2021/05/03 昼過ぎ


退院日。
真城朔
カードキーを通して、マンションの扉を開く。
真城朔
いつもはミツルがすることを真城が率先してやっている。
真城朔
入院中の荷物も真城がほとんど持って。
真城朔
扉を開くとすぐにミツルに寄り添って、
真城朔
その身体を支えるように腕を回した。
真城朔
密着する。
夜高ミツル
大丈夫……とは思うものの、
夜高ミツル
真城がしてくれることを、全て受け入れている。
夜高ミツル
真城に支えられて、概ね一週間ぶりに二人の部屋に戻る。
真城朔
玄関に入ってすぐに扉を閉め……
真城朔
懐かしい部屋の空気。
真城朔
を、どこかよそよそしいものと感じてしまう。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
「ただいま」
夜高ミツル
言って、抱きしめる。
真城朔
「…………」
真城朔
「おかえり」
真城朔
「ミツ……」
真城朔
俯いている。
真城朔
俯いて、そのままミツルを座らせて足元に手を伸ばそうと……
夜高ミツル
座らされた。
夜高ミツル
「手、動くから」
夜高ミツル
「靴は大丈夫……」
真城朔
「あ」
真城朔
手が止まった。
真城朔
「うん……」
真城朔
しょぼしょぼと視線を彷徨わせて……
真城朔
自分の靴を脱いだ。
夜高ミツル
「気にしてくれてありがとな」
真城朔
「…………」
真城朔
頷いている。
夜高ミツル
靴を脱ぐ。
真城朔
自分の靴を脱いで部屋にあがり、ミツルを見ている。
夜高ミツル
靴を脱ぎ揃えて、少し迷って
夜高ミツル
座ったまま真城に手を差し出す。
真城朔
「…………」
真城朔
おずおずと
真城朔
差し出された手を取った。
夜高ミツル
それを頼りに立ち上がる。
真城朔
「…………」
真城朔
その様子を見ている。
真城朔
瞳が揺れている。
夜高ミツル
「……ありがと」
真城朔
「……ん」
真城朔
頷いた。
真城朔
荷物を一度その場に置いて……
真城朔
「手」
真城朔
「手、あらお」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
洗面所へ。
真城朔
真城が先導し、ドアを開ける。
真城朔
お湯を出して……
真城朔
ミツルに場所を譲った。
夜高ミツル
してもらっているな……
夜高ミツル
石鹸を出して、手をきれいに洗う。
夜高ミツル
じゃぶじゃぶ……
真城朔
じ……
真城朔
はっ
真城朔
洗ってる間に……
真城朔
いやでも……
真城朔
いや……
夜高ミツル
泡を洗い流して、
夜高ミツル
タオルで手を拭きながら、真城に場所を譲る。
真城朔
あっ……
真城朔
迷っていたところを場所を譲られた。
真城朔
ので、手を洗います。
真城朔
ばしゃばしゃじゃぶじゃぶ……
夜高ミツル
じ……
真城朔
ミツルに見守られながら洗い終える。
真城朔
手を拭いて
真城朔
「とりあえず」
真城朔
「着替えて、寝よ……」
真城朔
「ミツは……」
真城朔
身体を支えるように寄り添う。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「真城は?」
真城朔
「俺は」
真城朔
「なんか」
真城朔
「洗濯とか……」
真城朔
「荷物とか……」
真城朔
「いろいろ」
真城朔
「できる、し」
真城朔
「するし……」
夜高ミツル
寄り添われて洗面所を出ながら
夜高ミツル
「……俺は」
夜高ミツル
「今は、真城といたいな」
真城朔
「う」
真城朔
「…………」
真城朔
「いる……」
真城朔
「し……」
夜高ミツル
「荷物は後でもいいし」
真城朔
ベッドの方へと歩きながら、視線を泳がせる。
真城朔
「家」
真城朔
「けっこう、あけたし」
真城朔
「掃除も……」
夜高ミツル
「明日一緒にやろう」
真城朔
「お」
真城朔
「俺」
真城朔
「できる」
真城朔
「ひとりでも」
真城朔
「ちゃんと……」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「できると思うけど」
真城朔
「ちゃんと」
夜高ミツル
「俺が、一緒がいい」
真城朔
「ちゃんと、やれ」
真城朔
「る……」
真城朔
ベッドにたどり着く。
真城朔
ミツルを横たえる。
夜高ミツル
袖を引く。
真城朔
「…………」
真城朔
「き」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「着替え」
真城朔
「ないと」
真城朔
「もっと、楽な……」
真城朔
言い募りながら、袖を掴んだ手を振り払えない。
夜高ミツル
「後で」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
袖ではなく、今度は腕を引く。
真城朔
「あ」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「ぅう」
真城朔
「……う」
真城朔
腕を引かれて、
真城朔
引かれるままに身体が傾いた。
真城朔
横たわるミツルの胸に収まるように、
真城朔
その胸に頬を預けるように。
夜高ミツル
真城を腕の中におさめて、ぴったりと身体を寄せる。
夜高ミツル
「真城」
夜高ミツル
抱きしめる腕に力がこもる。
夜高ミツル
「真城…………」
真城朔
「う」
真城朔
「うー……」
真城朔
目の端に涙が滲む。
真城朔
背中が震えている。
夜高ミツル
背中に腕を回して、胸を合わせて、脚を絡め取る。
真城朔
「あ」
真城朔
「あ……」
夜高ミツル
全身で真城に触れて、体温を分かち合う。
真城朔
胸に顔を埋める。
真城朔
ミツルに包み込まれながら、全身を大きく震わしている。
夜高ミツル
震える背中に、俯く頭に掌で触れる。
真城朔
嗚咽を押し殺そうとして息を乱して、
真城朔
空気を吸い込んで背中が丸くなって、
真城朔
呼気を吐き出す音が喘鳴のように掠れている。
夜高ミツル
背中をやさしく撫でる。
真城朔
まともな言葉は出てこない。
真城朔
幼子のような嗚咽を漏らしながら、ただ泣いている。
夜高ミツル
「真城……」
夜高ミツル
いたわるように名前を呼び、触れる。
真城朔
それに応えることも、ミツルにしがみつくことすら今はできない。
真城朔
身体を縮めるように背を丸めている。
夜高ミツル
答えも応えも求めず、ただ真城を抱擁している。
真城朔
熱がある。
真城朔
いまだ命あるものの体温がある。
真城朔
鼓動があり、
真城朔
呼吸をしている。
夜高ミツル
それを確かめ合うように、ごく近く身体を寄せて。
夜高ミツル
熱を分かち合う。
夜高ミツル
病院で目覚めたときには少し低かったミツルの体温は、いつもの温かさを取り戻している。
真城朔
それを再び奪ってしまうのがおそろしい。
真城朔
自分の触れていいものではないことを知っている。
夜高ミツル
ミツルはいつでもそれを惜しみなく真城に明け渡す。
真城朔
だから、
真城朔
だからおそろしいのだ。
真城朔
そうする価値のない自分に、与えることを躊躇わないから。
真城朔
受け取らなければいい。
真城朔
受け取らなければ、ミツルから奪わずに済むのに。
夜高ミツル
受け取ってほしい。
夜高ミツル
ミツルの全てを、真城に差し出したい。
真城朔
できない。
真城朔
してはいけない。
真城朔
だから、もう手を伸ばせない。
真城朔
腕を伸ばして求めることができない。
夜高ミツル
だから、ミツルが手を伸ばす。
夜高ミツル
拒まれても、逃げられても、
真城朔
そうして結局まんまとその腕の中に収まっている。
夜高ミツル
求めて、追いかけて、こうして捕まえている。
真城朔
拒めるくせに拒まずに、逃げられるくせに逃げてしまわず、
真城朔
ミツルから奪うことをよしとしている。
真城朔
それが嫌で涙が出る。
夜高ミツル
何も奪われてない。
真城朔
その涙をミツルに慰められている。
夜高ミツル
真城といることで、幸せをもらっている。
夜高ミツル
真城といるのが幸せで、だから離れたくない。
夜高ミツル
離さない。
真城朔
しばらくそうして涙にくれていたが、
真城朔
やがてゆっくりと真城が面を上げる。
真城朔
涙で濡れた顔を覗かせながら、
夜高ミツル
視線が合う。
真城朔
開きかけた口を、
真城朔
閉じてしまった。
真城朔
「…………」
真城朔
うつむく。
夜高ミツル
「……どうした?」
真城朔
「…………」
真城朔
「……き」
真城朔
「きがえ……」
真城朔
ラフな格好ではあるが部屋着ではないパーカー。
夜高ミツル
「……あー」
真城朔
だし、外から帰ってきた格好だし……
真城朔
だから……
真城朔
ほんとは
真城朔
最初に着替えてもらうつもりで……
真城朔
だったのに……
夜高ミツル
名残惜しげに手を離す。
真城朔
手を離されて、
真城朔
ミツルを見てしまう。
真城朔
すぐに我に返って目をそらした。
夜高ミツル
「着替えるか……」
真城朔
「と」
真城朔
「とってく」
真城朔
「る」
真城朔
「俺……」
真城朔
身を起こした。
夜高ミツル
「頼む」
真城朔
「……うん」
真城朔
「…………」
真城朔
腕を離されても、
真城朔
未だミツルの胸の中。
真城朔
そこから出るのに、少し間があった。
真城朔
けれど振り払うように身を起こす。
真城朔
ベッドから起き上がり、衣装ケースに向かって
真城朔
ミツルのよく着ている部屋着の上下を引っ張り出して戻ってくる。
夜高ミツル
遅れて身体を起こす。
真城朔
「あ」
真城朔
「あと」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
部屋着を渡しながら……
真城朔
「おなか」
真城朔
「すいてたり」
真城朔
「とかは……」
夜高ミツル
礼を言って受け取る。
真城朔
「たべもの……」
真城朔
「料理」
真城朔
「なにか……」
真城朔
なにか……
真城朔
なにがあったっけ……
夜高ミツル
「あー」
夜高ミツル
「そうだな、なんか食いたいかも」
夜高ミツル
「冷凍庫に米と……ハンバーグと……」
真城朔
「うん」
真城朔
「うん、うん」
真城朔
うなずきうなずき……
夜高ミツル
あれやこれや、あった気がするものをあげていく。
夜高ミツル
狩りの前には足の早いものは作らないようにしている。
真城朔
だいなしにするとかなしいから……
夜高ミツル
悲しい。
真城朔
「たべ」
真城朔
「たべる?」
真城朔
「あっためて……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「うん」
真城朔
「し」
真城朔
「してくる」
夜高ミツル
「ありがとう」
夜高ミツル
「頼む」
真城朔
頷いた。
真城朔
ぱたぱたとキッチンの方に消えていく……
真城朔
冷蔵庫を開ける音とか調理器具を出す音だとかが聞こえてくる。
真城朔
ぱたぱたかちゃかちゃ……
夜高ミツル
真城を見送って、用意してもらった部屋着に着替える。
夜高ミツル
もぞもぞ……
夜高ミツル
脱いだ服は軽く畳んでまとめておいた。
真城朔
真城は完全に一人で料理の支度をすることはない。
真城朔
実際に一人でやってみる、というようなことがあっても、
真城朔
だいたいミツルに見守られてのことだ。
真城朔
なので、もたついている気配がある。
真城朔
電子レンジでなにかを温める音なども追加されているが……
夜高ミツル
そわ……
真城朔
あとなんか火の音が……
真城朔
じゅうう……
真城朔
「あっ」
夜高ミツル
見に行きてえ~………………
真城朔
「…………」
真城朔
もたもたどたばたしている。
夜高ミツル
そわそわしている……
夜高ミツル
気になる……
真城朔
しばらくして、お盆に一式を乗せて戻ってきた。
真城朔
お茶碗にお米と……
真城朔
レタスをちぎってプチトマトを添えただけのサラダと……
真城朔
温め直したミニハンバーグ、に
真城朔
黄身の潰れた目玉焼きが被った状態でくっついている。
真城朔
ハムエッグならぬハンバーグエッグみたいになってる……
真城朔
あとおしぼりも添えて……
真城朔
を、ローテーブルに置きました。
夜高ミツル
そわそわと真城を待っていたが……
夜高ミツル
用意してもらった食事を見ると、ぱっと表情を明るくする。
真城朔
笑顔を見て息をつく。
真城朔
「で」
真城朔
「でき」
真城朔
「た……?」
真城朔
疑問形になった……
夜高ミツル
「できてる」
真城朔
一人分のごはん。
真城朔
を、テーブルに置いて……
真城朔
真城は身の置き場を失ったように立っている。
夜高ミツル
「めちゃめちゃうまそう」
真城朔
「う」
真城朔
「あ」
真城朔
「あっためた」
真城朔
「くらい……」
夜高ミツル
ベッドを下りて、ローテーブルの前に。
真城朔
ごはん冷凍あったし……ミニハンバーグもそうだし……
真城朔
スープとか作れなかったし……
夜高ミツル
「サラダと目玉焼きもある」
真城朔
「や」
真城朔
「やぶれちゃった」
真城朔
「あ」
真城朔
「塩……」
真城朔
胡椒もしてない……
真城朔
とってこよう……
真城朔
ドレッシングもないし……
夜高ミツル
「そこは慣れだなー」
真城朔
ぱたぱたキッチンの方へ。
真城朔
塩コショウとドレッシング手に戻ってきた。
夜高ミツル
おしぼりで手を拭いている。
真城朔
ローテーブルにならべならべ……
真城朔
ならべました。
夜高ミツル
「ありがと」
真城朔
「…………ん」
真城朔
並べてまた立っている。
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「う」
夜高ミツル
促すように自身の隣を示す。
真城朔
促された先に視線を向ける。
真城朔
向けるが……
夜高ミツル
「来てくれ、真城」
真城朔
「うう」
真城朔
うー……になりながら
真城朔
おずおずとその隣に腰を下ろした。
真城朔
おろ……
夜高ミツル
「ん」
真城朔
ミニハンバーグは2個。
夜高ミツル
満足気に頷いて、食事に向き直る。
真城朔
に、卵が被ってくっついてしまっている。
夜高ミツル
手を合わせ……
夜高ミツル
「いただきます」
真城朔
フライパン一個しかないからハンバーグ温めながら目玉焼き作ろうとした……
真城朔
ら、くっついちゃったし黄身は破れるし……
真城朔
「…………」
真城朔
「はい……」
真城朔
よくわかんない返答が来た。
夜高ミツル
頷いて、
真城朔
なんかこげてるし……
真城朔
しょぼ……
夜高ミツル
サラダにドレッシング、目玉焼きには塩コショウをかける。
真城朔
おずおずとその様子を見ている……
夜高ミツル
箸を取って、目玉焼きに手を伸ばす。
真城朔
どきびく……
夜高ミツル
黄身が破れて白身と混ざり合っているのを一口分切って、口に運ぶ。
夜高ミツル
ぱく もぐもぐ……
真城朔
息を詰めて見守っている。
夜高ミツル
まくまくと食べていたのを飲み込んで、
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「おいしい」
真城朔
「……う」
真城朔
「ちゃ」
真城朔
「ちゃんと」
真城朔
「なってる……?」
真城朔
「殻」
真城朔
「とか……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「……なら」
真城朔
「よかっ、た」
真城朔
「けど」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「うまいよ」
真城朔
膝の上で拳を握り、指をすり合わせている。
夜高ミツル
笑って、また目玉焼きに箸を伸ばし
真城朔
落ち着かない様子でミツルの隣にいる。
夜高ミツル
小さく切り取って箸でつまむと、それを真城に差し出す。
真城朔
「…………」
真城朔
「?」
真城朔
首を傾げた。
夜高ミツル
「真城も」
夜高ミツル
「食わない?」
真城朔
「……俺は」
真城朔
「食べなくても、別に」
真城朔
「だいじょうぶ」
真城朔
「だし」
夜高ミツル
「せっかく作ったんだから、ほら」
夜高ミツル
「味見」
真城朔
「い」
真城朔
「いまから」
真城朔
「じゃ……」
夜高ミツル
「じゃあ」
夜高ミツル
「俺が真城と一緒に食べたい」
夜高ミツル
「から、食べてほしい」
真城朔
「…………」
真城朔
おろおろと視線を彷徨わせて……
真城朔
長くためらった末に、小さく口を開いた。
夜高ミツル
開けられた口に、目玉焼きを差し入れる。
真城朔
ぱく……
真城朔
もぐむぐ……
夜高ミツル
じ……
真城朔
「…………」
真城朔
「……めだま」
真城朔
「やき……」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「ちゃんと目玉焼きになってる」
真城朔
「…………」
真城朔
「うん……」
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
ミツルも頷いて、食事を再開する。
真城朔
その様子を見ている。
真城朔
やっぱり落ち着けない雰囲気はある……
夜高ミツル
真城に見守られながら、次はサラダをつまむ。
真城朔
おろ……
真城朔
こういうサラダくらいはよく任せてもらえるようになったけど……
真城朔
べつに……
真城朔
だいじょうぶだとおもうけど……
真城朔
味はドレッシングだし……
夜高ミツル
ぱく、と口に含む。
夜高ミツル
もしゃもしゃ……
真城朔
ちゃんとキッチンペーパーで水気拭いたし……
夜高ミツル
一人暮らしをしていた頃はサラダなんか全く作らなかったので、
夜高ミツル
こうしてよく食べるようになったのは真城と暮らすようになってから。
夜高ミツル
ミツルが健康であるのを真城は何よりも喜ぶ。
夜高ミツル
喜んでくれるから、ミツルはそうする。
夜高ミツル
そうして、真城が用意してくれたサラダをもしゃもしゃと食んで飲み込み
夜高ミツル
「うまい」
夜高ミツル
とまた笑う。
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの笑顔に、笑顔を返せない。
真城朔
「……だった、ら」
真城朔
「よかっ」
真城朔
「た」
真城朔
「け、ど」
真城朔
無言はどうにか避けようと、
真城朔
言い訳のような声が出る。
夜高ミツル
「真城が用意してくれたからおいしい」
真城朔
「た」
真城朔
「大したことしてない……」
真城朔
いつもの……
真城朔
ちぎって洗って拭いて盛っただけ……
夜高ミツル
「真城がしてくれたのが大事なんだよ」
真城朔
「で」
真城朔
「も」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城と一緒に作ったり、真城が作ってくれたりしたやつはさ」
真城朔
ミツルを見る。
夜高ミツル
「自分で、自分が食べるために作るやつよりおいしいよ、やっぱり」
真城朔
俯いた。
夜高ミツル
「うまいし、うれしい」
真城朔
「……俺」
真城朔
「俺に、できて」
真城朔
「それで」
真城朔
「ミツが嬉しい」
真城朔
「なら」
真城朔
「なんでも……」
真城朔
「俺……」
真城朔
する、と、小さな声で。
夜高ミツル
「……ありがとう」
真城朔
「…………」
真城朔
これまた小さく頷いた。
夜高ミツル
手を伸ばしかけて、食事中なので思いとどまる。
夜高ミツル
冷める前にと箸を動かす。
真城朔
落ち着かない様子ながらそれを見守っている。
夜高ミツル
病院帰りとはいえ、もう食欲はいつも通りに戻っている。
夜高ミツル
見守られながら箸を進めていき……
真城朔
ちらちら……
夜高ミツル
きれいに空になった食器の前に、箸を置いた。
夜高ミツル
「ごちそうさま」
真城朔
完食……
真城朔
ほっとしている。
真城朔
「お」
真城朔
「おそまつさま」
真城朔
「でした……?」
夜高ミツル
「うまかった」
夜高ミツル
「ありがとな」
真城朔
「う」
真城朔
「うん」
真城朔
頷く。
夜高ミツル
今度こそ手を伸ばして、頭を撫でた。
真城朔
「よかっ、た」
真城朔
「…………」
真城朔
撫でられている。
真城朔
その場で固まっている。
真城朔
ミツルを部屋着に着替えさせたものの、真城は帰ってきたときの格好のまま。
真城朔
「あ」
真城朔
「片付ける」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「から」
真城朔
お盆に手をかけ……
夜高ミツル
残念そうに手を離す。
真城朔
調味料ものせてのせて
真城朔
「ミツは」
真城朔
「寝てて」
真城朔
「いい、から」
真城朔
「…………」
真城朔
立ち上がる。
夜高ミツル
「……ありがとう」
真城朔
頷いた……
真城朔
台所へと消えていく。
真城朔
一人で洗い物をする音。
夜高ミツル
身体を起こして、ベッドに戻る。
真城朔
さすがにそこまで……もたつかないぞ!
真城朔
たぶん……
夜高ミツル
洗い物はいつもしてるからな……
真城朔
だいじょうぶ……
真城朔
だいじょうぶそう。変な声はしなかった。
真城朔
しないまま戻ってくる。
夜高ミツル
後片付けについてはあんまり心配してない。
真城朔
ととと……
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「おかえり」
真城朔
「た」
真城朔
「だいま」
真城朔
「…………」
真城朔
ベッドに戻ったミツルを突っ立ったまま見ている。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
ベッドの上、まだ上体は起こしたまま
夜高ミツル
真城に向かって両腕を広げる。
真城朔
「…………」
真城朔
おずおず……
真城朔
またためらいがちにミツルの腕の中へと。
夜高ミツル
抱きとめる。
真城朔
抱きとめられる。
真城朔
今度はすぐに顔を胸に埋めた。
夜高ミツル
そのまま、ゆっくりとベッドに倒れ込む。
夜高ミツル
マットレスを軋ませて、二人で寝転ぶ。
真城朔
細い身体が横たえられる。
真城朔
「…………」
真城朔
「まだ」
真城朔
「きがえてない……」
夜高ミツル
「……そうだなー」
真城朔
「…………」
真城朔
口ではそう言いながら、起き上がることができずにいる。
夜高ミツル
ミツルの方も腕をゆるめず、そのまま脚を絡ませる。
真城朔
「荷物も……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「洗濯」
真城朔
「しないと」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「明日」
夜高ミツル
「一緒にやろう」
真城朔
「掃除……」
真城朔
「俺」
真城朔
「できる」
真城朔
「し」
夜高ミツル
「分かってる」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城一人でもできる」
夜高ミツル
「俺が、一緒がいいだけ」
真城朔
「それ、じゃ」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「なんにも……」
夜高ミツル
「いてほしい時にいてくれてる」
夜高ミツル
「飯も作ってくれた」
真城朔
「た」
真城朔
「いしたこと」
真城朔
「じゃ」
夜高ミツル
「ある」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「真城にしかできない」
夜高ミツル
「真城じゃないと、俺は嬉しくない」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺、は」
真城朔
「だれでも」
真城朔
「いい」
真城朔
「の、に」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
夜高ミツル
「……誰が相手でも、俺といるときくらい嬉しいか?」
夜高ミツル
「違うだろ」
真城朔
「う」
真城朔
「ぅー……」
夜高ミツル
「そうじゃないよな」
夜高ミツル
「誰でもいいはずないよ」
真城朔
「み」
真城朔
「ミツの、こと」
真城朔
「うらぎる……」
夜高ミツル
「真城が?」
夜高ミツル
ありえない、と首を振る。
真城朔
頷いている。
真城朔
ミツルの胸に顔を埋めたまま。
夜高ミツル
「真城が俺のこと一番に思ってくれてるの、分かってるよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「でも……」
夜高ミツル
「……身体のこと」
夜高ミツル
「気にするな、って言っても難しいだろうけど……」
夜高ミツル
胸に埋められた頭をやわらかく撫でる。
真城朔
撫でられて首を縮めている。
夜高ミツル
「俺はそれで真城のこと嫌いになったりはしない」
夜高ミツル
「絶対」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツの」
真城朔
「とこ」
真城朔
ぽつぽつと言葉を漏らす。
夜高ミツル
それに耳を傾ける。
真城朔
「いけな、かっ」
真城朔
「た……」
真城朔
啜り泣く。
夜高ミツル
「…………?」
夜高ミツル
首を傾げる。
夜高ミツル
「何が?」
真城朔
「まっててくれたのに……」
夜高ミツル
「行けなかったのは俺だろ」
真城朔
「俺」
真城朔
「ぜんぜん」
真城朔
「だめ、で」
真城朔
「ぜんぜん……」
真城朔
「なにも……」
夜高ミツル
「……真城、ごめん」
夜高ミツル
「何の話だ?」
真城朔
「…………ぅ」
真城朔
「うぅ」
真城朔
背中を震わせている。
夜高ミツル
「…………行けなかったのは、俺だよ」
夜高ミツル
「もっと早く助けに行けてたら良かったのに……」
真城朔
「お」
真城朔
「俺だっ、て」
真城朔
「ちゃんと」
真城朔
「できなきゃ……」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツに」
真城朔
「させてばっか、じゃ」
真城朔
「ずっと」
真城朔
「そんなのじゃ……」
夜高ミツル
「想像しか、できないけど」
夜高ミツル
「気合いとかでどうにかなるもんじゃないんだろ……?」
真城朔
「で」
真城朔
「っ」
真城朔
「できる」
真城朔
「か、も」
真城朔
「だし」
夜高ミツル
「……魔女に狙われて、自分ではどうしようもできない時の」
真城朔
「でき」
真城朔
「できなきゃ……」
夜高ミツル
「ああいう感じなのかなって、俺は思ってるんだけど……」
真城朔
「ちゃんと……」
真城朔
「できる……」
真城朔
「でき、っ」
真城朔
「あ」
真城朔
「ぁ……っ」
真城朔
嗚咽に声が紛れる。
夜高ミツル
「…………頑張ったんだよな」
夜高ミツル
「逃げようとしたんだよな」
夜高ミツル
「間に合わなくて、ごめん」
真城朔
「な」
真城朔
「な、い」
真城朔
「がんば、って」
真城朔
「できて」
真城朔
「ないか、ら」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
背中を撫でる。
夜高ミツル
「……頑張ったよ」
真城朔
背骨の浮いた頼りない背中はずっと震えている。
真城朔
首を振る。
夜高ミツル
「頑張っても、気合いを入れても、それでもどうしようもないのが魔女とか吸血鬼の力だろ」
夜高ミツル
「だから俺がいて」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「…………ごめんな」
真城朔
「…………ぃ」
真城朔
「みつ」
真城朔
「は」
真城朔
「わるくな、い」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「……真城を守るために一緒に行ってるんだから」
夜高ミツル
「守れなかったなら、俺の責任だよ」
真城朔
「そ、んな」
真城朔
「しなきゃいけない」
真城朔
「理由」
真城朔
「ない」
夜高ミツル
「あるだろ」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「真城が好きだから」
夜高ミツル
「大事だから」
真城朔
「い、っ」
真城朔
「ない」
真城朔
「ない……」
真城朔
「ぎ」
真城朔
「義務、じゃ」
真城朔
「ないよ」
真城朔
「ない」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「俺がそうしたいからしてるだけ」
真城朔
「俺」
夜高ミツル
「誰かにやれって言われたわけじゃない」
真城朔
「俺、なんか」
真城朔
「に……」
夜高ミツル
「真城だからだよ」
真城朔
「…………っ」
真城朔
息を呑み込んでいる。
夜高ミツル
「真城が好きだから、大事だから」
夜高ミツル
「一緒にいたい」
夜高ミツル
「守りたい」
夜高ミツル
「悲しい気持ちさせたくない」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「しあわせにしたい」
真城朔
呼吸の音。
真城朔
「で」
真城朔
「できない……」
真城朔
「なれな、い」
真城朔
「なっちゃ」
真城朔
「だめ、で……」
夜高ミツル
「……する」
夜高ミツル
「諦めない」
真城朔
「だめ」
真城朔
「だめだから……」
夜高ミツル
「ダメでも、する」
真城朔
「お」
真城朔
「俺、が」
真城朔
「なる気」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「させるよ」
真城朔
「され、ない」
真城朔
「できない」
真城朔
「できない……」
夜高ミツル
「……する」
真城朔
首を振る。
真城朔
顔をミツルの胸に埋めたままに。
夜高ミツル
ほとんどない隙間をなくすように、さらに抱き寄せる。
真城朔
「ぁ」
真城朔
「あー……」
夜高ミツル
「……しあわせに、するよ」
真城朔
押し殺すことができず声が漏れる。
真城朔
「や」
真城朔
「だ」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「嫌でも、する」
真城朔
「やだ」
真城朔
「や、じゃ」
真城朔
「ないと」
真城朔
「だめで」
真城朔
「だめだから……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「俺が、勝手にそうするから」
真城朔
「……そ」
真城朔
「んなの」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「もったいな、い」
夜高ミツル
「なくない」
真城朔
「もったいない……」
真城朔
「し、ても」
真城朔
「しかたない」
真城朔
「し」
真城朔
「でき、ない」
真城朔
「のに」
夜高ミツル
「真城が笑ってくれると嬉しいよ」
真城朔
「う……」
夜高ミツル
「喜んでくれると俺もしあわせで」
真城朔
「わ」
真城朔
「わらわな、い」
真城朔
「よろこばない……」
真城朔
「ないて」
真城朔
「ないてばっか」
真城朔
「で」
真城朔
「俺」
真城朔
「ずっと……」
夜高ミツル
「……喜んでくれてる」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「……花見、楽しかったよな」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「暖かくなって、風が吹いても冷たくなくて」
夜高ミツル
「弁当もうまかったし」
真城朔
「あ」
真城朔
「あれ、は」
真城朔
「まちがい……」
真城朔
「わす、っ」
真城朔
「わすれて、て」
真城朔
「だから」
真城朔
「だめで」
夜高ミツル
「……間違いでいい」
夜高ミツル
「俺も、楽しかったよ」
真城朔
「よ」
真城朔
「よくな、っ」
真城朔
「うぅ」
夜高ミツル
「膝枕してもらって」
真城朔
「ぅー……」
夜高ミツル
「真城と桜と空が一緒に見えて、きれいだった」
真城朔
「ぁ」
真城朔
「ぁあ」
真城朔
「っ」
夜高ミツル
「……桜、まだ咲いてたな」
夜高ミツル
「散る前にもう一回くらい見に行ってみるか?」
真城朔
「……み」
真城朔
「ぅ、う」
真城朔
「っミツ、が」
真城朔
「い」
真城朔
「いきた、っ」
真城朔
「い、なら」
夜高ミツル
「行きたいよ」
夜高ミツル
「一緒に、行きたい」
真城朔
「あ」
真城朔
「あ……っ」
夜高ミツル
「一緒に見たい」
真城朔
声を抑えきれずに泣いている。
夜高ミツル
「きれいなもの見るのも、おいしいもの食べるのも」
夜高ミツル
「全部、真城と一緒だから嬉しい」
夜高ミツル
「真城とじゃないと意味ない」
真城朔
「い」
真城朔
「意味、は」
夜高ミツル
「ない」
真城朔
「俺なんか」
真城朔
「いな、いなくても……っ」
夜高ミツル
「真城とじゃないと、ダメだ」
真城朔
「だ」
真城朔
「だめじゃない」
真城朔
「だめじゃ……」
真城朔
消え入るような声。
夜高ミツル
「……ダメなんだよ」
真城朔
「ぅ……」
夜高ミツル
「……一緒に、行こうな」
夜高ミツル
抱きしめる。
真城朔
それに抗えない。
真城朔
抱きしめられてさらに顔を埋めて、
真城朔
ただ、小さな嗚咽を漏らした。
夜高ミツル
頭をやわらかく撫でる。
真城朔
その手から逃れることができない。
真城朔
震えた呼気を吐きながら、ミツルの胸元を涙で濡らしている。
真城朔
怪我なんて全部治っているはずなのに、
真城朔
ミツルを手助けしなければならない側のはずなのに、
夜高ミツル
ミツルの方も逃がすつもりはなく。
真城朔
そこから逃れられずに泣いている。
真城朔
泣いて、泣いて、
真城朔
その身体が少しずつ脱力していく。
夜高ミツル
細い身体を腕の中に閉じ込めて、ぴったりと身を寄せ合って。
真城朔
押し殺すような吐息が、穏やかな寝息へと移りゆく。
夜高ミツル
触れ合った身体から力の抜けていくのを感じていた。
真城朔
ミツルへと身体を委ねて。
真城朔
涙に濡れた顔が、ゆらり傾いて上向いた。
夜高ミツル
胸に擦り寄せて乱れた髪を、指先ですいて整える。
真城朔
小さな寝息を立てている。
真城朔
その表情はあまり安らかなものとは言えない。
夜高ミツル
頬を濡らす涙を拭う。
夜高ミツル
額に顔を寄せて、口づけを落とし
夜高ミツル
腕の中にぬくもりを抱いたまま、瞼を閉じた。