2021/02/28 早朝

真城朔
早朝とはいえ夜はまだ深く、
真城朔
降り積もる雪に厳しい冷えが全身を苛むようだった。
真城朔
真城はまたも曙光騎士団から拝借したコートを着込んでいる。
夜高ミツル
並んで白い息を吐きながら、二人の部屋へと帰る。
真城朔
吐く息の白く立ち昇るその先に、ミツルの顔色を窺っている。
真城朔
二人の部屋は予めセットしていた暖房が効き始めた頃だった。
真城朔
想定より相当に早く狩りを終わらせることができていた。
夜高ミツル
ミツルは狩りを終えてからもずっと浮かない表情をしている。
真城朔
玄関に敷き詰めておいたブルーシートの上で、トレンチコートを脱ぐ。
真城朔
下に着込んだコートの前面が返り血で汚れている。
夜高ミツル
問題は背中の方。
夜高ミツル
コートは裂かれ、返り血ではない真城の血に染まっている。
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの顔を見る。
真城朔
「そんな」
真城朔
「大した怪我じゃ……」
夜高ミツル
「大した怪我だろ……」
真城朔
「すぐ治る……」
真城朔
「普通に動ける」
夜高ミツル
「治るっつっても」
夜高ミツル
「痛いだろ……」
真城朔
ほら、とその場で軽く跳ねてみせる。
夜高ミツル
「えっ」
真城朔
「えっ」
夜高ミツル
「いや、いいから、」
真城朔
止まった。
夜高ミツル
ほっ……
夜高ミツル
「安静に……」
真城朔
「ミツも」
真城朔
「怪我、あるにはあるし……」
真城朔
ちらりとミツルの全身を見回す。
夜高ミツル
「俺のは、別に、そんな……」
真城朔
「してる……」
夜高ミツル
擦り傷に切り傷。
夜高ミツル
いずれもひどく軽い怪我だ。
夜高ミツル
「……真城が」
夜高ミツル
「助けて、くれたから……」
夜高ミツル
「俺は」
夜高ミツル
「そんな……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
だんだんと語気が弱まっていく。
真城朔
小さく微笑んだ。
真城朔
「よかった」
真城朔
「手当て、して」
真城朔
「休も」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「うん……」
真城朔
ミツルの服の袖を掴んで、風呂場へと向かう。
真城朔
背中に吸血鬼の爪の傷痕。
真城朔
ミツルを庇って受けた傷。
夜高ミツル
袖を引かれていると、嫌でもそれがよく目に入る。
真城朔
先月のものと違って、出血は既に止まっているようだが。
真城朔
だから借りたトレンチコートの内側もそれほど汚れてはいなかった。
真城朔
部屋に戻るまでの間に血痕を残す心配もほとんどなかった。
夜高ミツル
ミツルを庇って吸血鬼の攻撃を受けた真城の姿。
真城朔
だから、大丈夫だと真城は主張する。
夜高ミツル
それは、あの5月の夜を思い出させた。
真城朔
飛び出して、ミツルを抱き込むような形で一撃を受けて、
夜高ミツル
あれから一年近くが経って、もう真城に余計な傷を負わせることもなくなったつもりだったのに。
真城朔
あの時のようにそのまま戦う。
真城朔
氷点下に凍える手足に血を巡らせながら、なおも吸血鬼に相対する。
真城朔
慣れた様子で。
真城朔
いつものように。
真城朔
浴室に入るより前に足を止めて、ミツルを見る。
真城朔
「先」
真城朔
「入る?」
夜高ミツル
遅れてミツルの足が止まる。
夜高ミツル
「……いや」
夜高ミツル
「真城から」
真城朔
「寒いし……」
夜高ミツル
「暖房効いてきてるし、大丈夫」
真城朔
「……ん」
夜高ミツル
「……服、一人で大丈夫そうか?」
真城朔
「……んー」
真城朔
背中に手を伸ばし……
真城朔
ぺたぺた
真城朔
「……切れる?」
真城朔
どうせだめになっちゃったし……
夜高ミツル
「切るか……」
真城朔
こくこく……
真城朔
ミツルに背中を向ける。
夜高ミツル
早足で玄関に戻り、放っておいた武装からナイフを一本抜いて
夜高ミツル
すぐに戻ってくる。
真城朔
ぼんやり待っている。
真城朔
ぼや……
夜高ミツル
「じゃあ……」
真城朔
「ん」
真城朔
「おねがい」
夜高ミツル
「ん……」
夜高ミツル
服の裾にナイフを当てる。
真城朔
服の前を開けています。
真城朔
固まった血がちょっとじゃま……
真城朔
開けたところでまた身体を止めた。
夜高ミツル
真城が動いている間は一旦刃を引いて……
夜高ミツル
止まったのでまた切っていく。
真城朔
待っている間に開けておくべきだった。
真城朔
ぼんやりしていた。
真城朔
改めてぼんやり切られています。
夜高ミツル
ぼんやりだね……
真城朔
出血は止まっているが流れた血の量は多い。
夜高ミツル
その血で固まった服を、慎重に裂いていく。
夜高ミツル
ギコギコ……
真城朔
「たぶん」
真城朔
「背中を開いてもらえれば」
真城朔
「あとは……」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「背中の開き……」
真城朔
何?
夜高ミツル
「?」
夜高ミツル
よく分からなかった。
真城朔
本人もよく分かっていない
夜高ミツル
疲れてるからね……
真城朔
血で固まったトップスを裂いた下、
真城朔
白い素肌にはやはり吸血鬼の爪の跡。
真城朔
肉を深く切り裂くというほどではなく、
夜高ミツル
顕になったそれに眉根を寄せる。
真城朔
表面を軽くかすめた程度で、真城が普通の人間だったとしても致命傷には程遠い。
真城朔
ミツルが受けても戦いを続けはしただろう。
夜高ミツル
先月よりも、連想した5月の狩りよりも、よほど軽い傷ではある。
夜高ミツル
だけど、軽くても真城が自分を庇って受けた傷だ。
真城朔
ぱらぱらと血で固まった服の繊維が落ちている。
夜高ミツル
傷を見て沈み込みながらも、手は動いていく。
夜高ミツル
二度目なので、先月よりは手際よく。
真城朔
任せています。
真城朔
無防備に背中を向けて、
真城朔
ミツルに全てを委ねて、
真城朔
真城はぼんやりと視線を彷徨わせている。
夜高ミツル
預けられた背中にこれ以上傷を増やさないよう慎重に。
夜高ミツル
程なくして、血で固まったインナーが縦に裂かれる。
真城朔
「ん」
真城朔
裂かれた服をまとめて脱いでいく。
真城朔
端っこに用意していたゴミ袋を引き寄せて……
真城朔
よいしょ。
真城朔
放り込みました。
夜高ミツル
刃についた繊維を手で払う。
真城朔
ボトムは……
真城朔
だいぶ血で汚れてる……
真城朔
上半身裸のままどうしようの視線をミツルに向けました。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「ああー……」
夜高ミツル
結構血まみれ……
真城朔
「洗えば……」
真城朔
着れないこともないが……
夜高ミツル
「いいよ」
夜高ミツル
「捨てよう」
真城朔
「ん」
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
狩りに着ていく時点で捨てるの前提みたいなとこあるし……。
夜高ミツル
捨てずに済んだらラッキー。
真城朔
ラッキーではない回だった。
真城朔
ズボンを脱いで捨てちゃいます。
真城朔
パンツは大丈夫……
真城朔
脱衣かごにIN。
真城朔
浴室の扉に手をかける。
夜高ミツル
それを見送る。
真城朔
背中の傷が白い肌にどうしても目立っていた。
真城朔
扉が閉まる。
夜高ミツル
「……」
真城朔
すぐにシャワーの音。
真城朔
湯気が立ち、磨りガラスが曇っていく。
夜高ミツル
玄関に戻って、真城が借りた……実質もらってきたトレンチコートなんかをゴミ袋に放り込む。
真城朔
武装のベルトなども玄関に転がっていた。
真城朔
それらもまた血に汚れている。
真城朔
いっぱい刺しました。
夜高ミツル
自分のコートも返り血で汚れたり裂けていたり……
夜高ミツル
こちらもゴミ袋へ。
夜高ミツル
真城のベルトを手に取って、杭をそこから外していく。
夜高ミツル
汚れているものといないもので分け……。
真城朔
磨かないとやばそうなやつと軽く拭けばよさそうなやつ
夜高ミツル
ミツルのナイフも同様に。
夜高ミツル
ミツルの方はナイフは主武装ではないので、使ったのは数本だけ。
夜高ミツル
仕分けが済むと立ち上がり、洗面所へ。
夜高ミツル
洗面器にお湯を汲んで、タオルを取って戻ってくる。
真城朔
そこで扉の開く音がした。
真城朔
前より早い。
夜高ミツル
杭を磨こうとしていた手が止まる。
真城朔
ほかほかの真城が顔を出す。
真城朔
ルームウェアを着込んでタオルをかぶり……
夜高ミツル
ほかほかだ
真城朔
手早くとはいえシャワーを浴びたのでほかほか。
真城朔
「お風呂」
真城朔
「あいた……」
夜高ミツル
「ん……」
真城朔
ゆびさし……
夜高ミツル
杭とタオルを置いて立ち上がる。
真城朔
ミツルと入れ違いに杭の前に座る。
夜高ミツル
「……冷えるぞ」
真城朔
顔を上げた。
真城朔
ミツルを見上げる。
夜高ミツル
「あとで俺がやるからいいよ」
真城朔
「でも……」
真城朔
とりあえずでもっていう
夜高ミツル
「いいから」
真城朔
ぺたんと座ってます。
夜高ミツル
「怪我してんだし……」
真城朔
「冷えても」
真城朔
「困らないし……」
真城朔
「風邪だいじょうぶだし」
真城朔
主張……
夜高ミツル
「困らなくても」
夜高ミツル
「寒いのはよくないだろ」
真城朔
「そんなさむくない……」
夜高ミツル
「いいから」
夜高ミツル
とはいえ怪我人を強引に立たせることもできず……
真城朔
座っています。
真城朔
タオルを取ってお湯に浸す。
真城朔
ちゃっちゃと作業を始めちゃうぞ。
夜高ミツル
始められてしまった……
真城朔
タオル越しに杭を握って……
夜高ミツル
「……すぐ上がってくるから」
真城朔
「……ん」
真城朔
手を動かしながら頷く。
真城朔
ちゃぷちゃぷ ごしごし
真城朔
ふきふき……
夜高ミツル
頷いたのを見て、浴室に向かう。
真城朔
見送ります。
夜高ミツル
さっさと服を脱いで、血に汚れたものはゴミ袋へ。
夜高ミツル
そうでないものは洗濯機へ。
夜高ミツル
洗濯機を回して、さっさと浴室に入る。
真城朔
ごうんごうんごうん……
夜高ミツル
真城が使ったばかりの浴室はまだあたたかい。
真城朔
血の匂いがかすかに残っている。
夜高ミツル
だけどそれも先月ほどではない。
夜高ミツル
もくもくとシャワーを浴びる。
夜高ミツル
汚れをお湯で洗い流しながら、あらためて自分の身体の傷を確認する。
夜高ミツル
擦り傷に切り傷。いずれも浅い。
夜高ミツル
真城が庇ってくれたから、こうして大きな怪我もなく自分の足で立っている。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
気がつけば、シャワーに打たれながらぼんやりと立ち尽くしてしまっていた。
夜高ミツル
さっさと上がるんだった。
夜高ミツル
頭、身体と手早く洗っていき、シャワーで流す。
夜高ミツル
浴室を出る。
夜高ミツル
揃いのルームウェアを着込んで、真城のところへ。
真城朔
やってます。
真城朔
上気していた頬が落ち着いている。
真城朔
杭の大方を磨き終えている。
夜高ミツル
やっている隣に腰を下ろす。
夜高ミツル
「……お待たせ」
真城朔
「ん」
真城朔
頷く。
夜高ミツル
血に汚れた杭の一本に手を伸ばす。
真城朔
ミツルに杭を任せてベルトの方を取った。
夜高ミツル
お湯とタオルで、杭にまとわりついた血を落としていく。
真城朔
いつものように淡々とやる。
真城朔
淡々と……
夜高ミツル
もくもく……
真城朔
目の前の作業をこなしていくのが得意な二人。
真城朔
途中洗面器のお湯を変えたりなんだり……
夜高ミツル
成果が目に見える作業が好き。
真城朔
やったぶんがちゃんと進んでいるな~。
真城朔
そんな感じでちゃくちゃくとやって、
真城朔
武器の後片付けが終わりました。
夜高ミツル
ぴかー
夜高ミツル
きれい
真城朔
きれいになった。
真城朔
あくびを噛み殺している。
夜高ミツル
最後に洗面器を洗って置いて……
夜高ミツル
「寝る……前に」
夜高ミツル
「血」
真城朔
「?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「いるだろ」
真城朔
もにゅ……
真城朔
どんな感情?
真城朔
そんな感情だが……
夜高ミツル
この話する時いつも気が進まなそうだな……
真城朔
たいへん気が進まない……
夜高ミツル
「……俺は怪我してなくて」
夜高ミツル
「真城は怪我してるから」
夜高ミツル
「だから」
真城朔
「ミツも怪我は……」
真城朔
あるし……みたいなことを言いながら
真城朔
もごもごとベッドの方に。
夜高ミツル
「いや、まあしてるっちゃしてるけど……」
夜高ミツル
「ほんとにかすり傷だからいいんだよ」
真城朔
「とりあえず」
真城朔
「とりあえず、寝て」
真城朔
「それで……」
真城朔
ごまかし……
真城朔
先送り
夜高ミツル
「寝る前に」
夜高ミツル
断固
真城朔
「…………」
真城朔
断固されてしまった。
真城朔
しょぼしょぼとベッドに腰を下ろす。
真城朔
ベッドサイドにはいつも吸血後の止血セットがある。
真城朔
ベッドサイドというか ベッド近くの戸棚というか……
夜高ミツル
それを取り出して並べて。
真城朔
じゅんびをされている……
夜高ミツル
てきぱき
真城朔
みたいな顔をしています。
真城朔
ベッドに座り込んだまましょぼしょぼとミツルの様子を見ている。
夜高ミツル
準備を整えて、ベッドに上がって真城の隣へ。
真城朔
「…………」
真城朔
ちょっと身を引いた。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「う」
夜高ミツル
引かれた分の距離を詰める。
真城朔
詰められてしまった……。
夜高ミツル
「いいから」
真城朔
「うう」
夜高ミツル
「ほら」
真城朔
「…………」
真城朔
膝の上で指を組んだり握ったりしている。
夜高ミツル
膝の上に置かれた真城の手を取る。
真城朔
手を取られて、
真城朔
反射的に握り返してしまう。
夜高ミツル
握り返されたその手を、
夜高ミツル
ミツルの肩に置かせるように誘導する。
真城朔
ミツルの肩に腕が置かれ。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
ミツルの肩に手をもたせた姿勢のまま視線を彷徨わせ。
夜高ミツル
「はやく治ってほしいんだ」
真城朔
「う」
真城朔
「なおって……」
真城朔
「ふさがって」
真城朔
「えと」
真城朔
「血」
真城朔
「とまってる」
真城朔
「し」
夜高ミツル
「治ってない」
真城朔
「ほっといても……」
夜高ミツル
「飲んだ方が治りがはやいだろ」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「傷」
真城朔
「作っちゃう、し……」
夜高ミツル
「いいんだって」
真城朔
「俺、は」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……真城が俺を庇ってくれた分怪我した」
夜高ミツル
「俺だって、真城の怪我が治るならこれくらいいいんだ」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「頼むよ……」
真城朔
「…………」
真城朔
気まずそうに視線を彷徨わせてから、
真城朔
ゆっくりと、ミツルの方へと身を寄せる。
真城朔
正面から。
夜高ミツル
寄せられた身体を受け止める。
真城朔
肩に添えた指に力を込めて縋りつくように、
真城朔
その首筋に顔を埋め、
真城朔
唇を這わす。
真城朔
清められた首筋に舌が触れる。
夜高ミツル
くすぐったさに小さく身じろぐ。
真城朔
舌が触れて、皮膚を濡らして、
夜高ミツル
いつものように背中に腕を回さず
夜高ミツル
傷を避けて、腰の辺りへ。
真城朔
躊躇うように固い牙が当たる。
真城朔
やわやわと甘噛みを繰り返してから、
夜高ミツル
慣れてきたとはいえ、それが皮膚を突き破る直前はいつもなんともいえない緊張感がある。
真城朔
いつものように。
真城朔
牙が皮膚に食い込んで、突き破った。
真城朔
きっとそれは真城も同じで、
真城朔
だからその都度こんなにも惑う。
夜高ミツル
慣れた痛み。
真城朔
真城の牙がミツルの首筋に食いついている。
真城朔
固い牙と、同時に触れる唇の柔らかさ。
真城朔
熱。
夜高ミツル
吸血の邪魔にならないように、意識して身体の力を抜く。
真城朔
溢れる血を啜る舌のぬるついた熱さ。
真城朔
尖らせた唇が皮膚を吸い上げて、
夜高ミツル
与えられる痛みを、それを塗りつぶす心地よさを、受け止める。
真城朔
血を呑んで真城の喉が鳴る。
真城朔
身を預けられている。
真城朔
ひとかたまりの熱がミツルに添うている。
夜高ミツル
玄関先での作業で少し冷えた身体が、寄り添って熱を上げていく。
夜高ミツル
命の熱がある。
真城朔
その中で今一番に熱い粘膜が、ミツルの傷に触れている。
真城朔
牙が傷を作り、唇が傷から溢れた血を啜り。
真城朔
脈動する命を共有するように。
夜高ミツル
その都度に、熱のこもる吐息が漏れる。
真城朔
心臓の音。
真城朔
薄い胸が触れている。
真城朔
血混じりの唾液がミツルの皮膚を濡らし、
真城朔
突き出した舌がそれを舐め取って、
真城朔
唇の先で吸い上げる。
夜高ミツル
心臓の脈打つリズムが早くなっていく。
真城朔
埋められた顔、
夜高ミツル
熱い。
真城朔
牙を突き立てる唇から漏れる吐息もまた。
真城朔
ミツルと同じに。
夜高ミツル
血を吸われて、熱を失っていってるはずなのに。
真城朔
鼓動は高まる。
夜高ミツル
身体は火照って、薄く汗が滲む。
夜高ミツル
重なって、寄り添いあう箇所はなおさらに。
真城朔
求め合うように、身体がなお密着する。
真城朔
ミツルの背中に回った腕に力が籠もる。
夜高ミツル
真城の腰に回した腕にも。
夜高ミツル
傷に響かないように、いつもよりは控えめに。
真城朔
ほとんどしがみつくような形でミツルに縋り、
真城朔
唇が皮膚を撫ぜ、
真城朔
溢れた血を吸い上げて啜って、
真城朔
それが最後にひときわ強く。
夜高ミツル
「……っ、」
真城朔
キスマークを残すような強い吸引を最後に、
真城朔
真城の唇が離れ、
真城朔
熱い息が濡れた肌にかかる。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
それに身を震わせて、
真城朔
唾液に濡れた唇を、
夜高ミツル
上がった息の整わないまま、真城を見る。
真城朔
赤い舌がぺろりと舐めた。
真城朔
視線が合う。
夜高ミツル
「……も、う」
夜高ミツル
「大丈夫そう、か?」
真城朔
「……ん」
真城朔
控えめに頷く。
真城朔
「大丈夫……」
夜高ミツル
深い呼吸で、少しずつ息を落ち着かせていく。
夜高ミツル
「ん……」
真城朔
止血セットを取る。
真城朔
消毒液を脱脂綿に吸わせて、
真城朔
ミツルの首筋を拭き清める。
夜高ミツル
ちょっとしみる……
真城朔
うずく傷に、アルコールの揮発するひんやりとした感覚。
夜高ミツル
けど狩りで負う傷に比べれば大したことはない。
夜高ミツル
火照った身体にその冷たさはむしろ心地よいくらいで。
真城朔
消毒が終わったら止血バンドの裏側を剥がして……
真城朔
ぺたり。
夜高ミツル
「ありがと……」
真城朔
傷をまるごと覆うように貼り付ける。
真城朔
頷く。
真城朔
「……俺、こそ」
真城朔
「…………」
真城朔
俯く。
真城朔
「ありがとう……」
真城朔
ぼそぼそと……
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「俺から頼んだんだから、そんな」
夜高ミツル
別に……となんとなく居心地悪そうに。
真城朔
「血」
真城朔
「もらってるのは……」
真城朔
俺だし……
真城朔
ごにょごにょ……
真城朔
視線を落とした。
夜高ミツル
「それはそうなんだけど……」
真城朔
もぞもぞと指を動かしている……
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
俯いてしまった真城の頭を撫でる。
真城朔
撫でられます。
真城朔
濡れた髪がしっとりしている。
真城朔
自然乾燥でそこそこには乾いているが……
夜高ミツル
狩りのあとはとりあえず寝ようで乾かさないがち。
真城朔
手持ち無沙汰に武器の手入れをしてしまっているが……
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「今日、助けてくれて」
夜高ミツル
「……ありがとう」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「ごめんは言ったけど……」
夜高ミツル
「ちゃんと、お礼してなかったから……」
真城朔
「…………」
真城朔
おもむろに腕を伸ばして、
真城朔
正面からミツルに抱きついた。
夜高ミツル
受け止める。
真城朔
血を啜ったのとは逆側の肩に顔を埋める。
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ、が」
真城朔
「いたいの」
真城朔
「俺が、やだから……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
先程のように、腰のあたりに腕を回す。
真城朔
背中も腰も肉の薄さに大差はない。
夜高ミツル
「……俺も、真城が」
夜高ミツル
「痛くない方が、いい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……いい、から」
夜高ミツル
「もっと気をつける」
真城朔
「……うん」
真城朔
「俺も」
真城朔
「もっと、うまく」
真城朔
「うまくできるように」
真城朔
「…………」
真城朔
「……できたら……」
夜高ミツル
「……うまく、やりたいな」
夜高ミツル
「お互いに怪我しなくていいように……」
真城朔
頷いている。
真城朔
「もっと」
真城朔
「もっと……」
真城朔
ぎゅ、と背中に回した腕に力を込めて、
真城朔
頬を肩に預けて息を吐く。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「……真城の、邪魔に」
夜高ミツル
「なって、ないか?」
真城朔
「…………?」
真城朔
身体が少し離れた。
真城朔
ミツルの顔を窺うように見遣る。
夜高ミツル
「真城の方が強いから……」
夜高ミツル
「足引っ張ってないかなって」
真城朔
「…………」
真城朔
考え込んでいる。
真城朔
じ……
夜高ミツル
「……邪魔って言われても行かないにはならないからな」
真城朔
「う」
夜高ミツル
念の為釘を刺す。
真城朔
刺されました。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
刺さった~
真城朔
肩を落とした。
真城朔
しょんぼり……
夜高ミツル
「邪魔なら、そうならないよう頑張るだけだし……」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ミツ、が」
真城朔
ぽつ……
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「危ないとこ」
夜高ミツル
ちょっと姿勢を正して、真城の言葉に耳を傾ける。
真城朔
「いない方が」
真城朔
「俺は」
真城朔
「うれしい……」
夜高ミツル
「……それは、俺もだ」
夜高ミツル
「狩人として、俺は邪魔になってないか?」
真城朔
「…………」
真城朔
また考え込み……
真城朔
黙り込み……
夜高ミツル
待っている。
夜高ミツル
「俺がどのくらい強いのか、弱いのか」
夜高ミツル
「真城にとって俺がどの程度気を回さないといけないのか」
夜高ミツル
「ちゃんと分かってないと、って思ったんだ」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「どんなに強くても」
真城朔
「たぶん、あんまり」
真城朔
「関係」
真城朔
「なくて……」
真城朔
ぼそぼそと言い募る。
夜高ミツル
「……」
真城朔
またミツルに身を寄せて、体重を預ける。
夜高ミツル
受け止める。
真城朔
「ミツが、俺よりも強くても」
真城朔
「ミツがいたら」
真城朔
「俺は」
真城朔
「ミツが、気になって」
真城朔
「それは」
真城朔
「どうしても……」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「そうか……」
真城朔
「……ミツが」
真城朔
「怪我したり」
真城朔
「とか」
真城朔
「痛いの、とか……」
真城朔
涙でミツルの肩口を濡らしながら。
夜高ミツル
ミツルだって、自分より遥かに強い真城を気にしてしまう。
真城朔
「そういうのは」
夜高ミツル
守りたいと思う。
真城朔
「強い弱い、とか」
真城朔
「関係……」
真城朔
ない、と
夜高ミツル
すぐに治る怪我だって、負わなければいいと思う。
真城朔
背中が震えた。
夜高ミツル
「……そう、だな」
夜高ミツル
「うん……」
夜高ミツル
「俺だって、真城がどんだけ強くても関係ないんだもんな……」
真城朔
ミツルにしがみついて身体を震わせている。
夜高ミツル
震える身体になおさらに身を寄せる。
夜高ミツル
「……心配、させてごめん」
真城朔
「俺が……」
真城朔
「俺のせい」
真城朔
「だから」
真城朔
「全部……」
夜高ミツル
「……俺が狩りに行くのは、俺の意思だ」
夜高ミツル
「真城にどれだけ嫌がられても、譲れなくて」
夜高ミツル
「俺が、俺自身の考えで」
夜高ミツル
「そうしたいと思って……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……結局、気をつけるとか」
夜高ミツル
「頑張るとか」
夜高ミツル
「そんなことしか言えないんだけど……」
真城朔
「……ん」
真城朔
小さく頷く。
真城朔
「俺も」
真城朔
「気をつける……」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「庇うにしても」
真城朔
「もっとうまく……」
夜高ミツル
「そうしてくれると嬉しい」
真城朔
こくこく……
真城朔
小さく頷いていたが。
真城朔
「あ」
夜高ミツル
「……ん?」
真城朔
「強さの指標で言うなら」
真城朔
「樋口さんとおんなじくらいだと……」
真城朔
※曙光騎士団所属の狩人。車で送ってくれたりしたぞ。
真城朔
「フォロワー相手はあの人のが……」
夜高ミツル
「樋口さんか……」
真城朔
「全体も見えてるし」
真城朔
「でもミツのが若いから」
真城朔
「反応とか反射とか」
真城朔
「そういうのは……」
夜高ミツル
「なるほど……」
真城朔
「でもあの人の方が、なんていうか」
真城朔
「立ち回りとか……」
真城朔
「ペース配分とか……」
夜高ミツル
真城がかなり規格外なので、ずっと一緒にいると強い弱いが分からなくなっていくのだ。
真城朔
ベテランだし……
真城朔
抱きついたまま味気ないこと言ってる。
夜高ミツル
「そういうとこは確かに俺はまだ全然だな……」
真城朔
「見習うと」
真城朔
「たぶん、いい……」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「そうする」
真城朔
「ん」
真城朔
頷いた。
真城朔
身体が触れている。
夜高ミツル
あたたかい。
夜高ミツル
味気ない話にはなってしまったが、おかげで熱の方は先程よりは落ち着いている。
真城朔
真城もミツルに身体を預けて気持ちうとうとしてきている。
夜高ミツル
早鐘を打っていた心臓のリズムも、今はゆっくりといつものテンポで。
夜高ミツル
凭れかかっている頭を撫でる。
真城朔
目を伏せた。
夜高ミツル
「……寝る前にする話でもなかったな」
夜高ミツル
「寝ようか」
真城朔
「……ん」
真城朔
「ねる……」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「怪我」
夜高ミツル
「背中……」
夜高ミツル
「……うつ伏せの方がいいか?」
真城朔
「…………」
真城朔
少しだけ身体を離してミツルの顔を見る。
真城朔
眠気にとろりとした瞳のままぼんやり考え込み……
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
うつ伏せになるように、真城の身体を横たえる。
真城朔
横たえられます。
真城朔
べちゃ……
夜高ミツル
ひらたい……
真城朔
身体から力が抜けている。
真城朔
ねむい……
夜高ミツル
布団を引き寄せてかけ、ミツルも潜り込む。
真城朔
うつ伏せに潰れたまま、ミツルの方へ身を寄せる。
夜高ミツル
ミツルの方からも身体を寄せて、
夜高ミツル
いつものように抱きしめられないので、代わりに頭を撫でる。
夜高ミツル
「……おやすみ」
真城朔
「……ん」
真城朔
「おやすみ……」