2021/09/15 夕暮れ
真城朔
檜の湯船から溢れた湯が、木板の床を濡らして流れていく。
真城朔
丸くて深いたらいのような檜の湯船でちゃぷちゃぷと……
夜高ミツル
二人並んで湯船の縁に背中を預けている。
真城朔
客室備え付けのそれなので、他の人間が入ってくる心配もない。
夜高ミツル
思い立ったのがつい数日前だったから、予約が取れないんじゃないかと思ったが……
夜高ミツル
たまたまキャンセルとかがあったのかもしれない……
真城朔
いつもはまあまあな安宿に泊まってるけど……
真城朔
普通の内風呂もついてるのに露天風呂までついてる個室……
真城朔
圧倒されて、今は二人でくっついて風呂に入っています。
夜高ミツル
予約する時点でいい宿いい部屋なのは分かってたけど、実際に来てみるとなかなか想像以上で……
真城朔
広くて明るい露天風呂で見ていると、改めてその身体に傷のないことが再確認できる。
真城朔
ある意味真城以上に温泉に入るのが大変そうな……
夜高ミツル
ミツル本人は特にそれを気にした様子はなく、ゆったりとお湯に身体を沈めている。
真城朔
せっかく取れた広々とした風呂というのに、膝を抱えてしまった。
真城朔
そういう仕草ができる時点で広さを堪能してはいるが……
夜高ミツル
ちゃぷ、とお湯を揺らして、身体を真城の方へ向ける。
真城朔
背中を丸めてお湯にちゃっぷり浸かってはいる。
夜高ミツル
すくめられた肩にお湯をかけて、身体を寄せる。
真城朔
こうして一緒に旅をして狩りをするようになって、今も増え続けている。
夜高ミツル
右腕の縫い跡は少しずつ目立たなくなってきてはいる。
夜高ミツル
それでも、完全には消えないだろうとも言われている。
夜高ミツル
ミツルとしては、傷が増えること自体よりも、結果として真城を気に病ませる方を気にしている。
真城朔
ミツルの気にする通り、まんまと気に病んでいる。
真城朔
しょんぼりと背を丸めて身体を抱え込んで……
真城朔
こういういいところに来ても結局囚われる悩みは同じというか……
真城朔
そもそも個室が必要だったのも俺がこんなだからで……
夜高ミツル
「普通の温泉だとこんな風にできないし」
夜高ミツル
「部屋風呂ついてるとこにしてよかった」
真城朔
濡れてぺったりになっているいつもより丸い頭。
真城朔
広い露天風呂の中で、結局ぴったりくっついている。
夜高ミツル
ほこほこと温められた身体に、その冷たさが心地良い。
夜高ミツル
肩を冷やさないように時折お湯をかけながら、二人くっついて湯船に身体を沈めている。
真城朔
いつもは二人でくっついて狭い風呂に入るか……
真城朔
或いはそれすらもできずに一人でささっとあがるかという感じで……
真城朔
こんな大きな湯船にゆったり浸かるのは初めて。
夜高ミツル
よくわかんないながらになんか低反発っぽいやつを選んだ。
真城朔
枕にこだわりがないからよくわからなかった……
夜高ミツル
「途中道合ってるか不安だったもんな……」
真城朔
備え付けの作務衣を着て、二人で客室に戻る。
夜高ミツル
カップルにおすすめって予約サイトには書いてあったんだけど……
夜高ミツル
本当にこの部屋を二人で使っていいのか……?
真城朔
ほかほかにあたたまってくてくてになった身体を……
夜高ミツル
この部屋なんと寝室が別になっている……
夜高ミツル
上にかけてある毛布がまた真っ白ふかふかでこんもりしてて……
夜高ミツル
普段は真城が眠るのを待ってから目を閉じるミツルも……
夜高ミツル
珍しく、真城とそう変わらないタイミングでうとうとと意識を手放していた。
真城朔
二人くっついて、すやすやと寝息を立てていく……
真城朔
客室で食べるのではなく、食べに行く形だったが、予約通り半個室の部屋を用意していただき……
夜高ミツル
部屋に備え付けの急須でお茶を淹れている。
真城朔
なんでもありすぎてそのたびに圧倒されている。
夜高ミツル
今淹れてるお茶もきっといいやつなんだろうな……。
真城朔
昼に入っていた露天風呂のテラスもすぐ隣に見える。
真城朔
何から何まで普段の暮らしとは違いすぎて圧倒されている。
夜高ミツル
ちょっと奮発……くらいのつもりだったんだけど……
夜高ミツル
なんか想像の十倍くらいのおもてなしを受けている……
夜高ミツル
息を吹きかけて冷ましつつ、お茶をすする。
真城朔
いつものことながら、多めに冷ましています。
真城朔
高品質なもののたとえとしてまず出てきた……
夜高ミツル
和洋折衷のすごくいい空間に二人でいる……
夜高ミツル
途中にあった登るべき階段をすっとばしてしまった気がする……
真城朔
ちゃちな旅館行くくらいならホテルでいいというのもあったけど……
夜高ミツル
内風呂がある時点である程度いい部屋にはなるし……
真城朔
お互いの体温を感じながらお茶を啜っている。
夜高ミツル
広い部屋の真ん中で結局ぴったりと寄り添いあっている。
夜高ミツル
もう夜なので障子は閉めているが、開けているとさらに広く感じた。
真城朔
すごい……になりながらぴったりくっついています。
夜高ミツル
お茶菓子もあるけど、さすがに今手をつける気にはならない……
真城朔
ほう……と息をついて、真城も湯呑を座卓へと。
真城朔
真城は真城でおずおずとミツルに体重を預けた。
夜高ミツル
二人は選ばなかったが、部屋着の作務衣も変えられるらしい……
真城朔
昼間にお風呂に入ったばかりなので軽くかけ流し……
夜高ミツル
部屋風呂だから思い立ったらすぐ入れる。
夜高ミツル
薄暗い中で、その白さがより際立っている。
夜高ミツル
空を見ていたはずが、いつの間にか空を見上げる真城を見ている。
真城朔
夜色の瞳に映り込むのは星の光ではなくテラスの電灯で、
夜高ミツル
普段泊まる場所はビジネスホテルの多い、つまりそれなりに発展した場所ばかりで……
夜高ミツル
こうして満点の星空を見上げる機会などそうない。
真城朔
空を見上げるにしても夜の都市の光の中で……
真城朔
こういった秘境とも言える場所から見上げる星空はまた格別のもの。
真城朔
少し温度の高いお湯の中で、二人の温まった指が絡む。
夜高ミツル
穏やかなその音に包まれながら、しばしそうやって身を寄せ合っていた。