜高ミツル
「とって、くる」
真城朔
「…………っ」
真城朔
シーツに頭を投げ出して、ぐったりと身体を弛緩させている。
真城朔
呼吸が荒い。
夜高ミツル
ベッドを抜け出て、スリッパも履かずぺたぺたと浴室に。
夜高ミツル
適当にバスタオルをひっつかんで戻ってくる。
夜高ミツル
なんだかよく分からなくなってきている。
真城朔
くた……
真城朔
布団の下の様子はわからないが、
夜高ミツル
「と、りあえずタオル持ってきたけど……」
真城朔
ミツルが離れた時とそっくりそのまま同じ姿勢でいる。
夜高ミツル
「拭く……?」
真城朔
「……ぇ」
夜高ミツル
「え?」
真城朔
「え?」
夜高ミツル
え?
真城朔
ぼや……
夜高ミツル
???
真城朔
「…………」
真城朔
ゆっくりと上体を起こして
真城朔
片腕で布団をはねのけ……
夜高ミツル
「シーツが……」
夜高ミツル
「濡れるかもって……」
真城朔
ズボンの中に差し入れていた手を抜くと、
真城朔
どろりとぬめった粘性の液体がその手をべたべたに汚して、
真城朔
指と指の間で糸を引いた。
真城朔
「…………」
真城朔
困ったようにミツルを見上げる。
夜高ミツル
とりあえずベッドの上に上がり……
真城朔
おろ……
夜高ミツル
ためらいがちに真城の手を取って、タオルで手を濡らす液体を拭う。
真城朔
「ん」
真城朔
「……っ」
真城朔
拭き取られていきます。
夜高ミツル
こうするために持ってきたんじゃない気がする。よく分からなくなっている(二度目)
夜高ミツル
手元にタオルがあって真城の手が濡れていたので拭いた。
真城朔
論理的行動
真城朔
「…………そこ」
夜高ミツル
「……ん?」
真城朔
ちょっと身体をずらし……
真城朔
先程真城の腰があったあたりを指差します。
真城朔
「そこ、に」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……あ、」
夜高ミツル
「え」
夜高ミツル
あ???
真城朔
「?」
真城朔
おろおろ……
夜高ミツル
ようやく、触るための準備としてタオルが必要とされていたことを理解した。
真城朔
どうしたんだろう……になっています。
夜高ミツル
測らずも自分で自分の退路を断ってしまった……。
真城朔
ミツルを見ています。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「……いや」
真城朔
「なら」
真城朔
「べつに……」
夜高ミツル
「いやというか……」
夜高ミツル
「俺が……」
夜高ミツル
「さわるだけで……」
夜高ミツル
「がまんできるかの………………」
真城朔
「…………」
真城朔
じ……
真城朔
手を伸ばす。
真城朔
ミツルからタオルを受け取ります。
夜高ミツル
受け取られる。
夜高ミツル
ぐるぐるしている間に。
真城朔
敷いている。
真城朔
自分が示した場所に自分で敷いて。
夜高ミツル
敷かれた……。
夜高ミツル
………………。
真城朔
その隣で膝立ちになって、室内着のズボンに手をやる。
夜高ミツル
最初のホテルでの一連の様々な出来事を思い出している。
真城朔
下着ごとずりさげて放り投げた。
真城朔
日に焼けていない白い脚と、今は女のかたちをしたそこが露わになる。
夜高ミツル
あの時はずっと耐えに耐えて……。
夜高ミツル
俺は……我慢ができる……!
真城朔
その脚と脚の間から内腿にかけて、
真城朔
半透明の液体が筋を作って伝い落ちていく様子もまた。
真城朔
それがシーツを汚す前にバスタオルに腰を下ろした。
夜高ミツル
「……っ、」
真城朔
ぺたんと座り込む。
夜高ミツル
その有様がひどく刺激的で。
夜高ミツル
さわるだけ。
真城朔
「……俺」
真城朔
迷うミツルに、こちらも迷いがちに声をかける。
真城朔
「ひとり、でも」
夜高ミツル
「……う、ん」
夜高ミツル
「え?」
真城朔
「べつに……」
真城朔
「できる……」
真城朔
「無理、なら」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
ぼそぼそ……
真城朔
ぽつぽつと語る間も膝をすり合わせている。
夜高ミツル
「……傷、は」
夜高ミツル
「痛み」
夜高ミツル
「大丈夫、か?」
真城朔
ミツルを見上げて、
真城朔
「こっちのほうが」
真城朔
また手を股の間に差し入れる。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
腹をくくる。
真城朔
「つらい……」
夜高ミツル
「……痛くなったらすぐ止める」
夜高ミツル
「さわるだけ」
真城朔
また粘ついた水音を立てて息を詰めた。
真城朔
ミツルを見る。
真城朔
「さわ」
真城朔
「さわって」
真城朔
「くれる……?」
夜高ミツル
「さわる、だけ」
夜高ミツル
「…………それ以上は絶対しない」
夜高ミツル
真城に向けてと言うよりは
真城朔
「…………」
夜高ミツル
自分に向けての宣言。
真城朔
じ……
夜高ミツル
おそるおそる、手を伸ばす。
真城朔
ちょっと緊張気味に肩を強張らせている。
夜高ミツル
敷かれたバスタオルの上に座り込む真城の肢体。
夜高ミツル
その脚と脚の間、
夜高ミツル
真城自身の手が伸びている箇所に
夜高ミツル
重ねるように自身の手も差し入れる。
真城朔
「……っひゃ」
真城朔
「あ、……ん」
真城朔
濡れた肉の感触。
真城朔
ミツルの手指を導くように撫ぜてから、自分の手を引く。
夜高ミツル
いつも触れているはずの真城の身体の、
真城朔
指先に熱とたっぷりの湿潤。
夜高ミツル
初めて触れる箇所。
夜高ミツル
濡れた感触に、息を詰める。
真城朔
濡れた熱い肉がひくひくと震えて汁を滴らせている。
真城朔
「み、……っ」
真城朔
「みつ」
真城朔
「あ」
真城朔
「もっと」
真城朔
「もっ、と、おく」
夜高ミツル
なおも惑うように、濡れた箇所の入り口に触れて、
真城朔
「おく、っ……」
真城朔
「は」
夜高ミツル
それだけでもくちくちと濡れた音が立って、
真城朔
「くぅ、――ぅ」
夜高ミツル
奥、と求める声に、
夜高ミツル
「……っ、」
真城朔
触れられる都度さらに蜜を滴らせてミツルの手を濡らす。
夜高ミツル
乞われた箇所に、指を進める。
真城朔
指は落ち着かない様子でバスタオルを握りしめては放している。
真城朔
ぞくぞくと背中が丸まっては跳ねて、
夜高ミツル
柔らかな粘膜と液体が、ミツルの指を包む。
真城朔
「あっ、あ、ひ」
夜高ミツル
濡れた肉を、指が擦る。
夜高ミツル
いつもとは違う感触。
真城朔
熱い肉のぬかるみがミツルの指を包み込んで、
真城朔
吸い上げる。
真城朔
しとどに滴る粘性の強い液体と、そうでない汁の両方が脚の間から落ちて
真城朔
バスタオルの色を換えていく。
真城朔
「み」
真城朔
「みつ、が」
夜高ミツル
「……おれ、が?」
真城朔
「みつ――っあ、は」
真城朔
「は、……あう、ぅ」
夜高ミツル
触れているだけで、身体の芯に火がついていくのがわかる。
夜高ミツル
熱の上がる度に、触れるだけ、ふれるだけ、と呪文のように頭の中で繰り返す。
真城朔
脚と脚が擦り寄せられて、
真城朔
内腿がミツルの腕を捕まえるように。
真城朔
「もっと」
真城朔
「もっと、もっと、……っ」
真城朔
「ぜんぶ」
夜高ミツル
知らないそこを探るように、指を動かす。
夜高ミツル
その動きに合わせて濡れた音が立つ。
真城朔
「もっと、ぉ――っあ」
真城朔
「ふ、ぅあ」
真城朔
「あっ」
夜高ミツル
もっと。もっと。
真城朔
「み、つ」
夜高ミツル
いや、もっとではなく…………。
真城朔
「みつ、が」
夜高ミツル
ふれるだけ…………。
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「さわっ、て、え」
夜高ミツル
「う、ん」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「真城……」
真城朔
「みつで」
真城朔
「みつで、いっぱ――あッ」
真城朔
「あっ、あ」
真城朔
「いっぱい」
真城朔
「みつ」
夜高ミツル
一際に声の上がった箇所を確かめるように擦る。
真城朔
「おれの」
真城朔
「おれの、な、か」
真城朔
「みつ、が――っ!!」
真城朔
全身が強張って、
真城朔
内側がきつく収縮する。
夜高ミツル
きゅうきゅうと指が締め付けられる。
真城朔
ミツルの指を締めつけながら、
真城朔
投げ出した脚が膝がびくびくと跳ねて、
夜高ミツル
ここは、ここだけは本当に
真城朔
とろりと濃い愛液がミツルの手をバスタオルを汚す。
夜高ミツル
初めてのホテルで風呂に入れたときにも触れなかった箇所で。
真城朔
「あ、……っ」
夜高ミツル
真城の身体の、ずっと知らなかった場所。
真城朔
「ぁんっ、あ」
夜高ミツル
触れたくなかったはずがない。
真城朔
「は」
真城朔
「みつ」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「みつ」
真城朔
「もっと」
真城朔
「もっ、……と」
夜高ミツル
「……怪我、は」
夜高ミツル
「痛くないか?」
真城朔
首を振る。
真城朔
「みつが」
真城朔
「みつ、が」
真城朔
「ぁん、っ……たり」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「たり、ない」
真城朔
「もっとが」
真城朔
「みつ」
真城朔
「み、つ」
夜高ミツル
「……さわる、だけ」
真城朔
「みつ、……っ」
夜高ミツル
「さわるだけ、だから」
真城朔
「みつ」
真城朔
真城の内腿がぐしゃぐしゃに濡れている。
夜高ミツル
自分にも真城にも言い聞かせるようにそう言って、
真城朔
背を丸めて耐えていたのがそれでは堪えられなくなって、
真城朔
不意にびくりと身を逸らして天井を仰いだ。
真城朔
荒い呼吸に胸が上下する。
夜高ミツル
腕を引く。
真城朔
「は」
真城朔
「はあっ、はあっ、……は」
夜高ミツル
引き抜いた指先が液体を纏って糸を引く。
真城朔
敷いたバスタオルは粗相の後のように色を換えている。
真城朔
どろどろべたべたの内腿。
真城朔
赤く潤んだ秘裂からは今も汁が滴っている。
夜高ミツル
「タオルもう一枚……」
夜高ミツル
「いや、シャワーした方がいいか……?」
真城朔
ぼんやりと瞼を上げてミツルを見る。
真城朔
その瞳もまた情欲に潤んでいる。
夜高ミツル
濡れた瞳に捉えられる。
真城朔
目尻から涙が滲んで伝い落ちて、
真城朔
濡れた太腿の上に落ちた。
夜高ミツル
しまったな、と今更に思う。
夜高ミツル
自分が我慢できるかもそうだけど、
夜高ミツル
真城に半端な状態で我慢させることを、もっと考えるべきだった。
真城朔
物欲しげに膝がすり合わされる。
真城朔
大きく長く、息を吐きながら、
夜高ミツル
それでもあの怪我を前にしては、
真城朔
背中を丸めて俯いて、
夜高ミツル
さわるだけ、これ以上のラインは越えられない。
真城朔
ぼんやりと膝を立てて腕に抱え込んだ。
真城朔
立膝に頬を預ける。
真城朔
体育座りの姿勢の奥で、
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
先程までミツルの指を受け入れていた場所が抑えきれずひくついている。
夜高ミツル
膝を抱え込む真城を、包むように抱きしめる。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……怪我」
夜高ミツル
「なおったら」
真城朔
ミツルの顔を見る。
夜高ミツル
「いっぱい、しよう」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
真城を抱え込んで、ぼそぼそと告げる。
真城朔
ぼんやりとそのミツルの顔を眺めて、
真城朔
そして不意に顔を寄せた。
真城朔
唇が重なる。
夜高ミツル
柔らかな唇が触れる。
真城朔
高い熱。
真城朔
ついばむようなそれから、
真城朔
ためらいがちに舌がミツルの唇を舐めた。
夜高ミツル
ミツルもまた躊躇うように、
夜高ミツル
薄く唇を開く。
真城朔
それを受け入れられたものと舌が唇の間に入り込む。
夜高ミツル
受け入れた舌に、舌先で触れる。
真城朔
舌先と舌先が触れ合う。
夜高ミツル
熱の上がった身体の、口腔内はなお暖かい。
真城朔
温度の高い濡れた肉の塊が戯れのようにつつき会った末、
真城朔
ミツルの舌を迎え入れる。
夜高ミツル
濡れた音が立つ。
真城朔
熱い口内から唾液が溢れてミツルの舌を浸す。
夜高ミツル
舌と舌を擦り合わせ、唾液を交わしあう。
真城朔
身体を重ねる代わりとばかりに熱心に貪って、
真城朔
濡れた舌を吸い上げて口蓋で触れ、
真城朔
自分の舌ごと甘く噛む。
夜高ミツル
びりびりと、甘い痺れが広がる。
夜高ミツル
唇を重ねて、舌を絡ませて、
夜高ミツル
それだけのことがこんなに気持ちいい。
真城朔
けれどそれに飽くことはなく、
真城朔
いつしか真城の腕がミツルの背中に回っていた。
真城朔
傷を忘れたように身体を密着させて、
夜高ミツル
互いの身体に腕を回して、身を寄せ合う。
真城朔
寄り添う二つの熱と熱。
夜高ミツル
あたたかい。
真城朔
ここちがいい。
夜高ミツル
暖房が効いているとはいえ暑く感じるほどに、互いに熱を上げて触れ合う。
夜高ミツル
肌を重ねる。
真城朔
肉を合わせる。
真城朔
いつもより柔らかく形を変える肉を、ミツルの身体に預けている。
真城朔
委ねている。
夜高ミツル
柔らかな肢体を受け止める。
夜高ミツル
触れ合っている。
真城朔
ふたり、ともにいる。
夜高ミツル
もっと、を求める気持ちは当然ミツルの中にもあるけれど。
夜高ミツル
ともにいて、寄り添っている。
夜高ミツル
それで、それだけで。
夜高ミツル
それが十二分に幸せで、確かに満たされるものがあった。