2021/05/09 朝

真城朔
ぬくもり。
真城朔
胸の中の、今は自分とそう差のない体温。
真城朔
あたたかい。
夜高ミツル
腕の中のぬくもりをさらに抱き寄せて
夜高ミツル
ぼんやりと瞼を持ち上げる。
真城朔
「ん」
真城朔
「みゅ……」
夜高ミツル
みゅ?
真城朔
ミツルの頬に胸をすり寄せて、すやすや眠っている。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
薄い背中が小さく上下している。
夜高ミツル
擦り寄せられた頭に手を回して、そっと撫でる。
真城朔
長く滑らかな髪に触れられている。
真城朔
いつもの光景。
真城朔
では、ある。
夜高ミツル
大抵ミツルの方が先に目覚めて、こうして真城が起きるのを待つ。
真城朔
どうにも朝に弱い真城は、ミツルが起きてもしばらくは目覚めない。
真城朔
意識のないままミツルにくっついて、
夜高ミツル
ミツルの方も無理に起こすことはしない。
真城朔
頬をすり寄せて、
真城朔
小さな寝息を立てている。
夜高ミツル
触れるにも、眠りの邪魔をしない程度に。
真城朔
そうしていると、時折わずかに表情を緩めたりなどする。
真城朔
ミツルの胸に額を寄せて、
真城朔
「んー…………」
真城朔
間の抜けた声を漏らしなど。
夜高ミツル
その動作の一つ一つに、愛しげに目を細める。
夜高ミツル
髪に触れて、指ですいて整えて、
夜高ミツル
そうしているうちに、ふと自分の指先に目線がいく。
真城朔
すやすや……
夜高ミツル
爪が少し伸びてきたな、と気づく。
夜高ミツル
一般的にはまだ短いといえる範囲だろうが。
夜高ミツル
真城とこうする関係になってからは、爪は短く整えるようになった。
真城朔
すり、とまたミツルの胸に頬をすりよせる仕草。
夜高ミツル
真城に触れる時、万が一にも傷や痛みを与えないように。
夜高ミツル
すり寄せられて、また頭を撫でる。
真城朔
言葉としてのかたちを持たない、ただ心地よさそうな声を漏らす。
真城朔
それから。
真城朔
「……ミツ」
真城朔
「ミツ……」
夜高ミツル
「……真城?」
夜高ミツル
起きたかな、と様子を窺う。
真城朔
ミツルの見守る中、
真城朔
動物的な仕草でまた頬を寄せ、ミツルの胸に顔を押しつけた。
真城朔
寝息は今も穏やかに規則的に。
真城朔
いまだまどろみの中にある。
夜高ミツル
規則的な呼吸に合わせて、ゆっくりと掌が髪の上を滑る。
真城朔
「ん~」
真城朔
もぞもぞとしがみついてくる。
真城朔
指先がミツルの寝間着の胸元を掴む。
真城朔
ミツルと同じで、それほどではないが、
真城朔
爪が伸びつつある。
夜高ミツル
抱き寄せながら、あとで切るか……とぼんやり考える。
真城朔
丸みを帯びた爪の淡桃から、白くはみ出て主張するところ。
真城朔
それがミツルの服をたぐって皺を作る。
夜高ミツル
ぴったりと、身を寄せ合っている。
真城朔
それからもしばし真城はミツルの胸で惰眠を貪っていたが……
夜高ミツル
ミツルも一瞬うとうとしたりまた覚醒したり……
真城朔
やがて、もぞ、と身動ぎ。
真城朔
むずむずと頭を、額をミツルの胸に押しつけていたが、
真城朔
やがてぼんやりとまぶたを上げる。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
焦点の合わぬ瞳で、目の前のミツルの胸を見つめている。
夜高ミツル
「おはよ、真城」
真城朔
声をかけられて、ゆっくりと顔を上げる。
真城朔
ミツルの顔に焦点が合う。
夜高ミツル
見つめ合う。
真城朔
瞬き、それから。
真城朔
「……お」
真城朔
「はよう……」
真城朔
かすかな声で応える。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
応えて、視線を下げた。
真城朔
ミツルの顔ではなく胸を見つめている。
夜高ミツル
やわらかく背中を撫でる。
真城朔
その手のひらからは逃れはしないが……
真城朔
「…………」
真城朔
「………………」
夜高ミツル
「…………」
真城朔
やがて俯いたまま、目の端に涙を滲ませた。
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
すぐにそれが堪えきれなくなって頬を濡らす。
真城朔
シーツにしみを作っていく。
真城朔
「……う」
真城朔
うう、と、意味のない呻き声。
真城朔
唇をひらいて、
真城朔
結局なにも言葉にならないまま、
真城朔
透明な吐息を漏らしている。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
抱き寄せる。
真城朔
「あ」
真城朔
「み、ミツ」
真城朔
抱き寄せられて抗わずとも、
夜高ミツル
「うん」
真城朔
どこか落ち着かないような、
真城朔
急き立てられているような声を出す。
真城朔
焦っている。
真城朔
怯えて、いる。
真城朔
ミツルの腕の中、
真城朔
安堵を得ながら恐怖に苛まれている。
夜高ミツル
落ち着かせるように、背中に触れて、撫でる。
真城朔
「……だ」
真城朔
「だめ」
真城朔
「だめだ」
真城朔
「こん、な」
真城朔
「の」
夜高ミツル
「……俺が、こうしたい」
真城朔
「で」
真城朔
「でも……」
夜高ミツル
「真城と一緒にいたい」
夜高ミツル
「触れていたい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「こうしたいんだ」
真城朔
「よ、っ」
真城朔
「よくない」
真城朔
「のに」
夜高ミツル
「よくなくても」
真城朔
「よくない……」
夜高ミツル
「……でも、こうしてたいんだよ」
夜高ミツル
なおも身体を寄せる。
夜高ミツル
僅かな隙間さえもなくすように。
真城朔
顔が埋まって、表情が見えなくなる。
真城朔
けれど身体が震えている。
真城朔
身体が震えて、
真城朔
しかしその指先はミツルの胸を縋っている。
真城朔
少し爪の伸びた指先が。
夜高ミツル
掌が震える背中に触れている。
真城朔
呼吸の乱れに背中が跳ねるのもよく分かる。
真城朔
息を殺し、涙を殺し、声を殺している。
真城朔
存在そのものを世界に知られぬよう。
真城朔
精一杯に身を縮めている。
真城朔
ミツルの胸の中。
夜高ミツル
守るように、隠すように、腕の中に閉じ込めている。
真城朔
細い身体。
真城朔
それでも、ミツル一人の腕で隠すには大きすぎる。
真城朔
見つかる。そうと知られゆく。
真城朔
捉えられて、
真城朔
その手に落ちる。
真城朔
それが、既に二度。
夜高ミツル
歯がゆい。不甲斐ない。
夜高ミツル
真城を守るために傍にいるのに。
真城朔
大丈夫だと。
真城朔
平気だと真城は口で訴える。
夜高ミツル
だけど現に今、傷つけられてこうして泣いている。
真城朔
離れなければならないと言う。
夜高ミツル
離れられない。
夜高ミツル
離したくない。
真城朔
共にあることをおかしいと言い張って、
真城朔
それでもミツルの腕から逃れられずにこうしている。
夜高ミツル
真城がここにいてくれることが嬉しい。
真城朔
その庇護に、今も甘んじている。
夜高ミツル
その気になればいくらでも逃げ出せるはずなのに、そうしないでいてくれている。
真城朔
それを罪と知って涙を滲ませる。
真城朔
ミツルの胸元を濡らしている。
夜高ミツル
それが罪だというのなら、
夜高ミツル
その責任はミツルにある。
真城朔
ミツルを巻き込みたくないのに。
真城朔
ミツルから離れられずにいる。
夜高ミツル
そうしてほしい。
夜高ミツル
巻き込んでほしい。
夜高ミツル
一緒にいてほしい。頼ってほしい。離れないでほしい。
真城朔
ミツルの願いを肯んずること叶わず、今も涙に暮れている。
夜高ミツル
涙を流す真城に、そっと寄り添う。
真城朔
寄り添う熱に身を任せている。
夜高ミツル
抱き寄せて、背中を頭を撫でて。
夜高ミツル
真城が落ち着くまで、そうしていた。
真城朔
そうしてたっぷり時間の経ち、もはや昼時に差し掛かるころ。
真城朔
真城がおずおずと顔を上げる。
真城朔
涙で顔を濡らしたまま、気遣わしげに唇を震わせた。
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「おなか……」
真城朔
「…………」
真城朔
「ごはん」
夜高ミツル
「あ~……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
付き合わせている……とまた俯いた。
夜高ミツル
「飯作るか」
夜高ミツル
俯く頭にまた手を添わせ
真城朔
その手のひらからも逃れずに。
真城朔
「……ん」
真城朔
小さく頷いた。
真城朔
食卓を台ふきんで拭いている。
真城朔
朝ごはんの支度をしながらも泣いたり泣き止んだり……
真城朔
何かと手間と時間がかかり、すっかり正午。
夜高ミツル
拭きあげられた食卓に、食事を乗せた盆を運んでいく。
夜高ミツル
ローストビーフ丼と味噌汁、サラダ。
夜高ミツル
朝食としては重めではあるけど、起きてからそれなりに時間も経っているし、若いし。
真城朔
真城はいつでも小食で量が少なめなので逆に関係なく……
夜高ミツル
それぞれの前に配膳する。
真城朔
ローストビーフ丼とちっちゃいローストビーフ丼
真城朔
味噌汁もつくった……
真城朔
もたつきながら……
真城朔
見守られ……
夜高ミツル
見守った。
真城朔
涙を拭かれながら……
真城朔
じゃがいもとたまねぎの味噌汁。
真城朔
プレーン。
真城朔
二人並んで配膳された朝食の前に座る。
夜高ミツル
隣に並ぶ。
夜高ミツル
手を合わせて、
夜高ミツル
「いただきます」
真城朔
「いただきます」
真城朔
唱和。
真城朔
箸を取り……
真城朔
ミツルの顔を窺いながらローストビーフをつまむ。
真城朔
ちらちら……
夜高ミツル
ミツルも真城を窺うため、目が合う。
真城朔
合ってしまった。
真城朔
おろ……
夜高ミツル
合っちゃった……
真城朔
箸が止まる。
真城朔
「み」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「食べない……?」
夜高ミツル
「あ」
夜高ミツル
「食べる」
夜高ミツル
味噌汁の椀を取る。
真城朔
じ……
夜高ミツル
真城が作ってくれた味噌汁に口をつける。
真城朔
その様子をどこか心配そうに見ている。
真城朔
じゃがいもの芽ちゃんととれてたかな……
真城朔
見てもらってたけど……
夜高ミツル
一口飲んで、それから箸で具を口に入れて、
夜高ミツル
もぐ……
夜高ミツル
飲み込む。
真城朔
じー……
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「うまい」
真城朔
ほっとした。
夜高ミツル
真城の方を見て、笑う。
真城朔
明らかにほっとしている……
真城朔
また目が合った。
真城朔
「……ん」
真城朔
合わせてなんとか笑う。
夜高ミツル
「切るのうまくなったよな」
真城朔
「い」
夜高ミツル
「ちゃんと大きさも揃ってるし」
真城朔
「いっぱい教えてくれた」
真城朔
「から……」
真城朔
「味、とか」
真城朔
「自信」
真城朔
「まだだし」
真城朔
味見してもらってる……
夜高ミツル
「おいしいよ」
真城朔
「よかっ」
真城朔
「た」
真城朔
こくこく……
真城朔
頷いている。
真城朔
箸がすっかり止まっている。
真城朔
ローストビーフもお米の上に戻してしまった……
真城朔
ほんのちょこっとのお米だが……
夜高ミツル
頷いて、
夜高ミツル
動きの止まった手元を見る。
真城朔
「……あ」
真城朔
視線に気づいた……
真城朔
えと……
夜高ミツル
「……食えるか? 大丈夫?」
真城朔
「た」
真城朔
「たべる」
真城朔
「食べられる……」
真城朔
何度も頷いて、改めてローストビーフを取る。
夜高ミツル
「ん」
真城朔
小さめ薄めに切られたそれを口に運んで
真城朔
もぐもぐ……
真城朔
咀嚼している。
夜高ミツル
そのまま食べる様子を見つめている。
真城朔
咀嚼に時間をかけている。
夜高ミツル
食べてるなあ。
真城朔
よく噛み よく味わい
真城朔
やがて飲み込んで……
真城朔
「お、おいし」
真城朔
「おいしいよ」
真城朔
訴えるように言います。
夜高ミツル
今度はミツルの方の手がすっかり止まっている。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「よかった」
真城朔
頷く。
真城朔
「ミツが」
真城朔
「作ってくれる、の」
真城朔
「おいしい」
真城朔
「から……」
夜高ミツル
「ありがと」
夜高ミツル
「真城がおいしいって言ってくれると嬉しい」
真城朔
「……う」
真城朔
「うん」
真城朔
「うん……」
真城朔
よくわからない調子で頷いている。
真城朔
「お」
真城朔
「俺もそう、だし」
真城朔
「ミツみたいに」
真城朔
「うまく、ないけど……」
夜高ミツル
「うまいし、どんどんうまくなっていってるよ」
真城朔
「た」
真城朔
「大したもの、は」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「教えてくれてるから」
真城朔
「だし」
真城朔
「そうじゃないと……」
夜高ミツル
「練習していけばできるようになるって」
夜高ミツル
「俺ももっとうまく教えられたらいいんだけどなー」
真城朔
「お」
真城朔
「おしえてもらって」
真城朔
「る……」
夜高ミツル
「もっとうまく……手際よく……こう……」
夜高ミツル
もた……あわ……になりがち。
夜高ミツル
マルチタスクが苦手。
真城朔
「もっと……?」
真城朔
さらにあわあわになってるからあまり気づかない……
夜高ミツル
「もっと」
夜高ミツル
頷く。
真城朔
「もっと……」
真城朔
思いを馳せている……
夜高ミツル
思い出したように箸を動かして、ローストビーフと米を口に運ぶ。
夜高ミツル
ぱくっ
夜高ミツル
もくもく……
真城朔
はっ……
真城朔
食べてるのを見て食事中なのを思い出しました。
夜高ミツル
実はそう
真城朔
今更のように涙を拭い……
真城朔
こちらもローストビーフを食べている。
真城朔
お米もつまんで……
真城朔
もくまく
夜高ミツル
ローストビーフ丼、なんとなく手軽に作れるメニューという感じになっている。
夜高ミツル
切って乗せるだけ……
真城朔
ローストビーフはなんか定期的に作ってるから……
真城朔
低温調理器があるから……
夜高ミツル
活用している。
真城朔
半ば常備菜みたいになっている。
真城朔
真城も好きだから嬉しいけど……
真城朔
嬉しいけど……
真城朔
嬉しい。
真城朔
おいしい……
真城朔
もぐもぐ……
夜高ミツル
真城が喜ぶからよく作る。
真城朔
味噌汁もちょっと飲んでみて……
真城朔
変な味ではないのを再確認している。
真城朔
よく作ってもらっている。
夜高ミツル
サラダにも箸を伸ばす。
夜高ミツル
サラダがあるのはミツルの方だけ。
真城朔
基本的にサラダ食べない生き物……
真城朔
でもミツルには食べさせたがる生き物
夜高ミツル
一人暮らしのころと違って、ちゃんとバランスよい食事になるよう気をつけている。
夜高ミツル
もしゃもしゃ……
真城朔
ミツルの身体がいつでも心配で……
真城朔
もぐもぐ……
真城朔
流石に各自食べている。
真城朔
食べているが、お互い様子は窺っている。
真城朔
ちらちら……
夜高ミツル
ちら……
夜高ミツル
いつでも相手の様子を気にする。
真城朔
そして目が合う。
夜高ミツル
ぱち……
真城朔
きょと……
真城朔
「お」
真城朔
「おいしい」
真城朔
繰り返した。
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
頷いている。
夜高ミツル
言わせたみたいになってしまった……
真城朔
ちゃんとおいしいとおもってる……
真城朔
ミツの作ってくれたローストビーフ あさごはん
真城朔
味がして……
真城朔
お肉で
真城朔
食べなくていいけど力のつく感じの……
夜高ミツル
肉はおいしい。
真城朔
いいお肉をローストビーフにして丼にしている……
夜高ミツル
贅沢な休日。
夜高ミツル
休日も平日も関係ないけど……
真城朔
休日は外に出るのをなるべく控える日。
真城朔
人が多いので……
真城朔
ぼんやり起きて 昼過ぎまで付き合わせて
真城朔
…………
真城朔
つきあわせた……
真城朔
肩を落とした。
夜高ミツル
落ち込んでいる気配を感じる……
真城朔
もぐもぐ……
真城朔
お肉を咀嚼しながら落ち込んでいる。
夜高ミツル
その様子をちらちらと窺いながら箸を進める。
真城朔
お味噌汁も飲み干して……
真城朔
あとはローストビーフだけになった。
真城朔
好きなものを最後にしたがる派
夜高ミツル
一方、残しておくとめぐるに取られることがあったので、すぐに食べる癖がついている。
真城朔
ちまちま食べていたのが、やっと最後の一切れを頬張っている。
夜高ミツル
丼を食べきって、味噌汁を啜っている。
真城朔
もぐもぐ……
真城朔
これまた視線が合うが……
夜高ミツル
ぱち……
真城朔
もぐ……むぐ……
真城朔
おろ……
夜高ミツル
「うまいよ」
真城朔
「ん」
真城朔
お肉があるから口を開けなかった。
真城朔
「ん……」
真城朔
代わりとばかりに頷いている。
夜高ミツル
それを見てミツルも頷いて、椀に口をつけて飲み干す。
真城朔
長い咀嚼の後飲み込んで……
夜高ミツル
サラダも食べきって……
夜高ミツル
ぱりぱりもしゃもしゃ
真城朔
見ている……
夜高ミツル
葉っぱを食べている。
夜高ミツル
飲み込む。
真城朔
自分は食べない葉っぱをミツルに食べさせている……
真城朔
ちょっと罪悪感がないでもないけど……
真城朔
でも必要なことで……
夜高ミツル
前はコスパが悪いから食べてなかっただけで、別に野菜嫌いではない。
夜高ミツル
サラダは腹が膨れない……
真城朔
自分はあんまり好きじゃないから食べないくせにみたいな気持ち、ゼロではない。
真城朔
食べなくていいとは言われているけど……
夜高ミツル
真城が食べられる量はミツルよりずっと少ないので、おいしく食べられるものだけを食べさせてやりたい。
夜高ミツル
箸を置いて、手を合わせる。
真城朔
合わせます。
夜高ミツル
「ごちそうさま」
真城朔
「ごちそうさま、でした」
真城朔
「…………」
真城朔
俯いた。
夜高ミツル
身体ごと、真城の方に向く。
真城朔
座ったまま俯いている……
夜高ミツル
俯いた頭に手を乗せる。
夜高ミツル
撫で……
真城朔
撫でられ……
真城朔
「……ご」
真城朔
「ごめん……」
夜高ミツル
「別に謝るようなことされてないよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「……す、ぐ」
真城朔
「こんな……」
夜高ミツル
「気にしてない」
真城朔
「でも」
真城朔
「楽しく、ない」
真城朔
「だろうし」
夜高ミツル
「……真城が元気でいてくれたらそりゃ嬉しいけど」
夜高ミツル
「でも、無理される方が嫌だ」
真城朔
「…………」
真城朔
「元気、なら」
真城朔
「よかったのに……」
真城朔
「ずっと」
真城朔
「いつでも」
真城朔
「ミツに、めんどう」
真城朔
「かけないで……」
夜高ミツル
「そんな風にはできないよ、誰も」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツは」
真城朔
「元気で、いてくれる……」
真城朔
「俺と」
真城朔
「違って」
夜高ミツル
「今はな」
夜高ミツル
「ずっとこうかは分からない」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺は」
真城朔
「ずっと、こうで……」
夜高ミツル
「……真城が、悲しかったりつらかったり、そういうの」
夜高ミツル
「無理に隠さないでいてくれるのが、嬉しいよ」
真城朔
「う」
真城朔
「…………」
真城朔
また俯いた。
夜高ミツル
「前はずっと無理してたんだろ?」
真城朔
「し」
真城朔
「してない」
真城朔
「べつに……」
夜高ミツル
一層に俯いた頭をまた撫でる。
真城朔
撫でられている……
真城朔
「ず」
真城朔
「ずっと、普通」
真城朔
「で」
真城朔
「無理とか……」
真城朔
「ぜんぜん……」
夜高ミツル
「……そんなはず、ないよ」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「あ」
真城朔
る、と言い募りかけた声が、
真城朔
名前を呼ばれて途切れる。
夜高ミツル
「つらいことも、悲しいことも、嫌なことも」
夜高ミツル
「そうだって、俺は言ってほしいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
涙を流している。
夜高ミツル
「そう思う自分のことを、否定しないでほしいっていうか……」
真城朔
「で、でも」
真城朔
「ずっと」
真城朔
「暗い、し」
真城朔
「暗くなる……」
夜高ミツル
「……そういう時間も必要だ、と、思う」
真城朔
「ず」
真城朔
「ずっと」
真城朔
「ずっと、は……」
夜高ミツル
「……そうじゃなくできたらいい、とは勿論思ってる」
夜高ミツル
「思ってるのは前提として」
真城朔
「お」
真城朔
「俺が」
真城朔
「そう、しないと」
真城朔
「俺が、悪いから」
真城朔
「俺が……」
真城朔
「ちゃんと」
夜高ミツル
「……ずっと、真城がそう思ってても」
夜高ミツル
「俺は傍にいるよ」
夜高ミツル
「離れない」
真城朔
「…………」
真城朔
「そう……」
夜高ミツル
「真城を、支える」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「でも」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……でも?」
真城朔
しばらく黙り込んでいたが……
真城朔
「……お」
真城朔
「お皿……」
真城朔
「片付け……」
夜高ミツル
「…………あ~」
真城朔
がびがびに……
真城朔
お米が……
夜高ミツル
少し、悩むように間を置いて
夜高ミツル
「そうだな」
夜高ミツル
「片付けよう」
真城朔
「か」
真城朔
「片付ける」
真城朔
「する……」
真城朔
腰を上げた。
夜高ミツル
また頭を撫でてから、手を離す。
真城朔
視線が離れる手を追ったが、
真城朔
ごしごしと袖で涙を拭う。
真城朔
それからお盆に空の丼や茶碗を乗せ始めた。
夜高ミツル
重ねた食器を流しに運ぶ。
真城朔
いつもの役割分担を……
夜高ミツル
洗っては真城に渡し……
真城朔
拭いて拭いて
夜高ミツル
渡し渡し
真城朔
いつもどおりできました。
夜高ミツル
ぴかー
真城朔
昼過ぎ。
真城朔
特に予定のない日で……
夜高ミツル
何もない。
夜高ミツル
GWの最終日なので、外に出るのもあんまりなあという感じで……
真城朔
天気はいいけど……
真城朔
片付けを終えてぼんやりと突っ立っている。
夜高ミツル
手を引いて、リビングのソファへ。
真城朔
手を引かれていく。
真城朔
指先がためらいがちに動いて、
真城朔
でも握り返すことができずにいる。
夜高ミツル
洗濯は昨日したばっかりだし、掃除も毎日やるほどのことはないし。
夜高ミツル
朝も遅かったことだし、今日はのんびり過ごそう。
真城朔
連休の最終日で。
真城朔
桜だって改めて見たし。
真城朔
改めて……
真城朔
…………。
真城朔
ほとんど塞ぎ込んでたけど……
夜高ミツル
二人並んで、ソファに腰を下ろす。
真城朔
手を引かれ、導かれるままにミツルの隣へ。
真城朔
ミツルの顔を窺っている。
夜高ミツル
なにか見るか、とリモコンに手を伸ばしかけて
夜高ミツル
視界に映った指先に、ふと思い出す。
夜高ミツル
「あ」
真城朔
「?」
夜高ミツル
「いや」
夜高ミツル
「爪、切らないとなって」
夜高ミツル
「そろそろ」
真城朔
「つめ……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
ぼんやりと自分の指先も見ている……
真城朔
ちょっとのびかけ。
夜高ミツル
「思い出したしやるかー」
夜高ミツル
座ったばかりのソファから腰をあげる。
真城朔
座ったまま、でも少し落ち着かない様子でミツルを見ている。
夜高ミツル
小物入れからヤスリを取って戻ってくる。
真城朔
見ています。
真城朔
待っている……?
夜高ミツル
ティッシュも一枚引き抜いて、再び真城の隣に腰を下ろす。
真城朔
じ……
夜高ミツル
真城の手を取る。
真城朔
手を取られます。
真城朔
細い指先に伸びかけの爪の白い色。
真城朔
狩りの時には手袋の下に隠されるその形。
夜高ミツル
膝に広げたティッシュの上で、その爪の先にヤスリを当てる。
真城朔
なすがままにされている。
真城朔
ミツルに触れられている。
真城朔
真城の低めの体温に、ミツルの体温が触れ合っている。
夜高ミツル
普通の爪切りもあるけど、手入れの間隔が短いので大体ヤスリだけ使うことになる。
真城朔
そんなにこまめにしなくてもいいのでは……とは
真城朔
思わないのでもないのだけれど……
夜高ミツル
左手で真城の白い手を取って、右手で握ったヤスリを動かす。
真城朔
「ん」
真城朔
さりさり……
真城朔
一瞬、かすかに手が震えかけるが、
真城朔
それをすぐに抑えて大人しくされるがまま。
夜高ミツル
硬いものの削れる静かな音。
夜高ミツル
慣れた手付きで爪を削り、形を整えていく。
夜高ミツル
削り取られたものが、はらはらとティッシュの上に落ちていく。
真城朔
それを見つめている。
真城朔
ミツルの手によって整えられていく自分の爪を見ている。
夜高ミツル
ミツルの目線は真城の指先と自分の手元に。
夜高ミツル
時折手を止めては、短くしすぎていないか確かめる。
真城朔
実際身長もそんなに差がないし、
真城朔
手の大きさだってそう変わらない……はずなのだけれど……
夜高ミツル
指の太さの分、ミツルの方がやや大きく見える。
真城朔
真城の手は一見皮膚も薄い感じがする。
真城朔
これでミツルよりも頑丈で力も強いのだが……
夜高ミツル
重い刀を握るようになったミツルの手のひらの皮膚は厚く、堅く。
夜高ミツル
それが、真城の細くやわらかな手を包んでいる。
真城朔
触れられている。
真城朔
整えられている。
真城朔
風呂に入るときもミツルに身体を洗われて、
真城朔
つま先から頭のてっぺんまで、
真城朔
ミツルの手で整えられている。
真城朔
顔くらいは……
真城朔
自分で洗うけど……
夜高ミツル
顔はさすがに……
夜高ミツル
目に指とか当てちゃったら嫌だし……
真城朔
自分で洗います。顔くらいは。
真城朔
それはそれとして、
真城朔
今は爪を整えられている。
真城朔
一本一本。
真城朔
やすりで丁寧に。
夜高ミツル
ヤスリを離して、指の腹で爪の先端に触れる。
真城朔
丸く短く整えられた指先。
夜高ミツル
きれいに丸くなっているのを確かめる。
夜高ミツル
一本終わればまた次と。
真城朔
それを眺めているが、
真城朔
そのうち、どこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせ始める。
夜高ミツル
手に取る指を変えて、またヤスリを当てる。
夜高ミツル
「……?」
夜高ミツル
顔を上げる。
真城朔
「あ」
真城朔
「……だ」
真城朔
「だいじょうぶ……」
夜高ミツル
「大丈夫か?」
夜高ミツル
「痛くしてない?」
真城朔
首を縦に振る。
真城朔
すぐに。
真城朔
「い」
真城朔
「いたく、ない」
真城朔
「し」
真城朔
「ぜんぜん」
真城朔
「むしろ」
真城朔
「…………」
真城朔
口を噤んだ。
夜高ミツル
むしろ…………
夜高ミツル
…………
真城朔
…………
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
俯いてしまった。
夜高ミツル
手元に視線を戻す。
夜高ミツル
変わらず丁寧に、
夜高ミツル
だけど気持ち素早く、爪を整えていく。
真城朔
息を詰めている。
真城朔
されるがままに。
真城朔
ミツルの手を狂わせないように、
真城朔
手を引いてしまわないように。
夜高ミツル
ヤスリが爪を削る音。
夜高ミツル
動きに合わせて布の擦れる音。
夜高ミツル
呼吸。
真城朔
俯いた喉がひくりと震えて、
真城朔
声を吐息を押し込めている。
夜高ミツル
静かな部屋の中で、その様さえも耳に届いてしまう。
真城朔
何もかも筒抜け。
真城朔
きゅ、とカーペットの上で丸くなった、
真城朔
その足の爪も、伸びてきていた。
夜高ミツル
「……左手終わり~」
夜高ミツル
指先で爪の形を確かめて
夜高ミツル
沈黙を払うように、そう言う。
真城朔
「あ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「え、と」
真城朔
視線がうろうろ……
夜高ミツル
「……ほら、右手も」
真城朔
「う」
真城朔
「うん……」
真城朔
促されるまま、おずおずと右手を差し出す。
夜高ミツル
右手を取る。
夜高ミツル
左手と同様に、一本一本その爪の先を整えていく。
真城朔
左手を引いて……
真城朔
ぼんやりその爪を見つめている。
真城朔
ミツルに整えられた爪の形を眺めている。
真城朔
なにか
真城朔
なぞるように、指先を触れ合わせている。
夜高ミツル
削って、触れて、また削り。
夜高ミツル
親指から小指まで、一本一本。
真城朔
ぴくりと跳ねかける肩を抑えて、
真城朔
ぎゅ、と左手を握り締める。
夜高ミツル
丁寧に、だけどなるべく余計な刺激を与えないように気をつけつつ……
夜高ミツル
「…………ん」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「できた」
真城朔
ちらとミツルの顔を窺う。
真城朔
ほうと小さく息をついた。
真城朔
「……あ」
真城朔
「ありがとう……」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
右手を離す。
真城朔
離され……
真城朔
意味もなく両手をすり合わせている。
真城朔
すり合わせたり 見つめたり……
真城朔
なんとなくまだ落ち着かない様子で……
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
そのまま、今度は自分の左手にヤスリを当てる。
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルがしているのを
夜高ミツル
元々深爪気味なので、伸びたと言っても大した長さではない。
真城朔
身を寄せて、くっついた。
真城朔
見ている。
真城朔
服越しの人肌。
夜高ミツル
寄せられて一瞬動きを止めて、再開する。
真城朔
体重を預けるというほどではない。
夜高ミツル
短い爪が、なお短く整えられていく。
真城朔
邪魔にならない程度に寄り添っている。
真城朔
ミツルの爪が,
真城朔
自分に触れる指が、整えられていくのを見ている。
夜高ミツル
大切な真城に触れる指だから、丁寧に手入れをする。
真城朔
そうされるさまを見つめている。
夜高ミツル
左手が終われば、右手。
真城朔
ミツルに寄り添う真城の身体が、
夜高ミツル
ヤスリを持ち替えて、また削る。
真城朔
呼吸をしている。
真城朔
穏やかで規則的な、でも寝息とは違う呼吸の調子。
真城朔
意識をして整えられた呼吸のさま。
夜高ミツル
利き手ではない方で扱うのには最初は手間取ったが、今では慣れたもので。
夜高ミツル
呼吸に混ざって、爪の削れる音。
真城朔
それと時計の針の音。
夜高ミツル
テレビもついていないに静かな部屋に、それだけが響く。
真城朔
沈黙は苦ではない。
真城朔
でもどこか焦れったいような、
真城朔
急かされるような感覚がある。
夜高ミツル
爪の形を何度も確かめる。
真城朔
確かめているのを、見ている。
夜高ミツル
確かめて、もう少し削って、また触れて。
夜高ミツル
それを小指まで繰り返して、手を下ろした。
真城朔
「…………」
真城朔
真城がミツルの顔を窺っている。
夜高ミツル
視線を真城に向けて。
夜高ミツル
目が合う。
真城朔
合った。
真城朔
瞬き……
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
ちら、と真城の顔からつま先に視線を移す。
真城朔
「?」
真城朔
裸足のつま先がカーペットに投げ出されている。
真城朔
身体はミツルに寄り添っている。
夜高ミツル
「……足も、していい?」
真城朔
「え」
真城朔
「あ、……」
真城朔
「う」
真城朔
「うん」
真城朔
頷いた。
真城朔
ミツルからそっと身体を離す。
夜高ミツル
「…………ん」
真城朔
「…………」
真城朔
伸びかけの足の爪。
真城朔
手に比べて短くて平たい形の爪から、少しはみ出た白い色。
夜高ミツル
粉の舞わないようにティッシュを包んで、ゴミ箱に放る。
夜高ミツル
新しいティッシュを引き出して、真城の前に腰を下ろした。
真城朔
ミツルが自分の足元に跪いている。
真城朔
ミツルの整えてくれた指先を触れ合わせながら、それを見下ろしている。
真城朔
そわ……
夜高ミツル
そっと、白い足を取る。
真城朔
「ぅ」
真城朔
ひく、と一瞬足が震えて、
夜高ミツル
「…………」
真城朔
顔をそらす。
真城朔
脱力して、ソファの背もたれに身体を預けた。
真城朔
瞼を閉じる。
夜高ミツル
ヤスリを当てる。
夜高ミツル
白く伸びかけた爪を削っていく。
真城朔
「ん、……」
真城朔
「…………」
真城朔
背もたれに体重を傾けながら、
真城朔
取られた足は震えぬように。
真城朔
もう一方は折り曲げられ、その足裏がソファの側面を擦る。
真城朔
息を詰めている。
夜高ミツル
その様子を視界に入れつつも、なるべく気にしないように……
夜高ミツル
淡々と手を動かす。
真城朔
かと思えばふう、と一度大きく息を吐いてから、
真城朔
再び唇を引き結ぶ。
真城朔
整えられた手の指先が握り締められている。
夜高ミツル
親指から小指まで、やはり丁寧に整えて、形を確かめ。
夜高ミツル
手にとっていた足を床に下ろす。
夜高ミツル
「……反対、も」
真城朔
「…………」
真城朔
ゆっくりと瞼を上げてミツルを見下ろして、
真城朔
頷いた。
真城朔
「おねがい……」
夜高ミツル
真城の足元から見上げている。
真城朔
吐息混じりに答えが返る。
夜高ミツル
それに頷きを返して、反対の足を取る。
真城朔
「ぅ……」
真城朔
膝の上で手が握られる。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
削っていく。
真城朔
緩めのルームウェアを指先がたぐって皺を作る。
真城朔
俯いている。
真城朔
俯いている、と、ミツルの様子が見える。
真城朔
ミツルが自分の足の爪を整えている様子が見える。
夜高ミツル
真城の足元に跪いて、その足を取って。
夜高ミツル
熱心にそのつま先の手入れをしている。
真城朔
時に内腿がひくりと震えては、
真城朔
小さく吐息を吐いている。
夜高ミツル
最初の頃は、ひどく慎重に削るものだからやたらと時間がかかっていた。
夜高ミツル
慣れてきた今は、そうでもない。
夜高ミツル
丁寧に慎重にやっていることには変わりないが。
真城朔
どちらにせよ、真城が落ち着かない様子を見せるのは変わらない。
真城朔
ミツルにすべてを預けることに躊躇いはない。
真城朔
それでも抗えないものがあって、
真城朔
どうにも余計な力が入る。
夜高ミツル
その様を気にしないというのもやはり難しく。
真城朔
沈黙は苦ではないはずなのに、
真城朔
どこか気まずい空気。
夜高ミツル
急きそうになる自分を落ち着かせながら、
夜高ミツル
やがて足を下ろす。
夜高ミツル
「……こっちも、終わり」
真城朔
「あ」
真城朔
「……っ」
真城朔
「あ、りがと」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「…………ん」
真城朔
下ろされた足を見下ろしている。
夜高ミツル
頷く。
真城朔
背中を丸め……
真城朔
俯いている。
真城朔
「……い」
真城朔
「いつ、も」
真城朔
「して」
真城朔
「もらっ、て」
夜高ミツル
跪いたまま、真城を見上げている。
夜高ミツル
「俺がしたいから……」
真城朔
「し」
真城朔
「したい……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……なんでも、したいよ」
夜高ミツル
「真城に」
真城朔
「……ぅ」
真城朔
「うー……」
真城朔
不明瞭な声とともに涙を落として、
真城朔
ミツルに爪を整えられた指でその涙を拭っている。
夜高ミツル
ティッシュを捨てて、テーブルにヤスリを置く。
夜高ミツル
腰を上げて真城の隣に座る。
真城朔
びく、と身を竦めて、
真城朔
惑ったようにミツルの顔を見る。
真城朔
潤んだ瞳でミツルを見ている。
真城朔
見てしまう。
夜高ミツル
今しがた整えたばかりの指先で、濡れた頬に触れる。
真城朔
涙に濡れてなお、いつもよりも高い体温。
真城朔
この熱もミツルはよく知っている。
夜高ミツル
涙を拭って、
夜高ミツル
顔を寄せる。
真城朔
「…………っ」
真城朔
唇を震わせて、
真城朔
けれど逃れることもできないで、ただ身を強張らせた。
夜高ミツル
強張った肩に手を置いて、そっと唇を触れ合わせる。
真城朔
瞼を閉じてそれを受け入れる。
真城朔
今も溢れる涙が頬を伝って、
真城朔
顎を伝い落ちて、整えられた指先を濡らした。