2021/05/03 昼過ぎ
真城朔
カードキーを通して、マンションの扉を開く。
真城朔
いつもはミツルがすることを真城が率先してやっている。
夜高ミツル
真城がしてくれることを、全て受け入れている。
夜高ミツル
真城に支えられて、概ね一週間ぶりに二人の部屋に戻る。
真城朔
を、どこかよそよそしいものと感じてしまう。
真城朔
俯いて、そのままミツルを座らせて足元に手を伸ばそうと……
真城朔
自分の靴を脱いで部屋にあがり、ミツルを見ている。
夜高ミツル
タオルで手を拭きながら、真城に場所を譲る。
真城朔
ベッドの方へと歩きながら、視線を泳がせる。
真城朔
言い募りながら、袖を掴んだ手を振り払えない。
夜高ミツル
真城を腕の中におさめて、ぴったりと身体を寄せる。
夜高ミツル
背中に腕を回して、胸を合わせて、脚を絡め取る。
夜高ミツル
全身で真城に触れて、体温を分かち合う。
真城朔
ミツルに包み込まれながら、全身を大きく震わしている。
真城朔
呼気を吐き出す音が喘鳴のように掠れている。
真城朔
幼子のような嗚咽を漏らしながら、ただ泣いている。
真城朔
それに応えることも、ミツルにしがみつくことすら今はできない。
夜高ミツル
答えも応えも求めず、ただ真城を抱擁している。
夜高ミツル
それを確かめ合うように、ごく近く身体を寄せて。
夜高ミツル
病院で目覚めたときには少し低かったミツルの体温は、いつもの温かさを取り戻している。
真城朔
自分の触れていいものではないことを知っている。
夜高ミツル
ミツルはいつでもそれを惜しみなく真城に明け渡す。
真城朔
そうする価値のない自分に、与えることを躊躇わないから。
真城朔
受け取らなければ、ミツルから奪わずに済むのに。
真城朔
そうして結局まんまとその腕の中に収まっている。
夜高ミツル
求めて、追いかけて、こうして捕まえている。
真城朔
拒めるくせに拒まずに、逃げられるくせに逃げてしまわず、
夜高ミツル
真城といることで、幸せをもらっている。
夜高ミツル
真城といるのが幸せで、だから離れたくない。
真城朔
ラフな格好ではあるが部屋着ではないパーカー。
真城朔
ベッドから起き上がり、衣装ケースに向かって
真城朔
ミツルのよく着ている部屋着の上下を引っ張り出して戻ってくる。
夜高ミツル
あれやこれや、あった気がするものをあげていく。
夜高ミツル
狩りの前には足の早いものは作らないようにしている。
真城朔
冷蔵庫を開ける音とか調理器具を出す音だとかが聞こえてくる。
夜高ミツル
真城を見送って、用意してもらった部屋着に着替える。
真城朔
真城は完全に一人で料理の支度をすることはない。
真城朔
実際に一人でやってみる、というようなことがあっても、
真城朔
電子レンジでなにかを温める音なども追加されているが……
真城朔
しばらくして、お盆に一式を乗せて戻ってきた。
真城朔
レタスをちぎってプチトマトを添えただけのサラダと……
真城朔
黄身の潰れた目玉焼きが被った状態でくっついている。
真城朔
ハムエッグならぬハンバーグエッグみたいになってる……
夜高ミツル
用意してもらった食事を見ると、ぱっと表情を明るくする。
真城朔
真城は身の置き場を失ったように立っている。
真城朔
ごはん冷凍あったし……ミニハンバーグもそうだし……
真城朔
フライパン一個しかないからハンバーグ温めながら目玉焼き作ろうとした……
夜高ミツル
サラダにドレッシング、目玉焼きには塩コショウをかける。
夜高ミツル
黄身が破れて白身と混ざり合っているのを一口分切って、口に運ぶ。
夜高ミツル
小さく切り取って箸でつまむと、それを真城に差し出す。
夜高ミツル
開けられた口に、目玉焼きを差し入れる。
夜高ミツル
真城に見守られながら、次はサラダをつまむ。
真城朔
こういうサラダくらいはよく任せてもらえるようになったけど……
真城朔
ちゃんとキッチンペーパーで水気拭いたし……
夜高ミツル
一人暮らしをしていた頃はサラダなんか全く作らなかったので、
夜高ミツル
こうしてよく食べるようになったのは真城と暮らすようになってから。
夜高ミツル
ミツルが健康であるのを真城は何よりも喜ぶ。
夜高ミツル
そうして、真城が用意してくれたサラダをもしゃもしゃと食んで飲み込み
夜高ミツル
「……真城と一緒に作ったり、真城が作ってくれたりしたやつはさ」
夜高ミツル
「自分で、自分が食べるために作るやつよりおいしいよ、やっぱり」
夜高ミツル
手を伸ばしかけて、食事中なので思いとどまる。
真城朔
落ち着かない様子ながらそれを見守っている。
夜高ミツル
病院帰りとはいえ、もう食欲はいつも通りに戻っている。
夜高ミツル
きれいに空になった食器の前に、箸を置いた。
真城朔
ミツルを部屋着に着替えさせたものの、真城は帰ってきたときの格好のまま。
夜高ミツル
後片付けについてはあんまり心配してない。
真城朔
ベッドに戻ったミツルを突っ立ったまま見ている。
夜高ミツル
そのまま、ゆっくりとベッドに倒れ込む。
真城朔
口ではそう言いながら、起き上がることができずにいる。
夜高ミツル
ミツルの方も腕をゆるめず、そのまま脚を絡ませる。
夜高ミツル
「……誰が相手でも、俺といるときくらい嬉しいか?」
夜高ミツル
「真城が俺のこと一番に思ってくれてるの、分かってるよ」
夜高ミツル
「気にするな、って言っても難しいだろうけど……」
夜高ミツル
「俺はそれで真城のこと嫌いになったりはしない」
夜高ミツル
「もっと早く助けに行けてたら良かったのに……」
夜高ミツル
「気合いとかでどうにかなるもんじゃないんだろ……?」
夜高ミツル
「……魔女に狙われて、自分ではどうしようもできない時の」
夜高ミツル
「ああいう感じなのかなって、俺は思ってるんだけど……」
真城朔
背骨の浮いた頼りない背中はずっと震えている。
夜高ミツル
「頑張っても、気合いを入れても、それでもどうしようもないのが魔女とか吸血鬼の力だろ」
夜高ミツル
「……真城を守るために一緒に行ってるんだから」
夜高ミツル
「誰かにやれって言われたわけじゃない」
夜高ミツル
ほとんどない隙間をなくすように、さらに抱き寄せる。
夜高ミツル
「暖かくなって、風が吹いても冷たくなくて」
夜高ミツル
「真城と桜と空が一緒に見えて、きれいだった」
夜高ミツル
「散る前にもう一回くらい見に行ってみるか?」
夜高ミツル
「きれいなもの見るのも、おいしいもの食べるのも」
真城朔
震えた呼気を吐きながら、ミツルの胸元を涙で濡らしている。
真城朔
ミツルを手助けしなければならない側のはずなのに、
夜高ミツル
細い身体を腕の中に閉じ込めて、ぴったりと身を寄せ合って。
真城朔
押し殺すような吐息が、穏やかな寝息へと移りゆく。
夜高ミツル
触れ合った身体から力の抜けていくのを感じていた。
夜高ミツル
胸に擦り寄せて乱れた髪を、指先ですいて整える。
真城朔
その表情はあまり安らかなものとは言えない。
夜高ミツル
腕の中にぬくもりを抱いたまま、瞼を閉じた。