2021/07/10 昼過ぎ

真城朔
洗い物を終えて手を拭いている。
真城朔
今日の昼食はホットケーキだった。
真城朔
ただしサラダ風。
夜高ミツル
ローストビーフと目玉焼きを添えて……
夜高ミツル
しょっぱいホットケーキもおいしい。
真城朔
ホットケーキがほんのり甘いので塩気といい感じにバランスが取れる。
真城朔
「おいしかった」
真城朔
「ね」
真城朔
ってミツルを振り返って控えめに笑う。
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
笑みを返して頷く。
真城朔
「ローストビーフ」
真城朔
「ホットケーキと、とか」
真城朔
「ぜいたく……」
夜高ミツル
「合っててよかったよな」
夜高ミツル
「また作ろうな」
真城朔
「ん」
真城朔
「うん」
真城朔
こくこく頷いている。
夜高ミツル
拭き終わった手を取って、リビングに向かう。
真城朔
手を取られてついていく。
真城朔
少しうつむきがちに、
真城朔
「また」
真城朔
「……また……」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「……真城?」
真城朔
ぽつりとそのように繰り返して呟いて、
真城朔
頷いて、
真城朔
涙を落とした。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
真城をソファに座らせて、自分もその隣に腰を下ろし
夜高ミツル
抱きしめる。
夜高ミツル
「また、作ろう」
真城朔
されるがままに、抱きすくめられる。
真城朔
俯いて涙を流している。
真城朔
「また」
真城朔
また、と、
真城朔
何度も繰り返す。
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
背中をさする。
真城朔
「…………」
真城朔
肩を落としている。
真城朔
ミツルの腕に抱かれて、
真城朔
それに応えることができないままで。
夜高ミツル
応えがなくても、ミツルの腕が離れることはなく。
真城朔
その熱に身体を預けたままでいる。
真城朔
振りほどくこともできないでいる。
真城朔
また、と、
真城朔
唇がまた繰り返した。
真城朔
「…………」
真城朔
「……そんな、の」
真城朔
「俺」
真城朔
「俺は」
夜高ミツル
「俺は、そうしたい」
夜高ミツル
「楽しかったことはまたしたいし、うまかったものはまた作りたいよ」
夜高ミツル
「一緒に」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「これからも、ずっと一緒にいるんだから」
真城朔
「そ」
真城朔
「ういうの」
真城朔
「だって」
真城朔
「俺は、色んな人、から」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「それでも、俺は」
夜高ミツル
「真城とそうしたい」
真城朔
「…………」
真城朔
「よくない」
真城朔
「よ」
真城朔
「だめで……」
真城朔
こういうセリフだって全部使い古されていて、
夜高ミツル
「よくなくても、する」
真城朔
ミツルがどう返すかだってわかっていて、
夜高ミツル
より一層、真城を抱き寄せる。
真城朔
困らせてしまうことも理解していて、
夜高ミツル
エアコンの効いた室内で、寄り添う熱があたたかい。
真城朔
慰められるために吐いているようなもので。
夜高ミツル
それでいいよ。
夜高ミツル
大丈夫。
真城朔
それでもこの熱に浸っている。
夜高ミツル
ゆっくりと背中を撫でる。
真城朔
「……結局」
真城朔
「俺は、こう」
真城朔
「なのに……」
夜高ミツル
「……いいんだ」
夜高ミツル
「真城が一緒にいてくれれば、それで」
夜高ミツル
「俺は嬉しいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
抱き寄せられたミツルの胸に顔を埋めている。
真城朔
「……最初から、全部」
真城朔
「黙ってれば……」
真城朔
「どうせ」
真城朔
離れられないのに、と、その続きを呑み込んだ。
夜高ミツル
「我慢させたくない」
真城朔
「ミツ、に」
真城朔
「嫌な思い」
真城朔
「させたくない……」
夜高ミツル
「してないよ」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
ゆっくりと瞼を上げる。
夜高ミツル
「真城が俺に気を使って、溜め込むほうが嫌だ」
真城朔
「…………」
真城朔
「でも」
真城朔
「……意味、ない」
真城朔
「ないよ……」
夜高ミツル
「意味とか、そういうんじゃないだろ」
夜高ミツル
「泣きたい時は泣いてほしいし」
夜高ミツル
「つらい時は言ってほしい」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「俺はそれに寄り添いたい」
真城朔
「な」
真城朔
「んに、も」
真城朔
「解決」
真城朔
「しない……」
真城朔
「なんにも……」
夜高ミツル
解決。
夜高ミツル
してやれればどれ程いいだろうか、と思う。
夜高ミツル
「それでも、真城が苦しいままで我慢させたり」
夜高ミツル
「何もしないのは、嫌だよ」
真城朔
「…………ミツに」
真城朔
「嫌な、思い」
真城朔
「させる……」
真城朔
戻ってきた。
真城朔
と、いうのも今更で、
夜高ミツル
「してないって」
真城朔
この問答自体が既に何度も繰り返してきたようなもので。
真城朔
「……俺が」
真城朔
「こんな、に」
真城朔
「ならない方が……」
真城朔
「ミツ、は」
夜高ミツル
「……無理して笑ってほしいわけじゃない」
真城朔
「…………」
真城朔
俯く。
夜高ミツル
「真城にきっとつらい思いをさせるって、分かってて」
夜高ミツル
「それでも引き留めたのは俺だ」
夜高ミツル
俯いた頭を撫でる。
真城朔
撫でられている。
真城朔
「……ミツを」
真城朔
「解放、しなきゃ……」
真城朔
「ちょっとでも」
真城朔
「はやく」
夜高ミツル
「やだよ」
夜高ミツル
「いやだ」
真城朔
「し」
夜高ミツル
「真城と離れるなんて、無理だ」
真城朔
「しなきゃ」
真城朔
「いけなかっ」
夜高ミツル
「……選んだのは、俺だよ」
夜高ミツル
「真城が何回嫌だって言っても一緒にいることを選んだのは、俺だ」
真城朔
「お」
真城朔
「俺が」
真城朔
「…………」
真城朔
「俺のせい……」
夜高ミツル
「真城のせいなんて思わない」
夜高ミツル
「俺がしたくてこうしてるんだ」
真城朔
「俺のせいだ……」
真城朔
「お」
真城朔
「俺が、わるい」
真城朔
「から」
真城朔
「ぜんぶ……」
夜高ミツル
「俺のことは、俺の責任だ」
夜高ミツル
「真城が負わなくていい」
真城朔
「おれがわるい……」
真城朔
「俺が……」
真城朔
「俺のせい、だから」
真城朔
「全部……」
夜高ミツル
「真城」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「俺はこうして真城といられて、幸せだよ」
真城朔
「……も」
真城朔
「もっと、いい」
真城朔
「しあわせ」
真城朔
「が」
夜高ミツル
「ない」
夜高ミツル
「真城と一緒なのが、一番だ」
真城朔
「そ」
真城朔
「んなこと」
真城朔
「ない」
真城朔
「もっと」
真城朔
「もっと、なにか……」
夜高ミツル
「ないよ」
夜高ミツル
「ない」
真城朔
「あ」
真城朔
「ある」
真城朔
「あるよ」
真城朔
「ぜったい」
真城朔
「あるし……」
夜高ミツル
「知らない」
夜高ミツル
「思いつかない」
夜高ミツル
「真城と一緒にいる以上に幸せなことなんか、ない」
真城朔
「ある……」
真城朔
「ある、のに」
夜高ミツル
「……こうなったこと、今だって少しも後悔してないよ」
真城朔
「う」
真城朔
「うー……」
夜高ミツル
「ああしてなければ、とか」
夜高ミツル
「思ったことは一度もない」
真城朔
「お」
真城朔
「俺は」
真城朔
「いっぱいある……」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「し」
真城朔
「しちゃいけないこと」
真城朔
「いっぱい……」
夜高ミツル
「……そうだな」
夜高ミツル
「もっと早く真城のこと分かってやれてたら、とかは思う……」
真城朔
「み」
真城朔
「ミツ、は」
真城朔
「わるく」
真城朔
「ない」
真城朔
「なんにも」
真城朔
「なんにも……」
夜高ミツル
「真城が苦しんでるの、気づいてやりたかったよ」
真城朔
「か」
真城朔
「隠してた」
真城朔
「もん……」
夜高ミツル
「そうだな」
夜高ミツル
「言ってもしょうがないことなんだけどな……」
夜高ミツル
「……あの時できなかった分、今はできることをしたいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
「で、も」
真城朔
「でも……」
夜高ミツル
「でも?」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「ミツがしないと、いけないこと」
真城朔
「なんにもない……」
夜高ミツル
「したいからしてる」
夜高ミツル
「それだけだ」
真城朔
「…………」
真城朔
「し」
真城朔
「しなくてもいい」
真城朔
「よ」
夜高ミツル
「する」
真城朔
「しなくても……」
夜高ミツル
「俺がそうしたいから、する」
夜高ミツル
抱き寄せる腕に力がこもる。
真城朔
抱き寄せられるのに抵抗できない。
真城朔
諾々とそれを受け入れて、なすがまま。
真城朔
口先だけ。
夜高ミツル
薄いシャツの上から、熱が触れている。
真城朔
命あるもののぬくもりがある。
夜高ミツル
「しなきゃいけないからしてるわけじゃないんだ」
夜高ミツル
「ずっとそうだよ」
真城朔
「しって、る」
真城朔
「けど……」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「けど?」
真城朔
「…………」
真城朔
「……だ」
真城朔
「だめだ、し」
真城朔
「だめ……」
真城朔
「よ」
真城朔
「よくない」
真城朔
「俺」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「……真城が、俺のことを大事に思って言ってくれてるのは、わかる」
真城朔
「う」
夜高ミツル
「でも、聞けない」
夜高ミツル
「真城がなんて言っても、絶対離れない」
夜高ミツル
「離さない」
真城朔
「は」
真城朔
「はなして」
真城朔
「ほ」
真城朔
「し」
夜高ミツル
「やだ」
夜高ミツル
ぎゅう、とまた抱きしめる。
真城朔
「う」
真城朔
結局抱きしめられている。
夜高ミツル
「絶対、離さない」
真城朔
「うう」
真城朔
「ぅー……」
真城朔
ぐず、と
真城朔
ミツルの胸に顔を埋めた。
夜高ミツル
よしよしと後頭部を撫でている。
夜高ミツル
いつもミツルが手入れをする髪が、さらさらと手に触れて流れる。
真城朔
髪から爪から身体の隅々まで、
真城朔
全部をミツルに委ねて今は生きている。
真城朔
心すら。
真城朔
こうして流す涙すら、
真城朔
何もかも。
夜高ミツル
委ねられて、受け止めている。
真城朔
だから結局ミツルに敵わない。
真城朔
ミツルから離れることができない。
夜高ミツル
離さない。
夜高ミツル
離すはずがない。
真城朔
ミツルの言うことに、何一つ勝てずに、
真城朔
その腕の引き留める中にいる。
夜高ミツル
この手を離した先で、真城が生きてゆける訳のないことが分かるから。
夜高ミツル
真城を幸せにできるのは自分しかいないことが分かるから。
夜高ミツル
そして何より
夜高ミツル
ミツル自身が、真城と一緒にいたいから。
真城朔
その望みに抗えない。
真城朔
それは何より
真城朔
真城自身が、ミツルと一緒にいたいから。
真城朔
それを叶えてしまっている。
真城朔
まんまと叶えられてしまっている。
真城朔
いけないことだと、
真城朔
思うのに。
夜高ミツル
それでいいよと、腕の中に閉じ込める。
夜高ミツル
誰が許さなくても、一緒にいよう。
夜高ミツル
幸せになろう。
夜高ミツル
一緒に。
真城朔
誰よりも真城が真城を許さなくとも。
真城朔
ミツルが望むから、それを望んでしまう。
真城朔
一緒に幸せになりたいと思って、
真城朔
今もミツルの胸で泣いていた。