2021/05/27 早朝

真城朔
曇り空の朝。
真城朔
その身体を支えるようにミツルに寄り添いながら、
真城朔
玄関、いつものアパートに帰ってくる。
真城朔
瞳に涙を滲ませながら。
夜高ミツル
寄り添われながら、自分の怪我よりも真城の方を気にしている。
真城朔
狩りの帰り。
真城朔
真城の身体にこれといった傷はない。
真城朔
多少服が裂かれたり汚れたりといった程度で、
真城朔
それでもこうして扉を閉め、
真城朔
家についた途端、その瞳からは涙がぼろぼろと溢れ落ちる。
夜高ミツル
ミツルの方は無傷とはいかず、顔に傷を負ってしまった。
夜高ミツル
それでも、狩りをしてこの程度の怪我で帰ってこられたなら十分幸運と言って良い程度。
真城朔
先月のように入院させられるほどでもない。
真城朔
ないのだが。
真城朔
「…………」
真城朔
玄関に立ち尽くしたまま泣いている。
夜高ミツル
涙をこぼす真城の背中に腕を回して、抱き寄せる。
真城朔
細い身体が抱き込まれる。
夜高ミツル
「……大した怪我じゃない」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「でも」
真城朔
「でも……」
夜高ミツル
帰ってくるまでにも何度か伝えたことを繰り返す。
真城朔
これまた同じように、益体もないでも、の繰り返し。
夜高ミツル
背中を撫でる。
真城朔
撫でられている。
真城朔
自分には怪我もないくせに。
夜高ミツル
「大丈夫だって」
真城朔
「俺」
真城朔
「全然……」
真城朔
「役に……」
夜高ミツル
「真城がいたから、この程度の怪我で済んだんだよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「う」
真城朔
「え、と」
真城朔
「……や」
真城朔
「やすむ」
真城朔
「ミツ……」
真城朔
「疲れて」
真城朔
「い、いたい」
真城朔
「だろう」
真城朔
「し」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「そうだな」
真城朔
頷く。
真城朔
靴を脱ぎ……
夜高ミツル
脱ぎ……
真城朔
ミツルの上着を脱がし 武装をはずさせ……
夜高ミツル
腕は動くから自分でできるんだけど……
真城朔
しています。
夜高ミツル
してくれるので、それに甘えている。
真城朔
自分のも外してビニールシートにとりあえず置いて……
真城朔
洗面所に。
真城朔
手を洗おう……
夜高ミツル
大事。
真城朔
あったかくなっても風邪は怖い
夜高ミツル
いつものように、きれいに手を洗う。
真城朔
「お」
真城朔
「お風呂」
真城朔
「シャワー」
真城朔
「はいる?」
真城朔
「寝る」
真城朔
「のと……」
真城朔
どっち……
夜高ミツル
「あー」
夜高ミツル
「軽く浴びようかな」
夜高ミツル
「真城は?」
真城朔
「ん」
真城朔
頷き……
真城朔
「み」
真城朔
「ミツが寝た」
真城朔
「ら」
真城朔
「そのあとに」
真城朔
「はいる」
夜高ミツル
「?」
夜高ミツル
「真城がするなら待つよ」
真城朔
「え」
夜高ミツル
「え?」
真城朔
「お」
真城朔
「俺」
真城朔
「ミツ、より」
真城朔
「元気……」
真城朔
二度三度軽く跳ねた。
夜高ミツル
「俺も、真城がシャワーするのくらいは待てる」
夜高ミツル
跳ねはしない。
真城朔
「…………」
真城朔
「……ミツが」
真城朔
「ベッド、行ったら」
真城朔
「はいる……」
真城朔
譲歩。
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
それでよしとした。
夜高ミツル
頷く。
真城朔
こくこく……
真城朔
手洗いを終えたので、出ていきます。
真城朔
「準備」
真城朔
「とか、する」
真城朔
「してる」
真城朔
「から……」
夜高ミツル
「ありがと」
真城朔
また頷いて、洗面所を出ていく。
真城朔
ぱたぱた……
夜高ミツル
真城の足音が遠くなるのを聞きながら服を脱ぐ。
夜高ミツル
破けてしまったシャツはゴミ袋へ、無事なものは洗濯機へ……
夜高ミツル
ぽいぽい
夜高ミツル
そうして浴室へ。
真城朔
ちょうどそのあたりで真城が色々置きに来ているのが見える……
真城朔
寝間着を……
夜高ミツル
準備してくれている。
真城朔
もたもたと準備をしてからまたいなくなります。
夜高ミツル
また足音が遠くなっていく……
夜高ミツル
のを聞きながら、シャワーを浴びる。
夜高ミツル
お湯が傷口にしみる……
夜高ミツル
この程度で済むならば、本当に運がいい方ではあるのだが。
夜高ミツル
自分の足で動けて、入院の必要もなく、こうして一人でシャワーも浴びられている。
夜高ミツル
とはいえ、怪我をしないに越したことはないのもまた確かで。
夜高ミツル
その方が、真城を悲しませずに済む。
夜高ミツル
……とか、そんなことを思いながら。
夜高ミツル
軽くと宣言した通り、さっさと浴びてしまって浴室を出る。
真城朔
いつもの寝間着と下着とバスタオルとが出ている。
夜高ミツル
真城が用意してくれたバスタオルを取る。
夜高ミツル
傷の位置に気をつけながら髪を拭き、身体を拭く。
夜高ミツル
服を着る。
夜高ミツル
あくびを一つ、かみころす。
夜高ミツル
昨夜の吸血鬼はやけにしぶとくて、狩りもいつもより長引いた。
夜高ミツル
いつもどおりなら、この時間にはとっくに眠れていてもよかったのだが。
夜高ミツル
着替えを終えて、のそのそとリビングに向かう。
真城朔
汚れた武装は玄関のブルーシートの上に並べられたままだが、医療キットや狩りグッズの入った鞄などは片付けられている。
真城朔
武装をやり始めると長くなるので諦めたらしい。
真城朔
どうせミツルを手伝わせてしまうので……
夜高ミツル
やってたら手伝うつもりだった。
真城朔
真城はベッドに腰掛けてぼんやりと俯いている。
夜高ミツル
「真城」
真城朔
頬に涙を落としていたのが、
夜高ミツル
声をかける。
真城朔
ミツルを認めて顔を上げる。
真城朔
「……ミツ」
夜高ミツル
ベッドに向かっていく。
真城朔
腰を上げた。ベッドサイドに置いてあった自分の寝間着を抱える。
真城朔
風呂場へと向かう足取り。
真城朔
途中、ミツルとすれ違う形になる。
夜高ミツル
「……待ってるな」
夜高ミツル
すれ違いざまに頭に触れて、そう声をかける。
真城朔
「……う」
真城朔
なにごとか唇をうごかしかけて、
真城朔
結局口を閉じて、頷いた。
真城朔
ぱたぱたと洗面所へと消えていく……
夜高ミツル
頷きを返して、見送った。
真城朔
ちょっとしてすぐに風呂場の扉が閉まる音とシャワーの音。
真城朔
こういうときは手早い。
夜高ミツル
真城がしていたようにベッドに腰掛ける。
夜高ミツル
シャワーの音をぼんやりと聞いている。
夜高ミツル
こういう時真城は早いから、多分そんなに待つこともないだろう。
真城朔
果たしてミツルの予期したとおりシャワーが止まり、すぐに風呂場の扉の開く音が響く。
真城朔
かしゃん……
夜高ミツル
顔を上げる。
真城朔
それから程なくして、バスタオルを被った寝間着姿の真城が風呂場から出てきた。
真城朔
小走りでミツルの方へと。
真城朔
烏の行水で済ませたからか、あんまりほかほかしていない。
夜高ミツル
駆け寄ってくる真城を迎える。
夜高ミツル
「おかえり」
真城朔
「ん」
真城朔
「……おまたせ」
真城朔
勢いそのままにミツルの隣に腰掛け……
真城朔
腰掛けたはいいものの、固まった。
夜高ミツル
腰掛けた真城の頭に手を伸ばして、バスタオルで髪を拭く。
真城朔
固まったまま拭かれている……
真城朔
かなりしめりけ。
夜高ミツル
わしゃわしゃというよりは、きゅっと水気を絞るような感じで……
夜高ミツル
拭き……
真城朔
もぎゅもぎゅ……
真城朔
ぎこちなく身体を強張らせている。
夜高ミツル
狩りの後はドライヤーまではしないことが多い。
夜高ミツル
さっさと寝よう……という空気になりがち。
真城朔
ミツつかれてるのに……
真城朔
そんなことまで……
真城朔
既に寝よう……というオーラが出ている節もある。
夜高ミツル
「……そういえば」
真城朔
「?」
夜高ミツル
手を止めて顔を覗き込む。
真城朔
覗き込まれた。
真城朔
少し首を竦めてしまう……
夜高ミツル
「血は飲まなくて大丈夫か?」
真城朔
「え」
真城朔
ぽか……
真城朔
間抜けに口を開いてから、ぶんぶんと首を横に振る。
真城朔
「い」
真城朔
「いらない」
真城朔
「ぜんぜん」
真城朔
「だいじょうぶ……」
夜高ミツル
じ……と顔を見て、
夜高ミツル
「……ん」
真城朔
こくこく……
真城朔
必死に首を縦に振っている。
夜高ミツル
頷いて、体勢を戻す。
真城朔
惑うように視線を彷徨わせたあと、
真城朔
ミツルに寄り添うようにして横になった。
真城朔
おずおず……
真城朔
どこかぎこちない動き。
真城朔
湿った髪が耳から落ちて頬に張りついている。
夜高ミツル
真城の隣に横たわる。
真城朔
おず……
真城朔
おろ……
夜高ミツル
リモコンに手を伸ばして、電気を切る。
真城朔
カーテンを閉め切った朝の薄暗い室内。
夜高ミツル
真城の背中に腕を回して抱きしめる。
真城朔
触れられた背中が強張るのがわかる。
夜高ミツル
強張った背中に手のひらを添わせる。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
ミツルの胸の中で俯いている。
真城朔
溢れた涙がシーツを濡らしている。
夜高ミツル
「真城に怪我がなくて、俺は嬉しいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺の」
真城朔
「怪我、なんて」
真城朔
「すぐ……」
夜高ミツル
「治っても」
夜高ミツル
「ない方が嬉しい」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ、が」
真城朔
「怪我……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「心配させてごめん」
真城朔
「…………」
真城朔
「あ」
真城朔
「あやまる」
真城朔
「こと、じゃ」
真城朔
「ぜんぜん……」
真城朔
「……俺」
真城朔
「俺、が」
真城朔
「勝手に」
真城朔
「かってに……」
夜高ミツル
「でも、心配させてるから……」
真城朔
「……ミツ」
真城朔
「わるく、ない……」
夜高ミツル
「……」
夜高ミツル
背中を撫でている。
真城朔
「俺に付き合わされてる」
真城朔
「だけ、で」
真城朔
「なんにも」
真城朔
「ぜんぜん……」
夜高ミツル
「……真城が悲しむのを分かってて」
夜高ミツル
「それでも無理やりついていってる」
真城朔
「……俺」
真城朔
「俺がどう、とか」
真城朔
「そんなのは」
真城朔
「どうでもいいこと」
真城朔
「だし……」
夜高ミツル
「よくない」
夜高ミツル
「全然よくない」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「俺には一番大事なことだ」
真城朔
「大した」
真城朔
「問題、じゃ」
真城朔
「ないよ……」
夜高ミツル
「……大事だよ」
真城朔
首を振っている。
真城朔
「…………」
真城朔
「また」
真城朔
枕に顔を埋める。
真城朔
「ミツに、怪我」
真城朔
「させちゃった……」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
ごめん、と言いかけて、それを飲み込む。
夜高ミツル
謝る代わりに枕に伏せられた頭を撫でる。
夜高ミツル
「……もっと、気をつける」
真城朔
湿って重くなった髪が頭の形を明確にして、
真城朔
その丸さが手のひらで改めて再確認される。
真城朔
「……俺が」
真城朔
「気をつけないと……」
真城朔
「俺のせい」
真城朔
「俺のせい、なのに」
真城朔
「だから……」
夜高ミツル
「真城のせいじゃない」
真城朔
首を振っている。
夜高ミツル
「真城のおかげでこれだけで済んでるんだ」
真城朔
「俺が」
真城朔
「いなきゃ、そもそも」
真城朔
「狩り」
真城朔
「なんて……」
夜高ミツル
「……俺は真城といたいんだから」
夜高ミツル
「いなければとかないよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツの」
真城朔
「ミツ、が」
真城朔
「そう思う」
真城朔
「の」
真城朔
「だって」
真城朔
「そもそもは……」
夜高ミツル
「……それだって、真城のせいじゃない」
真城朔
「ちがう……」
真城朔
「俺のせい」
真城朔
「俺が……」
夜高ミツル
「真城は悪くないよ」
真城朔
「……わるい……」
真城朔
「ひどいこと」
真城朔
「いっぱい……」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
声を殺して泣いている。
夜高ミツル
「俺は今まで狩りをやめる機会はあったし」
夜高ミツル
「そもそもあの最初の夜だって、誰かに戦えって言われたわけでもない」
夜高ミツル
「俺は自分の意思で、そうしたくて狩りをしてるんだ」
真城朔
「…………っ」
真城朔
「やだ」
真城朔
「やだよ……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「真城がそういうのも分かってて、そうしてる」
夜高ミツル
「だからやっぱり、俺の責任なんだ……」
真城朔
息を引き攣らせるようにして泣いている。
夜高ミツル
ゆるゆると頭を撫でる。
真城朔
荒い呼吸。
夜高ミツル
濡れて張り付いた髪の毛の感触。
夜高ミツル
頭の丸さ。
夜高ミツル
「……あのさ」
夜高ミツル
「また特訓つけてもらえないか」
真城朔
「…………」
真城朔
「と」
真城朔
「とっく」
真城朔
「っ」
真城朔
「ん」
夜高ミツル
「冬の間あんまりできなかったろ」
夜高ミツル
「もっと強くなって、それでできるだけ怪我しないで済むようにしたい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
前に同じことを頼んだらそれはそれで泣かれたこともあったが……
真城朔
ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
真城朔
「あ」
真城朔
「んま、り」
真城朔
「うま」
真城朔
「うまく」
真城朔
「な、い……」
夜高ミツル
「なんにも分かんなかった俺がここまで生き残れてるんだから、十分効果出てるだろ」
夜高ミツル
「また頼むよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「うー……」
真城朔
うめいた。
夜高ミツル
撫でている。
夜高ミツル
「……頼む」
真城朔
「と」
真城朔
「とっ、くん」
真城朔
「しても」
真城朔
「あぶない」
真城朔
「あぶない、の」
真城朔
「は」
真城朔
「でも……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「分かってる」
夜高ミツル
「でもしないよりずっといいだろ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「……真城」
真城朔
「ぅー……」
夜高ミツル
「お願いできるか?」
真城朔
「…………」
真城朔
しばらくたっぷりじっくりと黙り込む。
夜高ミツル
待っている。
真城朔
黙り込んだあとで、
真城朔
ほんのかすかに頭を動かした。
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「ありがとう」
真城朔
「うぅ……」
真城朔
呻いている。
真城朔
往生際が悪い。
真城朔
とても悪い。
真城朔
だいぶわるい……
夜高ミツル
悪いなあ……
夜高ミツル
無理を言って申し訳ないな、と思う。
夜高ミツル
思うけど、言ったらまたミツは悪くないになるので……
夜高ミツル
頭を撫でています。
真城朔
撫でられています。
真城朔
撫でられていたが……
真城朔
「……み」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「ね」
真城朔
「ねる」
真城朔
「ねない、と」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……そうだな」
夜高ミツル
手を止めて、また真城の背中に回した。
夜高ミツル
「真城も疲れたよな」
夜高ミツル
「寝よ寝よ」
真城朔
「……う」
真城朔
「ん」
真城朔
「ねる……」
夜高ミツル
抱き寄せる。
夜高ミツル
「うん」
真城朔
ずず……
真城朔
枕に顔を埋めたまま抱き寄せられる。
夜高ミツル
「おやすみ、真城」
夜高ミツル
「お疲れ様」
真城朔
「……おやすみ」
真城朔
「ミツ……」
夜高ミツル
伏せられたままの頭に顔を寄せて、目を閉じる。
真城朔
その隣にいる。
真城朔
顔を伏せて涙を隠しながら、ミツルの隣に横たわっている。
夜高ミツル
一緒にいる。
夜高ミツル
怪我がないのに越したことはないのだ。
夜高ミツル
それでも、こうして二人で家に帰ってきて、隣り合って眠れている。
夜高ミツル
それだけで十分に幸運で、幸福なことなんだ。