2021/06/10 深夜

真城朔
新月の夜。
真城朔
青々とした若葉の茂る公園の中心で、
真城朔
ぼんやりと構えた真城がミツルに相対している。
真城朔
視線は気遣わしげに揺れているが、構え自体には存外隙がない。
真城朔
軽く身体を開いて手袋を嵌めた拳を握っている。
夜高ミツル
あの夜の、はじめての狩りから一年と少し。
夜高ミツル
それなりに戦いをくぐり抜けてきた今でも、一向に真城に敵う気はしない。
夜高ミツル
真城の強さがあまりにも規格外なので、当然ではあるのだが。
真城朔
というわけで、定期的にミツルと真城は手合わせのような形の訓練を行っている。
真城朔
真城本人が教え方をあまり知らないので、身体で覚えるしかない、というのがいつもの結論だ。
夜高ミツル
実際にこうして生き延びてこれているのだから、効果があるということだ。
夜高ミツル
徒手の真城に対して、ミツルの手にはダミーナイフ。
夜高ミツル
サブウェポンとして、少し前から刀ではなくそれを使って組み手を行っている。
真城朔
雪がなくなってからはその頻度も増えつつ……
真城朔
二連続でミツルが怪我をしてしまったので、それが癒えた今はより集中的に。
真城朔
人の気配などには気をつけながら……
真城朔
真城はミツルの挙措を視界に収めている。
真城朔
待っている。ミツルが動くのを。
夜高ミツル
踏み出す。
夜高ミツル
地を蹴って真城との距離を詰め、
夜高ミツル
胸に狙いを定めてナイフを突き出す。
真城朔
右の拳を前に、左を後ろに。
真城朔
心臓のある側を遠ざける形の立ち姿から、
真城朔
前脚を軸足として、身を反らしてナイフをかわす。
真城朔
そのまま突き出された手首を左手で掴み、力任せに引っ張った。
真城朔
ミツルの勢いに腕力を乗せて、そのまま地へと突き放す。
夜高ミツル
「……っ!」
夜高ミツル
叩きつけられる。
夜高ミツル
追撃を受ける前に転がって身を起こす。
真城朔
ミツルを振り返りながら、一歩退く。
真城朔
距離をとってまた同じ形に構える。
真城朔
そも真城の一歩はミツルよりも大きい。
真城朔
歩幅の問題ではなく、瞬発力の問題だ。
夜高ミツル
そして当然、ナイフは刀よりも間合いが短く。
夜高ミツル
安易に踏み込めばこうしてカウンターを取られる事が多い。
真城朔
ミツル以上の反射神経でもって、ミツルよりも大きく素早い一歩を踏み出せる真城に、
真城朔
多少扱いに慣れてきたとはいえ、刀よりリーチの短いナイフを手に挑んでいる。
真城朔
当然手応えは芳しくないのだが、
真城朔
殴る蹴るなどの打撲に繋がる一撃は、あまり真城からは繰り出されないでいる。
真城朔
今みたいに突き飛ばすとか。軽くいなすとか。強いて言えば投げ飛ばすとか。
真城朔
せいぜいその程度。
夜高ミツル
かつての厳しい特訓を思えばこの程度。
夜高ミツル
気絶、嘔吐、打ち身、捻挫…………
夜高ミツル
初撃を受け止められた程度ではめげずに、再び距離を詰める。
真城朔
視線は逸らされない。
真城朔
ミツルの動きを見ている。
夜高ミツル
そもそも狩りというのは1対1で行われるものではない。
夜高ミツル
狩人は群れて戦う。
夜高ミツル
誰かが作った隙を、他の誰かが突く。
真城朔
幸いなるかな、
真城朔
狩りにおいては真城はミツルと肩を並べている。
真城朔
今は強大な壁として立ち塞がる真城は、狩りにおいてはミツルの味方となる。
真城朔
だから、
真城朔
ミツルは実際、隙を作ることができればそれでいい。
真城朔
ただし、自分の身を守りながら、ではあるが。
真城朔
距離を詰めたミツルの手首を、やはり真城は容易く掴む。
真城朔
踏み込みの後から反応して、その動きを読んでいる。
夜高ミツル
掴まれ、突き飛ばされるその前に
夜高ミツル
軸足を崩そうと、足払いを仕掛ける。
真城朔
前脚が払われる。
真城朔
姿勢が崩れ、
真城朔
仰向けに倒れるようにしながら、もう一方の手をまたミツルの手首に添えた。
真城朔
両手でがっちりとミツルの腕を掴み、
夜高ミツル
あ、と思った時にはもはや遅く。
真城朔
倒れる勢いのままに巴投げめいた形で自らの頭の方へと投げ飛ばす。
夜高ミツル
咄嗟に頭を庇いながら、地面に落ちる。
真城朔
真城も背中から地面に落ちるが、受け身を取って身を起こす。
夜高ミツル
真城に遅れて身体を起こす。
真城朔
ミツルが起き上がる頃には再びいつもの構えを取っている。
真城朔
右の拳を前に、身体を斜めに開いて、ミツルの挙動を見守っている。
夜高ミツル
その構えにやはり隙はなく。
真城朔
あったとしても、ミツルに見出だせるものではなく。
夜高ミツル
しかし開けた場所でこうやって向かい合っている以上は、隙がなくとも向かっていく他ない。
夜高ミツル
カウンターを受けるのは前提。
夜高ミツル
それにどう対応するか。
真城朔
相手に刃を確実に届かせるよりも、
真城朔
手数を稼いで対応させながら、自分が傷を受けないこと。
真城朔
ミツルに求められるのはそういうことで、これはそのための訓練。
夜高ミツル
傷を受けないこと、生き残ること。それが一番重要だ。
夜高ミツル
だから実際に真城が追撃してこなくても、来るつもりで体勢をたてなおす。
夜高ミツル
対応を身体に覚えさせる。
真城朔
……本当であれば、
真城朔
真城は容赦なく追撃するべきなのだが。
真城朔
今はただ構えて、ミツルの一撃を待っている。
夜高ミツル
三度、真城に向かっていく。
真城朔
ミツルを待つ。
夜高ミツル
右手で大振りの一撃。
真城朔
やや粗いそれに、今度は手刀。
真城朔
握った右拳を手刀に変えて、したたかにミツルの手首を打つ。
夜高ミツル
間髪入れずに、今度は左手に握ったナイフを繰り出す。
夜高ミツル
手刀を打った腕を斬りつけるように振るう。
真城朔
一瞬、
真城朔
ためらいがあった。
真城朔
しかしそれでも間に合う。
真城朔
手刀を打った勢いをそのままに右の前脚を跳ね上げて、
真城朔
回し蹴りで左のナイフを弾き飛ばす。
夜高ミツル
弾かれたナイフがあらぬ方向に飛んでいく。
真城朔
そのまま。
真城朔
側面からの踵落としに似た形で、ミツルの胴体を薙いだ。
夜高ミツル
「…………っ!」
夜高ミツル
横薙ぎに蹴りつけられた身体が宙に浮き、倒れる。
真城朔
真城はゆっくりと脚を下ろしていつもの体勢に、
真城朔
「…………」
真城朔
「……だ」
真城朔
「だいじょう」
真城朔
「ぶ?」
真城朔
恐る恐るに声が出た。
夜高ミツル
痛みに顔をしかめつつ、それでも立ち上がる。
夜高ミツル
「……ん」
夜高ミツル
「だいじょぶ」
真城朔
「…………」
真城朔
気持ち肩を落としているような
真城朔
背中が丸くなっているような
真城朔
構えてるけど……
夜高ミツル
やりたくないことをさせているので、申し訳ない。
夜高ミツル
それでもこれは必要なことだ。
真城朔
そもそもミツルが狩りをしているのは自分のせいで……
真城朔
というようなことを考え始めると堂々巡りになるわけだが……
真城朔
しょんぼりしている。
夜高ミツル
そうやって気に病ませてもついていってるのはミツルの方で……
夜高ミツル
とにかく真城が嫌がるのにそうしている以上は、狩りで大怪我をしたり、まして死ぬようなことがあってはいけない。
夜高ミツル
そうならないための特訓だ。
夜高ミツル
先程弾き飛ばされたナイフを拾い上げる。
夜高ミツル
痛みを隠して、拾ったそれを構える。
夜高ミツル
そうしてまためげずに真城に向かっていく。
真城朔
向かってきたミツルを、今度は割と力任せに
真城朔
捕まえてぽーんと放り投げた。
真城朔
それからもめげずにミツルが挑み、真城が躱し、投げ、転がし、たまに打ったり蹴ったり、割と頻繁にしょんぼりなどするのを繰り返して、
真城朔
気付けば明け方。
夜高ミツル
地面に仰向けに転がっている。
真城朔
見上げた空の端が、うっすらと明るい橙色。
真城朔
その空を遮るように、
真城朔
「…………」
真城朔
気遣わしげに真城がミツルを覗き込む。
真城朔
「……そ」
真城朔
「そろそろ」
真城朔
「散歩のひと、とか……」
真城朔
いぬの……
夜高ミツル
「…………ん」
夜高ミツル
「そーだなー…………」
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
力なく返事をする。
真城朔
「……だいじょうぶ?」
夜高ミツル
「だいじょうぶ……」
真城朔
「…………」
真城朔
視線……
夜高ミツル
地面に手をついて、よいしょ……と身体を起こす。
真城朔
慌てて手を差し出した。
夜高ミツル
手を掴む。
真城朔
よいしょと引っ張り……
夜高ミツル
立ち上がる。
真城朔
立ち上がったミツルをじっと見ています。
夜高ミツル
「……ありがと、真城」
真城朔
「……ん」
真城朔
「うん……」
真城朔
浮かない顔のまま何度も頷いている。
真城朔
「痛い」
真城朔
「痛くない?」
真城朔
「立っててだいじょうぶ?」
真城朔
言い募りながら身を寄せる。
夜高ミツル
「大丈夫大丈夫」
真城朔
深夜を通り越してもはや早朝とはいえ、夏の運動後にはやや暑い距離感。
夜高ミツル
「ちゃんと歩けるよ」
真城朔
「…………」
真城朔
気遣わしげにミツルを見ている……
夜高ミツル
とは言うものの、身を寄せられればそれを受け入れて。
真城朔
「か」
真城朔
「かえって」
真城朔
「打ち身、とか」
真城朔
「見て……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「うん」
真城朔
また何度も頷いている。
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「帰ろう」
真城朔
「ん」
真城朔
「帰ろ……」
真城朔
気持ち支えるように寄り添いながら、公園の出口へと歩く。
真城朔
「……あ」
真城朔
「明日、は」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「休む……」
真城朔
「土日も」
真城朔
「やめた、ほうが」
真城朔
「だし」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「そうだなー……」
夜高ミツル
「次は月曜とかかな……」
真城朔
「……うん」
真城朔
「それまで」
真城朔
「ちゃんと、やすも」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「そうする」
真城朔
夏の朝は早い。
真城朔
朝焼けの光に眩しげに目を細めながら、
真城朔
また小さく、何度も首肯を繰り返していた。