2021/09/15 夕暮れ

真城朔
ちゃぽん……
真城朔
檜の湯船から溢れた湯が、木板の床を濡らして流れていく。
真城朔
丸くて深いたらいのような檜の湯船でちゃぷちゃぷと……
真城朔
温かい湯に身を沈めている。
夜高ミツル
二人並んで湯船の縁に背中を預けている。
真城朔
緑が楽しめる、テラスの中の露天風呂。
真城朔
客室備え付けのそれなので、他の人間が入ってくる心配もない。
真城朔
今日は秋田の旅館に二人で泊まっていた。
真城朔
二泊三日で……
夜高ミツル
思い立ったのがつい数日前だったから、予約が取れないんじゃないかと思ったが……
夜高ミツル
ダメ元で電話したら取れてしまった。
真城朔
運良く……
夜高ミツル
たまたまキャンセルとかがあったのかもしれない……
真城朔
いつもはまあまあな安宿に泊まってるけど……
真城朔
ちょっとした奮発。
真城朔
普通の内風呂もついてるのに露天風呂までついてる個室……
真城朔
ぼんやりと外の緑を眺めて……
真城朔
山というか……森というか……
真城朔
「すごい……」
真城朔
来てからこればっかり出ている。
夜高ミツル
「すごいな……」
真城朔
元からそんな感じではあるけど……
夜高ミツル
なんか色々すごくて……
真城朔
スケールが……
真城朔
圧倒されて、今は二人でくっついて風呂に入っています。
夜高ミツル
予約する時点でいい宿いい部屋なのは分かってたけど、実際に来てみるとなかなか想像以上で……
真城朔
きれいだし……
夜高ミツル
広いし……
真城朔
お茶菓子? 食べ放題とか……
夜高ミツル
ドリンクも飲み放題で……
夜高ミツル
サービスが……
真城朔
いたれりつくせり
真城朔
「……お風呂」
真城朔
「こんな、丸いやつ……」
真城朔
「初めて」
真城朔
「かも……」
真城朔
まんまる……
夜高ミツル
「俺も……」
真城朔
「温泉、とか」
真城朔
「来ないし……」
真城朔
いかなかった……
夜高ミツル
「なかなかな~……」
夜高ミツル
湯の中で脚を伸ばしている。
真城朔
ミツルに倣い……
夜高ミツル
「個室のだしな……」
夜高ミツル
「ないよな……」
真城朔
「ない……」
真城朔
こくこく……
真城朔
白い足がのびのびと……
真城朔
広くて明るい露天風呂で見ていると、改めてその身体に傷のないことが再確認できる。
真城朔
同時に、ミツルの身体の傷も……
夜高ミツル
裂傷に火傷痕に銃痕に……
真城朔
ある意味真城以上に温泉に入るのが大変そうな……
真城朔
「…………」
夜高ミツル
人目に晒しづらい身体であるのは確か。
夜高ミツル
ミツル本人は特にそれを気にした様子はなく、ゆったりとお湯に身体を沈めている。
真城朔
むしろ真城の方が気にしているのか……
真城朔
せっかく取れた広々とした風呂というのに、膝を抱えてしまった。
真城朔
そういう仕草ができる時点で広さを堪能してはいるが……
夜高ミツル
「……真城?」
夜高ミツル
ちゃぷ、とお湯を揺らして、身体を真城の方へ向ける。
真城朔
「…………」
真城朔
黙り込んで俯いている。
真城朔
膝抱え……
真城朔
背中を丸めてお湯にちゃっぷり浸かってはいる。
真城朔
ぬくぬくしょぼしょぼ
夜高ミツル
すくめられた肩にお湯をかけて、身体を寄せる。
真城朔
目を細め……
真城朔
密着した身体をちらりと見る。
夜高ミツル
傷の増えた身体。
真城朔
こうして一緒に旅をして狩りをするようになって、今も増え続けている。
真城朔
この前の怪我だって……
真城朔
傷が……
夜高ミツル
右腕の縫い跡は少しずつ目立たなくなってきてはいる。
夜高ミツル
それでも、完全には消えないだろうとも言われている。
真城朔
そうだろうとも理解できる。
真城朔
色んな人の傷を見てきたから……
夜高ミツル
ミツルとしては、傷が増えること自体よりも、結果として真城を気に病ませる方を気にしている。
真城朔
ミツルの気にする通り、まんまと気に病んでいる。
真城朔
しょんぼりと背を丸めて身体を抱え込んで……
真城朔
ちゃぷちゃぷ
真城朔
こういういいところに来ても結局囚われる悩みは同じというか……
夜高ミツル
俯いてしまった真城に寄り添っている。
真城朔
せっかく奮発したのに……
真城朔
もうしわけない……
真城朔
そもそも個室が必要だったのも俺がこんなだからで……
真城朔
落ち込みのループに入りつつある。
夜高ミツル
丸められた背中に腕を回す。
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの顔を窺う。
夜高ミツル
「普通の温泉だとこんな風にできないし」
夜高ミツル
「部屋風呂ついてるとこにしてよかった」
真城朔
「…………」
真城朔
「うん……」
真城朔
控えめに頷いた。
真城朔
しょぼ……
夜高ミツル
しょぼしょぼの丸い頭を撫でる。
真城朔
濡れてぺったりになっているいつもより丸い頭。
夜高ミツル
頭の形がよく分かる。
真城朔
まるい……
真城朔
撫でられつつ……
真城朔
おずおずとミツルへと身を寄せる。
真城朔
広い露天風呂の中で、結局ぴったりくっついている。
真城朔
テラスなので吹く風は少し冷たいが……
真城朔
お湯が少し熱いくらいなので気にならない。
夜高ミツル
初秋の風が頬を撫でていく。
夜高ミツル
ほこほこと温められた身体に、その冷たさが心地良い。
真城朔
天気は良いし……
夜高ミツル
肩を冷やさないように時折お湯をかけながら、二人くっついて湯船に身体を沈めている。
真城朔
きれいな秋晴れ……
夜高ミツル
木の葉がそよそよと揺れている……。
真城朔
いつもは二人でくっついて狭い風呂に入るか……
真城朔
或いはそれすらもできずに一人でささっとあがるかという感じで……
真城朔
こんな大きな湯船にゆったり浸かるのは初めて。
夜高ミツル
大きい……深い……
夜高ミツル
まるい……
真城朔
自然が雄大……
夜高ミツル
他のお客さんがいなくて……
夜高ミツル
二人じめ……
真城朔
人が来ることもない。
真城朔
はず。
夜高ミツル
ないだろう……いい旅館だし……
真城朔
いい旅館はすごい……
真城朔
枕も選べたし……
真城朔
枕を選ぶとは……?
夜高ミツル
なんかいっぱいあった。
真城朔
あった……
夜高ミツル
よくわかんないながらになんか低反発っぽいやつを選んだ。
夜高ミツル
もっちりしてるやつ……
真城朔
同じやつにした。
真城朔
枕にこだわりがないからよくわからなかった……
夜高ミツル
わかんない……
夜高ミツル
手で押した感じがよかったから……
真城朔
おそろいにした……
夜高ミツル
した。
真城朔
今は並んでぼんやり……
夜高ミツル
静か……
真城朔
風の音とか……
真城朔
木の葉擦れの音とか……
真城朔
水の落ちる音とか……
夜高ミツル
「鳥……」
夜高ミツル
「鳴いてるな……」
夜高ミツル
「なんだろう……」
真城朔
「鳴いてる……」
真城朔
「わかんないけど……」
夜高ミツル
「わかんねー……」
夜高ミツル
鳴いてるな……と思う。
真城朔
鳴いてる……
真城朔
「自然が」
真城朔
「豊か……」
真城朔
戻ってきた……
夜高ミツル
「山……」
夜高ミツル
「途中道合ってるか不安だったもんな……」
真城朔
「うん……」
真城朔
「さすがに」
真城朔
「遭難したら、大変」
真城朔
「だし……」
夜高ミツル
山の間をずーっと……
夜高ミツル
「ちゃんと着けてよかった……」
真城朔
こくこく……
真城朔
「ちゃんと着けた」
真城朔
「から」
真城朔
「こうして……」
真城朔
のんびり……
夜高ミツル
「うん……」
夜高ミツル
声がなんとなくふわふわしてきている。
夜高ミツル
道中まあまあ急いできたので……
真城朔
ゆっくり浸かってると……
真城朔
身体がぽかぽかになって……
夜高ミツル
へにゃ……
真城朔
真城の白い肌も薄赤く染まってきている。
夜高ミツル
ふう……と心地よさそうに息をついて
夜高ミツル
「一回あがるか……」
真城朔
「んー……」
真城朔
うにゃうにゃと頷いた。
真城朔
備え付けの作務衣を着て、二人で客室に戻る。
真城朔
この客室もまた……
夜高ミツル
すごい……
真城朔
ひろいし……
夜高ミツル
カップルにおすすめって予約サイトには書いてあったんだけど……
夜高ミツル
本当にこの部屋を二人で使っていいのか……?
真城朔
わからない。すごい。
真城朔
ほかほかにあたたまってくてくてになった身体を……
真城朔
…………
真城朔
畳の上に寝っ転がっていいものか……
真城朔
いっそベッドに……?
真城朔
ミツルを見る。
夜高ミツル
ミツルもちょっと悩み……
夜高ミツル
結局おずおずとベッドの方に向かう。
真城朔
ミツルについていき……
真城朔
xxx
夜高ミツル
この部屋なんと寝室が別になっている……
真城朔
旅館だけどベッドだし……
真城朔
二人でふかふかのベッドへ。
夜高ミツル
上にかけてある毛布がまた真っ白ふかふかでこんもりしてて……
真城朔
明らかに上質な感じの……
真城朔
そういうベッドに、二人で転がる。
夜高ミツル
ころん……
真城朔
ぼふ……
真城朔
ミツルの胸に頭を寄せる。
真城朔
今日もミツルに乾かしてもらった頭……
夜高ミツル
さらさら
夜高ミツル
寄せられた身体に腕を回す。
真城朔
ほかほかになっている。
真城朔
いつも風呂上がりはほかほかだけど……
真城朔
今日は何割か増しに……
真城朔
お互いにほかほか。
夜高ミツル
ほかほかぽかぽか……
真城朔
ふかふか……
夜高ミツル
緩慢に背中を撫でている。
真城朔
こうも至れり尽くせりに……
真城朔
心地の良い環境を整えられると……
真城朔
うと…………
夜高ミツル
うとうと…………
真城朔
二人でうとつき始めている。
夜高ミツル
夕飯の時間までまだあるし……
真城朔
ミツルの胸に頬を寄せ……
真城朔
しばらくふにゃふにゃしていたが……
真城朔
結局抗い難く、瞼を閉じてしまった。
夜高ミツル
普段は真城が眠るのを待ってから目を閉じるミツルも……
夜高ミツル
珍しく、真城とそう変わらないタイミングでうとうとと意識を手放していた。
真城朔
二人くっついて、すやすやと寝息を立てていく……
真城朔
それから夕飯時には目覚めて夕餉を頂いた。
真城朔
客室で食べるのではなく、食べに行く形だったが、予約通り半個室の部屋を用意していただき……
夜高ミツル
量も真城の分は少なめでお願いして……
真城朔
ミツルに手伝ってもらいつつ二人で完食。
真城朔
して、部屋に戻ってきた。
真城朔
まったり……
夜高ミツル
部屋に備え付けの急須でお茶を淹れている。
夜高ミツル
なんかコーヒーミルもあった……
真城朔
なんでもありすぎてそのたびに圧倒されている。
夜高ミツル
マジか……になった
夜高ミツル
今淹れてるお茶もきっといいやつなんだろうな……。
真城朔
きっとそう……
真城朔
畳の間にあるテーブルでぼんやり……
真城朔
昼に入っていた露天風呂のテラスもすぐ隣に見える。
夜高ミツル
お茶を注いだ湯呑をそれぞれの前に。
真城朔
「ありがと……」
真城朔
ほかほかのお茶……
夜高ミツル
「ん」
真城朔
湯呑をいただき、ふうふうと冷ましている。
真城朔
「お夕飯」
真城朔
「なんか」
真城朔
「なんか……」
真城朔
なんか……になってしまった……
夜高ミツル
「うん……」
夜高ミツル
「すごかった……」
夜高ミツル
こればっかり言ってる。
真城朔
こくこく……
真城朔
何から何まで普段の暮らしとは違いすぎて圧倒されている。
真城朔
旅暮らしとはいえ……
夜高ミツル
ちょっと奮発……くらいのつもりだったんだけど……
夜高ミツル
なんか想像の十倍くらいのおもてなしを受けている……
真城朔
なんでもありすぎて……
真城朔
あちち……
真城朔
ふうふう……
夜高ミツル
息を吹きかけて冷ましつつ、お茶をすする。
真城朔
いつものことながら、多めに冷ましています。
夜高ミツル
「……このお茶も」
夜高ミツル
「なんか、すごい」
夜高ミツル
「おいしい、と、思う……」
真城朔
「んー……」
夜高ミツル
やや自信なさげ……
真城朔
ミツルに言われて……
真城朔
ちょっと啜った。
真城朔
ずず……
真城朔
うーん…………
真城朔
「……香りが」
真城朔
「高い感じの……?」
夜高ミツル
「うん……」
夜高ミツル
「なんか……」
夜高ミツル
なんか……になっている。
真城朔
「……乾咲さんの」
真城朔
「とこでいただく紅茶の」
真城朔
「緑茶版みたいな……」
夜高ミツル
「あー」
夜高ミツル
「そうだな」
真城朔
解像度激低
夜高ミツル
ミツルは頷いている。
真城朔
高品質なもののたとえとしてまず出てきた……
真城朔
乾咲さんのおうちもすごいから……
夜高ミツル
すごい……
真城朔
でもあそこ洋風だけどここは旅館なので……
真城朔
和のすごみに圧倒されている。
真城朔
でもテーブルもあるしベッドだし……
真城朔
和洋折衷……
夜高ミツル
和洋折衷のすごくいい空間に二人でいる……
夜高ミツル
全部にすごい……になっている。
真城朔
圧倒され続けている。
夜高ミツル
途中にあった登るべき階段をすっとばしてしまった気がする……
真城朔
急ジャンプでいいとこに……
真城朔
ちゃちな旅館行くくらいならホテルでいいというのもあったけど……
夜高ミツル
せっかくだからいいところに……
夜高ミツル
内風呂がある時点である程度いい部屋にはなるし……
真城朔
ある程度どころじゃなかった。
真城朔
今はこうして二人でテーブルに横並びで……
夜高ミツル
ここまでとは……
真城朔
テーブル? 座卓?
夜高ミツル
座椅子をくっつけて二人並んでいる。
夜高ミツル
のんびり……
真城朔
ぴっとり
真城朔
お互いの体温を感じながらお茶を啜っている。
夜高ミツル
ぬくぬく……
夜高ミツル
広い部屋の真ん中で結局ぴったりと寄り添いあっている。
真城朔
結局こうなりがち。
真城朔
札幌の部屋でもそうだったし……
真城朔
ここ、札幌の部屋よりずっと広いけど……
夜高ミツル
広い……
夜高ミツル
もう夜なので障子は閉めているが、開けているとさらに広く感じた。
真城朔
開放感が、こう……
真城朔
そういう作りなんだと思うけど……
夜高ミツル
すごい……
真城朔
すごい……になりながらぴったりくっついています。
夜高ミツル
座卓に湯呑を戻す。
真城朔
両手で湯飲みを持っている。
夜高ミツル
お茶菓子もあるけど、さすがに今手をつける気にはならない……
真城朔
夕飯いっぱいいただいた……
真城朔
ずず……
真城朔
ほう……と息をついて、真城も湯呑を座卓へと。
真城朔
ぼんやり……
夜高ミツル
ぼんやりしている真城に寄りかかる。
真城朔
きょと……
真城朔
ミツルの顔を見……
真城朔
真城は真城でおずおずとミツルに体重を預けた。
夜高ミツル
お互いに身体を預けあう。
夜高ミツル
「予約」
夜高ミツル
「とれてよかった」
真城朔
「……うん」
真城朔
「なんか」
真城朔
「すごい、けど……」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「すごいな……」
真城朔
「広い、し」
真城朔
「おっきいし……」
真城朔
一生言ってるな……
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「なんでもあるし……」
真城朔
「ある……」
真城朔
「お風呂も」
真城朔
「ついてる」
夜高ミツル
二人は選ばなかったが、部屋着の作務衣も変えられるらしい……
夜高ミツル
「風呂が2つも」
真城朔
「部屋についてるだけで……」
真城朔
その気になれば大浴場も行けて……
真城朔
行かないけど……
夜高ミツル
「部屋に風呂が2つヤバいな……」
夜高ミツル
今更のように噛み締めている。
真城朔
「まんまるのお風呂で」
真城朔
「露天風呂が……」
真城朔
二人ですごさを囁き交わしている。
夜高ミツル
「緑が見えて……」
夜高ミツル
「すげー」
夜高ミツル
「意味分かんねえ」
夜高ミツル
「すごすぎる」
真城朔
「…………」
真城朔
「夜」
真城朔
「だと」
真城朔
「雰囲気、また」
真城朔
「違うかも……」
夜高ミツル
「あー」
夜高ミツル
「そうだな」
夜高ミツル
「もっかい入るか」
真城朔
「……ん」
真城朔
「行って、みよ」
真城朔
というわけでまた再び露天風呂へ。
真城朔
昼間にお風呂に入ったばかりなので軽くかけ流し……
真城朔
外を眺め……
真城朔
「…………」
真城朔
「森……」
夜高ミツル
部屋風呂だから思い立ったらすぐ入れる。
夜高ミツル
「夜の森だな……」
真城朔
夜の森を、電灯のついたテラスから眺める。
真城朔
まんまるい湯舟に身を浸しながら……
夜高ミツル
ぼんやりと外を見て……
夜高ミツル
「……あ」
真城朔
「ん」
夜高ミツル
軽く湯船の外に乗り出す。
夜高ミツル
「空」
夜高ミツル
「星」
真城朔
ミツルに倣い……
真城朔
「ほんとだ」
真城朔
「見える……」
真城朔
そう目を凝らさずとも見えている。
夜高ミツル
「すげー……」
夜高ミツル
「めちゃくちゃ見える……」
真城朔
「空」
真城朔
「きれいで……」
真城朔
「空気が……?」
真城朔
「山の中」
真城朔
「だし……」
真城朔
じー……
夜高ミツル
「街の明かりがない分……」
真城朔
「見上げる、方の」
真城朔
「夜景……」
真城朔
身を乗り出して空を見ていると……
真城朔
湯舟からはみ出た身体の濡れた白い肌に、
真城朔
水滴が伝っては落ちていく。
真城朔
少し伸びた黒髪もぺったりはりついて……
夜高ミツル
薄暗い中で、その白さがより際立っている。
真城朔
ぼんやり空を見ている。
真城朔
湯舟の縁に手をかけて……
真城朔
ぼや……
夜高ミツル
空を見ていたはずが、いつの間にか空を見上げる真城を見ている。
真城朔
夜色の瞳に映り込むのは星の光ではなくテラスの電灯で、
真城朔
けれど視線はまっすぐに空を。
真城朔
届かないものを見上げている。
夜高ミツル
普段泊まる場所はビジネスホテルの多い、つまりそれなりに発展した場所ばかりで……
夜高ミツル
こうして満点の星空を見上げる機会などそうない。
真城朔
空を見上げるにしても夜の都市の光の中で……
真城朔
こういった秘境とも言える場所から見上げる星空はまた格別のもの。
夜高ミツル
「……あとで、ちょっと」
夜高ミツル
「外出てみるか」
真城朔
ミツルを見る。
真城朔
白く細い身体を夜闇に浮かべながら、
真城朔
それを再び湯舟に沈めていき……
真城朔
「……うん」
真城朔
小さく頷いた。
真城朔
「足元」
真城朔
「気をつけて……」
夜高ミツル
ミツルも湯に身体を沈める。
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「結構、こう」
真城朔
「自然」
真城朔
「って感じ、だから」
真城朔
「道が……」
真城朔
そんなに舗装されてない……
夜高ミツル
「気をつける」
真城朔
「俺も」
真城朔
「気をつける……」
真城朔
こくこく……
真城朔
ちゃぷ……
真城朔
細い身体は改めて湯舟に浸されている。
夜高ミツル
湯の中で手を探って、繋ぐ。
夜高ミツル
指を絡める。
真城朔
目を瞬いた。
真城朔
少し惑ったようにミツルに視線をやり……
真城朔
恐る恐るに、指を絡め返す。
真城朔
少し温度の高いお湯の中で、二人の温まった指が絡む。
夜高ミツル
肩を寄せ合う。
真城朔
これもまたぎこちなくそれに応え……
真城朔
ミツルの肩に頬を預ける。
真城朔
夜は鳥の声ではなく、虫の音。
真城朔
緩やかな水音がそれに重なる。
夜高ミツル
穏やかなその音に包まれながら、しばしそうやって身を寄せ合っていた。