2021/05/中旬 深夜3時過ぎ


真夜中。

狩りの日であれば真っ最中の時分。
真城朔
けれど今日は満月ではないから、
真城朔
こうして二人ベッドの中、寄り添って眠っている。
夜高ミツル
眠っていたのが、不意に身じろいで
夜高ミツル
目を開ける。
真城朔
その胸に顔を埋めている。
夜高ミツル
ぼんやりと、そのぬくもりを感じる。
夜高ミツル
部屋はまだ暗く、窓の外の白む気配もない。
真城朔
小さな寝息を立てている。
夜高ミツル
規則正しい寝息を胸に受ける。
夜高ミツル
そっと、頬に触れる。
真城朔
ミツルより少し低い温度。
真城朔
それが触れた手のひらにわずかにすり寄せられる。
夜高ミツル
すり、とその白い頬を撫ぜて
真城朔
「…………ん」
真城朔
「んー……」
夜高ミツル
そこに涙の気配のないことに、小さく安堵の息を吐く。
真城朔
もぞ、と身動ぎをして、
真城朔
既に密着しきっている中を、さらにミツルへと身を寄せようとする。
真城朔
布団と寝間着の擦れる音がたつ。
真城朔
胸に顔を埋めて、額を寄せて
真城朔
脱力した薄い身体と、体重と、その温もりを感じる。
夜高ミツル
身体が一層に密着する。
夜高ミツル
寄せられた身体を受け止めて、その背に腕を回す。
真城朔
ミツルの腕に抱かれている。
真城朔
背に触れられて、
真城朔
「ん」
真城朔
また小さく声が漏れた。
真城朔
「…………」
真城朔
「み、……つ」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「みつ……」
夜高ミツル
起こしてしまったか、と様子を窺う。
真城朔
むにゃむにゃと二度名を呼んで、
真城朔
ミツルの身体に腕を回すことのないまま、
夜高ミツル
が、どうやらそうではなかったようで。
真城朔
ますます密着しようとして、シーツの上で身をよじらす。
真城朔
ベッドの上、
真城朔
時に見せる戸惑いに似た仕草。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
不意に脚が伸びる。
真城朔
ミツルの脚に絡みかけて、ためらったように結局引かれる。
真城朔
静かな吐息の音がする。
夜高ミツル
衣擦れがやめば、ただ呼吸の音が聞こえるばかり。
真城朔
静かで安らかな真城の呼吸の音。
夜高ミツル
それに合わせるように、背中を撫でる。
真城朔
「んっ」
真城朔
ぴく、と肩が震えた。
真城朔
「ぅ」
真城朔
「うー……」
夜高ミツル
漏れた声に、ぴた、と手が止まる。
真城朔
しかし真城の眠りは深い。
真城朔
声を漏らし、かすかな身動ぎを見せたのも束の間、再び静かな寝息に戻る。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
再び撫でることをためらい、さりとて腕を離すこともできず、
真城朔
いつしか小さな口がゆるく開かれている。
夜高ミツル
ただ静かに身を寄せあっている。
真城朔
無防備な唇の端を涎で濡らして眠っている。
夜高ミツル
暗闇に慣れてきた視界に、その様を捉える。
真城朔
薄闇にとろりと濡れた唇が光るのを見る。
夜高ミツル
少しだけ躊躇に手がさまよって、結局それを拭うために手を伸ばす。
夜高ミツル
薄い唇に、指が触れる。
真城朔
「ぁ」
真城朔
「……ん」
真城朔
触れた指の先を、
真城朔
夢うつつのままに咥え込んだ。
夜高ミツル
「…………っ!?」
夜高ミツル
一瞬、思考が止まる。
真城朔
真城の低めの体温でも、口腔内は充分に温かい。
夜高ミツル
あたたかさ。濡れた感触。
真城朔
咥えた口の中で、伸びた舌がミツルの指先に触れて、
真城朔
短い爪と肉の間を撫でるように舐める。
夜高ミツル
「っ、」
夜高ミツル
ぞわ、と
夜高ミツル
肌の粟立つような間隔。
真城朔
意識のないままゆるゆると舌がミツルの指先を擽っている。
真城朔
窄まった唇の濡れた肉感に包まれている。
夜高ミツル
「う、」
夜高ミツル
ぴく、と身じろぎする。
真城朔
緩慢な刺激が続く。
真城朔
真城に意識はない。
夜高ミツル
ようやっと、手を引くという発想に辿り着く。
真城朔
それと同時に、
真城朔
ちゅ、と
真城朔
唇がミツルの指先を吸い上げた。
夜高ミツル
「…………っ」
真城朔
歯は立たない。
真城朔
柔らかくゆるい刺激。
夜高ミツル
それに身じろぎして、息をつき、
夜高ミツル
ゆっくりと、指先を引き抜く。
真城朔
ちゅぱ、と、唇から濡れた音が立った。
真城朔
濡れた唇が恋しげに開閉している。
真城朔
とじられ、ひらかれ
真城朔
何かを乞うように。
夜高ミツル
「………………」
夜高ミツル
濡れた指先から唾液が垂れて、シーツに小さくシミを作った。
真城朔
同じように。
真城朔
いつしか真城の唇の端からも頬を伝い落ちて、唾液がシーツを濡らしている。
夜高ミツル
手を伸ばしてティッシュを一枚引き出して、それを拭った。
夜高ミツル
反省。
真城朔
「ん」
真城朔
「んー……」
真城朔
「ミツ……」
真城朔
むにゃむにゃとまたミツルの名を呼んで、
夜高ミツル
「…………真城」
真城朔
また寝息を立てている。
真城朔
頭をミツルの胸に押しつけた。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
ぐり……
真城朔
もぞもぞ
夜高ミツル
ティッシュでついでに指先を拭いつつ、
夜高ミツル
長く長く息をつく。
真城朔
真城の寝息は穏やかだ。
夜高ミツル
ゴミ箱にティッシュを放り込む。
夜高ミツル
…………やばい。
夜高ミツル
すげ~~~悪いことした気分になってきた…………
夜高ミツル
そんなつもりじゃなかったとは言え…………
真城朔
すうすう……
夜高ミツル
そんなつもりじゃなかったんだけど……
真城朔
静かな寝息。
夜高ミツル
深呼吸する。
夜高ミツル
心臓が早鐘を打っているのを感じる。
真城朔
その胸に真城が顔を埋めている。
夜高ミツル
それから……下半身に主張するもののあることを。
夜高ミツル
じり……と腰を引く。
真城朔
ぴく、と
真城朔
ほんの少しだけ、真城の身体が動いた。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
しかしすぐに元通りの、
真城朔
深い眠りに戻る。
真城朔
薄い背中が上下している。
夜高ミツル
少しの間それをぼんやりと眺めていたが、やがて目を閉じる。
夜高ミツル
寝よう。
夜高ミツル
寝てしまおう。
真城朔
真城の温もりが胸の中にある。
夜高ミツル
コレはまあほっとけばどうせ治まるし…………
真城朔
真城の呼吸の音。
真城朔
いつもずっと一緒にある、真城のにおいがする。
夜高ミツル
一緒に生活をして、同じシャンプーを使っているのに、なぜか真城のにおいは自分のそれとは違う。
夜高ミツル
どこか、甘いような感覚。
真城朔
目を閉じているとそれが濃く感じられる、
真城朔
ような、気がする。
夜高ミツル
気のせいのような、やっぱり気のせいじゃないような。
真城朔
傍にあることを、いつもより強く意識してしまう。
真城朔
触れていることを。
真城朔
その熱を。
真城朔
その奥に眠る、高まる熱の高さを。
夜高ミツル
感じる。
夜高ミツル
触れている。
真城朔
普通の男よりもやわらかい肉の感触。
夜高ミツル
胸に、腕に、脚に、
夜高ミツル
それを感じとる。
真城朔
服越しの密着を感じる。
真城朔
手放しに預けられる体重を。
夜高ミツル
布の下の素肌のきめ細かさも、浮き出た骨の感触も、鮮明に思い描ける。
夜高ミツル
この半年の間、ほとんど毎日、数え切れないほど触れてきた。
真城朔
『ミツ』
真城朔
『ミツ、もっと』
真城朔
今は寝息を立てる真城の唇からは、
真城朔
決して紡がれることのない言葉。
真城朔
それが耳に蘇る。
夜高ミツル
吐息と熱を含んだ声。
夜高ミツル
それを思い描いてしまう。
真城朔
反して穏やかな真城の寝息。
夜高ミツル
振り払おうと思えば思うほどに、
夜高ミツル
一度脳裏に浮かんだものは、より鮮明に。
真城朔
真城の熱が、
真城朔
触れる身体が、その輪郭をさらに確かなものにしていく。
夜高ミツル
自分を求めて縋る細い指先。
夜高ミツル
絡められる白くやわらかな脚。
夜高ミツル
そんなものばかりが、思い出される。
真城朔
真城は眠っているのに。
夜高ミツル
眠っている。
夜高ミツル
だから、俺も、眠ろう。
夜高ミツル
そう思うのに。
真城朔
今日は昼の間にしてしまってくたびれたからと、
真城朔
夜は何もせずにすぐに眠って、
真城朔
今も深い眠りについているのに。
夜高ミツル
なのに、こんな風に。
夜高ミツル
よくない。
夜高ミツル
そう、こういうのは、よくない。
真城朔
よくない、というのは、真城の口癖だ。
真城朔
最近は特によく口にするようになった。
真城朔
たとえば、
真城朔
ミツルに触れられる時なんかに。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
今も、手のひらは真城の背に触れている。
真城朔
薄い背中が呼吸に上下している。
夜高ミツル
うっすらと汗の滲む手のひらに、それを感じる。
夜高ミツル
熱い。
真城朔
胸の中に熱がある。
真城朔
決して高くはないその熱が、けれどミツルの熱をじりじりと高めていく。
夜高ミツル
一度意識してしまえば、どんなに振り払おうとしても逃れられない。
夜高ミツル
時間を置けばいずれという期待も虚しく、熱を持った箇所は一向に治まる気配がなく、
夜高ミツル
おさまるどころか尚更に主張してくる気配すらある。
真城朔
真城はここにいる。
真城朔
ミツルの腕の中に。
真城朔
手が届いている。
真城朔
無防備に、
真城朔
なんだってできる距離に、
真城朔
ミツルになら何をされてもいいと言っていた、真城がいる。
夜高ミツル
何をされてもいいと、なんだってされたいと、
夜高ミツル
そう言って、いた。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
瞼を上げる。すぐ目の前に真城がいる。
真城朔
静かな寝息を立てている。
夜高ミツル
背中に回していた腕を解いて、
夜高ミツル
肩に手をかける。
真城朔
「ん、…………」
真城朔
口の端から小さな音を漏らして、
真城朔
ゆるく身じろぎをした。
夜高ミツル
腕に力を込めて、
夜高ミツル
密着していた細い身体と距離を取った。
真城朔
「…………」
真城朔
剥がされる。
真城朔
脱力した身体はされるがままに、
真城朔
今度はシーツに体重を預けて眠っている。
夜高ミツル
熱に浮かされたように、思考はどこかぼんやりとしている。
真城朔
今も静かな寝息の音が聞こえる。
夜高ミツル
だけど、それでも確かに分かることがある。
真城朔
寄り添う熱は遠くとも、
真城朔
真城の存在はそこにある。
夜高ミツル
何をされてもいいと言われたからって、本当になんでもしていいわけじゃない。
夜高ミツル
真城を大切にしたい。
夜高ミツル
自分の欲に任せるようなことは、したくない。
真城朔
真城は何も知らずに眠っている。
夜高ミツル
もぞもぞと布団から這い出て、ベッドの端に腰掛ける。
夜高ミツル
今もまだ、身体が熱い。
夜高ミツル
背中に汗の滲んでいるのが分かる。
夜高ミツル
息をつく。
夜高ミツル
視線を下げれば、今もなお熱を持って主張するもの。
夜高ミツル
…………これを、どうにかしないことには
夜高ミツル
寝るに寝れないだろうな、と思う。
夜高ミツル
再び息をついた。
夜高ミツル
ちらりと、背後に視線を送る。
夜高ミツル
ベッドの真ん中に、今も穏やかに寝息を立てる真城の姿。
夜高ミツル
「…………」
真城朔
眠っている。
真城朔
脱力して横たわるその姿が、
真城朔
どこか淋しげに見えるのは、ミツルの欲目か否か。
夜高ミツル
「………………」
夜高ミツル
こんなことのために、真城を置いていきたくはないのだが。
夜高ミツル
かと言ってこのままでは眠れないし、
夜高ミツル
真城を起こすというわけにもいかない。
夜高ミツル
眠っている真城に何かをするなんていうのは論外。
真城朔
いつしか真城の指先がシーツを握りしめている。
夜高ミツル
三度、深く重く息をついて、腰を上げた。
夜高ミツル
ぐだぐだしていてもどうしようもない。
夜高ミツル
さっさと終わらせて、すぐに戻ってこよう……。
夜高ミツル
そう決めて、重い足取りでトイレへと向かった。
夜高ミツル
勢いよく、水の流れる音。
夜高ミツル
トイレを出て、扉を閉める。
夜高ミツル
思いの外……時間がかかってしまった…………
夜高ミツル
罪悪感と気まずい思いを抱えながら、寝室の方へ戻っていく。
真城朔
ミツルが戻ってきた寝室のベッドが、
真城朔
こんもりと丸く盛り上がっている。
夜高ミツル
丸い。
夜高ミツル
目を瞬かせ、
真城朔
ひと一人分の体積を内包した布団の丸み。
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
ベッドに歩み寄る。
真城朔
丸い布の塊は沈黙している。
真城朔
その下から、
真城朔
押し殺された啜り泣きの音がする。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
胸が痛む。
夜高ミツル
やっぱり一人にするんじゃなかった、と後悔が押し寄せる。
夜高ミツル
ベッドに上がって、まるい塊に手を伸ばす。
真城朔
触れられて、中身の身体がびくりと竦んだ気配があった。
夜高ミツル
ゆっくりと布団を引っ張る。
真城朔
「ぅ」
真城朔
内側から布団を掴んでいる。
真城朔
抵抗。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
引っ張る。
真城朔
少し引き合ってから、
真城朔
剥がされた。
真城朔
涙に頬を濡らしている。
真城朔
「…………」
真城朔
不安げに、
真城朔
視線が彷徨った。
夜高ミツル
布団の下から現れた真城を抱き寄せる。
真城朔
「あ」
真城朔
ミツルの腕の中に収まる。
夜高ミツル
「……ごめん」
夜高ミツル
「一人にして」
真城朔
「…………」
真城朔
俯いた。
真城朔
「……お」
夜高ミツル
俯く頭を撫でる。
真城朔
「俺が」
真城朔
「こんな、で」
真城朔
「だか、っ」
真城朔
「だから」
真城朔
「…………」
真城朔
涙を流している。
夜高ミツル
「ごめんな」
真城朔
首を振る。
真城朔
「み」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「わるく、な」
真城朔
「…………う」
真城朔
嗚咽を漏らして顔を覆う。
真城朔
背中を震わせている。
夜高ミツル
「……置いてかないよ」
夜高ミツル
「ここにいる」
夜高ミツル
「真城の傍にいるから」
真城朔
ぽたぽたと涙が落ちる。
真城朔
「こ、……っ」
真城朔
「こんな」
真城朔
「こんなこ、とで」
真城朔
「こんな……」
真城朔
上擦った声はとぎれとぎれに、
真城朔
訴える言葉をなくしてすぐに聞こえなくなる。
夜高ミツル
「……俺だって、きっと」
夜高ミツル
「起きて、真城が隣にいなかったら怖いよ」
真城朔
「…………っ」
真城朔
静かな寝息と一転、
真城朔
今は呼吸を引き攣らせている。
夜高ミツル
背中を撫でている。
真城朔
その背中も震えている。
真城朔
小さな嗚咽を繰り返し漏らして、
夜高ミツル
重なる腕に、胸に、その震えが伝わる。
真城朔
喘鳴めいた音が断続的に響く。
夜高ミツル
「……どこにも行かない」
真城朔
「ど、……っ」
真城朔
「どこ、にだって」
真城朔
「いって」
夜高ミツル
「行かないよ」
真城朔
「いい」
真城朔
「の、に」
夜高ミツル
ここにいると伝えるように、手のひらが背中に触れている。
夜高ミツル
「行かない」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツが、俺」
真城朔
「俺に」
真城朔
「縛られる、こと」
真城朔
「なんにも……」
夜高ミツル
「俺が、真城といたい」
真城朔
「こ」
真城朔
「こんな……」
真城朔
こんな、と何度繰り返したかわからない言葉に喉を震わせて、
夜高ミツル
「真城がいい」
夜高ミツル
「真城じゃないとダメだ」
真城朔
「な」
真城朔
「んにも、でき」
真城朔
「できない」
真城朔
「ミツ、に」
真城朔
「なんにも……」
真城朔
「できない、のに」
真城朔
「ミツに、ばっかり」
真城朔
「させて」
真城朔
「させてばっか」
真城朔
「で……」
真城朔
「いつ、も」
真城朔
「いつも」
夜高ミツル
「……俺がそうしたいんだよ」
真城朔
「させ、っ」
真城朔
「させたく」
真城朔
「ない」
夜高ミツル
「真城にできることを、なんでもしたい」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……いやでも」
夜高ミツル
「する」
真城朔
「み」
真城朔
「ミツ、もっと」
真城朔
「自由に」
真城朔
「できること、も」
真城朔
「いっぱい……」
夜高ミツル
「自由にしてるよ」
真城朔
「で」
夜高ミツル
「したいことを、好きなことをしてる」
真城朔
「できて」
真城朔
「ない、よ」
真城朔
「こんな」
真城朔
「俺」
真城朔
「俺のせい、で」
夜高ミツル
「できてるよ」
真城朔
「でき、てない」
真城朔
「させて」
真城朔
「あげられて、ない……」
夜高ミツル
「真城がいて、時間がいっぱいあって」
夜高ミツル
「二人で飯作ったり、映画見たり、散歩したり」
夜高ミツル
「したいことばっかりしてるけどな」
真城朔
「……俺」
真城朔
「すぐ、泣く」
真城朔
「し……」
夜高ミツル
「泣きたい時は、泣いていい」
夜高ミツル
「我慢してほしくない」
真城朔
「…………」
真城朔
「すぐ泣いて……」
真城朔
「暗くす、る」
真城朔
「し」
夜高ミツル
「きっとつらい思いをさせるって分かってて、真城を生かしたのは俺だ」
夜高ミツル
「だから真城のせいじゃない」
真城朔
「……そんな」
真城朔
「責任みたい、な」
真城朔
「べつに」
真城朔
「ミツが背負うこと、なくて」
真城朔
「…………」
真城朔
「ない……」
夜高ミツル
「背負いたいんだよ」
夜高ミツル
「俺も一緒に」
真城朔
「せ」
真城朔
「背負わせたく」
真城朔
「ない」
夜高ミツル
「……そうしたい」
真城朔
「…………」
真城朔
啜り泣く音。
真城朔
「お」
真城朔
「俺」
真城朔
「だれでも」
真城朔
「だれでもいい、のに」
夜高ミツル
「……ミツがいいって、言ってくれたよ」
夜高ミツル
「ちゃんと覚えてる」
真城朔
「……う」
真城朔
「うそ」
真城朔
「だから……」
夜高ミツル
「信じてる」
真城朔
「嘘……」
真城朔
「だ」
真城朔
「だまされてる」
真城朔
「から」
真城朔
「よくない……」
夜高ミツル
「……俺がいいって言ってくれたのを、信じてるよ」
真城朔
「だまされてる……」
夜高ミツル
「真城は俺がよくて、俺も真城がいい」
夜高ミツル
「そうだろ」
真城朔
「うそ」
真城朔
「うそついた、から」
真城朔
「だから……」
真城朔
「そうじゃないから……」
真城朔
顔を伏せたまま、首を振っている。
夜高ミツル
「……そうなんだよ」
真城朔
「じゃ」
真城朔
「ない」
夜高ミツル
回した腕に力を込める。
真城朔
「ちがう」
夜高ミツル
ぴったりと、身体が重なる。
真城朔
「ちがうか、ら」
真城朔
「ちがう……」
真城朔
身を寄せ合って、
真城朔
体重を預けて、
真城朔
熱を分け合っている。
夜高ミツル
「違わない」
真城朔
「ちがう……」
真城朔
声だけが儚く抵抗している。
夜高ミツル
背中をさする。
真城朔
その背中が震えている。
夜高ミツル
「違わない、し」
真城朔
薄い背中に浮いた背骨の感触とともに、震えがミツルの手のひらに伝わる。
夜高ミツル
「もし本当に違ったって、俺の気持ちは変わらない」
夜高ミツル
「真城の傍にいる」
真城朔
「も」
真城朔
「もったいない……」
夜高ミツル
「そうするって決めた」
夜高ミツル
「そうしたい」
真城朔
「…………」
真城朔
「ま」
真城朔
「また」
真城朔
「こんな、なったり」
真城朔
「……めいわく、かけて……」
夜高ミツル
「迷惑じゃない」
夜高ミツル
「不安も、つらいのも、悲しいのも」
夜高ミツル
「全部、何度でも、聞かせてほしい」
真城朔
「…………」
真城朔
「で、も」
夜高ミツル
「……でも?」
真城朔
「…………」
真城朔
黙り込んで泣いている。
夜高ミツル
震える背中をゆっくりと撫でている。
真城朔
ミツルの胸に顔を埋めている。
真城朔
「めんど、う」
真城朔
「かけたくない」
真城朔
「のに……」
真城朔
か細い声で、そう訴える。
夜高ミツル
「……もっと頼ってほしいくらいだ」
真城朔
「ミツ、が」
真城朔
「かなしい、とか」
真城朔
「つらいとか……」
真城朔
「そういうの」
真城朔
「俺が、もっと」
真城朔
「ちゃんと」
真城朔
「ちゃんとし、てれば」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「今、俺は」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「真城と一緒にいられて、幸せだよ」
真城朔
「ぅー……」
夜高ミツル
「真城がいてくれて嬉しい」
真城朔
「でも」
真城朔
「でも……」
夜高ミツル
「でも?」
真城朔
黙り込む。
真城朔
嗚咽を漏らしている。
夜高ミツル
手のひらは変わらず背中に触れて、撫でている。
真城朔
カーテンの外は既に明るくなっている。
真城朔
薄暗い部屋の中で、ミツルの胸に顔を埋めて泣いている。
夜高ミツル
震える身体を、腕の中に閉じ込めている。
真城朔
長くそうしてミツルにすがりついていたが、
真城朔
不意に面を起こして、涙に濡れた目でミツルの顔を窺う。
夜高ミツル
視線が合う。
真城朔
「…………」
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
黙っている。が。
真城朔
「…………ね」
真城朔
「ねむかっ、た」
真城朔
「り」
真城朔
「とか、……」
真城朔
「…………」
真城朔
俯いた。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
そもそも真城と話し始める前から、眠気はすっかり飛んでいる。
真城朔
しょんぼり……
夜高ミツル
けど、真城が気遣ってくれる時は素直にそれを受け止めたく……
夜高ミツル
頭を撫でる。
真城朔
撫でられた。
夜高ミツル
「……寝る、か」
真城朔
反射的に手のひらに頭を寄せそうになって、
真城朔
固まる。
真城朔
それから頷いた。
真城朔
「……ん」
真城朔
「うん……」
真城朔
「寝た、ほうが」
真城朔
「きっと……」
夜高ミツル
真城が寄せられなかった分、ミツルからさらに手のひらを寄せた。
真城朔
「…………」
真城朔
撫でられている。
真城朔
撫でられてしまっている。
夜高ミツル
わしゃ……
夜高ミツル
いつもより強めに頭を撫でてから手を離して、真城を抱き込んだままゆっくりベッドに倒れ込んだ。
真城朔
ミツルの腕に抱かれるままにベッドに身を横たえる。
真城朔
少しためらってから、
真城朔
瞼を伏せて、その顔をミツルの胸に寄せた。
夜高ミツル
腕を伸ばして、布団を引っ張り上げる。
夜高ミツル
撫でて乱れた黒髪を指ですいて整えると、
夜高ミツル
細い身体をさらに抱き寄せる。
真城朔
その手からは逃れない。
真城朔
体重がミツルの身体に預けられている。
真城朔
「…………」
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
受け止めている。
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「いつでも」
真城朔
「いいから、ね……」
夜高ミツル
「…………離さないよ」
夜高ミツル
「どこにも行かない」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「ずっと、一緒だ……」
真城朔
応えはない。
真城朔
ややあって真夜中と同じ、
真城朔
小さな寝息に真城の背中が上下し始めた。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「…………おやすみ、真城」
夜高ミツル
明るくなりつつある部屋の中で、目を閉じる。
夜高ミツル
今度こそ、一緒に眠りにつくために。