2021/02/26 満月の一日前

真城朔
いつものリビングの真ん中。
夜高ミツル
二人で黙々と狩りの準備をしていく。
真城朔
手袋をはめた手で杭を磨いている。
真城朔
鈍く光る銀の杭。
夜高ミツル
武器を検めて、消耗品も揃っているか確認して。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
医療キットの消毒液の残りだとか……
真城朔
地味に減ってたりするから……
夜高ミツル
包帯が残り短くなってないかとか……
真城朔
真城本人の武装はむしろシンプルなのでどちらかというとミツルのための物が多い。
夜高ミツル
八崎にいた頃からしていることだから、それなりに慣れた作業のはずなのだが……
真城朔
最悪身一つで狩りができる生き物
夜高ミツル
ミツルの方の手の動きがなんだか鈍い。
真城朔
それに気づいているのかいないのか、
夜高ミツル
ちら、と真城の様子を窺う。
真城朔
磨いた杭を一つ一つベルトのホルスターに収めていく。
真城朔
太腿用のと腰用のと……
真城朔
いつも通り。
真城朔
淡々とやっている。
夜高ミツル
ミツルと違って、淀みない仕草。
真城朔
こればかりは経験の差が、
真城朔
何よりも狩りへの姿勢の差が大きい。
夜高ミツル
「……」
真城朔
そういうもの、そうするものとして受け入れている。
真城朔
当たり前の日常としての心構えができている。
真城朔
少なくとも、そのように振る舞っている。
夜高ミツル
のろのろと動いていた手が、やがて止まる。
夜高ミツル
「……なぁ」
真城朔
杭を全てホルスターに収め、それをまとめてカバーで覆い……
真城朔
「?」
真城朔
声をかけられてミツルを振り向いた。
真城朔
「なにか」
真城朔
「足りない?」
夜高ミツル
「いや……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
首をかしげる。
夜高ミツル
「……明日」
夜高ミツル
「行くの、やめにしないか……?」
真城朔
目を瞬いた。
真城朔
ミツルの顔を見る。
真城朔
瞳に当惑の色。
真城朔
「……体調」
真城朔
「悪い……?」
真城朔
「なら」
真城朔
「俺」
夜高ミツル
「いや、そういうわけじゃ」
真城朔
「一人でも」
夜高ミツル
「そうじゃなくて……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城を」
夜高ミツル
「行かせたく」
夜高ミツル
「ない……」
真城朔
「…………」
真城朔
手が止まった。
真城朔
縋るように武装用のベルトを指先が掴む。
夜高ミツル
「……先月、あんな大怪我したばっかりで……」
真城朔
「あ」
真城朔
「れは」
真城朔
「すぐ、治った」
真城朔
「し」
夜高ミツル
「その上、あんな」
夜高ミツル
「襲われ、て……」
真城朔
「大した怪我じゃ……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「大した怪我じゃないことないだろ……」
真城朔
「すぐ治った……」
真城朔
「…………」
真城朔
「大した怪我じゃないし」
夜高ミツル
「もしもっと深かったら……」
真城朔
「大変なこと」
真城朔
「でも」
真城朔
ベルトを引き寄せる。
真城朔
武器の触れ合う固い金属音が響いた。
真城朔
「ない、し」
夜高ミツル
「……今月くらい、休んだって」
夜高ミツル
「いいだろ……」
真城朔
「…………」
真城朔
「理由が」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「……行かせたくない」
夜高ミツル
駄々をこねているだけだと、自分でも分かっている。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
そもそも狩りに行かないでほしいと散々言われてきたのは自分の方で。
夜高ミツル
その度にそれを突っぱねてきた。
夜高ミツル
無理矢理にでもついていくと。
夜高ミツル
そう言ってきたのはミツルの方で、だからこの要求を通す正しい理屈はない。
夜高ミツル
ただの感情、ただのワガママだ。
夜高ミツル
「……行ってほしく、ない」
真城朔
「それは」
真城朔
「これから、先」
真城朔
「ずっと……?」
真城朔
探るような視線。
夜高ミツル
「……行かないで、くれるなら」
夜高ミツル
「そうしてほしいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「………………」
真城朔
ミツルを見つめる瞳から、涙が落ちる。
夜高ミツル
「……え」
夜高ミツル
「あ」
夜高ミツル
「真城……?」
真城朔
「……ミツに」
真城朔
「嫌な、思い」
真城朔
「させる……」
真城朔
視線を落とした。
夜高ミツル
「……いや」
夜高ミツル
「嫌、ではあるんだけど」
夜高ミツル
「嫌な思いっていうか、その」
夜高ミツル
「心配、だし」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こう、だから」
真城朔
「…………」
真城朔
「……こんな……」
真城朔
手の甲で頬を拭っても涙はやまず、
真城朔
俯いては肩を落とす。
真城朔
「もっと」
真城朔
「もっと、普通、なら」
夜高ミツル
俯いた真城に腕を伸ばす。
夜高ミツル
身体を寄せて、腕を背中に回す。
真城朔
抱き込まれる。
真城朔
その間もぽろぽろと涙を落としている。
夜高ミツル
「……ごめん」
夜高ミツル
「急に、困らせるようなこと言って……」
真城朔
「ちがう」
真城朔
「俺が」
真城朔
「俺が……」
真城朔
言い募る声が、尻すぼみに掠れていく。
夜高ミツル
「……真城のせいじゃない」
真城朔
首を振る。
夜高ミツル
「狩りを続けることになるだろうって、分かってて一緒にいるのは俺で」
夜高ミツル
「それで、二人で行こうって決めたのに……」
真城朔
「そうなってるのは」
真城朔
「俺が、こんなだから」
真城朔
「で」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「嫌な思い」
真城朔
「させる必要」
真城朔
「ない」
真城朔
「のに」
真城朔
「……ないのに……」
夜高ミツル
「……続けるって、覚悟してた、から」
夜高ミツル
してたから、大丈夫。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
の、つもりだったのに。
真城朔
ミツルの腕の中で泣いている。
夜高ミツル
震える身体を抱きしめている。
真城朔
薄い背中を丸め、細い肩を震わして、
真城朔
ほろほろと涙を落としている。
真城朔
「……そんな」
真城朔
「覚悟、だって」
真城朔
「ほんとうは……」
夜高ミツル
「俺がそうしたくて」
夜高ミツル
「真城と一緒にいたくて」
夜高ミツル
「一人で行かせたくなかったから」
夜高ミツル
「だから」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの胸に顔を埋めている。
夜高ミツル
「……嫌な思いって言うなら」
夜高ミツル
「俺だって、真城にさせてる……」
真城朔
「……?」
真城朔
僅かに顔を上げた。
夜高ミツル
「俺が狩りに行くの嫌がるだろ……」
真城朔
「……でも」
真城朔
「それだって、全部」
真城朔
「俺のせい」
真城朔
「だし」
真城朔
「全部」
真城朔
「俺が、悪くて」
真城朔
「悪いから……」
夜高ミツル
「決めたのは、俺だ」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺なんかが」
真城朔
「ミツ、と」
真城朔
「かかわった」
真城朔
「から……」
真城朔
消え入るような声。
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「真城と会えてよかったよ」
真城朔
「…………」
真城朔
泣いている。
夜高ミツル
「今、こうして一緒にいられてうれしくて」
夜高ミツル
「……だから、狩りに行かせるのが怖い」
真城朔
涙に濡れた瞳がミツルを見る。
夜高ミツル
「……ワガママだよな」
夜高ミツル
「狩りに行かないでほしいって言われてきたのは俺の方で」
夜高ミツル
「ずっとそうしなかったのに」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「今更こんなこと言って……」
真城朔
「わがままなのは」
真城朔
「俺で……」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こうしてる、こと」
真城朔
「自体……」
夜高ミツル
「真城は悪くない……」
真城朔
首を振る。
夜高ミツル
「隣にいてほしがったのは俺の方で」
夜高ミツル
「そのために必要なら、狩りだって」
夜高ミツル
「ちゃんと……」
真城朔
「でも」
真城朔
「ミツは、それが」
真城朔
「嫌で……」
真城朔
「嫌なこと……」
夜高ミツル
「……あの怪我が」
夜高ミツル
「もし、もっと深かったら、とか」
夜高ミツル
「そう、思うと」
夜高ミツル
「……怖く、なって」
真城朔
「そんな想い、だって」
真城朔
「ミツは」
夜高ミツル
フォゲットミーノットが残した血戒。
真城朔
「する必要……」
夜高ミツル
真城を死なせないための血戒。
夜高ミツル
それはもうない。
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ、も」
真城朔
「怪我」
真城朔
「するし」
真城朔
「もっと、するかも」
真城朔
「なのに……」
夜高ミツル
「……俺は、別に」
夜高ミツル
「真城といるためなら、」
夜高ミツル
「それは」
夜高ミツル
「いい、し……」
真城朔
「必要」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「……俺は、俺が必要だと思ったことをやってる」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城にやめてほしいって言われてもやってるんだから」
夜高ミツル
「俺の勝手、で」
真城朔
「でも……」
夜高ミツル
「なのに、俺だけワガママ通そうとした……」
夜高ミツル
「だから、ごめん」
真城朔
「……わがまま」
真城朔
「じゃ」
真城朔
「ない……」
真城朔
ミツルの胸に顔を寄せて、
真城朔
そうすると涙がその胸元を濡らす。
真城朔
「……俺の、せいで」
真城朔
「ミツが……」
夜高ミツル
「……真城のせいじゃないよ」
夜高ミツル
寄せられた真城の熱と、涙で胸元が濡れる感触。
夜高ミツル
それを感じながら言葉を続ける。
真城朔
「俺といるから……」
夜高ミツル
「俺がいたいからだよ」
真城朔
「……俺が」
真城朔
「こんな風だから」
夜高ミツル
「それでも、一緒にいるって決めたのは俺だ」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「やな思い、は」
真城朔
「させたく」
真城朔
「ない……」
真城朔
のに、と肩を落とす。
夜高ミツル
丸くなっている背中を撫でる。
夜高ミツル
「真城と一緒にいるためなら、俺は」
夜高ミツル
「できることなんでもするし」
夜高ミツル
「そのなんでもの中に狩りも入ってて」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城が、怪我したり危なかったりは」
夜高ミツル
「嫌、だけど」
夜高ミツル
「それは真城も同じだろうし……」
真城朔
小さく頷いた。
夜高ミツル
「俺も、真城に嫌な思いさせたくないのに」
夜高ミツル
「そう、してる」
真城朔
「でも」
真城朔
「狩り、したがってるのは」
真城朔
「俺の方で……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「でも、それも」
夜高ミツル
「真城はそうするだろうって、プルサティラに聞かされてたから」
夜高ミツル
「分かってたことで……」
真城朔
「わかってても……」
真城朔
「俺のわがままなのは……」
真城朔
変わらないし、とぼそぼそと口の中で。
夜高ミツル
「……それが、真城が生きていくのに必要ならって」
夜高ミツル
「言ったのは、俺の方だ」
真城朔
「ふつうのひとは」
真城朔
「そんなの、いらない……」
夜高ミツル
「俺がいたいのは真城だ」
夜高ミツル
「他の人は関係ない」
真城朔
「でも……」
真城朔
でも、のそのあとを続けられずに
真城朔
目端に涙をにじませている。
夜高ミツル
「だから、今ワガママ言ってるのは俺の方で」
夜高ミツル
「ごめん」
夜高ミツル
「困らせた」
真城朔
すぐに首を振る。
真城朔
「困らせてる、のは」
真城朔
「俺が……」
真城朔
「いつも……」
真城朔
「面倒、ばっかり」
真城朔
「で」
真城朔
「だから」
夜高ミツル
「面倒とか思ってないし」
夜高ミツル
「真城が思ってることを話してくれるのは嬉しい」
真城朔
「めんどう……」
真城朔
控えめに主張してくる。
夜高ミツル
してくるな~
夜高ミツル
「いいんだって」
真城朔
ぐすぐす……
夜高ミツル
「どんなでも、俺は真城が好きだし」
夜高ミツル
「一緒にいたいし」
夜高ミツル
「俺にできることがしたい」
真城朔
「…………」
真城朔
「狩り……」
真城朔
ぼそぼそ……
夜高ミツル
「……狩りも」
真城朔
「しないでいて」
真城朔
「くれることは……」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……狩りも、行く」
真城朔
しゅん……
夜高ミツル
「だから、明日もちゃんと」
夜高ミツル
「行くから」
真城朔
「…………」
真城朔
「ん……」
真城朔
渋々頷いた。
真城朔
渋々頷いて……
真城朔
抱きしめられたまま、テーブルの上に並べられた医療キットに手を伸ばす。
真城朔
中身の点検を再開……
夜高ミツル
この状態で……?
真城朔
この状態で……
夜高ミツル
「……」
真城朔
まだ涙を滲ませているが……
夜高ミツル
「……中身」
夜高ミツル
「揃っ、てる?」
真城朔
「んー……」
真城朔
「ガーゼ」
真城朔
「ちょっと補充……」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
頷く。
夜高ミツル
一度真城から離れて、消耗品のストックに手を伸ばす。
真城朔
色々揃えてポーチに細々とした品を戻している……
夜高ミツル
箱を自分の方に寄せて、中からガーゼを取り出して。
夜高ミツル
真城の隣に戻り、それを差し出す。
真城朔
「ありがとう」
真城朔
受け取って透明な袋に入れて……
真城朔
まとめてポーチに戻して医療キット完成。
夜高ミツル
できてる。
真城朔
一式揃いました。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「?」
真城朔
できた……になっていたところからミツルに視線を戻す。
夜高ミツル
「……もう、さっきみたいなこと」
夜高ミツル
「言わないようにする、けど」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……治るから、で」
夜高ミツル
「あんまり無茶するなよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「……気を」
真城朔
「つける……」
真城朔
とぼとぼとお返事。
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「そうしてくれると、嬉しい」
夜高ミツル
真城の目尻に滲んだままの涙を拭う。
真城朔
ぬぐわれ……
真城朔
目尻を赤くして頷いてから、
真城朔
身を乗り出して、
真城朔
ミツルの唇に唇を重ねた。
夜高ミツル
ミツルからも顔を寄せて、受け入れる。
真城朔
重ねるだけのそれをすぐに離して、
真城朔
ミツルの顔を見る。
真城朔
「……ちゃんと」
真城朔
「一緒に帰る」
真城朔
「から……」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「一緒に」
夜高ミツル
「できれば、怪我しないで」
夜高ミツル
「だな」
真城朔
頷く。
真城朔
「がんばる……」
夜高ミツル
「俺も」
夜高ミツル
「……一緒に、がんばろうな」