2021/10/03 夜

noname
新潟駅周辺 とあるホテルにて。
真城朔
とあるというか、ラブホテルであった。
真城朔
部屋の入口で立ち尽くして、ミツルの背中に張り付いている。
夜高ミツル
ミツルも結構困惑してしまっている。
真城朔
ラブホは別に初めてじゃないし色々あるのは知ってるけど……
真城朔
「…………」
真城朔
「まぶしい」
真城朔
「ね……」
夜高ミツル
二人で入り口で立ち尽くす。
夜高ミツル
「うん……」
真城朔
佐渡に渡り、色々と満喫して新潟に戻り、とりあえず一泊してから出ようという予定だったのだが。
真城朔
運の悪いことに駅周辺のホテルがどこも埋まってしまっていた。
夜高ミツル
油断していた……。
真城朔
迷いつつもネカフェよりはマシだろうと、たまたま見つけたラブホテルの空き室に入れてもらったのだが……
真城朔
全面鏡部屋。
真城朔
通された部屋がこれである。
夜高ミツル
ぴかぴかちかちか……
真城朔
天井まで鏡……
夜高ミツル
ミツルの方はラブホ自体が初めてというのもあり……
夜高ミツル
どうしたらいいんだ……?
真城朔
背中にくっついています。
真城朔
ぎゅ ひし……
夜高ミツル
「と、りあえず」
夜高ミツル
「荷物……」
夜高ミツル
置いたり……
真城朔
「ん」
真城朔
「うん……」
真城朔
こくこく……
真城朔
「やすも……」
夜高ミツル
「うん…………」
真城朔
いそいそ……
真城朔
よいしょよいしょ……
真城朔
荷物を置き 上着を脱ぎ……
真城朔
目をしぱしぱさせながらハンガーにかけて……
夜高ミツル
なんかもうそういうアトラクションみたいだ……
夜高ミツル
迷路の……
真城朔
鏡合わせになっているので……
真城朔
自分が動くと鏡に何人も映った自分が動くのが見えて……
夜高ミツル
うわ~……
真城朔
落ち着かない。
真城朔
とりあえず普通のホテルに泊まるのと同じくらいにはくつろぐ準備を済ませ……
真城朔
たんだけど……
真城朔
「…………」
真城朔
ベッドでミツルに寄り添っている。
真城朔
寄り添うというか……くっついている。
夜高ミツル
なんていうか……
夜高ミツル
マジで端的に言って落ち着かない…………
真城朔
くっついている自分たちの姿も全面鏡にばっちり映っている。
夜高ミツル
視線を上げると目の前でちらちらちらちら……
真城朔
うーん……
真城朔
全然休憩できる気がしない。
真城朔
色んな意味で……
夜高ミツル
寝転んだら天井にも自分たちが映るわけで……
真城朔
「…………」
真城朔
「お風呂」
真城朔
「入る……?」
真城朔
言ってから、お風呂も鏡張りだったらどうしよう……になっている。
夜高ミツル
「風呂……」
真城朔
どうもこうもないのだが……
夜高ミツル
ミツルも同じことに思い当たり……
夜高ミツル
「とりあえずちょっと見てくるか……」
真城朔
ぴと……
真城朔
こくこく……
真城朔
頷き……
夜高ミツル
二人でおずおずと風呂場へ……
真城朔
行きます……
夜高ミツル
そろそろと扉を開け……
真城朔
ごくり……
真城朔
二人で覗き込む。
真城朔
ぎゅ……
真城朔
ミツルの背中にひっついて、服の裾を握っています。
夜高ミツル
「……あ」
夜高ミツル
「風呂は普通だ……」
夜高ミツル
あからさまに声に安堵が滲んでいる。
真城朔
ほっ……
真城朔
脱力してミツルの背中にさらに密着した。
真城朔
風呂とトイレがワンフロアになっている。
真城朔
普通のビジネスホテルよりは広めのお風呂。
夜高ミツル
廊下や扉もそうだったけど、ここも結構年季入ってそうな感じ。
真城朔
なんとなく電気のスイッチをいじり……
真城朔
「わ」
真城朔
色が変わった。
夜高ミツル
「わー……」
真城朔
白っぽい部屋がピンク色に……
真城朔
ぱち……
真城朔
ぱちぱち……
真城朔
緑……紫……
真城朔
「…………」
真城朔
普通の色に戻した。
夜高ミツル
ほ……っ
真城朔
「……お風呂」
真城朔
「とりあえず、入る……?」
夜高ミツル
「そうしよう……」
夜高ミツル
「入って寝よ……」
真城朔
「うん……」
真城朔
というわけで、空間が許したので二人でお風呂に。
真城朔
湯舟に二人はちょっとキツそうだけど……
真城朔
まあ無理ではないくらいのサイズの浴槽で……
夜高ミツル
せっかくなので湯を張って二人で入ることにした。
真城朔
ミツルの足の間に収まっている。
真城朔
こうしているとまあ普通のちょっと風呂が広めのビシネスホテルって感じ。
夜高ミツル
後ろから真城を抱き込んでいると、やっとちょっと気が抜けてくる。
真城朔
お風呂のお湯もあったかいし……
真城朔
ぽかぽかで……
真城朔
体勢をちょっと崩してミツルの胸に背を預ける。
真城朔
ほっと一息。
夜高ミツル
入浴剤もあったので入れた。
真城朔
色々あったけど、とりあえずスタンダードな感じだったヒノキの入浴剤。
真城朔
普通を求めた……
夜高ミツル
木の香りがする……
夜高ミツル
落ち着く……
真城朔
ぽや……
真城朔
「……田舎」
真城朔
「だと」
真城朔
「ホテル、数、少なめ」
真城朔
「だもんね……」
夜高ミツル
「そうだなー……」
夜高ミツル
「気をつける……」
真城朔
「ゆっくり」
真城朔
「しすぎた……」
真城朔
夕方くらいに佐渡から帰ってきて、そのままとりあえず夕飯食べちゃって……
真城朔
気付いたら結構夜遅くて……
夜高ミツル
そこから探したけど空いてるビジホがなく……
真城朔
こんなことに。
真城朔
俯く頭が水に濡れて髪がぺったりまんまるに。
真城朔
湯に温められ抱きしめられて、白い肌が薄紅色に赤らんでいる。
夜高ミツル
ぺったりした頭に、後ろから頭を寄せている。
真城朔
こうしているのは落ち着く。
真城朔
この風呂場を出るとあの鏡張りの部屋が待っていると思うと……
真城朔
正直……
真城朔
出たくなくなっている……
夜高ミツル
かなり避難してきたみたいになっている……
真城朔
浴槽はちょっと狭いけど……
真城朔
ミツルに抱きすくめられてくっついているのは嬉しいので、あんまり気にならない。
夜高ミツル
ミツルも真城とくっついていられるのは嬉しい。
夜高ミツル
狭さが問題にならない二人。
真城朔
むしろちょっと落ち着く。
真城朔
そんな感じで、いつもよりも長々と浴槽に浸かってしまっている。
夜高ミツル
佐渡観光してきてまあまあ歩いたりもしたし……
真城朔
真城は割と体力的には問題ないけど……
真城朔
どっと気疲れした。
真城朔
ぼや……
真城朔
すり……
真城朔
ミツルの肩口に頭を寄せたりしている……
夜高ミツル
体重を受け止めて抱きしめている。
真城朔
今日は天気も良かったし、そういう方向ではまあまあ疲れもした。
真城朔
抱き留められて安心してぼやぼやぬくぬく……
夜高ミツル
出たくないな……
夜高ミツル
出たくないけどそういうわけにもいかないんだよな……
真城朔
真城の方は安心のあまりか、
真城朔
ややうつら……になりつつある。
真城朔
こく……
真城朔
かくん……
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
その様子に気がつき……
夜高ミツル
「あがるか?」
真城朔
「ん」
真城朔
「んー……」
真城朔
うにゃうにゃ……
真城朔
曖昧な声が返ってくる。
真城朔
多分肯定……
夜高ミツル
どっちにしろこのうにゃうにゃで風呂につかり続けるわけにもいかないし……
夜高ミツル
「あがろうか」
夜高ミツル
「立てるか……?」
真城朔
「ん」
真城朔
こく……
真城朔
「だいじょ」
真城朔
「ぶ」
真城朔
頷き、浴槽に手をかけて……
夜高ミツル
横から支える。
真城朔
ざぱ……
真城朔
緩慢に立ち上がる。
真城朔
ぽたぽた……
夜高ミツル
支えながら一緒に立ち上がり……
夜高ミツル
ゆっくり浴槽を出る。
真城朔
足を滑らせないように気をつけて……
夜高ミツル
よいしょ……
真城朔
二人でシャワーで身体を流し……
夜高ミツル
バスタオルでお湯を拭き取り……
夜高ミツル
わしゃわしゃ……
真城朔
拭かれています。
真城朔
されるがまま……
夜高ミツル
髪をざっと拭いて、身体を拭き、改めて髪をタオルドライして……
真城朔
むにゃむにゃとミツルのいたれりつくせりを受け入れている。
夜高ミツル
そのままバスローブも着せる。
真城朔
してもらいました。
真城朔
むにゃ……
真城朔
目をこすり……
真城朔
「ありが」
真城朔
「と……」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
自分もバスローブを羽織って、髪をタオルでわしゃわしゃしている。
真城朔
ゆったり腕をあげ……
真城朔
ミツルの髪をタオルの上からわしゃわしゃと……
真城朔
やや不器用ながらもやります。
夜高ミツル
ちょっと頭を下げる。
真城朔
んしょんしょ……
真城朔
もたもたとした手つき。
夜高ミツル
拭かれ拭かれ……
真城朔
これくらいかな……?
真城朔
首を傾げつつそっと手を下ろす。
夜高ミツル
まあまあ水気の取れた感じ。
夜高ミツル
「ありがと」
真城朔
「うん……」
真城朔
こくこく……
真城朔
頷き……
真城朔
…………
真城朔
これから……
真城朔
風呂場の外に……
夜高ミツル
出るな……
真城朔
出なければならない……
真城朔
いつまでもこんな蒸し蒸しした部屋でバスローブ姿で突っ立っているわけにはいかないので……
夜高ミツル
ベッドを得るにはあの部屋に戻らなければ……
真城朔
顔を見合わせて二人で突っ立っている。
夜高ミツル
そうしていても仕方ないので、諦めてドアノブに手をかける。
夜高ミツル
がちゃ……
真城朔
ミツルの背中にくっつく。
真城朔
そろ……
夜高ミツル
ちかちかぴかぴか……
夜高ミツル
うわ~……
真城朔
ねむねむになっていたのが……
真城朔
鏡張りぴかぴかで目が冴えてしまっている。
夜高ミツル
改めて圧倒されてしまう……。
真城朔
風呂上がりほかほかバスローブ姿の自分たちの姿が全面に張られた鏡に……
真城朔
髪も二人揃ってしっとりしてて……
真城朔
なんか……だいぶ……
真城朔
いかにも感…………
夜高ミツル
いかにもな部屋でいかにもな姿で……
夜高ミツル
いっ
夜高ミツル
いたたまれねえ~……
真城朔
いかにもなカップルの自分たちを見せつけられている。
真城朔
ミツルにくっつく。
真城朔
その仕草も鏡に映る。
夜高ミツル
全部映る……。
真城朔
「…………」
真城朔
ミツルの背中に顔を埋めた。
真城朔
きゅっと目を閉じる……
夜高ミツル
真城は視力いい分余計にキツいだろうな……。
真城朔
密着しています……
夜高ミツル
目を閉じた気配に、背後の真城の手を取る。
真城朔
おろ……
夜高ミツル
「ゆっくり歩くから……」
真城朔
おそるおそる薄目を開ける。
夜高ミツル
「目閉じたままでいい」
真城朔
なるべくミツルを見ていたが、
真城朔
言われて頷き、
真城朔
目を伏せた。
真城朔
手を握り返す。
夜高ミツル
そのままそっと手を引いて歩き出す。
夜高ミツル
ゆっくりゆっくり……
真城朔
ミツルにくっつきながら歩調を合わせる。
真城朔
おそるおそる……
夜高ミツル
途中部屋を見回して、鏡台の前にドライヤーを見つける。
夜高ミツル
そこまで真城を導いて、椅子を引き出して真城の後ろに設置し座らせる。
真城朔
座らせてもらいます。
真城朔
ちょこ……
夜高ミツル
「ドライヤーするから、そのまま目閉じてて」
真城朔
なんとなくなるべくかしこまってしまっている。
真城朔
「ん」
真城朔
「うん……」
真城朔
こくこく……
真城朔
目を閉じたまま頷きます。
真城朔
「ありがと……」
夜高ミツル
真城が頷いたりミツルがドライヤーを取り出したりするのも、やっぱり全部鏡に映っている……
夜高ミツル
鏡台の前だからそりゃそうではあるのだが……
真城朔
そういうレベルじゃなく……
真城朔
監視されてる感すらある。
夜高ミツル
よそのカップルはこの部屋でできるのか……?
夜高ミツル
そんな疑問を感じつつ、ドライヤーのスイッチを入れる。
真城朔
部屋がある以上は需要があるということなのかもしれないが……
真城朔
需要があるのを真城は知っているが……
夜高ミツル
ぶおー……と温風の吹く音はちょっとだけ落ち着く。
真城朔
よく聞くドライヤーの音。
真城朔
まあちょっと古めのうるさめな感じの……
夜高ミツル
年季入ってる建物だけあって、ドライヤーもちょっと古め。
真城朔
ビジホならまあこんなもんだろな範囲。
真城朔
ラブホだが。
夜高ミツル
できるだけ鏡は無視して、目の前の真城の頭に意識を集中する。
真城朔
ちょこんと座っています。
夜高ミツル
髪を取り、乾かし……
夜高ミツル
もくもくとドライヤーをかける。
真城朔
ぶお~……
真城朔
ここだけいつもどおりの光景。
真城朔
が、鏡にめちゃめちゃ映されている。
真城朔
きらきらちかちか……
夜高ミツル
無視しようと思ってできるものではなかった……
夜高ミツル
真城ほどではなくても、ミツルも視界に映る動くものには敏感になっている。
真城朔
見逃すと死ぬから……
真城朔
目を閉じた真城の姿も鏡にいっぱい……
真城朔
何人も……
夜高ミツル
無数……
真城朔
いろんなアングルで……
夜高ミツル
その背後でドライヤーをかける自分も……
真城朔
また張られている鏡が結構こう……
真城朔
細長い鏡を敷き詰める感じだから……
真城朔
数が増える。
夜高ミツル
ちかちかする……
真城朔
ちかちかぶおー……
夜高ミツル
鏡と鏡の隙間も光が反射するし……
夜高ミツル
それでもいつもどおりのことをやると、ちょっとは落ち着く……
夜高ミツル
ちょっとだけど……
真城朔
真城はしっかり目を閉じています。
夜高ミツル
よかった……
真城朔
いつものようにドライヤーに乾かされ、長めの髪がさらさらと揺れている。
夜高ミツル
いつものようにそれに指を通して風を当て……
真城朔
さらさらするする……
夜高ミツル
乾いたらスイッチを切る。
夜高ミツル
手ぐしで髪を整え整え……
真城朔
スイッチが切られたのを音で察し……
夜高ミツル
よし、ちゃんと乾いてる……。
真城朔
目を開けてしまって、
真城朔
しぱ…………
夜高ミツル
あっ……
夜高ミツル
「閉じてていいから……」
真城朔
「ん……」
真城朔
きゅ……
真城朔
「ごめん」
夜高ミツル
「いや……」
真城朔
しょぼ……
夜高ミツル
「謝ることじゃない」
真城朔
「……ん」
夜高ミツル
ドライヤーを置いて頭を撫でる。
真城朔
撫でられて頭を少し下げます。
真城朔
「……あ」
真城朔
「り、がと」
夜高ミツル
「ん」
夜高ミツル
「もう寝よう……」
真城朔
「うん……」
真城朔
こくこく……
夜高ミツル
起きてても疲れるだけ……
真城朔
頷いて、虚空に手を伸ばす。
夜高ミツル
伸ばされた手を取る。
真城朔
ミツルの手を探してゆらゆら
真城朔
取ってもらって、握り返す。
真城朔
ほ……
夜高ミツル
軽く引いて立ち上がらせる。
真城朔
導かれるままに。
夜高ミツル
ベッドまでぽてぽてと……
夜高ミツル
……?
真城朔
ぽてぽてそろそろ……
夜高ミツル
よく見たらベッドの横になんか輪っかみたいなのが垂れてる。
夜高ミツル
なんだこれ……
夜高ミツル
よく分からないので無視した。
真城朔
見えてないのでわからない……
夜高ミツル
気にしたら真城も気になるだろうし……
夜高ミツル
無視して布団をめくり上げる。
真城朔
ぎゅ……
真城朔
目を閉じたままミツルと手を繋いでいます。
夜高ミツル
ベッドに真城を座らせる。
真城朔
腰を下ろす。
真城朔
流石にいいベッドに腰が沈む。
夜高ミツル
一旦手を離して、腰と膝下に手を回し……
真城朔
そろそろと……
真城朔
なんとなく触れられる感触からミツルに合わせて足を上げる。
夜高ミツル
よいしょ、と持ち上げ……
夜高ミツル
ベッドの真ん中に寝かせる。
真城朔
寝かせてもらいました。
真城朔
仰向け。
真城朔
おろ……
真城朔
目を閉じたままミツルの方を窺うような仕草をする。
夜高ミツル
枕元のスイッチでぱちぱちと部屋の電気を消して、自分も真城の隣に転がる。
夜高ミツル
布団を引き上げる。
真城朔
寝転がったミツルの身体にぴったりとくっつく。
夜高ミツル
気持ちいつもより上まで覆うように……。
真城朔
もぞ……
真城朔
引き上げてもらった布団へ潜り……
真城朔
すっぽりと頭を収めた。
真城朔
すっかり姿が見えなくなる。
真城朔
布団の中で膝を折りたたみ丸くなり……
真城朔
ミツルへと腕を回して、胸にしがみつく。
夜高ミツル
しがみつく身体を抱きしめる。
真城朔
ほ……
夜高ミツル
背中を撫でる。
真城朔
布団の塊が安堵する気配。
真城朔
頬を寄せられている。布団の中で。
夜高ミツル
ミツルも布団の中に潜り込む。
真城朔
二人揃って布団つむりに。
夜高ミツル
暗い部屋で布団をひっ被って、さすがにミツルの目には何も見えない。
夜高ミツル
真っ暗な中で形を確かめるように、真城の背中に触れている。
真城朔
安心したように身体を擦り寄せてくる温もりがある。
真城朔
丸まった背中。背骨の浮いた薄い身体。
真城朔
酸素が薄く、少し息苦しさのある布団の密室の中で、小さく漏らされる吐息の熱。
夜高ミツル
身体を寄せ合っている。
真城朔
乾かしたばかりの細く柔らかい髪の滑らかな感触。
真城朔
胸に埋まる頭の丸み。
真城朔
全てをよく知っている。
真城朔
いつもどおりだ。この中では。
夜高ミツル
見えなくても、全て目に浮かぶ。
真城朔
より密着した暗闇の中で、小さな呼吸の音がする。
夜高ミツル
いつもどおりに、二人で安堵する。
真城朔
体温と息遣いに、互いの存在を確認している。
夜高ミツル
余計なものは全部布団の外に追いやって、ただ二人で身を寄せ合っていた。
真城朔
翌朝。
真城朔
仲良くくっついて布団つむりの二人。
夜高ミツル
むにゃむにゃ……と布団から這い出る。
夜高ミツル
ぼんやりと目を開け……
真城朔
布団の中でぬくぬくまるまるしています。
夜高ミツル
「うわっ」
夜高ミツル
声が出た。
夜高ミツル
びっくりして。
真城朔
びっくりした自分の顔も鏡にいっぱい映っている。
夜高ミツル
視界一面に……
夜高ミツル
うわ~……
真城朔
天井まで……
夜高ミツル
そういう部屋なんだった……
夜高ミツル
朝からげんなりしてしまった……
真城朔
むにゃ……
真城朔
もぞ……
真城朔
ミツルの声に反応したのかごそごそと……
夜高ミツル
あっ
真城朔
真城も顔を出してきて……
真城朔
はた……
夜高ミツル
布団を押さえようとしたけど間に合わなかった。
夜高ミツル
ので、目元を手で隠す。
真城朔
きゅっ……
真城朔
隠してもらってから目を閉じた。
夜高ミツル
「おはよ……」
真城朔
「ん……」
真城朔
こくこく……
真城朔
「おはよ……」
夜高ミツル
目を閉じたのを確認して、手を下ろす。
夜高ミツル
そんな様子も全部ちらっちら視界に入ってくる。
夜高ミツル
げんなり……
真城朔
ぜんぶ丸見え……
夜高ミツル
「…………さっさと準備して出るか……」
真城朔
「ん……」
夜高ミツル
なんかルームサービスもあるらしいけど……
夜高ミツル
ここで飯食いたくなさすぎる……
真城朔
自分が飯食ってる様子も全部見える。
真城朔
頷いたはいいものの、どうしたものかミツルの方を向く。
真城朔
瞼はまだ伏せられている。
夜高ミツル
ちょっと考え……
夜高ミツル
「……とりあえず、顔洗うか」
真城朔
「お風呂で……」
夜高ミツル
「うん」
真城朔
「お風呂は」
真城朔
「鏡、ない……」
真城朔
いや、あるけど……
真城朔
鏡はあるけど……
夜高ミツル
合わせ鏡ではない。
夜高ミツル
普通に一枚あるだけ。
夜高ミツル
「昨日みたいに連れてくから……」
夜高ミツル
言いながら、のそのそベッドを降りる。
真城朔
「ん……」
真城朔
ベッドに座り込んだまま頷いている。
真城朔
「おねがい……」
真城朔
手を持ち上げて……
夜高ミツル
その手を取って、真城にもベッドを降りさせる。
真城朔
導かれるままに。
夜高ミツル
手を引いてぺたぺたと風呂場に。
真城朔
とてとて
夜高ミツル
扉を開けて、内側に入って閉める。
真城朔
ほ……
夜高ミツル
ふう…………
真城朔
目を開けました。
真城朔
鏡張りじゃない……
夜高ミツル
ちょっと古い浴室。
真城朔
「……いっそ」
真城朔
「ここで着替えちゃう……?」
夜高ミツル
「そうだな……」
真城朔
あがりたてと違って換気もされてるし……
真城朔
蒸し蒸ししてない。
夜高ミツル
すっかり乾いてる。
真城朔
「そう」
真城朔
「しよ」
夜高ミツル
頷いて。
夜高ミツル
「俺取ってくるから先使ってて」
真城朔
「ん」
真城朔
そんな感じで風呂場で身支度を済ませ……
真城朔
お風呂がこんなに落ち着く空間になったことない。
夜高ミツル
ベッドがあんなに落ち着かないこともなかった。
真城朔
着替えも終えて、おずおずとミツルに手を差し出す。
夜高ミツル
手を取る。
真城朔
目を閉じた。
真城朔
握り返す。
夜高ミツル
目を閉じたのを見て、ゆっくりと歩き出す。
真城朔
ついていく。
真城朔
鏡張りの部屋へと二人で出る。
夜高ミツル
うわ~
真城朔
手を繋ぐ二人の姿が映り込みまくっている……
真城朔
身支度は済んでいるので風呂上がりよりはマシな光景。
夜高ミツル
俯いてなるべく鏡から目を逸らしつつ出口へ……
真城朔
とことこ……
夜高ミツル
着替えを取る時に、荷物はまとめてドアの傍に置いておいた。
夜高ミツル
靴もそこに揃えて置いてある。
真城朔
ミツルについています。
夜高ミツル
靴を履かせ……
夜高ミツル
るには、椅子がいるな……。
夜高ミツル
「ちょっと一瞬待ってて」
真城朔
「ん」
真城朔
頷き……
真城朔
少し首を傾げた。
夜高ミツル
「椅子取ってくる」
夜高ミツル
言って、手を離し……
夜高ミツル
鏡台の前の椅子を取ってすぐ戻ってくる。
真城朔
突っ立って待っている……
真城朔
おろ……
真城朔
してもらい放題なのでややおろおろになっている。
真城朔
かなり今更だが……
夜高ミツル
持ってきた椅子を据えて、そこに真城を座らせる。
真城朔
導かれるままに椅子に座った。
真城朔
目を閉じたまま、見えないなりに顔だけ上げた。
真城朔
ミツルのいるだろう方向を向いておろ……になっている……
夜高ミツル
「靴履かせるな」
夜高ミツル
言って、真城の足元にしゃがむ。
真城朔
「あ」
真城朔
「うん……」
真城朔
こくこく……
真城朔
ちょっと足を持ち上げる。
夜高ミツル
持ち上げてもらった足にスニーカーを履かせる。
真城朔
すぽ……
夜高ミツル
靴紐しっかり結び……
真城朔
きちんと履かせてもらっている。
夜高ミツル
反対側も同様に。
真城朔
きゅっ……
夜高ミツル
よし……
夜高ミツル
真城を座らせたまま、今度は自分も靴を履き……
真城朔
履かせてもらったのが感覚でわかる。
真城朔
「…………」
真城朔
「ミツ」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
「……いっぱい」
真城朔
「ごめんね……」
真城朔
目を閉じたまま頭を垂れた。
夜高ミツル
靴を履き終えて立ち上がる。
夜高ミツル
俯いた頭を撫でる。
真城朔
なでられ……
夜高ミツル
「俺もうっかりしてた」
真城朔
「……で、も」
真城朔
「こんな」
真城朔
「なんでもかんでも……」
真城朔
結構今更だけど……
真城朔
結構今更なのかも……?
夜高ミツル
「真城にしてやれることがあるのは嬉しいよ」
真城朔
「…………」
真城朔
おろ……
真城朔
目を閉じたまま、膝の上で指をすり合わせている。
夜高ミツル
撫で……
真城朔
丸い頭を撫でられ……
夜高ミツル
「まあ、ホテル探しはできるだけ早めにってことで……」
夜高ミツル
「今晩のホテルは朝の内に探そうか」
真城朔
「ん」
真城朔
頷き……
真城朔
「朝ごはん」
真城朔
「食べながら、場所……」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「行こ」
夜高ミツル
頭から手を離す。
真城朔
手を離されて、顔を上げる。
夜高ミツル
膝の上に置かれた手を取る。
真城朔
そっと握り返した。
夜高ミツル
手を引いて、立ち上がらせる。
真城朔
導かれるままに立ち上がる。
真城朔
ミツルの背中にくっついた。
真城朔
小さく安堵の息をつく。
夜高ミツル
二人分の荷物を持って、腕に引っ掛ける。
真城朔
俺も持たなきゃいけないんじゃと思いつつ……
真城朔
見えてないからなんとも……
夜高ミツル
ご丁寧に扉まで鏡が張ってあるので、そんな姿も目の前に……。
夜高ミツル
扉を開けて出ていく。
真城朔
廊下へと。
夜高ミツル
廊下には鏡がなくて最高! という気持ちになる。
夜高ミツル
扉が閉まり……
真城朔
扉が閉じられた音に、やっと瞼を上げる。
真城朔
ほ……
夜高ミツル
はー……
真城朔
眩しくないし自分たちの姿も映っていない。
真城朔
ちょっと派手な扉の前に立っている。
真城朔
「あ」
真城朔
「荷物……」
夜高ミツル
「ん」
真城朔
手を差し出した。
夜高ミツル
真城の分を渡す。
真城朔
渡されかつぎ……
真城朔
リュックを背負って、また手を差し出す。
夜高ミツル
ミツルも自分のリュックを背負い、
夜高ミツル
差し出された手をぎゅっと握る。
真城朔
「……ん」
真城朔
手を握られて、気が抜けたように微笑んだ。
真城朔
握り返す。
夜高ミツル
「よし」
夜高ミツル
「行くか」
真城朔
「うん」
真城朔
というわけで二人朝食を求めて駅前のロイホに。
真城朔
朝の和風ハンバーグ膳。ご飯少なめで。
夜高ミツル
同じくハンバーグ膳で、こちらはご飯普通盛り。
真城朔
お肉が大勢を占めるメニューなので、ご飯を減らしてもらえればまあまあイケるかも……という感じ。
真城朔
のを二人で食べつつ……
真城朔
「……なんか」
真城朔
「すごかった」
真城朔
「ね……」
真城朔
話題の途切れた沈黙の隙間に、ぽつりと漏らす。
夜高ミツル
「すごかったな…………」
真城朔
「ああいうホテル、でも」
真城朔
「もうちょっと」
真城朔
「普通の部屋、も」
真城朔
「あるはず」
真城朔
「だけど……」
真城朔
もぐ……むぐ……
夜高ミツル
入り口で部屋の写真を見て選べるようになってはいたんだけど、昨夜はあの部屋しか空いてなかったので……
夜高ミツル
他の部屋はどうだったっけ……
夜高ミツル
なんか派手な色がいっぱいあった記憶だけがある。
夜高ミツル
「なんか、あそこは他の部屋もすごそうだったな……」
真城朔
全部ちかちかした部屋だから写真だけではぱっと見の派手さはそんなに大差がなかった。
真城朔
もぐもぐ……
真城朔
ごくん……
真城朔
「まあ……」
真城朔
「でも」
真城朔
「鏡じゃなければ、まだ……」
真城朔
まだ。
夜高ミツル
「そうだな……」
夜高ミツル
ハンバーグをむぐむぐ……
夜高ミツル
鏡じゃなければ電気さえ消せば……
夜高ミツル
鏡の部屋は、電気を消しても電化製品のちょっとした光なんかが映りこんで……
真城朔
真城は電気消しても内装見えるけど、まあ鏡よりはマシ。
真城朔
鏡の部屋、あまりにも気が休まらない。
真城朔
「……今日」
真城朔
「これから、南」
真城朔
「だと……」
真城朔
「福島……」
真城朔
「栃木……?」
夜高ミツル
「んー……」
夜高ミツル
飲み込み……
夜高ミツル
「それか、群馬の方に行くかかな……?」
真城朔
「群馬……」
真城朔
ハンバーグを割りつつ……
真城朔
「あとで」
真城朔
「地図、見ながら」
真城朔
「かんがえよ」
夜高ミツル
「うん」
夜高ミツル
「そうしよ」
真城朔
頷き合う。
真城朔
まあまあゆったりしたファミレスの一席は、
真城朔
他人の目があるとはいえ、鏡張りの部屋よりかは随分と落ち着く。
夜高ミツル
内装も落ちついた色でまとまっていて……
真城朔
あの部屋を出た直後にファーストフード系のチェーンに入る気にはならなかった……
夜高ミツル
落ち着きを求めた店選び……。
真城朔
こうして二人でハンバーグを食べている。
真城朔
やっぱり普通が一番……
真城朔
というようなことを噛みしめながら。
夜高ミツル
普通がいい……。
夜高ミツル
刺激的なのは狩りだけでもうたくさん。
真城朔
旅暮らしをしつつも、どこまでも平穏な日々を求めてしまう二人なのだった。