2021/03/15 午前

夜高ミツル
食べかけの朝食はささっと冷蔵庫に押しやってしまい、
夜高ミツル
二人、ベッドの上。
真城朔
うとうととミツルの腕にもたれている……
夜高ミツル
泣き疲れているな……という感じの……
真城朔
体温がなんとなく高い。
夜高ミツル
洗いたてのシーツに、並んで横たわる。
真城朔
頬を伝う涙がシーツを濡らして……
真城朔
温もりを求めるように真城が身体をすり寄せて、
真城朔
またミツルの胸にしがみつく。
夜高ミツル
腕を回して、身体を寄せ合う。
夜高ミツル
ぴと……
真城朔
密着する。
真城朔
その胸に頬をすり寄せてから、
真城朔
ゆっくりと瞼を上げて、真城がミツルの顔を見やる。
夜高ミツル
「……?」
夜高ミツル
目が合う。
真城朔
じ……
真城朔
眠たげな瞳の奥に物欲しげな気配。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……寝、」
夜高ミツル
「ないのか?」
真城朔
「…………」
真城朔
しょんぼりと視線を落とした。
真城朔
背を丸める。
真城朔
しょぼ……
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
丸くなった背を撫でて、また抱き寄せる。
真城朔
抱き寄せられる。
真城朔
「…………」
真城朔
視線は落としたまま。
真城朔
目の端から新しく涙を滲ませている。
夜高ミツル
涙の滲む目元に手をのばす。
夜高ミツル
それを拭って……
真城朔
拭われて、
真城朔
戸惑ったように窺うように視線を上げる。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
別に、
夜高ミツル
別に真城が嫌ならそれでもいいんだ。
夜高ミツル
でも、そうじゃないなら
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「…………」
真城朔
呼びかけられて、ゆっくりと瞬きをする。
夜高ミツル
「俺は」
夜高ミツル
「真城が、好きだ」
真城朔
「…………」
真城朔
少し身体を強張らせた気配がある。
夜高ミツル
噛んで含めるようにそう言って
夜高ミツル
「好きだから、」
夜高ミツル
「真城に何か」
夜高ミツル
「できることをなんでもしたいし……」
真城朔
僅かに眉を寄せている。
真城朔
不安げ……
夜高ミツル
「……その、なんでもするの中に」
夜高ミツル
「しないも入ってるから」
夜高ミツル
「だから、別に」
夜高ミツル
「無理はしないでいいからな」
真城朔
「?」
真城朔
小首を傾げた。
夜高ミツル
「本当に望めないなら」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「別に今はそれでも……」
真城朔
俯き……
夜高ミツル
「それでもよくて」
夜高ミツル
「ほしいって思ってくれる方が嬉しいのはそうなんだけど……」
真城朔
ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
真城朔
また小さくなる。
真城朔
ミツルの胸にしがみついていた手を離して、
真城朔
自分の身体を抱くようにして背中を丸める。
真城朔
少しだけ、
真城朔
ミツルから離れた。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
離れた分の距離を詰める。
真城朔
泣いている。
真城朔
びく、と身を強張らせて
真城朔
先程より露骨に距離を離す。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「真城がしてほしいことをしたいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
瞼を伏せた。
真城朔
閉じた瞳からはいまだ涙が溢れて落ちて、
真城朔
勢いは止まぬまま、
夜高ミツル
濡れた頬にまた手を伸ばす。
真城朔
「っ」
真城朔
その気配に息を詰めた。
夜高ミツル
指先で触れる。
真城朔
首を引いて、
真城朔
ミツルの指から離れる。
真城朔
一瞬だけ向けられた瞳にかすかな非難のような色が、
夜高ミツル
離れられて、戸惑うように指先が揺れる。
真城朔
すぐに瞼を伏せてそれを覆い隠す。
真城朔
身体を震わせている。
真城朔
全身を震わせながら泣いている。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……真城」
夜高ミツル
「言ってくれないと、」
真城朔
首を振った。
夜高ミツル
「わからないよ……」
真城朔
両手で耳を覆ってさらに丸くなる。
真城朔
顔が隠れた。
真城朔
そうして身体を大きく震わせながら、
夜高ミツル
「……」
真城朔
「いち、っ」
真城朔
うわずった泣き声。
真城朔
「いちばん、おれが」
真城朔
「のぞん、で」
真城朔
「いいこと」
真城朔
「なんて」
真城朔
「……っ」
真城朔
「はなれ、て」
真城朔
「しなせて」
真城朔
「ころし、て、もらう」
真城朔
「こと」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「くらい、しか」
真城朔
「……っ」
真城朔
「あ」
真城朔
「ぅう、――」
夜高ミツル
離された距離を詰めなおす。
真城朔
耳を覆ったまま震えている。
夜高ミツル
耳を塞ぐ腕を掴んで、それを引き剥がそうと。
真城朔
頑なに耳を塞いで首を振る。
夜高ミツル
引き剥がせずに結局腕を背中に回して、耳元に口を寄せる。
夜高ミツル
「真城」
真城朔
耳を塞いだまま、その抱擁は振りほどけない。
夜高ミツル
塞いでいても聞こえるように、声を張る。
夜高ミツル
「俺は」
夜高ミツル
「お前を離す気はない」
夜高ミツル
「絶対に」
夜高ミツル
「死なせないし」
夜高ミツル
「殺さないし」
夜高ミツル
「他の誰にも、そうさせない」
真城朔
「…………っ」
真城朔
「なら」
真城朔
耳を覆った手はそのまま。
真城朔
「なら」
真城朔
「なにも」
真城朔
「のぞませ、ない」
真城朔
「で」
夜高ミツル
「……望んでほしい」
真城朔
「かなえて」
真城朔
「くれない、なら」
真城朔
「のぞませたり」
真城朔
「しないで……」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「言ってほしいんだ」
真城朔
「いった……」
真城朔
「さっき」
真城朔
「いった」
真城朔
「いった、のに」
夜高ミツル
「離してって?」
真城朔
「…………」
真城朔
頷く。
夜高ミツル
「それは」
夜高ミツル
「何回言われても」
夜高ミツル
「無理なんだよ」
真城朔
「じゃ、あ」
真城朔
「のぞむの、だって」
真城朔
「むり……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
啜り泣く声。
夜高ミツル
「……無理を」
夜高ミツル
「させたいわけじゃない」
真城朔
「…………」
真城朔
「でも」
真城朔
「のぞんで、って」
夜高ミツル
「望んでほしいよ」
夜高ミツル
「そう思ってるのも本当」
真城朔
「できない」
真城朔
「できない……」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「やだ……」
真城朔
ますます丸くなって小さくなる。
真城朔
頭を抱えこむようにして。
夜高ミツル
丸くなった身体に腕を回している。
真城朔
そうしてずっと泣いている。
真城朔
泣き続けている。
夜高ミツル
……誕生日なのに泣かせてばっかりだな。
夜高ミツル
思いはするが、口にしない。
夜高ミツル
その代わりに背中をさする。
夜高ミツル
言えばきっと真城はますます泣いてしまうだろうから。
真城朔
泣き止む気配はない。
真城朔
ないしは、遠い。
真城朔
せめて嗚咽を押し殺そうとしては失敗し、
真城朔
喉が不格好な音を立て、背中が跳ねる。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
形ばかりに耳は覆われている。
夜高ミツル
「俺は」
夜高ミツル
「真城を幸せにしたいよ」
真城朔
「なりたく」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「俺がなんでもするのは、そのためだ」
夜高ミツル
「真城がなりたくなくても」
真城朔
「なれない」
夜高ミツル
「それでも」
真城朔
「なに、しても」
真城朔
「いみ」
真城朔
「ない」
夜高ミツル
「ある」
夜高ミツル
「真城に何かをすることが」
夜高ミツル
「できること自体が」
夜高ミツル
「俺は嬉しいんだから」
真城朔
「ミツは」
真城朔
「ミツは、そうでも」
真城朔
「俺は」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城は?」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「俺のこと、どうでもいい」
真城朔
「俺が」
真城朔
「なに、いっても」
真城朔
「関係ない、なら」
真城朔
「ただ」
真城朔
「自分がしたいこと」
真城朔
「するだけ」
真城朔
「なら」
真城朔
「…………」
真城朔
「さいしょから……」
真城朔
「俺の、望み」
真城朔
「なんて」
真城朔
「聞かないで……」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「それこそ」
真城朔
「なんにも」
真城朔
「いみ、ない」
真城朔
「から」
夜高ミツル
「…………どうでも」
夜高ミツル
「いいって、思う?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「俺が、真城のことを?」
真城朔
「…………っ」
真城朔
息を呑む。
真城朔
押し殺しきれず嗚咽が漏れて、
真城朔
誤魔化すようにさらに背を丸めた。
真城朔
「こん、な」
真城朔
「こんな」
真城朔
「して……っ」
真城朔
「してもらっ、て」
真城朔
「て、も」
真城朔
「お、れ」
真城朔
「おれは」
真城朔
「そう……っ」
真城朔
「そういうこと」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「いう、から」
真城朔
「いうから!」
真城朔
「だから」
真城朔
「だから、っ」
真城朔
「ミツには」
真城朔
「ミツ、が」
真城朔
「そんな」
真城朔
「するいみ」
真城朔
「か」
真城朔
「価値!」
真城朔
「価値が、ない」
真城朔
「なくって」
真城朔
「ない」
真城朔
「ないよ」
真城朔
「ない、のに」
真城朔
「ないのに、こんな」
真城朔
「こんな……っ」
真城朔
「時間ばっかり」
真城朔
「時間と、人生」
真城朔
「ぜんぶ」
夜高ミツル
黙って、真城の話を聞いている。
真城朔
「ミツに」
真城朔
「ミツに、浪費」
夜高ミツル
腕は真城の身体に回したまま、
真城朔
「させて……っ」
夜高ミツル
離れる気配もなく。
真城朔
「意味」
真城朔
「意味ない」
真城朔
「意味、ない」
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「ぜんぶ、意味も」
真城朔
「なくて」
真城朔
「だから」
真城朔
「だから……」
真城朔
「ぁ」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「ぁあ」
真城朔
「……っ」
真城朔
「なんにも」
真城朔
「なんにも、かえせない」
真城朔
「かえせない……」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「ああ、ぁ」
真城朔
「あ――」
夜高ミツル
掌が背中に触れている。
真城朔
瘧のように背中が震えている。
夜高ミツル
「……言いたいこと」
夜高ミツル
「あるなら、全部」
夜高ミツル
「聞かせてくれ」
夜高ミツル
「……普段は、多分」
真城朔
意味をなさない嗚咽だけが返る。
夜高ミツル
「言わないようにしてるんだろ」
真城朔
首を振っている。
夜高ミツル
「……言ってくれないと分からない」
夜高ミツル
「から」
夜高ミツル
「我慢してることとかあるなら」
夜高ミツル
「聞きたい」
真城朔
「……っな」
真城朔
「な、い」
真城朔
「ない……っ」
真城朔
「ある」
真城朔
「あるな、ら」
真城朔
「あって、も」
真城朔
「だって」
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「それ」
真城朔
「それは」
真城朔
「だって」
真城朔
「だめ」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「だめ、だって」
真城朔
「なんども」
真城朔
「いま、だって」
真城朔
「なんど、も」
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
「かなえて」
真城朔
「かなえて、もらえない」
真城朔
「のに」
真城朔
「なんで」
夜高ミツル
「……そうだな」
真城朔
「わざわざ」
真城朔
「いわな、きゃ」
真城朔
「……っ」
夜高ミツル
「……ごめん」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「うー……」
夜高ミツル
「……真城がしてほしいことが」
夜高ミツル
「俺には絶対にできないことで」
夜高ミツル
「だから、それで」
夜高ミツル
「……何を、言っても意味ないとか」
夜高ミツル
「そういう風に、思われるのは」
夜高ミツル
「……ごめん」
真城朔
「っ」
真城朔
「う」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城の言うことや望みが」
夜高ミツル
「どうでもいいわけじゃないんだ」
真城朔
「俺」
真城朔
「俺が」
真城朔
「ぜんぶ、わるい」
真城朔
「から……」
夜高ミツル
「……真城が」
夜高ミツル
「望めないって言ってるのを」
夜高ミツル
「言ってほしいって何回も言ったのは」
夜高ミツル
「俺だから……」
夜高ミツル
「……だから、ごめん」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ふ」
真城朔
「つう」
真城朔
「なら」
真城朔
「そんな、めんどう」
真城朔
「ない」
真城朔
「の、に」
真城朔
「俺」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こうで」
真城朔
「こんな……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「それでもいいって」
夜高ミツル
「言ったのに……」
真城朔
「俺が……」
真城朔
「ミツを」
真城朔
「こまら、せて」
真城朔
「意味」
真城朔
「いみない」
真城朔
「のに」
真城朔
「めんどうかける」
夜高ミツル
「意味ないなんて」
真城朔
「ばっか」
真城朔
「り」
夜高ミツル
「意味なくは、ないだろ……」
真城朔
「ミツの」
真城朔
「望むとおり、に」
真城朔
「なれない……」
真城朔
「なに、いわれても」
真城朔
「して」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「もらっても」
真城朔
「どれだ、け」
真城朔
「時間」
真城朔
「つかっても、らって」
真城朔
「でも」
真城朔
「ぜんぜん……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
涙に語尾が紛れる。
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「でも、やっぱりそれでもいいんだ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「幸せになってほしいと思うし」
夜高ミツル
「そのために色々するし」
夜高ミツル
「もしかしたら、またこうして真城を困らせるかもしれないけど……」
真城朔
「ち」
真城朔
「ちが」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「それでも、真城がずっとこのままでも」
夜高ミツル
「俺は一緒にいる」
夜高ミツル
「いたい」
真城朔
「こまら、せ」
真城朔
「てる」
真城朔
「の」
真城朔
「は」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「俺も、困らせただろ」
真城朔
「こまって」
真城朔
「ない」
真城朔
「そ」
真城朔
「そうで、も」
真城朔
「俺」
真城朔
「俺が、わるくて」
真城朔
「俺が全部」
真城朔
「ぜんぶ……」
夜高ミツル
「全部じゃない」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こんなだ、から」
夜高ミツル
「俺が真城の気持ちをちゃんと考えられてなかった」
真城朔
「こんな……」
夜高ミツル
「真城が」
夜高ミツル
「普通と違う真城でいいんだ」
夜高ミツル
「それは、本当」
真城朔
「でも」
真城朔
「だから、って」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「ミツの、人生」
真城朔
「めちゃくちゃ……」
夜高ミツル
「……真城と」
夜高ミツル
「一緒だから」
夜高ミツル
「それでいい」
真城朔
「よくない」
真城朔
「よくない……」
夜高ミツル
「いいんだ」
真城朔
「なんにも」
真城朔
「かえせ、ない」
真城朔
「のに」
夜高ミツル
「普通でも、真城のいない人生なんて」
夜高ミツル
「俺はもうほしくないから」
真城朔
「なんにも……」
夜高ミツル
「いてくれる」
真城朔
「俺じゃ」
夜高ミツル
「一緒にいてくれてる」
真城朔
「いて、も」
真城朔
「できること」
真城朔
「なんにも」
真城朔
「め、いわく」
真城朔
「ばっかりで」
夜高ミツル
「一緒に寝て起きて」
夜高ミツル
「飯作って」
夜高ミツル
「食って」
夜高ミツル
「掃除とかして……」
夜高ミツル
「そんなんでいいんだよ」
真城朔
「でも」
真城朔
「のぞめない」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「いう、ように」
真城朔
「できない」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「いいよ」
夜高ミツル
「無理をさせたいわけじゃないんだ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「あ……っ」
真城朔
「や、だ」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……何がいや?」
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「ぜんぶ、っ」
真城朔
「だいなしに」
真城朔
「しちゃう……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「いっぱい」
真城朔
「いろいろ、して」
真城朔
「してきた」
真城朔
「の、に」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「た」
真城朔
「のしみ、って」
真城朔
「そういうの、が」
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「ぜんぶ、俺」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こんなで」
夜高ミツル
「いいよ」
真城朔
「こんなだから」
夜高ミツル
「いいんだ」
真城朔
「やだ」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「俺は真城のこと、」
夜高ミツル
「全部、何されても」
夜高ミツル
「大丈夫だから」
真城朔
「やだ……」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「やなこ、と」
真城朔
「したくない」
真城朔
「し……っ」
真城朔
「たく、な」
真城朔
「なかった」
真城朔
「なかった」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「やだ」
真城朔
「こまらせ、っ」
真城朔
「たくも」
真城朔
「あ」
真城朔
「お」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こんな」
真城朔
「俺のせ、い」
真城朔
「で」
真城朔
「ご」
真城朔
「ごめん」
夜高ミツル
「……いいよ」
真城朔
「ごめ、ん」
真城朔
「ごめんなさい」
夜高ミツル
「謝らなくて」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「ごめんなさい、……っ」
真城朔
「もう」
夜高ミツル
「真城……」
真城朔
「もう、余計な」
真城朔
「余計なこと」
真城朔
「いわ、っ」
真城朔
「いわない」
真城朔
「から」
真城朔
「ま」
真城朔
「まちがえ、ない」
真城朔
「ように」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「がんば」
夜高ミツル
「俺は真城が思ってることを」
真城朔
「って」
夜高ミツル
「こうしてちゃんと言ってもらえるほうが」
夜高ミツル
「嬉しい」
夜高ミツル
「そうじゃないと」
夜高ミツル
「俺は鈍くて」
夜高ミツル
「すぐ、分かんなくなるから」
真城朔
「……っ」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「真城にしてやりたいことがたくさんあって」
夜高ミツル
「それでいっぱいになって……」
夜高ミツル
「だから」
夜高ミツル
「別に困らされるとかないんだ」
真城朔
「でも」
真城朔
「こわ、し」
真城朔
「ちゃった」
真城朔
「ぜんぶ……」
夜高ミツル
「やり直せばいいだろ」
真城朔
「なに、を」
真城朔
「どこから」
真城朔
「やりなおす」
真城朔
「って」
真城朔
「そんな」
真城朔
「なにを……」
夜高ミツル
「どこからでも」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「準備してたのが今日できなくなっても」
夜高ミツル
「またやればいいし」
夜高ミツル
「誕生日って感じではなくなるかもだけど……」
真城朔
「…………」
真城朔
「また」
真城朔
「やる」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「それでもいいよ」
夜高ミツル
「今日がダメなら明日でも、その先でも」
夜高ミツル
「二人でいるんだから」
真城朔
「……なに」
夜高ミツル
「二人でいる内は、なんにも」
夜高ミツル
「台無しになんかならない」
真城朔
「を」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「何を、って」
夜高ミツル
「……誕生日ケーキは、したから」
夜高ミツル
「俺としては」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「プレゼントを」
夜高ミツル
「あげたいの、ですが……」
真城朔
「ぷれ」
真城朔
「ぜんと」
夜高ミツル
それが自分なもんだから恥ずかしくなってきている。
真城朔
「……で、も」
真城朔
「俺」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「…………」
真城朔
「のぞめ」
真城朔
「ない」
真城朔
「のに……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「ミツ、は」
真城朔
「それが」
真城朔
「いや」
真城朔
「なんじゃ……」
夜高ミツル
「……嫌なわけじゃない」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……俺は、」
夜高ミツル
「俺は、多分怖がりなんだ」
夜高ミツル
「だから、確認したくなる」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「間違ってないか、傷つけるようなことしてないか」
夜高ミツル
「それが怖くて」
夜高ミツル
「それで嫌な思いさせてたら本末転倒なんだけど……」
真城朔
「……い」
真城朔
「いや」
真城朔
「じゃ」
真城朔
「…………」
真城朔
「べ、つに」
真城朔
「ふつう」
真城朔
「だと」
真城朔
「おもう、し」
夜高ミツル
「……望めないって」
夜高ミツル
「悩ませた」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺、が」
真城朔
「おかしい……」
真城朔
「おかしいの、が」
真城朔
「わるい」
真城朔
「わるい、から」
真城朔
「ミツは」
真城朔
「ミツじゃ……」
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「俺が」
夜高ミツル
「真城のこともっと分かってやれたら……」
真城朔
「…………」
真城朔
「そんな、こと」
真城朔
「する」
真城朔
「必要」
夜高ミツル
「したいんだよ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城のこと、分かりたい」
真城朔
「わかっ、て」
真城朔
「わかった」
真城朔
「ところで……」
夜高ミツル
「分かって、もっと」
夜高ミツル
「真城が喜んでくれるようにしたいし」
夜高ミツル
「悲しんだり、つらくなったり」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「そういうのができるだけ少なくなるように……」
夜高ミツル
「そうしたいんだ」
真城朔
「……俺が」
真城朔
「喜べる、こと」
真城朔
「なんて……」
夜高ミツル
「ない?」
夜高ミツル
「……俺は」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「そう思わないけど」
真城朔
「……だめ」
真城朔
「だか、ら」
夜高ミツル
「ダメじゃない」
真城朔
「じゃあ」
真城朔
「いやだ……」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「こんな」
真城朔
「こんなふ、うに」
真城朔
「のうのうと……」
真城朔
「こんな……」
夜高ミツル
「生きてほしいって」
夜高ミツル
「願ったのも、そうさせたのも」
夜高ミツル
「俺だ」
真城朔
「……いま」
真城朔
「ここで、死ぬの」
真城朔
「かんたん」
真城朔
「な、こと、で」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「……そう」
夜高ミツル
「しないでいてくれて」
夜高ミツル
「俺は、嬉しいよ」
真城朔
「……しないで」
真城朔
「る、のは」
真城朔
「俺が……」
真城朔
「そうして」
真城朔
「だから」
真城朔
「だから、せめて」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「……真城が」
夜高ミツル
「こうしてここに」
夜高ミツル
「俺の隣にいてくれるのが」
夜高ミツル
「俺は嬉しい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「生きてほしいって」
夜高ミツル
「一緒にいてほしいって」
夜高ミツル
「俺の願いを、真城は叶えてくれてる」
真城朔
「でも」
真城朔
「こまらせてる……」
夜高ミツル
「いいよ」
真城朔
「いやな、おもい」
真城朔
「させてる」
夜高ミツル
「してない」
真城朔
「たのしく」
夜高ミツル
「真城がいてくれるだけで、それが」
夜高ミツル
「俺は嬉しいんだから」
真城朔
「なく、させて」
真城朔
「させてる……」
夜高ミツル
「悩むのも困るのも」
夜高ミツル
「真城のためなら」
夜高ミツル
「一緒にいるためなら」
夜高ミツル
「全然、なんにも」
夜高ミツル
「嫌じゃない」
真城朔
「……ミツが」
真城朔
「なやむ、のも」
真城朔
「こまるのも」
真城朔
「たのしく、ない、のも」
真城朔
「……俺は」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……幸せだよ」
夜高ミツル
「真城に何をしてやれるか」
夜高ミツル
「喜んでくれるか」
夜高ミツル
「そう考えるのだって」
夜高ミツル
「俺には幸せなんだ」
真城朔
「考えて、も」
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「むだになっても?」
夜高ミツル
「それでも」
夜高ミツル
「いいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「むだになっても」
真城朔
「ミツは」
真城朔
「しあわせ?」
夜高ミツル
「真城がいるなら」
真城朔
「……なんで」
夜高ミツル
「真城のことが、好きだから」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ、に」
真城朔
「むだな、努力」
真城朔
「させたく」
真城朔
「ないよ……」
夜高ミツル
「無駄になるかどうかわかんないだろ」
真城朔
「だ、って」
真城朔
「俺」
真城朔
「のぞめない、のに」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「なんにも……」
夜高ミツル
「いいよ」
真城朔
「俺」
真城朔
「のぞめない」
真城朔
「の、に」
真城朔
「やりなおせる?」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「…………」
真城朔
「どうやって……」
夜高ミツル
「どう……」
夜高ミツル
「……えーっと…………」
真城朔
「また」
真城朔
「また、こうなって」
真城朔
「くりかえして」
真城朔
「だっ、て」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「俺が」
真城朔
「こんな、で」
真城朔
「のぞめない、から」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「いま……」
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「その、せい」
真城朔
「で」
夜高ミツル
「……望まなくていい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「う」
真城朔
「……うぅ」
夜高ミツル
「今日は真城の誕生日で」
夜高ミツル
「俺はそれを祝いたくて」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城と、したいと思ってる」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「真城は望まなくていいから」
夜高ミツル
「俺に、それを」
夜高ミツル
「させてくれないか?」
真城朔
頭を抱えた姿勢がより深まって、
真城朔
全身をどうにも強張らせて、息を止めている。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「……み」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「ミツ、が」
真城朔
「し」
真城朔
「したい」
真城朔
「したいこと」
真城朔
「お、俺」
真城朔
「…………」
真城朔
息を吸って、
真城朔
吐いて。
夜高ミツル
「……」
真城朔
荒い呼吸を整えようとしている。
夜高ミツル
背中を撫でる。
真城朔
室内着越しに浮いた背骨の感触。
真城朔
その背が最後にひときわ大きく息を吸い込んで、
真城朔
「と、っ」
真城朔
「とめ、る」
真城朔
「権利」
真城朔
「は」
真城朔
「べつ、に」
真城朔
「…………」
真城朔
「………………」
真城朔
頭を抱え込んでいる。
夜高ミツル
「……あるよ」
真城朔
「ぅ」
夜高ミツル
「真城がしたくないことなら」
夜高ミツル
「したくない」
真城朔
「ううぅ……」
真城朔
ますます縮まった。
夜高ミツル
「……真城が嫌なことはできるだけしたくない」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城がどう思ってるか」
夜高ミツル
「思うか」
夜高ミツル
「俺は、それを」
夜高ミツル
「ちゃんと大事にしたくて」
真城朔
「べ」
真城朔
「べつ、に」
真城朔
「…………」
真城朔
「うぅ……」
夜高ミツル
「……真城が好きだから」
夜高ミツル
「一緒に生きてほしいとか、どこにも行かないでほしいとか」
夜高ミツル
「勝手言う時もあるけど」
夜高ミツル
「そういうの以外は」
夜高ミツル
「ちゃんと」
夜高ミツル
「真城の気持ちがどうか」
夜高ミツル
「ちゃんと確認して」
夜高ミツル
「やなことしないようにしたい」
真城朔
「…………」
真城朔
「……か」
真城朔
「っ」
真城朔
「………………」
夜高ミツル
「……無理は、させたくない」
真城朔
「え」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「だから、望めなくてもそれでいいけど」
夜高ミツル
「だからって俺が勝手にしたいようにってのは」
夜高ミツル
「しない」
真城朔
「さ、……」
真城朔
「…………」
真城朔
「され」
真城朔
「……て」
真城朔
「も」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……したくないよ」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「真城が好きで」
夜高ミツル
「好きだから」
夜高ミツル
「気持ちも身体も」
夜高ミツル
「大切にしたい」
真城朔
「そ、んな」
真城朔
「価値」
真城朔
「…………」
真城朔
「ちが」
夜高ミツル
「ある」
真城朔
「ちが、う」
真城朔
「え」
真城朔
「あ」
真城朔
「…………」
真城朔
「……………………」
真城朔
固まってしまった。
真城朔
長く黙り込んでいる。
夜高ミツル
固まってる……
夜高ミツル
薄い背中を撫でている。
真城朔
撫でられ……
真城朔
撫でられはするが先程とは違い脱力していく気配がない。
真城朔
頭を抱えたまま固まっている。
真城朔
固まって、固まったままの姿勢で、
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
「ぅ」
真城朔
また呻いた。
真城朔
「…………」
真城朔
「……み」
真城朔
「ミツに、なら」
真城朔
「なに」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「…………」
真城朔
「されて、も」
真城朔
「いい…………」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「う、ん……」
真城朔
頭を抱えたまま固まっています。
夜高ミツル
「……何されてもいいなら」
真城朔
なるべく小さくなりたい気持ちが表れた姿勢。
夜高ミツル
「ちゃんと、優しくしたいよ……」
真城朔
「…………」
真城朔
「……ま」
真城朔
「まだ、っ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……まだ?」
真城朔
「……ぅ」
真城朔
「ぅあ」
真城朔
「あ」
真城朔
「あ……っ」
真城朔
丸まった背中が震える。
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
嗚咽を溢す真城の背を撫でる。
真城朔
「う、そ」
真城朔
「うそ」
真城朔
「うそつき……っ」
真城朔
泣き声混じりの声。
夜高ミツル
「……嘘つき?」
真城朔
「のぞ、っ」
真城朔
「のぞまなく、って」
真城朔
「いい」
真城朔
「いい、って」
真城朔
「いった」
真城朔
「いったの、に」
真城朔
「ぁ」
真城朔
「あ……っ」
真城朔
「あ」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「うそ」
真城朔
「うそ……っ」
真城朔
「けっ」
真城朔
「けっきょ、く」
真城朔
「…………っ」
真城朔
「うそつき」
真城朔
「うそつき……」
夜高ミツル
「……嘘じゃない」
夜高ミツル
「望んでるのは俺の方だ」
真城朔
「……っ」
真城朔
「じゃ、あ」
真城朔
「…………」
真城朔
「あ」
真城朔
「ぁ――……」
真城朔
また嗚咽に背を震わして、
真城朔
「ひ」
真城朔
「ひどい」
真城朔
「ひど、……っ」
真城朔
「あ、うぅ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「…………っ」
夜高ミツル
「……そうだな」
真城朔
声を殺そうとする時の、いつもの下手な呼吸。
夜高ミツル
抑えようにも抑えきれない嗚咽が漏れている。
夜高ミツル
それをあやすように背中をなでる。
真城朔
「も」
真城朔
「もう、っ」
真城朔
「やだ」
真城朔
「やだぁ……」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「のぞめ」
真城朔
「のぞめ、ない」
真城朔
「なんにも」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「かなえてもらえ、ない」
真城朔
「もらえ」
真城朔
「ないなら」
真城朔
「のぞみたく」
真城朔
「ない」
真城朔
「もう」
真城朔
「もう、にどと」
真城朔
「やだ」
真城朔
「きたい」
真城朔
「したく」
真城朔
「やだ……」
真城朔
「やだ…………」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
背中に腕を回して、抱き寄せる。
真城朔
頭を抱えたまま、どうにか身を捩って離れようとする。
夜高ミツル
それを抑えて、腕の中に閉じ込める。
真城朔
「や」
夜高ミツル
「……ごめん」
真城朔
「やだ……っ」
真城朔
「やだ」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「やだぁ……」
真城朔
涙に身を震わせている。
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「な」
真城朔
「なんにも」
真城朔
「してくれな、い」
真城朔
「かなえて」
真城朔
「くれないなら」
真城朔
「はんぱに」
真城朔
「はんぱな、こと」
真城朔
「やだ」
真城朔
「すぐ」
真城朔
「すぐ、うらぎる」
真城朔
「なら」
真城朔
「きこえのいい、こと」
真城朔
「ばっかり」
真城朔
「ひ、……」
真城朔
「ひど、」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「……ごめん」
真城朔
「ぅー…………」
夜高ミツル
「ごめん……」
真城朔
「…………」
真城朔
「な」
真城朔
「なん、で」
真城朔
「あやまっ」
真城朔
「て」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「真城を」
夜高ミツル
「傷つけてるから」
真城朔
「なん、で」
夜高ミツル
「望まなくていいって言って」
夜高ミツル
「それは本当……のつもりだったんだけど」
夜高ミツル
「多分、結局」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「言い方を変えただけで……」
夜高ミツル
「望ませようと、した」
真城朔
「……や」
真城朔
「やっぱ、り」
真城朔
「のぞま、っ」
真城朔
「のぞま、ないと」
真城朔
「俺」
真城朔
「のぞめない」
真城朔
「の」
真城朔
「だめ?」
真城朔
「これだと」
真城朔
「こんな」
真城朔
「こんな、だと」
真城朔
「俺が……」
夜高ミツル
「……ダメじゃない」
真城朔
「……で」
真城朔
「でも」
夜高ミツル
「……俺が、したいって」
夜高ミツル
「してもいい?って聞かれるのも」
夜高ミツル
「……むり?」
真城朔
「…………」
真城朔
「こ」
真城朔
「こたえ、っ」
真城朔
「て」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……」
真城朔
小さくなっている。
夜高ミツル
丸くなって震える背中を撫でて、
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
黙り込む。
夜高ミツル
暫くの沈黙の後、
夜高ミツル
「……分かった」
真城朔
びく、と
真城朔
肩が跳ねた。
夜高ミツル
「本当に、何も」
夜高ミツル
「望まなくていい」
真城朔
「…………」
真城朔
おずおずと顔を上げて、
夜高ミツル
背中に触れていた手が、
真城朔
涙に濡れた瞳を覗かせて、ミツルを窺う。
夜高ミツル
滑るように下がって、腰を抱く。
真城朔
「…………っ」
真城朔
身体が強張る。
夜高ミツル
「……何も望まなくていいから」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「していいかも聞かない」
真城朔
緊張した表情でミツルを窺った。
夜高ミツル
「嫌なときだけちゃんと止めてくれ」
真城朔
唇を引き結んでいる。
真城朔
「…………」
真城朔
無言のまま、
真城朔
小さく小さく頷いた。
夜高ミツル
どこか緊張感の漂うまま、
夜高ミツル
抱き寄せて、口づける。
真城朔
瞼を伏せてそれを受け入れた。
真城朔
真城の振る舞うさまにもどこかぎこちなさが残る。
真城朔
幾度となく繰り返してきたはずの行為に、
真城朔
違和感。
夜高ミツル
……していることは、いつもと同じのはずなのに。
夜高ミツル
望まなくていいとはいったけど、
夜高ミツル
望まれたことではあって、
夜高ミツル
何日も前から今日はこうするつもりで。
真城朔
重なる身体が今は服越しに触れ合うのにも、
真城朔
硬さを感じる。
真城朔
委ねられている、
真城朔
許されている、
真城朔
受け入れられていることに、違いはないはずなのに。
夜高ミツル
なのに、どうして。
夜高ミツル
唇を重ねたまま、指先を服の下に潜り込ませる。
夜高ミツル
つ、と素肌に触れる。
真城朔
「ん」
真城朔
息継ぎの間に、
真城朔
「は、ぁく……っ」
真城朔
吐息が熱を帯びる。
真城朔
身動ぎに衣擦れの音と、
真城朔
昨日張り直したばかりのシーツに皺を作る。
夜高ミツル
吐息を漏らして開いた唇を舌先で舐めて、
夜高ミツル
そのまま口内に侵入させる。
真城朔
始めたばかりにしては温度の高い粘膜がミツルの舌を迎える。
真城朔
同じように熱い舌が、
真城朔
やはりぎこちなく真城の口の中で縮こまって、けれど逃れはしない。
夜高ミツル
縮こまる舌に、舌を絡ませる。
真城朔
されるがままに舌を絡め取られ、
真城朔
喉の奥で小さな音が鳴った。
真城朔
どこか、
真城朔
連動するように全身がひくりと震える。
真城朔
真城の口の中、溢れた唾液が舌に絡む。
夜高ミツル
舌を絡めあい、水音を立たせながら
夜高ミツル
指先で、掌で、真城の体に触れる。
真城朔
「ん、……っ」
夜高ミツル
熱い。
真城朔
触れられた場所がその都度大げさに跳ねてから、
真城朔
接触を受け入れるべく脱力する。
夜高ミツル
腕の中の身体も、手が触れる皮膚も
夜高ミツル
絡ませあう粘膜も、
夜高ミツル
自分の体も、
夜高ミツル
熱くて、
夜高ミツル
なのに、
夜高ミツル
なのに。
真城朔
頭の芯まで蕩けるような、
真城朔
いつもの没頭が訪れない。
真城朔
なのに身体ばかりが慣れていく。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
呼吸をつぐ間の唇から、
真城朔
ミツルの鼻先に熱がかかる。
真城朔
時刻はまだ昼前で天気も良好、カーテンを閉めていても十分に明るい。
真城朔
涙に濡れた顔も自分が濡らした唇も、
真城朔
抱き慣れた身体の横たわるさまもよく見える。
夜高ミツル
宣言したとおりに。
夜高ミツル
どうしてほしいかとも、
夜高ミツル
何をしていいかも、
夜高ミツル
真城の意思を確かめることはなく。
真城朔
同じく宣言した通りに、真城はその全てを受け入れる。
真城朔
身体も。
真城朔
すぐにいつもどおり、
真城朔
よく啼いた。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
いつもと同じ行為。
夜高ミツル
そこにいつもの幸福感はなかった。
真城朔
「ミツ」
真城朔
名前を呼ぶ。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
声は蕩けている。
真城朔
涙がシーツを濡らして、
真城朔
熱に潤んだ瞳がミツルを見上げて、
夜高ミツル
「真城…………」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「もっと」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
それが切なげに細められる。
夜高ミツル
求められるままに、身体を重ねる。
真城朔
「ぁ」
真城朔
「あ、……っ」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツ、み」
真城朔
「っ」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「……」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「……真城」
夜高ミツル
「好き、だよ」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「すき」
真城朔
「すき、ミツ」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「ミツ――」
真城朔
背中に回る手のひらの熱。
夜高ミツル
いつもと、
夜高ミツル
いつもと同じ、
夜高ミツル
はずなのに。
真城朔
縋りつくのも、
真城朔
名前を呼ぶのも、
真城朔
果てに好きだと、
真城朔
やっとのことで返せるのも。
真城朔
同じ。
夜高ミツル
なのに、感情はどこか置いてけぼりで。
夜高ミツル
触れ合うことも、
夜高ミツル
名前を呼ぶのも呼ばれるのも、
夜高ミツル
すきだ、と言ってもらえるのも、
夜高ミツル
嬉しい。
夜高ミツル
……嬉しいのに。
真城朔
繰り返す。
夜高ミツル
求められるままに。
真城朔
もっと。
真城朔
もっとを求めて、
夜高ミツル
その都度にうん、と頷いて
真城朔
自身の貪欲さに涙を流しながらも、
真城朔
それでも表情を蕩かせて笑った。
真城朔
「ミツ」
真城朔
「すき」
真城朔
「すき……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「俺も」
夜高ミツル
「好きだよ、真城」
真城朔
そうして最後にいらえはなく、
真城朔
力の抜けた身体がベッドに沈む。
真城朔
涙の痕を頬に残した、
真城朔
その顔が幸福に満ちたものであったか、
夜高ミツル
「…………」
真城朔
結局、
真城朔
見たものにしかわからない。