2021/03/16 早朝
夜高ミツル
カーテンの閉め切られた部屋の中はまだ薄暗い。
真城朔
ミツルの目覚めた隣、ミツルが最後に見た姿勢のまま、
夜高ミツル
どこか気怠さを感じながら、ぎゅ、と真城を抱き寄せる。
夜高ミツル
肌と肌が密着して、直にぬくもりを感じて、
夜高ミツル
それからようやっと、昨日のことを思い出す。
夜高ミツル
何日も前から昨日のために準備を進めてきて、
真城朔
最初は戸惑うように身体を強張らせていたけれど、
真城朔
途中からはいつものように蕩けて熱に溺れていた。
夜高ミツル
自分の気持ちがちゃんと乗らないまま、行為を繰り返した。
真城朔
その末に意識を手放した真城が、今もこうしてミツルの胸で眠っている。
夜高ミツル
それは、そうすると言ったとおりのことではあったけど。
夜高ミツル
そんなもやもやした気持ちのまま、真城を抱いてしまったのが嫌だった。
夜高ミツル
きっと言いたくなかったようなことも言わせて、
夜高ミツル
祝うはずの行為を、そういう気持ちでできなくて……。
真城朔
強く抱かれた腕の中、その胸に頬をすり寄せて、
夜高ミツル
こうして甘えてくる仕草が、たまらなく嬉しく感じる。
真城朔
もぞ、とまた頬を寄せて気の抜けた声を漏らして、
真城朔
ゆっくりと顔を上げると、ミツルと目が合う。
真城朔
それからびくりと肩を震わせてから身を縮めて、
真城朔
涙の跡を残した頬に、また新しい涙を落とす。
夜高ミツル
「真城の気持ちをちゃんと分かってやれなくて」
夜高ミツル
「結局黙らせるみたいに、ああいうことしたし」
夜高ミツル
「誕生日なのに、ふてくされるみたいな態度取った」
真城朔
すぐにその表情が歪んで、また涙を溢れさせる。
夜高ミツル
「真城の思うことや望むことをちゃんと分かりたくて」
夜高ミツル
「困ったか困らなかったかで言ったら、まあ」
夜高ミツル
「俺はずっと真城を分かりたいって思ってるし」
夜高ミツル
「俺は分かってやらないといけなかったんだよ」
夜高ミツル
「俺だけは、真城をちゃんと分かってないと……」
夜高ミツル
「……真城を黙らせるみたいにやったのが、嫌だった」
夜高ミツル
「真城がされて嬉しいこととか、嫌なこととか」
夜高ミツル
「いつもみたいにちゃんと確かめながらできないのも嫌だったけど……」
夜高ミツル
「……真城はずっと言ってたのに、しつこく訊いてごめんな」
夜高ミツル
「後で気にするだろうって知ってたはずなのに、ああいう態度でした」
夜高ミツル
「真城は俺にひどいこと言ったって思ってるんだよな」
夜高ミツル
「真城のこと、好きなのは変わってないから」
夜高ミツル
「だから、真城が俺にひどいこと言ったってずっと気にして泣くのは嫌だし……」
夜高ミツル
「俺も悪いところがあったから、ちゃんと許してほしい」
真城朔
全身を大きく震わせながら大粒の涙を落とし、
真城朔
背中を触れる手を、もう拒むことはできない。
夜高ミツル
拒まれないので、そのままあやすように背中を撫でている。
夜高ミツル
今は一糸まとわぬ背中に、掌が触れている。
真城朔
ミツルの肌を濡らし、皺の作られたシーツに染み込んで、
夜高ミツル
縋りつかれる胸で、真城を抱きとめる腕で、ぬくもりを感じる。
真城朔
ミツルを拒まず拒まれず、その胸にただ浸っていた。
真城朔
髪が濡れていると頭の形と小ささがよく分かる。
夜高ミツル
濡れた髪の張り付いた丸い頭が目の前にある。
夜高ミツル
当たり前のように、というより本当に二人にとっては当たり前なのだが、
真城朔
心地の良い湯船の熱にどこかうとうとしている。
真城朔
当惑気味に瞬きをしてから、ゆっくりと首を振る。
夜高ミツル
「しなくても痛いことあるかもだろ……」
真城朔
こっちが食べなくていいのに付き合って食べてないこと多い……
真城朔
なんかうにゃうにゃしたろれつで訴えてきます。
真城朔
頷くし生返事はするけど自発的には動かず……
真城朔
横たえられたままに四肢を投げ出しています。
真城朔
頷いていたが、結局すぐにまた重たげに瞼が下りていく。
夜高ミツル
そのままそっと立ち上がり、キッチンに向かう。
夜高ミツル
冷蔵庫から昨日の残り物を取り出して温める。
夜高ミツル
それを持ってリビングへと戻り、ささっと朝食を済ませる。
夜高ミツル
一人だと食べる以外にやることがないから速い。
夜高ミツル
時折真城の様子を伺いはするが、それでもいつもよりはかなり早く食べ終わって、
夜高ミツル
食器を流しに持っていき、洗って片付けて。
夜高ミツル
それから洗面所に向かい、洗濯機に汚れ物を突っ込んでセット。
夜高ミツル
とりあえず今はこんなもんでいいか……。
夜高ミツル
真城が寝てるのにあんまり周りでバタバタしたくないし。
夜高ミツル
ソファで眠る真城の身体の下に腕を差し込んで、
夜高ミツル
真城はミツルよりずっと細いが、それでも同じ程度の身長の男だ。
夜高ミツル
落とさないようにしっかりと抱えて、やや頼りない足取りでベッドに向かう。
真城朔
不意に真城の腕がミツルの背中にしがみつく。
夜高ミツル
しがみつかれたまま、ベッドに辿り着く。
夜高ミツル
真城を横たえて、一緒に自分も横になる。
夜高ミツル
布団を引っ張り上げて、二人でくるまる。
夜高ミツル
昨日のようなどこか空虚な気持ちではなくて。
真城朔
真城もどこか嬉しそうな緩んだ顔で寝息を立てている。
夜高ミツル
そう思う程に、昨日の行為への後悔が胸を刺す。
夜高ミツル
真城の誕生日に、一年に一度しかない日に、
夜高ミツル
気持ちを込めて、ちゃんとやりたかった。
真城朔
真城はミツルの気も知らず安らかに眠っている。
夜高ミツル
やってしまったことには取り返しがつかない。
夜高ミツル
お互いにごめんなさいと謝って、それで水に流した。
夜高ミツル
あんな風に、ミツに無理矢理やらせたと泣かせることもなく、
夜高ミツル
自分も今のような嬉しくて幸せな気持ちで、
真城朔
自分を撫でる手へと頭がかすかにすり寄せられる。
2021/03/16 夜
真城朔
それまでも時折むにゃむにゃと身動いだり頬を寄せたりなどしていたが……
夜高ミツル
真城より早く目が覚めたが、先にベッドから出ることはなく、
夜高ミツル
その様子を眺めては、またうとうとと目を閉じたり、
夜高ミツル
今は目を開けて真城の背中を撫でている。
夜高ミツル
手が撫でるのをやめて、かわりにぎゅ、と抱き寄せる。
夜高ミツル
いつもの揃いのルームウェア越しに、熱を分け合う。
真城朔
食べなくても大丈夫とはいえ丸一日以上食べてない……
夜高ミツル
昨日は結局朝ごはんを中断してそのまま……
夜高ミツル
昨日食べようと思ってた作り置きなんかも結構残ってる。
真城朔
ローストビーフの残り 炊き込みチキンパエリア コンソメスープ サラダ
夜高ミツル
ミツルの分は結構多めにパエリアを盛ってある。
真城朔
他にも作り置きはそこそこあるけどとりあえずそんな感じで……
真城朔
そういう作り置いてた諸々を二人で食べて……
夜高ミツル
また作ろうとか話しつつ、片付けをしていく。
夜高ミツル
昨日の様子を思えば嘘みたいに、すっかりいつもどおり。
夜高ミツル
時折物言いたげに真城を見る様子がある。
真城朔
と、真城もミツルをちらちら見てしまうので……
夜高ミツル
なんとなく気まずい雰囲気を漂わせつつ、とりあえずリビングに移動した。
夜高ミツル
いや、俺がソワソワしてるからなんだけど……
夜高ミツル
「昨日のこと、どっちが悪いとかの話は終わってて」
夜高ミツル
「なのに、喧嘩みたいになっちゃっただろ」
真城朔
その話は終わってると言われているのだが……?
夜高ミツル
「させられてるわけじゃ、絶対ないからな」
夜高ミツル
「無理矢理させられてることなんて、なんにも」
夜高ミツル
「俺は、あんまり真城にしてやれることがないと思ってるけど」
夜高ミツル
「真城は、自分が何もできてないって言うけど」
夜高ミツル
「一緒に何かをするのが、なんでも幸せで」
夜高ミツル
「だから、泣きたい時があっても真城がいてくれたら大丈夫だと思うから」
夜高ミツル
「一緒にやれてることだってたくさんある」
夜高ミツル
「そもそも一緒にいてほしいって言ったのは俺なんだからな」
夜高ミツル
「俺が好きになったのはここにいる真城で」
夜高ミツル
「真城と一緒にいるのに、それが必要だった」
夜高ミツル
「高校、結構辞めてもどうにかできるっぽいし」
夜高ミツル
「結局、ただ真城といたいだけだったんだ」
夜高ミツル
「たまにしか来ない真城と話す方が楽しみだった」
夜高ミツル
「誰かといて嬉しいのとか、好きになるのとかって」
夜高ミツル
「わかんないけど、他の人じゃなくてその人じゃないとだめ、みたいな」
真城朔
やはりミツルに寄りかかるでもなく、離れようとするでもなく。
夜高ミツル
「……学校で一人の俺を気にしてくれたやつ」
夜高ミツル
「他に友達作ろうなんて思わないくらいに」
真城朔
耳を塞ぐこともそれを否定することももうできずにいる。
夜高ミツル
「真城が好きなのも、一緒にいたいのも」
真城朔
頬を落ちてルームウェアを、カーペットを濡らして、
夜高ミツル
「あの頃は、こうなるなんて全然思ってなくて」
夜高ミツル
結局のところ、言ったとおりにそれしかできない。
夜高ミツル
少しでも楽に、幸せになれるように行動し続ける。
真城朔
これからも、そうしていくつもりでいるのだ。