2021/03/04 夕方頃 浴室

夜高ミツル
湯を張った浴槽に、いつものように二人で入る。
夜高ミツル
後ろから真城を抱き込むような体勢。
真城朔
脱力した様子でミツルの肩に頭を預けている。
真城朔
くったり……
真城朔
ちゃぷちゃぷ
夜高ミツル
沈まないように真城の身体を支えつつ、
夜高ミツル
時折肩口にお湯をかけてやったり。
真城朔
「ん」
真城朔
心地良さそうに目を細めたりなどする。
真城朔
ふにゃふにゃ
真城朔
すっかりミツルに身体を委ねて四肢を投げ出している。
夜高ミツル
体重を受け止めて、ぴっとりと寄り添いあう。
真城朔
肌と肌が重なっている。
夜高ミツル
抱き込んでいるので当然、真城の頭がすぐ近くにある。
真城朔
水に濡れてぺたんこになった丸い頭。
夜高ミツル
しっとりと濡れた髪に顔を寄せる。
真城朔
「……ん」
真城朔
ゆるり身じろいでミツルを窺う。
真城朔
少しだけ顔をミツルの方に向けてちらちらと……
夜高ミツル
窺われて、顔を離す。
真城朔
首を傾げた。
夜高ミツル
特に意味のない動作だったのでなんとなく気まずくなっている。
夜高ミツル
「……なんでもない」
真城朔
「……?」
真城朔
きょと……
真城朔
目を瞬いている。
夜高ミツル
真城の頭があるなあと思って……
夜高ミツル
「……あー」
夜高ミツル
「そうだ」
夜高ミツル
「背中」
真城朔
「せなか」
夜高ミツル
「背中、大丈夫だったか?」
真城朔
また目を瞬いた。
真城朔
「ぜんぜん」
真城朔
「なんともない……」
夜高ミツル
少し身体を離して、真城の背中に視線を移す。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「ならよかった……」
真城朔
真城も少し腰を浮かして、ミツルに背中を晒すように。
真城朔
今となっては傷ひとつない白い背中。
夜高ミツル
その背中に手を伸ばす。
真城朔
背骨と肩甲骨が浮いているのだけが見て取れる。
真城朔
真城はミツルを拒まない。
夜高ミツル
白く薄い背中を、確かめるように手で触れる。
真城朔
「ん」
夜高ミツル
先程も散々触れたり抱き寄せたりしてはいたのだけど
夜高ミツル
こうして背中を眺めるのは、案外風呂でもなければ機会が少ない。
真城朔
いつも向き合ってばかりで、背中を見せることがほとんどない。
真城朔
背中に触れれば濡れてしっとりした肌の感触。
夜高ミツル
数日前にはひどく血を流していた背中。
夜高ミツル
今では傷跡もなく。
真城朔
痛む様子もない。
真城朔
真城は相変わらず時折ミツルの様子を窺うようにしながらその背を触れられている。
夜高ミツル
傷が残らないことには、純粋によかったと思う。
夜高ミツル
それで真城が無茶をしがちなのは複雑だけど……。
真城朔
頑丈だから……
夜高ミツル
だからって…………
真城朔
ミツが怪我するよりいいとは本人の弁。
夜高ミツル
ミツルだって真城に怪我なんかしてほしくないのだが……。
夜高ミツル
でもまあ、現にこの通りきれいに治っており。
夜高ミツル
だからといって……だからといって……
夜高ミツル
複雑。
真城朔
ミツルの心中を知って知らずか、触られるがままに任せている。
夜高ミツル
ぺたぺたと触れ回っていた手が止まる。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「……治ってよかった」
真城朔
「…………」
真城朔
「うん」
真城朔
小さく頷いた。
夜高ミツル
先よりももっとひどい怪我が治るのも見ていて、
夜高ミツル
だから真城の頑丈さについては重々承知ではあるんだけど。
夜高ミツル
でも、真城が怪我をすればいつも不安で、心配で。
夜高ミツル
知っていたからって慣れるものではない。
夜高ミツル
治ってよかった。
真城朔
少し気まずそうに背中を丸めている。
夜高ミツル
もちろん怪我をしないのが一番ではあるけれど。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
丸まった白い背中をじっと見つめて、
真城朔
背中を丸めているとますます背骨が浮くような気がする。
夜高ミツル
不意に、その背中に顔を寄せる。
夜高ミツル
傷のあった辺りに口づける。
真城朔
「ひゃ」
真城朔
小さく身が震えた。
真城朔
ミツルを押しのけない程度の僅かな動きではあるが。
夜高ミツル
傷口のあった箇所を辿るように位置をずらして、再び口づける。
真城朔
丸めた背中をそのままに身体を強張らせている。
真城朔
肩に力が籠もる。
真城朔
両手が湯船の中でぎゅ、と強く握られた。
夜高ミツル
はた、と我に返ったように顔を離す。
夜高ミツル
「あ……」
真城朔
「え」
夜高ミツル
「いや、あの」
真城朔
ミツルの感触が離れたのを感じてか上体を振り向いた。
真城朔
「う」
夜高ミツル
「治ったなと思ってたらつい……」
真城朔
「…………」
真城朔
また前を向く。
真城朔
背中を丸め……
真城朔
湯船に沈め……
真城朔
顔を俯けている。
夜高ミツル
まるになった真城を後ろから抱き込む。
真城朔
抱き込まれて今度はそれに身を委ねる。
夜高ミツル
先程まで唇を寄せていた背中に、胸板が触れる。
真城朔
弛緩した身体がミツルの腕の中に収まっている。
夜高ミツル
肌が重なる。
真城朔
久方のいつものように。
真城朔
「……べつに」
真城朔
ぼそりと口を開いた。
夜高ミツル
「……ん?」
真城朔
「いや」
真城朔
「だっ、た」
真城朔
「わけ」
真城朔
「じゃ、なくて」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「………………」
真城朔
自分を抱くミツルの腕に指を触れる。
真城朔
ぎゅ、と指先にかすかな力を込めながら、
真城朔
「……いやじゃなかった……」
真城朔
ぼそぼそ……
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
俯いている。
夜高ミツル
「嫌じゃないならよかったけど……」
真城朔
頷いた。
真城朔
そこそこ熱心に。
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
めちゃくちゃ頷いてる……
真城朔
とはいえやや身の置きどころがなくなってきたのかまたぎこちなく背を丸めてしまった。
真城朔
ちいさくちいさく……
夜高ミツル
真城が丸くなった分、ミツルも背を丸めてぴっとりと肌を重ねる。
夜高ミツル
「……嫌じゃないのはよかったけど」
夜高ミツル
繰り返して、
真城朔
「……ん」
真城朔
小さな相槌。
夜高ミツル
「多分あのまましてたらまたしたくなるし……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「さっきまでしてたし」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「風呂ですると痛いから……」
真城朔
「…………」
真城朔
湯船の中でかすかに膝をすり合わせて、
真城朔
「……あが」
真城朔
「る?」
夜高ミツル
何度かやらかした末に風呂でするとよくないという教訓を得た。
真城朔
顔をミツルに向けて首を傾げた。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
見つめられて、目が合って、
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「あがるか……」
真城朔
「…………」
真城朔
「ん……」
真城朔
また頷いた。
真城朔
風呂上がりのほかほかで、ソファにくったりと寝そべっている。
真城朔
うつ伏せでべちゃ……になっています。
夜高ミツル
「大丈夫か……?」
夜高ミツル
「ごめんな、無理させたな……」
真城朔
「んー」
真城朔
「うー」
真城朔
生返事しながら首を振った。
真城朔
ふるふる……
夜高ミツル
床のクッションに座って、寝そべる真城を窺っている。
真城朔
あのあと改めてシャワーを浴び直しました。
真城朔
ぐてぐて……
真城朔
全身くまなく脱力している。
夜高ミツル
べちゃ……
真城朔
ぐでぐでのままゆっくりとまぶたを上げ……
真城朔
「俺が」
真城朔
「言い出した……」
真城朔
「し……」
夜高ミツル
「……触ったのは俺からだから」
真城朔
ソファの縁に顎を預けてふにゃになっている。
真城朔
「…………」
真城朔
そのソファに顔を埋めて
真城朔
「さわられる」
真城朔
「のは」
真城朔
くぐもった声。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「……うれしい……」
真城朔
「から……」
真城朔
くぐもった声がさらに消え入るような掠れ声に。
夜高ミツル
俯いた頭に手のひらを乗せる。
真城朔
丸い頭。
夜高ミツル
濡れているので、なおさらにその丸みがよく分かる。
真城朔
ぺたぺた……
夜高ミツル
髪の流れに沿うように撫でる。
真城朔
「みゅ」
真城朔
「…………」
真城朔
変な声が出た。
夜高ミツル
みゅ
真城朔
「…………」
真城朔
潰れています。
夜高ミツル
「……俺も」
夜高ミツル
「真城に触りたいし」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「触ってると嬉しいし」
夜高ミツル
「嬉しいと思ってもらえるならよかったなって……」
夜高ミツル
「思うんだけど……」
真城朔
「……うん……」
真城朔
もごもごとした相槌。
夜高ミツル
「だからってあんまり真城に無理させるのはよくないなって……」
真城朔
「…………」
真城朔
少し顔を上げた。
真城朔
「……無理」
真城朔
「してない……」
真城朔
ぐでぐでのまま訴えます。
夜高ミツル
「……疲れさせてる」
真城朔
「それだって」
真城朔
「別に」
真城朔
「…………」
真城朔
「嫌じゃ……」
真城朔
ない……としょもしょもになりながら……
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「傷、も」
真城朔
「もう」
真城朔
「ない」
真城朔
「し」
真城朔
「だいじょうぶ」
夜高ミツル
「でもあんまり真城がそう言ってくれるのに甘えるのは……」
夜高ミツル
「よくないから」
真城朔
「だい……」
真城朔
「じょうぶ……」
真城朔
繰り返している。
夜高ミツル
「大丈夫じゃないだろー」
夜高ミツル
こんなに潰れてて……
真城朔
俯き……
真城朔
「ミツに」
真城朔
「面倒かける」
真城朔
「のは」
真城朔
「……だけど」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「面倒とかは別にないけど……」
夜高ミツル
「別にそこは」
夜高ミツル
「俺はしたくてしてるし……」
真城朔
顔の前に並べた握り拳に口元を埋めるような形になっている。
真城朔
「…………」
真城朔
「……いっぱい」
真城朔
「が」
真城朔
「うれしい」
真城朔
「から……」
真城朔
ぼそぼそ……
夜高ミツル
「いっぱい……」
真城朔
頷く。
真城朔
いっぱい頷く。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「……どのくらい?」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「いや、いっぱいってどの位なのかなって……」
真城朔
「…………」
真城朔
目を瞬いた。
真城朔
しばし黙り込む。
夜高ミツル
黙られた……。
夜高ミツル
頭を撫でながら待っている。
真城朔
考え込み……
真城朔
撫でられ……
夜高ミツル
撫で……
真城朔
「……なんにも」
真城朔
「わかんなく、なる」
真城朔
「くらい……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「わかんなくなるくらいかぁ……」
夜高ミツル
言葉をなぞる。
真城朔
「あ」
真城朔
「そうじゃ、なくても」
夜高ミツル
「?」
真城朔
「なくても」
真城朔
「うれしい」
真城朔
「……ちょっと、でも」
夜高ミツル
「ん……」
真城朔
「もらえれば……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
首を縮め……
真城朔
「俺、には」
真城朔
「それで」
真城朔
「ぜんぜん」
真城朔
「いっぱい……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城がほしいなら」
夜高ミツル
「ほしいだけ俺はあげたい」
夜高ミツル
「あげたい、けど……」
真城朔
ミツルの顔を窺い見る。
夜高ミツル
ちら、と背中を見る。
夜高ミツル
それからまた真城の顔に視線を移して、
真城朔
じ……
真城朔
ちろ……
夜高ミツル
「でも、真城に負担をかけたくはなくて……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
結局さっきも言ったようなことを繰り返す。
夜高ミツル
「特に今日はこないだ怪我したばっかりだし」
夜高ミツル
「治ったとはいえ……」
真城朔
「なおった……」
夜高ミツル
「治ったけどさあ」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「大事に、したいから……」
夜高ミツル
「あんまりこう、病み上がり……病み上がりではないけど……」
夜高ミツル
「治ったばっかりでそんなに……」
真城朔
「……いつだと」
真城朔
「治ったばっかじゃ」
真城朔
「なくなる……?」
夜高ミツル
「え」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
いつと改めて訊かれると、目を瞬かせて
夜高ミツル
「いつ……」
夜高ミツル
怪我をしたのが土曜の夜中で……今日は木曜だからまだ一週間経ってなくて……
夜高ミツル
「……らいしゅうとか……?」
真城朔
「来週になったら」
真城朔
「いっぱいでも」
真城朔
「よくなる?」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……いつもはできないけど」
夜高ミツル
「たまにだったら……」
真城朔
「たまに……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「毎回こんな疲れさせたらよくないから……」
真城朔
考え込んでいる。
真城朔
「あ」
夜高ミツル
「?」
真城朔
「…………」
真城朔
なにか思い当たった様子で顔を上げたが、
真城朔
どうにもばつが悪そうに首を縮めている。
夜高ミツル
「……どうした?」
真城朔
「…………そ」
真城朔
「の」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
促すように相槌を打つ。
真城朔
ぎゅ、と口元で拳が握られる。
真城朔
「た」
真城朔
「たん、じょ」
真城朔
「う」
真城朔
「び」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「誕生日」
真城朔
「……………………」
真城朔
一瞬だけ涙を滲ませて、
真城朔
すぐに顔を伏せてしまう。
真城朔
背中を震わせている。
夜高ミツル
流石にこの流れで察せない程鈍くない。
夜高ミツル
鈍くはないが……。
夜高ミツル
言葉を探しながら、手のひらが真城の頭を撫でる。
真城朔
べっちゃりスタイルがちょっとずつ丸くなってきている。
真城朔
膝を曲げ 背を丸め
真城朔
布団を被っていないだけのそういう生き物になろうとしている節がある。
夜高ミツル
まる……
真城朔
そういう生き物が小刻みに震えている。
夜高ミツル
手のひらが頭から背中に下りる。
夜高ミツル
震える背中を撫でて、
真城朔
ひく、と喉の鳴る音が聞こえた。
夜高ミツル
「……誕生日」
夜高ミツル
「いっぱい、しよう」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城がほしいだけ」
真城朔
「で」
真城朔
「で、も」
真城朔
ひきつれた声。
真城朔
「ミツ、は」
真城朔
「や」
真城朔
「なのに」
夜高ミツル
「……真城が喜んでくれるのは嬉しい」
夜高ミツル
「無理させたくないのはそうなんだけど……」
真城朔
「こん」
真城朔
「こんな」
真城朔
「むり、やり」
真城朔
「いや」
真城朔
「いやって」
真城朔
「いって」
夜高ミツル
「……すること自体は俺だって嫌じゃないから」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「嫌じゃないし」
夜高ミツル
「真城がしてほしいことはしたいし」
夜高ミツル
「誕生日だし……」
真城朔
「……こん、なこと」
真城朔
「のぞんで」
真城朔
「おかしい……」
真城朔
「へん、で」
真城朔
「こまらせる」
真城朔
「のに」
真城朔
「なのに」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……いいよ」
夜高ミツル
「俺は真城になんだって望んでほしい」
夜高ミツル
「そんで、できるだけ叶えたい」
真城朔
「……うぅ」
真城朔
「うー…………」
真城朔
泣き声。
夜高ミツル
背中をさする。
真城朔
涙に乱れた呼気の音が響く。
真城朔
か細い嗚咽が漏れる。
真城朔
背中が震えている。
夜高ミツル
「……いっぱいしたいのは」
夜高ミツル
「真城だけじゃない」
夜高ミツル
「俺も、だし……」
真城朔
「み、っ」
真城朔
「ミツ、は」
真城朔
「じせい」
真城朔
「できて」
真城朔
「ちが、う」
真城朔
「そもそも」
真城朔
「おれが」
真城朔
「おれの、せい」
真城朔
「で」
夜高ミツル
「……俺が真城のこと好きだからだよ」
夜高ミツル
「好きだから」
夜高ミツル
「ずっと触ってたいし、抱きしめてたくて……」
真城朔
「……おれ、なんかが……」
夜高ミツル
「なんかじゃないよ」
真城朔
「もっと」
真城朔
「もっと、ふつうの」
真城朔
「ふつうで……」
真城朔
「こまらせ、なくて」
夜高ミツル
「……俺が好きなのは真城だ」
真城朔
「……まとも、じゃ」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「関係ない」
夜高ミツル
「俺には真城だけだ」
真城朔
「うう」
真城朔
「ぅー…………」
夜高ミツル
よしよしと背中を撫でている。
夜高ミツル
「真城だけだよ」
夜高ミツル
「好きなのも、大事にしたいのも」
夜高ミツル
「望むことを叶えたいのも」
夜高ミツル
「抱きしめたいのもキスしたいのも」
夜高ミツル
「俺には真城だけだ」
真城朔
「……こんな」
真城朔
「なの、に」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「人とは違うところも含めて」
夜高ミツル
「真城が好きだよ」
真城朔
「…………」
真城朔
声を殺して泣いている。
夜高ミツル
震える身体に腕を回して寄り添う。
真城朔
その腕を振り払うことはない。
夜高ミツル
「好きだから」
夜高ミツル
「なんでも叶えたい」
夜高ミツル
「望んでほしい」
真城朔
「……い」
真城朔
「いや」
真城朔
「じゃ」
真城朔
「な、い?」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「大丈夫だから」
真城朔
「もっと」
真城朔
「ふつうの」
真城朔
「まとも、な」
真城朔
「たんじょうび」
真城朔
「ほしいの」
真城朔
「いえない」
夜高ミツル
「普通とかじゃなくて」
真城朔
「こんな」
夜高ミツル
「真城が喜んでくれるものを」
夜高ミツル
「ほしいものを」
夜高ミツル
「俺はあげたい」
真城朔
「もっと……」
真城朔
「なんで、も」
真城朔
「なんでも」
真城朔
「うれしい」
真城朔
「うれしい」
真城朔
「のに」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「だめ、なら」
真城朔
「だめで」
真城朔
「よくって」
真城朔
「ミツが」
夜高ミツル
「ダメじゃない」
真城朔
「いやなら」
夜高ミツル
「本当にダメな時は絶対うんって言わないの」
夜高ミツル
「真城も知ってるだろ」
真城朔
「…………」
真城朔
「でも……」
真城朔
「むりじ、い」
真城朔
「した」
真城朔
「みたいに」
夜高ミツル
「されてない」
夜高ミツル
「し、そうだとしても別に」
夜高ミツル
「いいだろ、誕生日だし」
真城朔
「やだ……」
真城朔
「ミツがしたくないの」
真城朔
「させる、の」
真城朔
「やだ」
夜高ミツル
「……したいよ」
夜高ミツル
「叶えたい」
真城朔
「……おれ、が」
真城朔
「むりやり……」
夜高ミツル
「……たくさんしたいのは俺もそうなんだって」
夜高ミツル
「たまになら……って」
夜高ミツル
「最初に言ったし」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「だから、誕生日」
夜高ミツル
「そうしたいなら」
夜高ミツル
「真城がそれを望んでくれるなら」
夜高ミツル
「俺も、そうしたい」
真城朔
「……ほん」
真城朔
「とうに?」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「真城が望むだけ」
夜高ミツル
「ほしいだけ、する」
真城朔
「むりは……」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「…………」
真城朔
しばし丸まったまま顔を伏せていたが、
真城朔
やがておずおずと顔を上げて。
夜高ミツル
涙に濡れた顔を見つめる。
真城朔
涙でぐしゃぐしゃの顔をミツルに向けて、
真城朔
けれど結局、すぐに俯いてしまう。
夜高ミツル
俯いた顔に手を伸ばして、涙を拭う。
夜高ミツル
……身体を重ねる時、
夜高ミツル
真城に「もっと」と言われても
夜高ミツル
いつもは程々に切り上げるのだが、
夜高ミツル
「……真城が」
夜高ミツル
「もっと、したいって」
夜高ミツル
「言う間は止めない」
夜高ミツル
「……で、大丈夫か?」
真城朔
涙を拭われるままに瞼を伏せて、
真城朔
ミツルの言葉にはどうしても逡巡を挟んだけれど。
真城朔
やがて一度だけ、小さく頷いた。
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
ミツルも頷いて。
真城朔
「…………」
真城朔
「……ごめん……」
夜高ミツル
「別に、」
夜高ミツル
「謝られるようなことは……」
真城朔
「…………」
真城朔
黙り込んだまましょんぼりしている。
夜高ミツル
「……してほしいこと」
夜高ミツル
「言ってくれて嬉しいよ」
真城朔
「……もっと」
真城朔
「まともな……」
夜高ミツル
「なんでもいいよ」
夜高ミツル
「真城が望むことなら、俺はなんでも」
夜高ミツル
「……狩りをやめてほしいとか、そういう」
夜高ミツル
「そういうの以外は」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「なんだって、俺は叶えたいんだ」
真城朔
俯いている。
夜高ミツル
「まともとかそうじゃないとか」
夜高ミツル
「そういうのは全然関係なくて」
夜高ミツル
「真城がしてほしいことかそうじゃないか」
夜高ミツル
「それだけが俺には大事だから」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「…………」
真城朔
面を上げて、
真城朔
ためらいがちに首を突き出した。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
そっと、顔を寄せる。
夜高ミツル
唇が触れ合う。
真城朔
唇が重なって、熱が触れる。
真城朔
今は触れるだけ。
夜高ミツル
触れて、重ねて。
夜高ミツル
それだけで。
真城朔
それだけで幸せで嬉しいはずなのに、
真城朔
どうしても。