2021/07/26 22時頃

真城朔
空には欠け始めた月が浮いている。
真城朔
夜の外はまあまあに涼しく、けれど夏の湿った風が頬を撫でた。
真城朔
手を繋いでいる。
夜高ミツル
それでも、昼よりは格段にマシ。
夜高ミツル
手を繋ぐのも二人の距離も、昼でも夜でも変わらないけど。
夜高ミツル
同じテンポで、のんびりと夜の道を歩く。
真城朔
月を見上げたり、
真城朔
ちかちか光る電灯を見上げたり。
真城朔
昼の外出は暑さと陽射しにどこかぐったりしているけれど、
真城朔
夜はそれなりに元気。
夜高ミツル
二人で当て所なく歩いていく。
真城朔
とてとこ……
夜高ミツル
特になにか目的があって歩いていくわけではないのはいつものこと。
真城朔
それなりに長く住んでいるから、
真城朔
けっこう道とか街並みとか、わかりつつあり……
真城朔
狩人だから大事だし……道の把握……
真城朔
その上であてどなく歩いている。
真城朔
手を繋いでいる。
夜高ミツル
しっかりと。
真城朔
たまに通行人とか通り掛かるので、そうなった時はミツルの影に隠れる。
真城朔
ぴと……
夜高ミツル
隠してる。
夜高ミツル
ミツルが車道側に立ち真城を端側に……
真城朔
ミツルの影から通行人が通り過ぎるのをじっと見ている……
夜高ミツル
ミツルも通行人が通り過ぎたのを確認する。
真城朔
ほ……
真城朔
少し緊張が緩んだ。
夜高ミツル
それを確かめて、また歩を進める。
真城朔
ミツルについて歩く。
真城朔
手を繋いだまま、時折きょろきょろと視線を彷徨わせながら。
真城朔
なんてことはない時間。
夜高ミツル
なんてことはない時間を当たり前のように過ごせることの幸福を、狩りに出る度に噛みしめる。
夜高ミツル
今は真城の様子がいつも通りではないけれども……。
真城朔
それでも平和なひととき。
真城朔
何より、こうして外を歩いていると、少しだけ違和感が薄らぐような感じもある。
真城朔
単純にミツル以外に意識が向くからかもしれないが……。
夜高ミツル
気が紛れたようなら、誘ってよかったと思う。
真城朔
普段よりは口数が少ない。
真城朔
あれやこれやとよくわからないことを口にする唇は閉ざされて、
真城朔
ただぼんやりと色んなものを見上げている。
真城朔
線路を乗り越え、
真城朔
夜の病院の隣を歩き、
真城朔
テレビ塔のアンテナを見上げ。
夜高ミツル
やがて辿り着いたのは、川だった。
夜高ミツル
結構でかい。
真城朔
家のちょっと行ったところになんか流れてる川。
真城朔
名前はよく知らない。
夜高ミツル
なんか川。
真城朔
夜の川面は闇色に。
真城朔
僅かな光を反射して、時折ちらちらと輝きを放つ。
夜高ミツル
それに誘われたかのように、河川敷に降りていく。
真城朔
手を繋いで……
真城朔
とっとっと
真城朔
スニーカーの踵が草を踏みしめる。
真城朔
川の流れる静かな音がする。
夜高ミツル
さらさらと。
夜高ミツル
視線を上げれば、橋の上をゆく車のライトが見える。
真城朔
足を止め、過ぎ去っていく光の軌跡をぼんやりと見上げている。
真城朔
夜色の瞳にそれが映り込む。
夜高ミツル
視線を隣に移して、
夜高ミツル
その瞳に人工の光を反射するさまを、なんとはなしに眺める。
真城朔
ミツルの視線に気づいているのかいないのか。
真城朔
変わらず車の往来を見上げている。
真城朔
手を繋いでいる。
夜高ミツル
繋いでいる。繋がれている。
真城朔
真城の本来体温低めの指先が、ミツルの手の中で温められている。
真城朔
同じ温度が重なっている。
夜高ミツル
「……もうちょっと歩いていってみるか?」
真城朔
夜の光を映し込む瞳が一度だけまばたきをして、
真城朔
ゆっくりとミツルの方へと向けられる。
夜高ミツル
ミツルの指は、上流の方を指している。
真城朔
その指先を視線が辿って、
真城朔
少ししてから、小さく頷いた。
夜高ミツル
それに頷きを返して、
夜高ミツル
ゆっくりと足を踏み出す。
真城朔
合わせて歩いていく。
夜高ミツル
川沿いに歩いていったところで、散歩の範囲では何があるわけでもない。
真城朔
特に何かを求めて歩いているわけでもなし……
真城朔
深夜に何があるでもなし。
真城朔
知り合いの狩人が哨戒しているのとか、まあそういうのに遭遇する可能性はあるが……
真城朔
…………
真城朔
今日は嫌だな……
夜高ミツル
嫌だな……
真城朔
見当たらなくてよかったし、多分見かけたら隠れちゃう。
夜高ミツル
そう思うと、むしろ何もない方がずっといい。
真城朔
夏の風は湿っている。
真城朔
川辺なら尚更。
夜高ミツル
でも気持ち気温が低いような気もする。
真城朔
ちょっと涼しい。
真城朔
せせらぎの音も心地よい。
夜高ミツル
遠くには車の音や、夜でもやまぬ蝉の鳴き声が聞こえる。
夜高ミツル
そういう気分でもないかと思ってテレビを切っていたけど、つけた方が気が紛れたのかな……とぼんやり思う。
真城朔
真城はぼんやりと視線を巡らせている。
真城朔
夜の街。川辺。人の声はない。
真城朔
当てもなく川沿いを二人で歩く。
夜高ミツル
川べりの景色は、歩き始めた地点とそう代わり映えしない。
真城朔
なんとなく、歩いているな……という感覚だけがある。
真城朔
それなりに長い距離を二人並んでてくてくてくてく……
夜高ミツル
河川敷の幅が狭まったりまた広くなったり
夜高ミツル
橋の下を通り過ぎたり。
真城朔
若い男二人でハンターなので、歩いてるくらいじゃ疲れない。
真城朔
歩いていくにつれ、だんだん街の光や車の音が遠くなっていく。
真城朔
夜だから分かりづらいけど、周囲の景色も緑っぽくなってきているような……
夜高ミツル
視界の先にある黒いシルエットも、だんだんと大きくなってきている。
夜高ミツル
「……そういえば、こっちは山があるんだっけか」
真城朔
少し遅れて頷いた。
真城朔
「川」
真城朔
「登っていったら」
真城朔
「だいたい……」
夜高ミツル
「そうだな……」
夜高ミツル
何も考えてなかった。
真城朔
「…………」
真城朔
足を止めて、ぼんやりとそのシルエットを見上げている。
夜高ミツル
山だな……。
真城朔
じ…………
夜高ミツル
しばし一緒にぼんやりと山を眺め……
夜高ミツル
「…………あ」
真城朔
「?」
真城朔
ゆっくりとミツルを向いた。
夜高ミツル
「いや……」
夜高ミツル
「あんまり山側に行くと熊とか出るのかなって……」
真城朔
「くま」
真城朔
「…………」
真城朔
山を向いた……
夜高ミツル
時折ローカルニュースでヒグマの目撃情報が流れたりする。
真城朔
北海道だな……と思ってきた。
真城朔
ミツルの手を引く。
夜高ミツル
この辺りで出たって話は今の所見てないけど……
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「戻るか」
真城朔
頷いた。
夜高ミツル
手を引かれるままに、踵を返す。
真城朔
一転、二人で川を下る。
真城朔
手は繋いだまま。
真城朔
こうして街の光を見ていると、
真城朔
今更になって、随分歩いたものだとわかる。
夜高ミツル
どのくらいの時間歩いてきたのだろう。
夜高ミツル
二人でいると時計もスマホも見ないものだから、いまいち分からない。
夜高ミツル
結構歩いたな、という感覚だけがある。
真城朔
変わらぬせせらぎを耳に聞きながら……
真城朔
「…………」
真城朔
きょろきょろとあちらこちらを向いていた真城が、いつしか俯きがちに視線を落としている。
夜高ミツル
「……真城?」
夜高ミツル
俯く真城に声をかける。
真城朔
手は繋がれている。
真城朔
声をかけられても、しばらくとぼとぼと歩みを進めたまま。
真城朔
「……ごめん」
真城朔
ぽつりと消え入るような声で。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「謝るようなこと、なんにもされてないよ」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
手を強く握りなおす。
真城朔
強く握られた手を、今は握り返すことができず、
真城朔
けれど振りほどくこともせで、
真城朔
「……だって」
真城朔
抗弁のように唇を尖らせる。
真城朔
「ミツ」
真城朔
「困ってる」
真城朔
「し……」
夜高ミツル
「……それを言ったら、俺だって真城を困らせてるだろ」
真城朔
「…………?」
真城朔
窺うようにミツルの顔を見る。
夜高ミツル
「狩りの時のこと……」
真城朔
目を瞬いた。
夜高ミツル
「……あの時、もっと冷静になるべきだった」
夜高ミツル
「ごめんな」
真城朔
「……あ」
真城朔
「れは」
真城朔
「そもそも、俺が……」
真城朔
身体を抱くように、自分の服の肩口を掴む。
夜高ミツル
「最初、止めようとしてくれてただろ」
夜高ミツル
「それを押し切ったのは俺だ」
真城朔
「…………」
真城朔
何も言えなくなって俯いている。
夜高ミツル
「相手が魔女なんだし、俺の方も気をつけてないといけなかった」
夜高ミツル
「だから、ごめん」
真城朔
「……お」
真城朔
「俺が……」
真城朔
「こう、だから」
真城朔
「だし……」
夜高ミツル
「でも、それは真城のせいじゃない」
夜高ミツル
「真城の身体のことを知ってるんだから、俺は気をつけないといけなかった」
真城朔
「…………」
真城朔
背を丸めている。
真城朔
いつしか足も止めてしまって。
夜高ミツル
真城が止まれば、当然ミツルも止まる。
夜高ミツル
背を丸めて立ち尽くす真城を抱き寄せる。
真城朔
「……う」
真城朔
「ぅー……」
真城朔
抱き寄せられて顔を埋めて、
真城朔
どうしようもなくうめき声だけがあがる。
夜高ミツル
ぽんぽんと背中に触れて、そのままゆっくりと撫でる。
真城朔
撫でられている。
真城朔
背中の感触は変わらない。
真城朔
あの夜に抱いたものと、今も。
夜高ミツル
同じ感触。
真城朔
同じ熱。
真城朔
川辺の湿った夜風の中に、
真城朔
茂る草木の青い香り。
夜高ミツル
さらさらと流れる川の音。
夜高ミツル
その中で二人、身体を寄せている。
夜高ミツル
「……もう、あんなことしない」
夜高ミツル
「もっと気をつける」
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ、は」
真城朔
「ずっと」
真城朔
「気をつけて……」
真城朔
「ちゃんと」
真城朔
「…………」
真城朔
俯いた。
真城朔
弱々しく下がった肩が震えて、
夜高ミツル
「だから、今までよりもっと」
真城朔
首を振る。
真城朔
「……俺」
真城朔
目端に涙が滲んで、
真城朔
そのまま頬を落ちた。
真城朔
「俺のせい……」
夜高ミツル
「真城のせいじゃない」
夜高ミツル
更に抱き寄せる。
夜高ミツル
細い身体に腕を回している。
真城朔
首を振っている。
真城朔
「俺」
真城朔
「……俺」
真城朔
「やだ」
真城朔
「俺のせい、で」
真城朔
「ぜんぶ……」
真城朔
「ミツ」
真城朔
「ミツまで」
夜高ミツル
あやすように背中を撫でる。
夜高ミツル
「真城のせいじゃない」
夜高ミツル
繰り返す。
真城朔
「俺のせいだ……」
真城朔
その言葉を拒む。
夜高ミツル
「魔女のせいだろ」
真城朔
「ま」
真城朔
「魔女は」
真城朔
「今回、だって」
真城朔
「だって……」
真城朔
そういうのじゃ……とか
真城朔
もごもごと言っている。
夜高ミツル
「だって、今まで二人でやってきてこんなことなかった」
真城朔
「た」
真城朔
「たまたま……」
真城朔
「なんとか」
真城朔
「うまく、いってた」
真城朔
「だけ」
真城朔
「で」
夜高ミツル
「こうならなかった数の方が多い」
夜高ミツル
「だからって気を抜いていい訳じゃないから、ちゃんともっと気をつけるけど……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「真城は悪くない」
夜高ミツル
「で、もし、仮に、真城のせいだとしても」
夜高ミツル
「俺は気にしない」
真城朔
「き」
真城朔
「に」
夜高ミツル
もしと仮にを強めに言った。
真城朔
「した、方」
真城朔
「が……」
真城朔
か細く抗弁する。
夜高ミツル
「それで嫌に思ったりはしない」
真城朔
「う」
真城朔
「お」
真城朔
「俺、は」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……真城が気にしてくれるのは、嬉しいよ」
夜高ミツル
「気に病ませたくはないけど……」
真城朔
「やだよ……」
夜高ミツル
「……うん」
真城朔
「俺のせい、で」
夜高ミツル
背中を撫でる。
真城朔
「ミツが」
真城朔
「ミツ、まで……」
真城朔
その背中が震えている。
夜高ミツル
「……真城のせいじゃない」
夜高ミツル
震える背中に手のひらが触れている。
真城朔
「ミツが、俺のせいで」
真城朔
「変に……」
真城朔
「変な、ふうに」
真城朔
「見られるの」
真城朔
「俺」
真城朔
「俺、なんか、と」
真城朔
「いるから……」
夜高ミツル
「俺は、誰にどう思われたって真城と一緒にいたいよ」
夜高ミツル
「何を思われようが、言われようが、どうでもいい」
夜高ミツル
「真城がいれば、俺はそれでいいんだ」
真城朔
「う」
真城朔
「うー……」
夜高ミツル
「真城といられれば、それでいい……」
夜高ミツル
繰り返して、背中を撫でる。
真城朔
「俺、は」
真城朔
「ミツが」
真城朔
「悪く思われるの」
真城朔
「やだ……」
夜高ミツル
「……うん」
夜高ミツル
「俺も、真城が変な目で見られるのは」
夜高ミツル
「それは、いやだ」
真城朔
頷いている。
真城朔
頷いてから、はたになって
真城朔
首を振った。
真城朔
「お」
真城朔
「俺は」
真城朔
「別に……」
夜高ミツル
「よくない」
真城朔
「た、ただしい」
真城朔
「よ」
真城朔
「俺」
真城朔
「へん、だし」
真城朔
「だから……」
夜高ミツル
「正しくない」
夜高ミツル
「嫌だ……」
夜高ミツル
言ってから、少し笑う。
真城朔
「迷惑」
真城朔
「かける、し……」
真城朔
ぼそぼそ……
夜高ミツル
「……俺たち、同じこと言ってるな」
真城朔
「お」
真城朔
「同じじゃない……」
夜高ミツル
「そうか?」
夜高ミツル
「俺も真城も、自分のことはよくて、お前が変に見られるのは嫌だって言ってるだろ」
真城朔
「だって」
真城朔
「ミツは、変じゃ」
真城朔
「ない」
真城朔
「し」
真城朔
「俺は変だけど……」
夜高ミツル
「真城だって、俺には変じゃないよ」
夜高ミツル
「俺はもう、真城がいる方が普通なんだから」
真城朔
首を振る。
真城朔
「変だよ」
真城朔
「変……」
真城朔
「俺のせい」
真城朔
「だし」
真城朔
「ぜんぶ」
真城朔
「俺の……」
夜高ミツル
「真城のせいじゃない」
夜高ミツル
「真城のせいじゃないよ」
夜高ミツル
背中を撫でる。
真城朔
「俺のせいだ……」
真城朔
ただそのように言い募って涙を落とす。
夜高ミツル
「……もし今回のことが真城のせいだって言うなら、俺だって悪い」
夜高ミツル
「二人でしたんだから、半分ずつだ」
真城朔
「…………」
真城朔
「でも……」
真城朔
でも、と小さな声で繰り返している。
夜高ミツル
「だから、変に見られたのも二人で次頑張って見返そう」
真城朔
俯いている。
真城朔
頬を涙で濡らしている。
真城朔
「べ」
真城朔
「つに」
真城朔
「みかえしたい、とか」
真城朔
「じゃ……」
夜高ミツル
「えーっと、じゃあ……汚名返上……?」
夜高ミツル
「とにかく、次をちゃんとやろうという感じの……」
真城朔
「…………」
真城朔
当惑したような瞳でミツルを見上げている。
夜高ミツル
「とにかく、どっちかだけの責任とかじゃなくて……」
夜高ミツル
「真城のせいってことはない」
真城朔
「…………」
真城朔
「……俺が」
真城朔
「こう、だから」
真城朔
「だし……」
夜高ミツル
「俺がもっと気をつけないといけなかった」
夜高ミツル
「二人の責任」
夜高ミツル
「半分ずつ」
夜高ミツル
「な?」
真城朔
「…………」
真城朔
黙ったものの、微妙に納得していない色がある。
夜高ミツル
ちょっとだけ身体を離して、指で涙を拭う。
真城朔
「ん、……」
真城朔
瞼を伏せてされるがままに。
夜高ミツル
「真城がいれば、俺は本当にそれでいいんだ」
夜高ミツル
「だから、大丈夫だよ」
真城朔
「…………」
真城朔
どこか不安そうな眼差し。
夜高ミツル
「……真城?」
夜高ミツル
黙ってしまった真城の様子を窺う。
真城朔
俯いた。
真城朔
「……そんな価値」
真城朔
「ないのに……」
夜高ミツル
「ある」
夜高ミツル
「俺には真城が一番大事だ」
真城朔
「う……」
真城朔
もぞもぞとミツルの腕の中でもがいている。
夜高ミツル
もがくのを抑えるように、強く抱きしめる。
夜高ミツル
「真城が好きだよ」
夜高ミツル
「他の誰より、真城が好きだ」
真城朔
「ぅ」
真城朔
「…………」
真城朔
抱きしめられて逃れられずに、涙を流して俯いている。
夜高ミツル
「真城といられるなら、いてくれるなら」
夜高ミツル
「俺はなんだってできる」
真城朔
ミツルの肩に顔を埋めながら、その言葉を聞いている。
夜高ミツル
「だから、何があっても大丈夫だ」
真城朔
「……なにが」
真城朔
「あっても……」
夜高ミツル
「真城と一緒なら」
夜高ミツル
「俺は大丈夫」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
腕を回して、ぴったりと身体を寄せている。
真城朔
ミツルの腕の中で静かに涙を流している。
夜高ミツル
あやすように背中を撫でる。
真城朔
「……なんだって、は」
真城朔
「むり」
真城朔
「だよ……」
真城朔
ぼそりと呟いた。
夜高ミツル
「……そりゃ、まあ、現実的にはできないことだってあるけど…………」
夜高ミツル
「できることはなんでもする」
夜高ミツル
「無理でも、できるようがんばる」
真城朔
「…………」
真城朔
「いつも」
真城朔
「ミツに、ばっかり」
真城朔
「無理」
真城朔
「させる……」
夜高ミツル
「無理はしてない」
夜高ミツル
「できることと、したいことをしてる」
真城朔
しょぼしょぼと俯いている。
夜高ミツル
「……したいことをしてるよ」
夜高ミツル
「真城と一緒にいること自体がそうだし」
夜高ミツル
「一緒にいてすること、全部」
真城朔
「……うん……」
夜高ミツル
「あ、いや、さっきまでの話の流れで全部って言うとアレだけど……」
夜高ミツル
外でしたかったわけではない……
夜高ミツル
格好がつかなくなってしまった。
真城朔
窺うようにミツルの顔を見つめている。
夜高ミツル
「えーっと……」
夜高ミツル
「だから、真城といるために無理とか、そういういうのはしてない」
夜高ミツル
「から」
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
「…………」
真城朔
不承不承に頷いた。
夜高ミツル
「…………」
夜高ミツル
「…………帰るか?」
真城朔
「……うん」
真城朔
「かえる……」
真城朔
「…………」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
しょぼしょぼと肩を落としている。
夜高ミツル
再び指で涙を拭う。
真城朔
拭われ……
真城朔
しょんぼりとミツルを見返した。
真城朔
「…………」
真城朔
「ごめんね」
夜高ミツル
わしゃわしゃと頭を撫でる。
夜高ミツル
「大丈夫」
真城朔
なでられている……
夜高ミツル
撫でたら整え整え……
真城朔
ととのえられます……
夜高ミツル
手を繋ぐ。
夜高ミツル
「帰ろ」
真城朔
「……うん」
真城朔
繋がれた手を、恐る恐るに握り返す。
真城朔
「帰る」
夜高ミツル
握り返される感触に微笑んで、しっかりと手を繋ぐ。
夜高ミツル
来た道を、やはりてくてくと二人で歩いていく。
真城朔
とぼとぼてくてく、手を引かれるまま。
真城朔
欠け始めた月が、二人を見下ろしていた。